第5話 出発の朝……

 「遅い!」レーヤンが叫んだ。普段は温和で知られる彼だから、声を荒げると騎兵達は焦る。


 出発の朝、全てが予定通りで準備万端のはずだった。遺跡探索に必要な荷物を積んだ幌馬車の周りには6騎の騎兵が取り囲み、あとは彼を乗せて遺跡に向かうだけだった。


 マルブランク・レッドハート。


 しびれをきらし、騎兵を向かわせたが、その騎兵も帰って来ない。城の前には鎖帷子にバロム伯領兵の上っ張り、メスライオンをモチーフにした紋章が付いたもの、を着込んだ兵士達が息巻いて待っていた。


 レーヤンは自身の白馬を歩かせて、1人の騎兵に歩み寄る。それは長い艶やかなブロンドの毛先を上っ張りにたくし込んだ、半面に鉄の仮面を付けた女兵士。


 彼女はバロムで索敵や暗殺を任務とする特別兵で、表向きには騎兵団に所属し、レーヤンの直属の部下になる。


 「分かっているな、コンスタン」レーヤンは女の耳元で囁く。「あれが手に入りさえすれば良いのだぞ」


 コンスタンは表情も目線も変えずに、何も言わなかった。彼女はあまりレーヤンに顔を近づけて欲しくはない。息が臭いというのもあるが、尊敬できて有能な上官だと思わないからだ。彼はシビアだがよく動揺し、部下にケツを持って来ることがたびたびある。


 「即座に?」コンスタンの薄紅の唇が微かに動いた。


 「ああ、遺跡内で事を済ましてくれ」


 「他の同行する兵士達には?」


「伝えておらん」レーヤンはそう言うや否や、周りのざわつく声を聞いて、往路の向こうを見た。すると、マルブランクを迎えに行ったエリック達が見えたのだ。


 「エリック!遅いぞ!マルブランクはどこだ」レーヤンが叫んだ。


 「すみません!二日酔いで動けないとかで。宿から担ぎ出すのに時間がかかってしまって。あ、ほら後ろにおります」


 見るとエリックの後ろで、馬のクラみたいな格好で寄りかかっているマルブランクがいた。彼は眉間に皺を寄せたまま目を閉じており、全ての外界からの情報を遮断したいみたいだった。



 それを見たコンスタンは脈拍が上がったが、周りには悟られまいとした。



 「うん?ん。やあ」マルブランクはたまたま目を開けるとコンスタンがいた。


 一瞬目を見開いたコンスタン。


 「なんだ、知っているのか」レーヤンは目ざとく、直ぐに眉をひそめる。


 「いえ、昨日酒場で見かけただけです」コンスタンはいつものように冷淡な口調で言った。


 「……まあいい!さあ、出発しよう!」レーヤンの号令がこだまし、それが使いによってバロム伯に伝わった。


 騎兵達が砂煙を巻き上げながら、城下町の往路を走り去って行く。バロム伯はそれを自室の窓から見つめながら、何度となく抱いた期待と希望を思い描いた。


 あの書物に書かれている事が事実ならば。あの遺跡に本当にあれが眠るならば。もしそうならば私の人生は変わる。もうこんな片田舎の一領主ではなくなる。自分の国さえ手に入れられるかもしれない。



 「随分な装備だな。鉄の甲冑があるぜ。食料も何日分あるんだ」マルブランクは荷物と少年みたいな従者と一緒に幌馬車に詰め込まれていた。荷物で狭いし、車輪の振動がケツにこたえた。


 「はい。一応、1週間分の食料があります」従者の少年ははにかんで言った。水の入った皮袋に平べったい皮袋、それに果物が入った木箱まである。誰が運ぶんだ。


 「何人分だ?」マルブランクは食べ物を見てまた吐きそうになった。馬車の振動もキツい。


 「はい、一応5人分です」


 「てめえ、一応が多いな!」


「はい、一応、すみません」少年はしょげて下を向いてしまった。


 「5人か。俺と誰だ」


「はい。重装兵のドノヴァン様、魔導兵のキルガ様、騎兵隊のコンスタン様、それにあなだと私でございます」


「何?おめえも潜るんか?」


 「はい。荷物持ちと雑用で、後列からお供します」


 「なんだガリガリじゃねえか。名前は?」だめだ吐きそう。


 「はい。一応、ターシャルといいます」ターシャルは金色のおかっぱ頭を揺らしながらにこりとした。


 「よし、ターシャル。後ろの幌を開けてくれ」


「え、なぜですか。危ないですよ」


「もう我慢できねえ。はやくしろ!」



 



 


 

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