第30話 公爵軍特殊部隊
【39日目 朝10時 シリトン郊外演習場】
シリトン郊外演習場における実戦演習が行われる1時間前。朝の10時。
公爵軍特作戦部隊2個小隊の指揮官アントニオ・サンティ少佐は部下を率いてシリトン郊外演習場のブッシュの中に潜んでいた。
あと一時間後に始まる南部方面軍の実戦演習。その視察官である皇女姉を暗殺するためである。
あのロードナイト未確認魔術事件において逃走中の侍女2名と行動を共にしていた共犯者の女。マルチナアレキサンドライト帝国皇女と瓜二ついや本人にしか見えなかった人物。そして謎の技術を使ってこの俺以下4名の隊員を一瞬にして行動不能にしたキアラ(娘)の主人。
彼女を狙撃して殺害するために潜んでいるのだ。
公爵軍特殊作戦部隊。小隊編成は20名と少ないが全員が複数のレベル4及びレベル3の攻撃魔法の使い手である。それが2個小隊合わせて40名。これが一斉に攻撃魔法を連打する。
攻撃魔法を高い精度で射撃するのは訓練を繰り返したとしても難しい。レベル4攻撃魔法の射撃精度は50メルト射程当たり平均誤差半径は1メルト程度となる。このため狙撃をしたとしても一撃必中とはいかない。
しかし、40名が同時にレベル4攻撃魔法で狙撃するなら話は別だ。
初撃の40発のうち20発は半径1メルトの中に入る計算だ。その一秒後には更に20発。一発でも当たれば致命傷だ。
「少佐。あの皇女姉。そして土弾5を速射するキアラ・アルタムラ。無事に討ち取れますかね」
「作戦直前にこんなこと言うのはアレだけど。お前は長い付き合いだし本音でいうぞオランディ大尉。 分からん。
彼女たちには謎が多すぎる。主席情報官は勝てると踏んでいるんだろうがな。
「たった三人の女。護衛の傭兵が4人いたとしても普通なら十分すぎる。レベル4攻撃魔法が使える特殊作戦部隊の隊員40人だからな。
「だけど我々4人はキアラ一人に一瞬で倒された」
二人の会話は一旦途切れて苦虫を噛み潰したような顔になる。嫌な記憶が蘇ったのだろう。
「そうですよね。正直この作戦は断りたかったですよ。
あの時、少佐以下4人が折り重なって倒されましたが土弾で切断された人の足が目の前あちこちに散乱しているのを今でもはっきり思い出します。ゾッとします。
あのキアラもそうですがアリスという皇女姉を自称している女、不気味すぎます。見た目はすごい美人なのに」
「そこもおかしいんだ。侯爵閣下筋の情報では姉ではないのは間違いないらしい。なんであんなに似ているんだ」
指揮官のサンティ少佐は会話しながらも周囲を見渡して異常がないか適時確認することを忘れない。
「ところで、昨日の作戦ブリーフィングで作戦の実行が早急すぎると意見できなかったんですか?」
「意見なんか一つも求められなかったよ。言われたことを文句を言わずにやれ。そういうことだ。
以前公爵軍司令官が言われていた。
主席情報官はダメだと思った時の見切りが早いと。
意見などしたら即刻首になりそうだよ。昨日開示された作戦が今日の実行だから相当に焦っているんだろうな。
「主席情報官と同行している公爵軍司令部の参謀から聞いたけど、あの皇女姉は気まぐれでいつ居なくなるかもわからず居なくなったら見つけることができないらしい。
「だから居場所がはっきりしている今、抹殺しなければ次に何時チャンスが巡ってくるか分からない、と。
「そう考えると特殊作戦は準備が大切とは言えタイミングは更に重要。この作戦指導はある意味妥当だとは思うが怖いのは怖い。どんな隠し玉があるのか分からないからな」
「少佐、皇女姉に勝てる確率と我々が生き残る可能性を上げるために作戦をもう一回復唱しますよ。
「視察台上で演習を視察している皇女姉から向かって、右から左に演習部隊が攻撃魔法を使用しながら防御側に向かって攻めていく。
「防御側には人員は配置されておらず、陣地とダミーの砂袋で作った敵兵を配置。
「演習部隊が皇女姉の前に差し掛かるタイミングで向かいの森から陽動部隊が皇女姉の注意を惹く。
「攻撃開始の指示は、視察団後方の随行団に紛れている公爵軍派遣参謀の合図で行う。
「その指示を受けて少佐が5秒カウントダウンのハンドサインでレベル4攻撃魔法の一斉射撃を命令。
「ターゲットは皇女姉ただ一人。引き続き一秒間隔で射撃を継続。各自10発射撃で終了。
「作戦目標は皇女姉ただ一人。キアラ、グレタ親子は近くにいるから攻撃魔法が当たるだろうが作戦目標ではない」
「以上で合ってますよね。少佐」
「その通りだ大尉。よろしく頼むぞ」
アントニオ少佐はロードナイトの事件のその後の事を思い返していた。
宿舎から駆け付けた応援の隊員により介抱されて死なないようにレベル4回復魔法をかけてもらい命を繋いだ。
ギリギリだった。あと5分でも遅ければ出血多量で死亡していたかもしれない。
その後シリトンに移送されて留め置かれ、公都から派遣されて来た希少なレベル5回復魔法使いによって左足の欠損を治してもらった。部下3人の欠損も治してくれた。
魔術研究本部の研究員とやらに根掘り葉掘り事情聴取された。特にカルロネ伯爵というヤツはしつこかった。記憶の隅から隅まで思い出さされた。
そのお陰で俺たちも気がつかなかった皇女姉とキアラの非常識さと恐ろしさがよく分かった。
公都に戻っていた公爵軍の上司がシリトンまで戻ってきて事情聴取が続いた。
そうこうしているうちに公都から特殊作戦部隊2個小隊がやってくるから指揮してあの皇女姉を暗殺しろと命じられた。
この因縁のある恐ろしい相手に対して。「君たち4人は貴重な戦闘経験があるから適任だ」と言われてこんな危険な作戦に駆り出されてしまった。
俺、死ぬかも。
【39日目 朝11時 シリトン郊外演習場】
「少佐、来ましたよ」
護衛の騎馬10騎と大型馬車3台が視察台のそば。出迎えの南方軍軍人10名の近くまでやって来る。
先頭の馬車からは南部方面軍司令官以下軍人5名。真ん中の馬車から皇女姉一行と案内役の女性軍人合わせて4名が下車する。
最後尾の馬車からは小綺麗な平服の男達5名が降りて来る。首席情報官以下の統合情報本部の連中だ。この中に公爵軍からの派遣参謀が混じっている。
やがて皇女姉一行3名、案内の女性軍人、南部方面軍司令官、護衛の傭兵1名の計6人が訓練視察台に登って行く。
傭兵のリーダーという奴は後方、つまり俺たちの方を警戒している。なかなか様になっている。軍の経験があるのかもしれないな。
司令官が調子良く説明し出した。どんな訓練なのか解説しているのだろう。
何の罪もない公国の高級軍人が皇女姉諸共攻撃されるとは。アントニオ・サンティ少佐は運の悪い司令官の冥福を祈った。
おや。我々の潜んでいるブッシュの外縁部からプレーリードックが顔を出したぞ? 警戒心の強いコイツらがこんなに人の近くにに顔を出すとは珍しい。我々の気配の消し方が優れているということかな? 縁起がいい。
さっきからロードランナーもチョイチョイ見かけるなぁ。変な事もあるもんだ。
5分ほどすると演習場の奥の方から野太い叫び声が聞こえた。トロールだ。予定では演習場内シリトン迷宮からトロール級の魔物を引っ張るだけ引っ張って来る計画だ。
トロールは恐ろしい魔物である。
攻撃魔法は使ってこないが、なぜか身に着けている斧や大剣等の物騒な近接武器と鎧などの身体防護具。
恐ろしく強靭な身体能力と身長3メルトを超える巨大な身体。その割には身のこなしは割と機敏である。
筋力、持久力、防御、魔法防御などの身体強化魔術を使う上に睡眠耐性、麻痺耐性、毒耐性などを高レベルで持っているためなかなか倒しきれない。
そろそろ攻撃のタイミングだろう。訓練視察台の右後方20メルト離れたところで待機している情報官以下8名と方面軍の10名の方を確認する。
やがて公爵軍派遣参謀が左手で大きく頭を掻き出した。ゴーサインだ。
「攻撃魔法発射準備!」
サンティ少佐は小声で命令を発する。隊員達は伝言ゲームの様に次々と復唱していくと共にサンティ少佐に注目する。
少佐は左手を挙げて人差し指を伸ばす。カウントダウンである。5秒後に射撃開始。
次に中指(2)
薬指(3)
小指(4)
プレーリードックと目が合ったような気がした。
左手親指を立てると同時に左掌を前方に突き出す。攻撃。
グレタとキアラが一瞬のうちに振り向いた。
気付かれた!しかしいま気付いても遅い!
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