第29話 実働演習の視察


【39日目 午前 南部方面軍司令部】


 皇女姉アリスとの会談を切り上げて特別会議室を退出したジラルディ侯爵。南部方面軍副司令官アメーリア中将が後を追って退出してきた。


「副司令官、ちょうど良い。皇女姉殿下の今後の視察計画だが出来るだけ早いタイミングでシリトン郊外演習場で戦闘演習を組んでご視察いただいてみたらどうかな。南部方面軍の精強なところを見て頂こうではないかね」


「はっ。ありがとうございます。南部方面軍のことを常に考慮していただいて感謝します。早速計画をするよう致します」


「それがいい。スケジュールを組めたら、宿舎まで伝えてもらえないかね。頼むよ」




 ジラルディ侯爵は副司令官と別れると南部方面軍の馬車に乗って自分の宿泊先。アリスが泊まる宿屋とは別の高級宿屋へと向かった。


 侯爵は宿屋に戻るとシリトンで合流した公爵軍特作戦部隊2個小隊の指揮官アントニオ・サンティ少佐。そして統合情報本部保安局所属で潜入暗殺チームを指揮するパオロ・ウベルティ保安局少佐を呼び出した。


 次いでジェダイト迷宮管理公社シリトン支社長。つまり、シリトン迷宮のダンジョンマスターを呼び出す。


 ジェダイト迷宮公社。統合情報本部迷宮担当情報官が公社総裁を兼務するジェダイト公爵の直営公社である。


 ジェダイト公国支配領域にある12箇所の迷宮のダンジョンマスターは、全員が迷宮公社の支社長でもある。


 90年前に当時の王太子が公国内12箇所すべての迷宮を踏破。すべての迷宮の管理者となった王太子は、迷宮管理権を迷宮管理公社の各支社長に譲渡。公国内迷宮の管理運営を迷宮公社を通じて一元管理することとした。


 ダンジョンマスターは迷宮内資源の生産制御、魔物の発生頻度調整、魔物の行動制御などの権能を持つ。


 これにより迷宮からの資源や魔核の採掘は自由自在となり迷宮から膨大な富を得ることが可能となったのである。


 迷宮公社はジェダイト公爵の最大の収入源であると同時に公国の国力の源泉となっている。






 ジラルディ侯爵は魔法即時通信を用いて王太子を呼び出した。



「王太子殿下。ジラルディ侯爵です。皇女姉と会談してどの様な人物なのかを確認いたしました。会話の速記記録は既にお手元に届いているかと存じますがー」


「うん、届いているよ。読ませてもらったけどなかなか頑なだね」


「ええ。印象的には頑なで揺らぎがありません。発言の内容は合理的で理知的ですね。そしてマルチナ皇女の絶対的な味方というか守護者なのかという印象を受けました。当然マルチナ皇女を捕縛して軟禁している我々に対しては好意的ではありませんね。

我々サイドに取り込むことはほぼ不可能との印象です」


「敵対してくるかな?」


「既に半ば敵対であるかと。マルチナ皇女の無条件解放と帝都帰還で何とかギリギリでしょうかね」


「ふん。そうなると我がジェダイトの優位性が早晩崩れるな。残念なことだ。主席情報官、実行可能か?」


「シリトン迷宮の管理者の協力を得て何とか出来るかな? というところです。明日か明後日に実行出来ればと思っています」


「この件は、秘匿作戦ゆえ安全保障会議には諮らない。公爵閣下には既に方針は示しているが改めてご説明しておく。では主席情報官、任せました」


「はい、任されました」





♢♢♢♢





 この日の夕方に南部方面軍司令部ビアンコ中尉が宿屋を訪問。


 明日の午前中11時にシリトン郊外演習場において実戦演習を実施するので皇女姉殿下は演習視察官として部隊を視察して頂く予定ですがよろしいですか?と打診があった。


 アリスは大喜びで了承。その日の夜は興奮してなかなか寝付けなかったという。






【39日目 朝】



 侯爵との会談の翌日の朝10時。


 アリス外二名と一匹は宿屋を出発して演習場へと向かっていた。実戦演習を視察官として視察する為である。




 演習場へ向かう移動の馬車の中。


「ビアンコさん、演習場ってどんなところなんですか?」


「えーと。およそ南北5キロメルト東西8キロメルトの大きさがある大演習場ですね。演習場内には山と川。ほとんどは平原と森ですけどね。


「元々は、シリトン迷宮の緩衝地帯として住民が居なかった所をシリトン子爵が領軍の駐屯地兼ねて演習場にしたんです。90年前に国内の迷宮が全て国有化された際、迷宮出入り口近辺の半径1キロメルトは迷宮公社の管理になりました。


「10年前に南部方面軍が設立される際には南部方面軍との共同使用演習場となりました。ただし子爵領軍はおよそ1000人しか居ないし、ほとんどが領内各地に配置され訓練をする暇もそんなに無いですから南部方面軍の専用演習場であるも同然ですね」




「すごく分かりやすいです。南部方面軍って何人位居るんですか?」


「現在は常設の軍団としては2個師団と司令部ですね。本来は4個師団有るんですけど、今は第63師団と第64師団をオーバル方面軍に差し出しているので勢力は半分ですね。

概ね16000人程度ではないでしょうか。これだけの規模の軍団を常設しているのはジェダイト位だと思います。他国は各領貴族軍を核にして農民を徴用しますから即応性が低いんです。

その点ジェダイト公国軍は常設5個軍団で地上兵力16万人の戦力です。その他に海軍隷下の海兵遠征軍団が4個軍団あります。これは海外に展開しているのであてにはできませんけど。

これだけの常設軍団があれば戦争での対処力もさることながら魔境の魔物への対処としてもかなりの物だと思いますよ」


『アリス様、魔核の集め方も聞いてみてください。失礼かと思いましたがビアンコさんのステータス見ちゃいました。レベル4魔法持ってますね。こんなに若いのに』



名前 サーラ・ビアンコ 

種族 人(女性) 

年齢 21  体力G魔力F

魔法 光弾4土弾1

身体強化 筋力1防御1

称号 ビアンコ男爵家長女

   ジェダイト公国軍中尉



 私も見ちゃった。ゴメンね、ビアンコさん。軍の士官って貴族が多いのかな。男爵家長女ってなってる。


「ビアンコさんすいません。ちょっと考え事してて。それで、知り合いに聞いたんですけど、魔核を大量に使って訓練されているとか。どの様にして集めているかご存知ですか?」


「それ、私も知らないんですよ。迷宮公社がやってるんですけど、軍と公社って別組織だから人事交流も無いんですよね。

ただ、迷宮公社の齎す利益が我がジェダイトがこの規模の常設軍団を維持できる理由と言うか財源なのかなとは思います。

西海岸の地中海貿易でも利益はある様ですがそこまででは無いはずです」


「そっか。私が方面軍の概況報告を蹴っ飛ばしたから。概況説明で教えてくれたかな?」


「いや、正直言って教えてはくれないと思いますけど演習場に行けば司令官が居ますからお聞きになってみては如何でしょうか」


「ありがとう。そうしてみます」




「ところで皇女姉君殿下。今日のお召し物は昨日までとは変わっておりますね。見た事のない意匠で斬新です。アレキサンドライト帝国の流行なのでしょうか」


「へへ、これはね。私が作った戦闘用の軍装だよ。動き易くて機能的なんだ。カッコも良いでしょ?」


「大変にカッコ良いです。私も着ていますが鼻が高いですね」



 ふふ。これは今まで人目に付くところでは着なかったけどアンバー高原や小魔境の訓練や魔物討伐の後の方では着用して使用感を確認していたんだよね。


 最初は合衆国海兵隊的な砂漠迷彩の戦闘服を考えたんだけど。攻撃魔法からの防御を考えて「障壁」を防弾板に使うから戦闘服デザインに拘らず丈が長くてゆったりとしたジプシースカートに同じくゆったりとしたフィールドジャケットの方がいいと考えた。


 服の中に散りばめた障壁の機能はベクトル操作を組み込んだ速度緩和。


 障壁に触れた存在の速度を1/1000に減速する。レベル4魔術であれば弾体の速度が秒速800メートル程度であろうから減速は十分だ。障壁なので貫通される事もない。


 普段使いでは服の繊維に隠れているから減速は発揮されないが繊維を破壊して障壁にあたって来る様な物は減速する。ちゃんと機能することは小魔境で実験済みである。



 頭には、つば広のハット。

首筋まで余裕で隠れるタイプ。服と同じく速度緩和障壁入り。


 足下はデザートコンバットブーツ。


 全身ボディーアーマー状態だけど重量は普通の服と変わりない。服と帽子とブーツ全て砂色砂漠迷彩色。


 自己防御兵器として陸上自衛隊89式小銃の弾倉が無いフォルムの携帯神器を準備した。砂漠色の強化プラスチック製。全長は80cmと89式より10%縮小。


 機能はガンバレル状障壁を利用した攻撃魔法のアシスト。長さ40cmのガンバレル(銃身)を通すことによって攻撃魔法の射撃精度を著しく向上させる。銃身を4本束ねてあってレベル5用12.7mm、レベル4用7.62mm、レベル3用9mm、レベル2用22口径の4種類。


 銃口の下の銃剣が付くところには径3cm長さ10cmの円筒が付いていて起動させると直径2mの隠蔽用障壁が展開する。


 いずれの機能も魔力起動で引き金やスイッチは無い。89式のフォルムにしたのはある程度の大きさで実体が有った方が扱い易いかなと思ったから。


 これをスリングベルトで肩がけにする。カッコいいよね。





「それって軍装だったんですか? てっきりお洒落な外出着かと。カッコいい事に違いはありませんね。こほん。



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