第28話 カルロネ伯爵

【39日目 夕方 シリトンからロードナイトへ向かう街道】


 魔術研究本部副本部長ルカ・カルロネ伯爵はシリトンで緊急に雇用した傭兵2名と部下の研究員合わせて5名で一台の馬車を疾走させロードナイトに向かっていた。


 予定では皇女姉君が今日ロードナイトからシリトンの南部方面隊司令部に向かっている。この街道の何処かで既にすれ違ったはずである。今頃は南部方面軍司令部でジラルディ侯爵と皇女姉の会談が行われているだろう。


 時間がない。今日含めて3日間でシリトンに戻って来いと主席情報官ジラルディ侯爵に釘を刺されてしまった。


 何とか今日中に例のアンバー高原マルチナ皇女捕縛現場の洞窟までは到着したい。そうすれば明日一日かけて周囲を探索して予想したとおり何かがあるなら何か見つかるだろう。


 傭兵の手配に時間がかかったので出発が昼前になってしまった。ロードナイトに着く頃は既に夜になっているだろうが洞窟までは行っておきたい。魔法で光が出せるから何とかなるだろう。





♢♢





 ロードナイトでいったん停車。休憩兼ねて酒場で夕食とする。


 時間が遅いからか街のメインストリートにある酒場しか空いていないのでやむを得ない。酒を飲みたそうにする同行者達であるがまだ先に進むので飲酒は許可しない。


 あのロードナイトでの襲撃事件の時の公爵軍派遣隊7名はここで酒を飲んでいるところ傭兵組合職員の通報で外に飛び出して戦闘に突入したはずだ。


 あの時に皇女姉君と決定的に決裂してしまうような負傷を負わせなくて幸いだった。





 カルロネ伯爵は思考する。


 ジラルディ侯爵や王太子殿下は皇女姉君を暗殺することも選択肢としているがとんでもない事だ。あのような想像を絶する超超高度魔術がどのように実現可能となるのか全く想像できない。


 しかも皇女姉が我々ジェダイトが知らない隠し球をまだまだ多数持っているという確信がある。それは何らかの技術を極めた者としての感覚。相場感。


 要するに想像を絶する技術を持つならば。それには及ばずとも十分に驚異的な技術を中間派生技術として多数持っている。カルロネにとっては至極当然の感覚である。


 ゆえに暗殺を試みても返り討ちに会う可能性はかなり存在する。常識では推し測れないのであるからして。




 カルロネには未知の技術であってもそれが実現可能である事を提示さえされれば。徹底した調査とトライ&エラーによってその技術を解明する自信はあった。今までは。


 あの皇女姉の超超高度魔術はいったん失われれば二度と再現することはできないだろう。


 教皇庁からもたらされた情報。ロードナイト付近のアンバー高原に皇女姉の秘密に迫る何かがあるに違いないとカルロネ伯爵は予感していた。




「王太子のマルコも情報官のジラルディもちょっとだけ小利口で高位貴族に生まれて有力ポストに付いているだけの愚か者共じゃ。


「アヤツらが取り返しのつかない過ちを犯す前にこの儂が。魔術の発展の為。ジェダイトの生存の為に一肌脱いでみせますぞ。大恩ある先代公爵様。見ていてくだされ。


「ただしアヤツらがどうしようもない馬鹿者で始末に負えないようなら切り捨てることもお許しください」




 カルロネ伯爵は誰にも聴こえない声で囁くようにつぶやいた。





♢♢





 休憩を終えたところ。すでに夜の8時を回っている。疲れている皆を叱咤しつつ出発。初めて走るアンバー高原の道なき道。巨大な上弦の月の明かりが荒野を照らす中、魔法光を照射しつつ地図と首ったけになりながら夜の9時半にようやくマルチナ皇女捕縛の現場に到着した。


 設営の準備を始めるも簡単に周囲を確認するルカ・カルロネ伯爵。と、南の方角に自然物ではない灯を認める。



「あれは何じゃろうか。おい。馬車をもうちょっと走らせるぞ。あの灯までじゃ」



 馬車を再び走れるように準備しなければならない。ぶつぶつ文句を言う御者や傭兵を宥めすかしながら20分後に出発。


 馬車を走らせてから20分程で灯の発生源がハッキリと見え出す。一旦馬車を止めて伯爵と二人の研究員は灯りの発生源に向かって歩き出した。





♢♢





「何じゃろうか。これは?」


「分かりません」




 およそ直径20メルトの円形台座に高さ10メルトほどの五角柱が立っている。


 どういういう原理なのか内部から光り輝いている。ルカ・カルロネ伯爵は前にこのようなものを見たことがあるような気がした。




 巨大な五角柱のロードナイト側の側面の人の目の高さに何やら絵と文字のようなものが書いてある。文字は3種類のようだ。一番下にはイースで用いられている共通文字。そこには。




『アースの亜神アリス この世界イースに降臨す』




「何っ、アリスじゃと……」



 伯爵は何度も何度も繰り返し読む。書いてある文字は何度読んでも同じ。




『アースの亜神アリス この世界イースに降臨す』




 これは。皇女姉君殿下アリスのことなのか。伯爵は思考を加速させる。


 この巨大な構造物。おそらく大規模検索の時点ではなかったはず。もしこんなものが有ったら大騒ぎだ。ゆえにここ6日程の間ということ。皇女姉だ!


 文字の上にある絵を見る。




 一番上に女性


 その下に2人の女性。

 一人はちょっと小さい。


 その横に両耳の立った小型四足動物。




 これはどこからどう見ても皇女姉御一行の事に間違いないではないか。何でこんな物体を?




 改めて巨大構造物を見る。見たこともない完全な平面。凹凸無く艶もない。光輝いているから漆黒ではないが叩いても音もせず岩のようだ。


 あの謎の壁と同じ性質のものだと考えられる。しかし光っている。





『アースの亜神アリス この世界イースに降臨す』




 イースに降臨したのは皇女姉アリスのことであり、アースの亜神と書いてある。亜神?




 伯爵は思い出した。帝都アレキサンドライト教皇庁。大聖堂最奥にある「神石」。女神「イース」が創造したという。


 魔力の供給もなく原理不明の光を遥か昔から絶やすことが無いという。この光!神石の光か!




 教皇庁は慌てふためき我がジェダイトに恥も外聞もなくかなぐり捨てて頼ってこの周辺を確認しようとした。


 神だ。皇女姉アリスは神だ。間違いない。ここに書いてある。




『アースの亜神アリス この世界イースに降臨す』




 亜神アリスに敵対してはならない!女神イースの再来かもしれない!敵対しては神敵になってしまう!




 副本部長ルカ・カルロネ伯爵は文字と絵を正確に写し取るとともに、構造物の寸法形状を計測するよう命じた。


 次いで早急にシリトンに帰還すべく直ちに出発しようとした。しかし馬や御者を休ませないと無理であると研究員や傭兵に説得されて止む無く一泊して明日の朝出発することとしたのであった。



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