第18話 ロードナイトの風(2)

【32日目 朝11時頃 シリトンに向かう街道】



 飴ちゃん効果もあってか、傭兵リーダーの口は更に軽やかに回るようになった。リーダーのフィリッポさんは30歳までは南部方面軍で士官として勤務経験のあるロードナイト近郊に領地のある準男爵家三男とのことだった。


 準男爵家三男となるとなかなか幸運に恵まれないと貴族として生き残る事は難しいらしく軍で出世するか戦闘力を身に付けて身を立てようと考えたらしい。


 そこそこの攻撃魔法を習得することが出来たが上官との折り合いが悪く退役してしまった。その後は故郷のロードナイトに戻って知り合いの子弟で行先の宛の無い若手を指導しつつ傭兵として生活しているとのことだった。



「どこの世界でも人間関係は難しくままならないものですね。このまま傭兵を続けていかれるのですか?」


「いや。領地の後を継いでいる兄貴に、この子達と一緒に開拓地を任せてもらえるように頼んでいるんだ。この子達、行先ないからね。

この子達の実家も準男爵家の陪臣なので無碍には扱われないと思うから大丈夫だとは思うけど、絶対は無いから秘密にしているんですよ。内緒なんです。」


「そうなんですね。上手くいくと良いですね。ところで、フィリッポさんは南部方面軍で攻撃魔法を習得されたとのことでしたけど、軍の皆様はどんな方法で攻撃魔法を習得なされているのですか?」


「ああ、別に秘密でもないから言ってもいいか。とにかく大量の魔物の魔核を使わせてもらって、ひたすら魔法を発動するんだ。

俺の場合は運よくレベル4とレベル3を習得できた。理由は分からないけど、向き不向きがあるのか習得できない奴はどれだけ魔核を使っても全然ダメだからな」


『アリス様、レベル4やレベル3攻撃魔法を使える魔物の魔核はかなり貴重ですよ。

オーガロードやオーガジェネラル、オークジェネラル等の強敵を討伐しないと入手できません。こいつ等はその攻撃魔法もさることながら、なぜか身に着けている斧や大剣等の物騒な近接武器と鎧などの身体防護具。恐ろしく強靭な身体能力と巨大な身体。

ジェダイトは、どうやってこんな恐ろしい魔物を討伐して魔核を集めることができるのでしょうか?』


「レベル4やレベル3魔法の魔核となるとかなりの強敵を討伐しないと手に入りそうにありませんね。大量に手に入れるのは難しそうです」


「俺もそう思う。ダンジョンに入って、オーガジェネラルやロードと戦闘して討伐しろって言われたら、同レベルの魔法が使える俺クラスを魔物の数の2~3倍集めても多分勝てないね。奴らは強靭すぎる。南部方面軍の精鋭をぶつけても死亡者多数、他国と戦争する前に半壊するだろうね」


「そんなに魔物はお強いんですね。大変です」


「どうやって魔核を集めているのかは俺も知らないし、軍の人間も知らないはず。一部の高級幹部は知っているのかもしれないけど。

シリトンの南部方面軍の場合は、迷宮公社シリトン支社から一括して供給されている。方法は分からない。分からないが、士官には潤沢に魔核は割り当てられて、何とかレベル4もしくはレベル3攻撃魔法を習得できる可能性はあるけど、下士官以下は回ってこないな」


「俺の場合は方面軍の騎兵連隊にいたから優先されたってのもあると思う。騎兵連隊はレベル3以上使えないと話にならないからな」


「何処かから買って来ているということもあるんでしょうかね。外国とか」


「他の公国からは買えないと思うよ。ジェダイトに較べても魔術レベルが低いんだから外国に売るほど魔核は採れないはずだし。

買えるとしたら西海岸の地中海貿易くらいしかないけど、魔核を買って来ているってのは聞いた事は無いんだよな」


「地中海貿易って何処と貿易しているのですか?」


「ジェダイトは西の中央大陸セントリアと西大陸ウエストリアにコロニーを幾つか持っててね。そこに迷宮産の資源を売って海外コロニーからは金銀お茶、綿花や香辛料なんかの農産品や奴隷を買い取っているらしいよ。

西海岸から出航して中央大陸には2週間はかかるし、西大陸には3カ月くらいかかるから遠いんだけど、地中海は波も穏やかで水深も浅いからあんまり危なくないらしいよ」


「そうなんですか。フィリッポさん博識なんですね」


「はっはっは。それほどでもありませんよ。それでね、海外コロニーのことだけど。ジェダイトだけじゃなくてアレキサンドライト帝国の北にあるカイアストライト王国、ルベライト王国。南にあるスピネル王国、ラズナイト王国。そしてこのイースリア大陸と氷結大陸の間にある島嶼からなるラピスラズリ連合王国。

この国々はそれぞれ中央大陸や西大陸にそれぞれ海外コロニーを持っててね。お互いに争い合って海外領土を奪い合ったり貿易したりしているのさ。

ジェダイトが地中海に展開している海軍の地中海艦隊と海兵遠征軍団はそういう争い事や海賊討伐の為にあるんだよ。ジェダイトの地中海艦隊は他国にとっては海賊なんだけどね。ははは。


「実際のところ、ジェダイトにとっては海外コロニーの経営と海外領土拡大維持が重要でアレキサンドライト帝国とかオーバル公国とかの事は片手間なんだと思いますよ。だってアレキサンドライト帝国をジェダイトの物にしたところで管理が面倒じゃないですか。利益が然程上がるわけでもなし。戦力を投入するだけ海外が手薄になります。オーバル公国を制圧したのは、迷宮絡みでどうしても管理下に置く必要があった様ですね。詳しくは分かりませんが」



『アリス様、このフィリッポという男。博識のうえ口が軽いとは役に立つ拾い物でしたね。気に入りました』


『そうそう。ジェダイトの人達、帝国のことをそんな目で見てたんだ。地中海貿易も知らなかったよ。奴隷の人達、海外から連れて来ていたんだね』




 2回目の休憩で軽く食事を取ることとする。今回私たち皇女姉君御一行の捜索救助作戦のためこの街道は著しく交通量が増加しており、どこからともなく多数の露店が途中3箇所ある鄙びた宿場町はおろか街道の道端にも好き勝手に商品を広げ客を待っているとの事。この周辺の農家の皆さんだろう。


 昼食は2箇所目の宿場町の露店で蒸し芋と鳥の串を食べようかとグレタさんがお金を払おうとしたら傭兵リーダーのフィリッポさんが払ってくれた。マッテオから雑費として預かっていたとのこと。


 マッテオめ。中々気が利くヤツだね。かなり見直しましたよ。これならキアラさんもあの日の事を水に流してくれそうです。




 その時!




「おいおい、気をつけろ! 姉ちゃん、焼鳥のタレが服に付いちゃったじゃないかよ、どうしてくれるんだよ!」



 柄の悪い傭兵にキアラさんが絡まれた。



「エッ。あ、あなたがあたしにぶつかってー」


「ま、ままって下さいよ、タレついちゃったのはすみませんね、私の方でなんとかしますから、ね、落ち着いてください」


「関係ない奴はスッこんでろよー」



 傭兵リーダー、フィリッポさんが割って入る。残りの3人の傭兵君達もすっ飛んできて身体を張ってブロックする。


 ふむ。なかなかの対応ですね。日本の警察官を想い出させます。この子達見どころあるかも。チンピラの様な傭兵は傭兵4人の作る人の壁でキアラさんに絡むことができない。



「リーダーのフィリッポさん。その方もご納得頂ける様にお洋服のお召し替え代金を差し上げたら如何でしょう。後ほどロードナイト傭兵組合マッテオの奴か、シリトンの南部方面軍司令部の責任者に命令すればフィリッポさんが立て替えた代金はお返しできますよ。なに気にすることはありません。南部方面軍の連中は今ここで何があったのかキッチリ調べ上げて必ず制裁をお加えになるでしょうから。我々はなーんにも気にすることはございません」



 私は例のチラシを取り出し右手で持って、チンピラ傭兵の目に入るようにヒラヒラさせながらリーダーのフィリッポさんに提案する。



「はあ、お嬢様がそのように仰って頂けるのでしたら了解です。君、いくら有れば良いんだい。一応金貨1枚までだったら出してあげるよ」



 チンピラ傭兵は眼を見開いて私とチラシを凝視し、眉を顰めるとキアラさんを見て、グレタさんを見た。再び私を見て口を丸く開け、一瞬硬直したと思ったらクルリと回れ右して一目散に逃げていった。



「なんだアイツ。お金もらってから帰ればいいのに。って事は後ろめたいことあったんだな。悪い奴め」



 あれ、フィリッポさん、私のこと皇女姉と認識しているわけじゃなさそうですね。それならそれで良いでしょう。



「ではキアラさんの鳥を買い直して頂いてよろしいですか? フィリッポさん。ありがとうございます。ではお食事にしましょう」







 馬車に乗り込んで、再びシリトンに向けて進み出す。私は例の物を作り出す。声出さずに「例のもの4枚出ろ」作った座布団をフィリッポさんに渡す。



「フィリッポさん、これ私の地元で作っている特殊座布団です。良かったら使って下さい。あなた方に差し上げます。嵩張って扱いにくいかも知れませんが、その場合はご自宅ででもお使いになればよろしいと思いますよ」


「ありがとうございます。こんな立派なもの頂いても? 本当にありがとうございます。大事に使います。ホラみんな」


「ありがとうございます!!!」



 ふむふむ。なかなか気持ちの良い青年達だね。私の方をチラチラ、キラキラと見てくるのも悪い気はしない。むしろ気分は良いと言える。


 この子達を当分専属護衛にしても良いかもしれない。お金持ってないから報酬払えないけど方面軍司令部とやらに払ってもらうか、私が方面軍司令部から現金を頂けば万事解決するのではないだろうか。

 あのチラシには、「皇女姉君の意にそぐわない行為をしてはいけません」って書いてあったからね。


 なんかこの子達見てると自衛官だった時の部下達を思い出したんだよね。グレタさん親娘は家族的な身内って感じでボブはペットだからちょっと違う。


 何というか、別にぞんざいな扱いをしようとは思ってないけど。誰の息もかかっていない信用出来る気持ちのいい連中を手足にして用事を頼みたいっていうか小僧にしたいというか。さっきみたいに肉壁になってもらいたいとかー。


 とは言え、これからずーっとお抱えで面倒を見るのも重くて約束できないでしょ? だって私には言えない秘密が多い。マイホームに入れる訳にも行かない。ずっと一緒には行動できないから。


 お金の関係でドライだけど信用出来る都合のいい一時的なパートナー。それがフィリッポ。報酬払えば問題ないよね。それが普通のことだし。


 そういやグレタさんキアラさんに報酬とか全く考えたことも無かったね。使徒なんだからお小遣いくらい上げたいよね。方面軍司令部に強請るとしますか。いい金蔓が出来たよ。って言うかわざわざ行ってあげるんだから私が報酬を貰うのが当然な気がして来た。私の時給いくらに設定しようかな?金貨10枚か100枚か。うーん夢が広がるね。



「あなた達、方面軍司令部に着いた後の予定とか何かありますか? 良かったら引き続き私に護衛で雇われませんか? 報酬は相場より高めに出せると思いますよ」


「エッ、我々で良いんですか? それほど強くありませんよ? あの子たちは有効な攻撃魔法を持っていませんし」


「良いのです。人間的に信用できる方々に側にいて頂きたいのです。シリトン到着後はあなた方も色々やる事があるでしょうから護衛を引き受けてくれるのなら明日の朝。司令部に顔を出して下さい。話を通しておきます。

 ただ、私たちは旅の途中で行き先もどんどん変わるので根なし草の様になっちゃいます。だからついて来てくれるところまでで良いですよ。あと私たちの事情で護衛終了という事も有りますがそれは含んでおいて下さい」


「分かりました。明日準備して顔を出します。よろしくお願いします」



 これで良し。


 その後一回の休憩を取ってのち。1時間ほど走行してシリトン領都中心部にある公国南部方面軍司令部の正面ゲートに到着したのであった。


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