第2部 皇女姉君編

第17話 ロードナイトの風(1)

【32日目 朝9時頃 ロードナイト】


 傭兵の主な仕事は護衛と警備である。ここジェダイト公国においては各地に駐屯する公国各方面軍や各地方領軍の存在によって治安は悪くはない。


 しかし公国支配領域内には人類の定住出来ない広大な未踏地が点在しており危険な野生動物や野盗、そして魔物の支配領域「魔境」となっている。


 このため公国各地を結ぶ街道を利用する商人たちは雇用した傭兵と共に商隊を組み安全を確保しようとしていた。


 魔物の支配領域である魔境の深部にはレベル5魔術を連発する人類が太刀打ちできない強力な魔獣の集団が巣食っており悩みの種となっているが、何故か支配領域から出る事はなく国民生活の致命的な障害にはなっていない。


 5つの公国を擁するアレキサンドライト帝国。今は結束が乱れ統制が取れていないがその版図は地球で言えばアメリカ合衆国大陸本土に匹敵する超大国である。


 ジェダイト公国は公爵が国家元首の公国とはいえ帝国の西側を支配領域とし、その大きさはアメリカ合衆国本土の4分の1に達する。


 公国が有する優れた魔術。12箇所ある迷宮から得られる膨大な資源と利益。強大な軍事力。西海岸に本拠地を置く地中海艦隊を擁する公国海軍などの存在を踏まえれば公国単独でもこのイース世界における有数の大国であると言えるだろう。





 19日前に起こったというマルチナ皇女姉君とその侍女2名に対する襲撃事件。


 この対応に公国南部方面軍が緊急出動してシリトン、ロードナイトそしてアンバー高原の広範囲にわたる皇女姉君御一行の捜索が実行された。


 軍隊が行動するときは我々傭兵達も稼ぎ時だ。軍隊の活動に必要な食糧、日常消費資材などの輸送請負い、軍隊不在時の警備代行、軍の指揮下に入っての雑用請負いなど多岐にわたる。


 俺たち傭兵パーティ「ロードナイトの風」は傭兵組合の仲介で南部方面軍に雇用されアンバー高原における物資運搬を請負っていた。

 しかし作戦の終結による物資運搬所要の減少を理由として雇用契約を解除されたのでパーティの根拠地シリトンへと向かおうとしていた。


 俺たち4人はロードナイト出身。16、18、20、35歳の独身の男性軽戦士だ。

 俺は軍に居たころにレベル4攻撃魔術とレベル3攻撃魔術を運良く習得することが出来た。傭兵としての戦闘力は頭一つ二つ抜けて強いと言えるだろう。


 南部方面軍発行の勤務内容証明書はもらってるから後はロードナイトの傭兵組合に顔を出して情報収集してから出発するか。




 リーダーの俺はパーティメンバー3人を外で待たせて組合事務所に入っていった。


 余り広くない事務所には先客が3人。全員フード付マントをしっかりと身につけた軽装の女性たち。1人は猫を抱いている。


 顔見知りの組合職員マッテオさんが俺を見て声を掛けてきた。



「ありがたいフィリッポ。お前たちのパーティはシリトンに戻るんだろ? 何も仕事を請負ってなくて移動するだけだったらこのお嬢様方を丁重にシリトン南部方面軍司令部まで護衛並びにご案内してくれないか。

馬車は組合から御者付きで出すから今から出れば夕刻には着く。頼まれてくれんか。


「お前達の報酬は組合が負担。相場の3倍1人金貨1枚出す。移動中の雑費として今現金で金貨4枚渡しておく。

残ったら報酬とは別にボーナスとして進呈するから山分けしてくれ」



 驚くべき報酬額。僅か1日で1人当たり金貨1枚、傭兵半月分の平均的収入に匹敵する。その上ボーナスだって?

 儲けるチャンスを逃さないのが傭兵の嗜み。「請け負う」の一択だろう。



「マッテオさん任せて下さい! 我々ロードナイトの風、間違いなくお嬢様方をお送りしますよ!


「お嬢様方、ロードナイトの風のフィリッポで御座います。4人パーティです。護衛と案内は任せて下さい!」



 フードの女性3人に声を掛ける。真ん中の人物がフードを下ろしてこちらを見る。



「リーダーのフィリッポさんですね。グレタ・アルタムラです。私たちはこの辺の地理には詳しくないので全てお任せお任せしますのでよろしくお願いしますね」



 グレタ・アルタムラさんは黒髪にヘーゼルの瞳の落ち着いた凛とした美人だった。

 待てよ?黒髪にヘーゼルって捜索がかかっていた皇女姉君の侍女なのでは? そういえば女性3人だしリンクスもいる!


 マッテオさんの方をチラ見するとギロリと睨まれながら首をゆっくりと横に振られる。余計な事を言うなということか。分かったよ。


 組合のマッテオさんから略式依頼発注書と雑費の金貨を受け取って馬車が回される間にパーティメンバー達に依頼受注を報告すると、メンバー達は大興奮だ。



 馬車の準備が出来た。事務所からマッテオさんが護衛対象の3人を案内して馬車に乗せていく。



「いいかフィリッポ。お前を信用して頼むんだからな、丁重に。貴族だと思って、というか、アッシュブロンドの髪色のお嬢様はお忍びの高位貴族だからくれぐれも失礼のないように頼むぞ。後の2人はお嬢様のお付きの方だからな。名前その他個人情報の詮索も一切禁止。分かるな?」



 俺はこくこくと頷くと、馬車に乗り込み御者に出発の合図を出した。





♢♢♢♢





 シリトンの公国南部方面軍司令部へ向かう二頭立ての大型馬車を送り出した傭兵組合職員のマッテオ。


 いやびっくりしたぜ。皇女姉君御一行様が朝一番いきなり組合に来て護衛付輸送依頼だもんな。しかも代金タダで今すぐ出発させろときた。


 いいタイミングで「ロードナイトの風」が顔を出してくれた。余り知られていないがリーダーのフィリッポはシリトン近辺で活動する傭兵では最強クラスだからな。丁度良かった。フィリッポに任せれば問題ないだろう。

護衛付輸送依頼、勿論受けさせてもらいますよ。王太子殿下への情報提供は俺が好きに捌いて処理していいって事だから。

 あと「上手く到着できたら王太子殿下に傭兵組合マッテオさんのことを良しなにお伝えしますね」って言ってくれたし。


 あの時、皇女姉君様達を密告したにもかかわらず懐が深いお方達だ。もしかしたら密告したの気付いてない可能性もあるな。まいっかそんな事。早速そこらに居る方面軍の幹部捕まえて報告だ〜。





♢♢♢♢





 私たち皇女姉君御一行は馬車に乗って一路シリトンに向かっている。傭兵組合のマッテオが言うにはシリトン駐留の南部方面軍とやらの司令部までおよそ40キロメルト、途中の集落で休憩を3回取っても日没2時間前には着くとのこと。


 どこに出頭しようか考えたけど、自衛官としては軍隊のお世話になった方がなんとなくやり易いかなーとかイース世界の軍隊興味あるしーとかでシリトンの司令部に行こうと思った。


 ロードナイトに駐留する軍だと、とりあえずお待ち下さいとか言われて司令部に報告して指示を待たれたんじゃ面倒くさいと思ったんだよね。その点シリトンなら結構な上級司令部らしいから。さっさと自己判断で対処してくれて話が早いかと。


 シリトンまで歩くと2泊3日らしいからダルいし。あの傭兵組合のマッテオに全部手配させれば楽でいいんじゃない? って事で今朝ロードナイト傭兵組合事務所を訪問したのである。

 なんか小狡そうでフットワーク軽そうだからね。あのタイプは自分に利のある仕事は早いと経験上知っているのだ。


 密告した恨み。なきにしもあらずだけど一応、良識ある市民として公爵軍の任務遂行に貢献すべく自主的に行動した結果と見れば、そんなに悪い奴とも言えないよね? でも今度裏切ったら許さないよ。


 私達は馬車に乗ってからは、フードを取った。暑いしうっとしいからね。







 なんか護衛の傭兵の子達がチラチラと私達、特に私を見てくるんですけど。で、私をキラキラした眼で見るんだよね。アレかな。私のこと皇女姉君って知っているのかな。まあ良いけど。


 馬車の振動でお尻痛いから例の物を作ろうかな。声を出さずに「低反発ウレタンフォームで座布団(合成樹脂カバー付)3個出ろ」グレタさんキアラさんにも渡す。


 傭兵リーダーにこの辺の地理とかジェダイト公国の風土や国家組織、産業の事など色々と質問して聞いてみた。この傭兵リーダー中々の博識で役に立つな。ちょっと気にいったかも。


 物質創造で飴ちゃん5個入り巾着袋を作り出し、傭兵リーダーに渡す。



「これ、中に甘い飴が入ってます。皆さんで分けて食べてみて下さいね。喉を潤すのにちょうど良いですよ。馬車の旅は埃っぽいですからね。袋は差し上げます」


「ありがとうございます。頂きます。皆んな、お嬢様から頂いたぞ」


「ありがとうございます!!!」


「どういたしまして。良かったら食べて下さいね。噛んではダメです。ゆっくりと口の中で溶かすんですよ?」



コミニュケーションを取るために「飴ちゃん」を試してみた。



『アリス様、あたしも喉の調子悪いです。それ下さい』



 はいはい。キアラさんグレタさんに巾着入り飴を一袋ずつあげる。意外と神力消費は軽い。三袋でおにぎり1個分も無いくらいだ。

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