第16話 潜伏生活の終わり

【31日目 午後 ロードナイト】



 遭遇戦から18日、カラスの調教検証開始から3日経った。キアラさんはマンガを読みながらも並行してカラスの検証を続けている。


 昨日マンガを読んで大粒の涙をボロボロ流して悲しんでいた。分かるよその気持ち。



 キアラさんが言うには『カラスはどこにでもいくらでもいるから、どれでもいいので検証の時だけ調教状態にする』らしい。


 やはり24時間調教すると動物の非人間的な良くわからない欲望や感情にさらされるキアラさんの精神が持たないとのこと。


 逆に生体機械で意思を持たないカエル、魚、昆虫が役に立つ可能性ある?









「さてと。お茶でもいただきましょうか。スィーツも出しますよ。何がいいかなー」


「アリス様。長崎のカステラを食べてみたい。転写してもらった知識にはスィーツが沢山あるけど長崎カステラにブックマークとレビューが付いてるよ? よほどおいしかったんでしょ?」



 長崎カステラ。仕事で長崎県佐世保市にある海上自衛隊佐世保総監部に行った時に食べてからのお気に入りなのだ。


 ふんわりしているのにしっとりした質感。じんわり広がる卵の甘さが素晴らしい。



「では。長崎カステラ一本出ろ!

カステラに合うお茶としてはサッパリと清々しい緑茶がいいかな〜 

私の好みで悪いけど南九州宮崎県産の緑茶を濃いめでいただきましょう。緑茶自体にほんのり甘みと旨味があって美味しいよ」


 「アース日本一般常識超簡略版」には都道府県名はおろか主要有名都市そして私が知っている地方市町村名まで網羅されているのでこんな会話も通じてしまう。




 3人でカステラとお茶をいただいて暫くまったりとする。




 すると。キアラさんが思い出したように「調教の話するんだった。アレ取ってこよう」とか言いながら1階層に降りて右手に何やら黄色い紙を持って戻ってきた。



「アリス様。カラスって頭良くて指示もしやすいんですよ。飛行できるから機動力はピカイチで速度も相当出ます。ワンタイムの使役には良いかもしれません」


「うんうん」


「それで、こんなチラシが落ちていたのでカラスに拾って持ってこさせました。

カラスって近くで見ると嘴がヤバくて目が虚ろで気持ち悪いです。ペットにはできそうにないですよ」



 と言いながら右手で持ったチラシを「浄化5」で消毒しながら渡してくれる。


 キアラさんにチラシをローテーブルの上に置くよう視線で促して、グレタさんと一緒にチラシを読んでみる。




 なになに?





         ー 告 ー



 マルチナ皇女の双子の姉君と侍女2名を緊急に捜索しています。


 ジェダイト公国王太子マルコ・ジェダイト殿下はアレキサンドライト帝国マルチナ第1皇女殿下からの要請を受けてマルチナ皇女の双子の姉君と侍女2名の行方を捜索しています。


 マルチナ皇女の姉君と侍女2名はジェダイト公国シリトン領ロードナイトを御訪問中〇月□日夕刻。突如正体不明の賊7名の襲撃を受けて侍女の奮戦よろしく賊4名を行動不能にしましたが皇女姉君の安全のため止む無く身を隠されました。


 それを知るやマルコ・ジェダイト公国王太子殿下はマルチナ皇女の姉君と侍女2名の救出を決断。ジェダイト及びオーバル両公国支配領域において全面的な捜索・救出作戦を陣頭でご指導なされます。


 ジェダイト及びオーバル両公国国民は国民の務めとしてこの捜索・救助作戦に全面的に協力をお願いします。


 マルチナ皇女の姉君とその侍女2名に出会った者は皇女姉君御一行をジェダイト公国公爵閣下に対すると同等の敬意と儀礼をもって接してください。


 決して皇女姉君御一行の意にそぐわない行為をしてはいけません。


 皇女御一行の行方について心当たりある者は近くの地方行政府、軍駐屯地、派出所その他公務員に伝達してください。


 有力な情報の場合には王太子御自身から褒賞の伝達がなされるとのことです。


 皇女姉君御一行を傷つけたり捕縛監禁・軟禁その他身体・意思の自由を損なった者は公国王太子の名において死罪を含む厳罰に処されますので注意してください。


皇女姉君のお姿 お年およそ15歳

  身長およそ165センチメルト

  御髪アッシュブロンド、ストレートショート

  御瞳ブルーグレー


侍女頭のお姿  お年およそ35歳

  身長およそ165センチメルト 

  御髪ブラック、シニヨン

  御瞳ヘーゼル


侍女のお姿   お年およそ14歳

  身長およそ160センチメルト 

  御髪ブラック、ストレートショート

  御瞳ヘーゼル


追記1 皇女姉君御一行は体長およそ50センチメルト砂色のリンクスを帯同されている可能性が御座います。


追記2 皇女姉君御一行の御芳名につきましては、御一行の御安全のため伏せられております。ご注意をお願いします。


問い合わせ先

ジェダイト公国内務省長官官房企画課企画室  

各貴族領 領民生活課生活安全係






 三人でじっと黙読する。1回、2回、3回と読んで。んん、何だろう。この事実のような嘘のようなこの感じ。


 というか、めちゃくちゃ不特定多数に周知徹底されてるう。このチラシ内容からしてジェダイト公国はおろかオーバル公国まで。本当にありがとうございます。余計なことしやがって。



「ジェダイトの奴ら共、このような嘘八百並べたてて。正体不明の賊7名とは公爵の手の者ではないですか。恥を知らぬとはこのこと。

やはりあの時殲滅して口をふさいで置くべきでした。悪い正体不明の賊だったのですからね」


「これは。公国軍とか子爵領都行政府とかに出頭すれは悪いようにしないっていうか。凄く丁重に下にも置かない接待をされながら王太子のところに連れていかれるってことだよね。私マルチナ皇女の姉君だし」


「そうですね。そのように読めます。しかも私にも公爵に対すると同等の敬意と儀礼をもって接してくれるようです。

悪くありませんね。割といい気分です」





「グレタさん、これ罠だと思う?」


「罠、かもしれませんが。本気で接待するつもりなのかもしれません。どうでしょうか。あと何を確かめればわかりますでしょうか……」


「お母さん、賊が捕縛されて処刑されれば本気で接待してくれるってことじゃないの?」


「そのとおりですね、キアラ。さすが私の娘。賢いです。しかし賊を捕縛処刑しておいて罠という線も……ジェダイトの鬼畜ならやりかねませんね。恐ろしい」


「さすがにジェダイトもそんな訳のわかんないことはしないでしょ。

これマルチナさんの要請を受けて王太子が救出を決心しただのって。マルチナさんをアンバー高原で暴力的に捕縛したくせによくこんなこと書けるね」


「どうせ下の者が暴走して勝手にしたことにするんだよ。こんな嘘つきたちに囲まれてマルチナお嬢様が可哀そう。何とかお助けできないかな」




「うん、そうなんだけどマルチナさんは多分大丈夫だと思う。

なんか私の中のマルチナさんとジェダイト公都に監禁されているマルチナさん(本人)が繋がった感じなんだよね。

マルチナさん(本人)は無事だし逆に私たちのことを心配しているようなんだよ。

あの遭遇戦をきっかけで繋がったような気がする。二人には証拠は見せられないけど」


「ああ、なるほど。納得しました。あの時、第2層でアリス様が意識を回復されてから急に涙を流されたときアリス様にマルチナお嬢様を感じました。

あの時はアリス様の中のマルチナお嬢様が泣かれていたと思ったのですが。ジェダイト公都におられるマルチナお嬢様だったのですね」


「そうなんだ。私も後から気づいたんだ。だから、危険を冒してジェダイト公都に直ちに向かわなくてもいいと思う。多分このチラシに書いてあることは8割がた本気なんじゃないかな。

マルチナさんが今のところ酷い目に合ってないらしいことからそれが言えると思う。そして、なぜか私を大事に処遇したいらしい。


「バレたかな、いろいろと。マルチナさんとか私とかをどうするつもりなのか。

いっそ聞きに行った方が良いような気がしてきた。隠蔽用神器と自己防御用神器があれば切り抜けられるかな。

一応、私たち皇女姉君御一行の意にそぐわない行為をしてはいけませんってチラシにも書いてあるし」


「私たちアリス様の使徒はアリス様のお考えに沿って力を尽くします。思うとおりになさってください」


「第2使徒でありそして動物の王でもあるこのキアラにもお任せください。やってやりますよ!」


「じゃ、要るもの確認して準備したらシリトンの公国軍か子爵領都行政府にでも顔を出しますか!」



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