第13話 ロードナイト事件対策会議


【23日目 午後 シリトン 】


 ロードナイトの事件から10日後。


 南部方面軍司令部の特別会議室で「ロードナイト未確認魔術事件」に関する定例対策会議が開催されている。


 司会役である南部方面軍副司令官フェデリーコ・アメーリア中将の発言が続く。




「大規模検索の実施状況ですが、シリトン、ロードナイトを担当する第61師団はーーー(省略)


また、ロードナイトから半径100キロメルト圏のアンバー高原を担当する第62師団ーーー(省略)


 何れも昨日の時点で容疑者3名の情報はありません。今後はアンバー高原のオーバル公国外縁部に検索範囲を拡大させる方針です。


 このため参謀本部にオーバル方面軍の協力を得られるよう上申します。 


 では次に、魔術研究本部副本部長、お願い致します」




「副本部長のカルロネじゃ。


「事件に関係した公爵軍派遣隊員、傭兵組合職員及び周辺住民への聴取。

事件現場及びロードナイト街区並びにアンバー高原に至る街区外縁部、加えてアンバー高原マルチナ皇女捕縛現場洞窟周辺。

洞窟周辺はちと距離がある故まだ結果は分からんが現場はいろんな連中が弄り回しておってロクな証拠はなかったですよ。

 一応分かったことを順番に説明しよう」





 魔術研究本部副本部長のルカ・カルロネ伯爵は高圧的に語りだした。


 カルロネ伯爵が高圧的なのは伯爵位を持つことに加えて魔術研究本部副本部長というポストも原因だ。


 副本部長の隣で偉そうに座っている統合情報本部情報官。侯爵だと聞いている。


 統合情報本部は慣例により成人した公国王太子若しくは公国公爵自身が本部長を務める公爵直轄機関であり、秘密機関でもある。


 公国の司令塔と言うべき統合情報本部の最高幹部達。彼らは計り知れない権力を持っている。


 魔術研究本部長は統合情報本部の複数居る情報官のうちの一人(魔術担当情報官)が兼任している。この副本部長も丁重に扱う必要がある超権力者なのである。




 事件対応で忙しいのに侯爵の情報官とか伯爵の副本部長とか接待しなきゃならない重荷を押しつけられて会議じゃ若造がするような司会までこの中将である俺が。


 司会役の副司令官アメーリア中将の機嫌は悪かった。






「まず容疑者3名がそれぞれどの様な魔術を使ったのか、使えるかもしれないのかを解説しよう。


「マルチナ皇女の侍女であるグレタ・アルタムラ(母)とキアラ・アルタムラ(娘)について。


「まずキアラ(娘)については派遣隊4名の大怪我の原因となった極めて高度な魔術の発動者であることは確実じゃ。


「この攻撃は4名の足、それも左右どちらかの膝に寸分狂わず命中しておる。

この4回の攻撃は僅か1秒に満たない極めて短時間に発動されたと思われること。人体損傷、飛散物、属性効果の状況からレベル5攻撃魔法、土弾5と推定される。


「加えてその精密性、速射性から射撃精度を著しく向上させる未知の技術。そして体感時間感覚を短縮するなど行動加速を可能にする未知の技術の存在が疑われるのじゃ」



「なるほどね」



 統合情報本部情報官が合いの手を打つ。





「グレタ(母)については、魔術を使用した痕跡は無い。傭兵組合職員の聴取において容疑者3名の代表者と思われること。

キアラ(娘)の母親で親子の外見がそっくりであるからキアラ(娘)類似の能力者と仮定しておくのが安全じゃろう」




「ただの侍女ではなかったということだね。アンバー高原でマルチナ皇女を捕縛したときに行動を起こさなかったのは不思議だね?」


「情報官閣下。現場検証と事情聴取の結果からはそうなるのですぞ。

あるいは皇女の捕縛以降に能力を身につけたという仮説もあり得なくもないのじゃ」




 副本部長カルロネ伯爵の発言は続く。



「共犯者とされた3人目。これはマルチナ皇女とソックリな女性ですな。大怪我を負った現場指揮官はマルチナ皇女本人に間違いは無いと証言しておった。


「じゃが公爵軍司令部に確認したところ事件当時はシリトンから公都への護送移動中で現在はジェダイト城郭内迎賓館にて静養されていることは間違いない。


「ゆえにマルチナ皇女ではないのだが今後はマルチナ皇女と呼称したい。 理由はあとで語る」





「この皇女は遭遇戦の冒頭に現場指揮官の発動した麻痺4の直撃により行動不能となったものと考えられる。


「皇女に麻痺4が直撃する前。ちゃんと聞き取れた者がいないのじゃが『障壁』『マイホー』『中に入れ』という単語を含む指示を他のふたりにしていた。


「このことから、何らかの魔術を発動した可能性が存在するのじゃ。


「ゆえに次に述べる2種の未確認魔術の発動者であると推定される」





「まず派遣隊の初撃クールタイム中に出現した『黒い壁』。これはレベル4攻撃魔法 風弾4、光弾4の連続攻撃を完全に防いだ。証言からは合わせて15発から20発。


「その後に右側から突入した3名の隊員がそばで観察しておるが黒い壁の全体は巨大な直径6メルトにも達する円盤であって、その下半分が地中に埋もれているように見えたらしい。


「黒い壁の表面は歪みなく光沢無く見たこともない真の漆黒。横から見ても見たこともない完全な平面で壁の厚みは「無かった」と言っておる。

壁面を叩いても音もせず、振動もせず、巨大な岩石のようであったと。


「何気なく黒い壁の外縁部を右手で触った者の右手人差し指から小指まで指4本が痛みもなく切れ落ちてしまったそうじゃ。

切れた瞬間は本人にも分からなかったらしいぞ?目の前で見ていたのにの。


「現場検証で黒い壁のあった地面を慎重に掘り返した。

地中に埋もれた礫や岩が「黒い壁」の有った向きで両断されていた。実に滑らかに。完全な平面じゃった。

これがそのサンプルじゃ。以上が『黒い壁』じゃ」





 会議参加者は一言も発しない。完全な平面で両断された岩石サンプルを会議参加者が順番に見ていく。


 参加者たちの岩石の観察にかまわず副本部長の話は続く。





「次に『空中の窓』これは発動の瞬間を誰も見ていない。黒い壁の奥に突入した隊員が地上0.5メルトの空中に開く直径1.5メルトの窓を発見。


「その中にキアラ(娘)を視認。娘確保のため窓の中にレベル4攻撃魔法を加えようとしたときに土弾5の速射を浴びた。


「その間に猫が窓に飛び込んだので出入り可能な空間的奥行きが存在するのは確実。ただし窓の後ろには何も『無く』、窓の中の空間的奥行きはどこにあるのか矛盾に満ち溢れた存在といえる。


「これは、右側から見た者、左側から見た者合わせて7人の証言を総合したものである。その後『空中の窓』は萎むように消滅した」





「事実は以上である。これは儂の考えじゃが闇系統の魔術で空間を操作して『黒い壁』の創造や『空間転移』『異空間の作成』を可能とする未知の超超高度魔術であると考える。

魔術研究本部としてはこれら未知の超技術を何が何でも入手することを希望する。


「そのため、容疑者3名の身柄は決して傷つけることなく可能であれば丁重にお迎えし友好的に交渉できるような作戦行動にしてもらいたい。


「派遣隊員及び傭兵組合職員の証言を総合すると、この3名は謎の超技術、極めて高度な未知の魔術を使用して指揮官以下7名を殲滅する事も容易だったはず。


「然るに大怪我ではあるが派遣隊員の無力化に留めた。傭兵組合での対応も温厚であったことから彼女たちの基本的行動原理は敵対的でなく協調的、好戦的でなく宥和的、と希望的観測を含めて仮定したい。


「幸い公爵軍派遣隊の作戦目的は無力化と捕縛であった。恐らくこの3名には負傷を与えていないと思われるので友好的交渉の余地ありと見ている。不幸な行き違いじゃ。


「そこで、特にマルチナ皇女そっくりの女性を特別に超重要人物として扱うことを提案する。ゆえにマルチナ皇女と呼称すべきである。以上じゃ」





 司会の副司令官アメーリア中将は、上司の南部方面軍司令官サミュル・ヴェルディ中将をチラ見した。ヴェルディ中将は目を逸らした。



「情報官閣下、閣下のご指導を頂きたいと存じます」



 アメーリア中将は情報官の発言を促した。



「そうだね、この件は統合情報本部長である王太子殿下にご相談申し上げるので、ここで会議は終了にしてもらっていいかな?」


「わかりました。以上で本日の定例対策会議を終了します。気を付け! 敬礼!」




 アメーリア中将の号令のもと皆が直立不動で敬礼をする中、統合情報本部情報官と魔術研究本部副本部長は答礼もせずにさっさと会議室を出ていった。







 その後、魔法即時通信を使用して統合情報本部長と協議した情報官。直ちに統合情報本部長である王太子の緊急発議による臨時国家安全保障会議が開催された。その結果。



 マルチナ皇女そっくりな女性は、マルチナ皇女の双子の姉であり、訳あってジェダイト公国内で悪い賊に追われている。


 マルチナ皇女の願いによりマルコ・ジェダイト公国王太子がジェダイト、オーバル支配領域において皇女の双子の姉を保護すべく乗り出すことが決定された。


 グレタ(母)キアラ(娘)は皇女姉の侍女であり、この3名に危害を加えた者には厳罰を処す旨、補足された。





 この決定を聞いた南部方面軍司令官と副司令官は頭を抱えたが参謀本部長と相談の結果、ただちに大規模検索を終結。速やかに部隊を帰還させるとともに安全保障会議の決定に沿って新たに参謀本部長指示がジェダイト公国軍全軍に発出された。




 こうして事件発生後11日目に「ロードナイト未確認魔術事件」は終結した。




 亜神アリスほか2名は逃亡者兼ねて事件容疑者から王太子陣頭指揮で保護を急ぐ超重要人物兼ねて国賓となった。





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