第11話 夜の遭遇戦
【13日目 夜 ロードナイト】
「そこの逃亡者2名と共犯の上玉女!お前たち手を頭に揃えて膝をつけ!」
「抵抗するなよ!大人しくしろ!」
酒場から7人の厳つい髭親父と傭兵組合のハゲが飛び出してきた!
傭兵組合と酒場は大通りに沿って30mほど離れている。
しかし傭兵組合の前でシリトン子爵領都へと出立準備をしていたアリスたちと酒場から飛び出してきた男達との距離は僅か20m程しかない!
ジェダイト公爵軍派遣隊の突然の出現と彼らの発する怒声に、アリスは一瞬硬直して思考が停止した!
「右翼は光弾、左翼は風弾、撃て!」
公爵軍派遣隊は全員が右手をこちらに向けて指差しており彼らの指先に魔力が凝縮していくのをアリスの「探知」が検知する。
いけない、攻撃魔法が来る!
「障壁マックス! マイホーム開口部展開! マイホームの中に入って! 急いで!」
慌てて漆黒の障壁を最大径で展開する。
魔法発動までの時間はその魔法レベルにより大きく差がある。
レベル5魔法の発動までの時間は0.5秒であり、クールタイムも0.5秒である。
レベル4なら発動とクールタイム1秒、レベル3なら2秒、レベル2なら4秒と倍々になっていく。
彼ら7人の攻撃魔法は発動から1秒で発射された! 障壁が間に合わない!
彼らの真ん中で指示を出していた指揮官らしき赤髪赤髭の人物の魔法がアリスの心臓を直撃した!
「麻痺抵抗5」が発動してレジストしたことが分かる。「麻痺4」だ!
同時に光弾4と風弾4が足元で次々と炸裂する。
7.62mm小銃弾に相当する破壊力を開放するとともに光と風の 属性効果が追加発動される。
地球におけるスタングレネードのような閃光と爆発音が連続発生して目の眩くらみと難聴、耳鳴りに襲われる。
目と耳の感覚を失い意識を半分喪失して仰向けに倒れこむアリスは誰かに抱え込まれて引きずられていった。
♢♢♢♢
アリスが発動した漆黒の障壁が展開される前に光弾と風弾が周囲の地面に着弾する。
しまった!先手を取られた!
グレタは慌てて「筋力5」「衝撃耐性5」「反応速度5」「防御5」を多重発動する。
MP amount 81/100 remaining time 128
「反応速度5」の効果によってグレタの主観時間が32倍に引き伸ばされ周りの風景の動きが静止した様にゆっくりになると同時に周囲は一気に暗くなり音が全く聴こえなくなる。
『アリス様をマイホームに! キアラ手伝って!』
爆音と閃光の効果で朦朧としたアリスを抱き止めたグレタはキアラと二人でアリスをマイホームに運び込む。
公爵軍派遣隊が初動で撃った攻撃魔法のクールタイムの間にアリスの漆黒の障壁が展開していき以後の攻撃は完全に阻止される。
MP amount 72/100 remaining time 115
グレタの意識の隅で認識する魔力残量が急激に減少していく!
夜故に元々暗かったが更に暗く周囲は暗黒に包まれている。
咄嗟とっさに左目左耳を保護したとはいえ右目右耳は爆音と閃光に直撃されており視界と聴覚が欠損し方向感覚とバランス感覚が狂っている。
グレタはどうにかアリスをマイホームに運び込むとともにキアラとグレタも入り込むことができた。
マイホームの直径1.5メルトの開口部はアリスしか閉じることができない。
グレタが肉声や念話で呼びかけるもアリスの反応はない。
アリスの意識が回復するまでキアラと二人で対処するしかないと覚悟を決める。
『キアラ、開口部から外を警戒!レベル5攻撃魔法の使用を許可!近づくものすべてを殲滅せんめつしなさい!』
アリスを肩に担いで第2層に上がり、ベッドに横たえる。発動中の魔術を全て停止する。MP残が5%を切っている。
念話で呼びかけるがいまだ反応なし。キアラに加勢するため第1層に降りようとしたところー
『お母さん!ジェダイトが4人来た!迎撃する!』
♢♢♢♢
ジェダイト公爵軍派遣隊長代行のアントニオは驚いていた。
アレキサンドライト帝国からの訪問使節団の残党捕縛において逃走した二人と協力者一人の捕縛のため夜の酒場を飛び出した路上でターゲットの3名を捕捉。
何と協力者はアレキサンドライト帝国第1皇女マルチナ殿下だった!
なぜマルチナ皇女がここにいるのか? 俺はマルチナ皇女が捕縛された時にハッキリと顔を見ている。マルチナ皇女に間違いない!
とにかく取り逃がしていた二名はともかくマルチナ皇女は絶対に確保しなければならない。アントニオは咄嗟にそう思った。
光弾、風弾の初動の一撃は狙い通りターゲットの足元に命中。アントニオが撃った麻痺4もマルチナ皇女の胸に命中した。
ところがターゲットの前に真っ黒い壁が出現して光弾、風弾が防がれている。
「射撃止め!
右翼、黒い壁の右端から奥に向かって光弾と風弾を叩き込め!
左翼は警戒しつつ黒い壁の左側から侵入する。
携行武器使用の準備! 前へ進め!」
アントニオと左翼3名合わせて4名は慎重に左側に回り込みながら黒い壁に接近していく。
黒い壁の手前2メルトで停止、右翼へ射撃中止と前進せよのハンドサインを出す。
「いいか、そっちから風弾、風弾、光弾、俺も光弾。
壁の左奥に一発づつ打ち込んでから突入する。
目と耳を保護しろ、撃て!」
黒い壁の左奥に攻撃魔法が炸裂する。タイミングを合わせて黒い壁の反対側に突入する。
黒い壁の向こうはシリトン子爵領へ向かう大通りが伸びている。誰もいない。おかしい。
ふとアントニオは黒い壁から5メルトほど離れた空中に丸い窓が浮かんでいるように見えることに気づく。
アントニオが左翼の隊員を横目で見ると3人とも口をポカンと開けて空中の窓を見つめている。
アントニオは空中に浮かぶ窓の中に隠れるようにして人が居るのに気が付いた。その時、猫が窓に駆け寄り窓の中に飛び込んだ。
隠れるようにいた人物が動いて顔が見えた。取り逃がしていた娘の方だ!
「あの娘を確保する!娘には当てるな窓の中に光弾、風弾、風弾、撃て!」
アントニオは娘に向けて右手を向けて、麻痺4を発動しようとした。その瞬間、アントニオは左足にぶん殴られたような衝撃を受けて縦回転しながら後ろに吹っ飛んで左側の建物に激突、地面に落下した。
発動していた防御2のお陰か辛うじて意識はある。何に激突されたかと足を見ると左膝から下が消滅していた。
周りにはアントニオと同じように吹っ飛ばされて折り重なるように倒れこんでいる部下たち。あの空中の窓に目を凝らすとこちらを伺う娘が見えたが、突如窓は小さくなり消滅した。
♢♢♢♢
ジェダイト公爵軍派遣隊は大混乱に陥っていた。明日には公都に向けて帰還という辺境の町ロードナイト最後の夜に突如として巻き起こったアレキサンドライト使節団残党捕縛作戦。
逃走している女2人協力者1人に対し公爵軍派遣隊長代行以下7名の戦力でレベル4攻撃魔法を連発しつつターゲットの無力化と捕縛を企図したもののターゲットの3人には逃走されてその行方は不明。
公爵軍は派遣隊長代行以下4名が極めて高度な魔法攻撃によって一瞬にして戦闘不能、四肢欠損の大怪我を負った。
そのうえ、正体不明の魔術によってレベル4攻撃魔法を完全に阻止されたうえ謎の魔術による空間転移としか思えない消失により逃走を許した。
幸い派遣隊にレベル4回復魔法を使える者が居たため命に別状はなく公都に戻れば運が良ければ(コネが有れば)欠損した四肢を取り戻せるだろう。
この大事件を受けて事件3日後からはシリトン子爵領に駐留しているジェダイト公国南部方面軍から2個師団が緊急転用されてシリトン近郊からロードナイト近郊、そしてアンバー高原の広範囲にわたる検索が実行されている。
事件発生後10日経った現時点において検索対象3名の行方に関する手掛かりは何一つ得られていない。
♢♢♢♢
【23日目 午後 シリトン】
ロードナイトの事件から10日後
シリトン子爵領都は人口10万人を擁するシリトン領の中心都市であるとともにジェダイト最南部の中心的地方都市である。
アンバー高原に隣接する地中海性気候で比較的農作物の生育にも適しており、アンバー高原各所に点在する金属、非金属鉱山へアクセスする中継地点ともなっている。
シリトン領都近郊には公国支配領域に12箇所ある迷宮のうちの一つがあり膨大な富がもたらされているという。
なお迷宮は全て公国の厳しい管理下にあり民間には開放されていない。
このようにシリトン領都は関連する産業に従事する従業員、商人、飲食小売業、娯楽産業などで働く人々などの旺盛な消費活動によってにぎわいを見せていた。
他方アンバー高原の更に南には降水量ゼロ、標高2万メルトを超える空気の希薄な乾燥寒冷山脈が延々と続いていてその先に何があるのかはよく分かっていない。
従って安全保障上の懸念は少ないのだが近年のジェダイト公国軍の大規模な戦力増強に伴い平素の戦力の保持、錬成訓練のための戦力プールを目的とし常設軍団として設置されたのがジェダイト公国南部方面軍である。
いま南部方面軍司令部特別会議室では統合情報本部情報官、魔術研究本部副本部長、南部方面軍司令官、同副司令官、参謀本部作戦課長補佐、シリトン子爵、公爵軍シリトン派遣隊長の7名が10日前のロードナイト未確認魔術事件つまりアリス他2名と一匹が危うく死にかけた事件に対する対策会議を行なっていた。
このロードナイト未確認魔術事件発生時。
公爵軍派遣隊からの緊急通報に対しては南部方面軍は当初一個大隊を派遣して対応させるつもりであった。
しかし事件の異常性に着目した参謀本部長によってジェダイト公爵に報告され直ちに徹底した大規模検索と事件捜査を指示されたのであった。
なお、公国軍各司令部には魔法即時通信が備えられていて例えば今回の事件の南部方面軍司令部から参謀本部への速報や参謀本部長指示の伝達に使用された。
この技術は10年前に魔術研究本部において発見されたもので未だに特級の国家機密でありその運用は厳に秘匿されている。
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