第8話 使徒(2)


【10日目 夜8時頃】


 時刻はたぶん夜の8時頃になっている。



「じゃ行動を開始する前に簡単に夜食を取りましょう。


「物質創造 大皿1、深皿3、浅い皿3、コップ2、塩おにぎり3、鳥ササミ1 出ろ!」



 平っぽい岩の上に夕食を創造する。



「簡単な夜食で悪いけど水は自分で出してね。その『塩おにぎり』って言う食べ物は手掴みで食べるのが正式な作法だから手掴みで食べてね。ボブの水は私が出してあげる」



 私はボブに水をあげながらマイホームから自分の皿とコップを持ってきて二人と一匹と一緒に夜食を頂く。塩おにぎり一個だけなので直ぐに食べ終わってしまった。



「マルチナさんとかグレタさん達がどこからどんな事情でこの洞窟まで辿り着いたのか教えてくれる?

話し方は楽に友達と話す感じで。

丁寧語だと時間かかるし疲れちゃうから。お願いね」


「はい了解です。どこから話せば良いのかー

アリス様はこのイースに降臨されて間もないという事はこの世界について詳しくない。合ってます?」


「うん。合ってるよ。10日目だね」



 グレタさんにマルチナさんの今に至る経緯を聞いたところ概ね次のような事情だった。







 マルチナさんはこの荒野アンバー高原の北方に広大な領土を持つアレキサンドライト帝国の第一皇女である。


 アレキサンドライト帝国はおよそ100年前から五つの公爵領がそれぞれ公国を名乗り互いに争い合う戦国状態になっており帝国皇帝は実権のないお飾りとなってしまっている。


 各公国は皇帝には敬意は払うもののほぼ独立国として振る舞っており、周辺諸国も各公国と自由に外交を行うような状況だった。




 今から90年前。帝国西方に位置するジェダイト公国において魔術の運用に革新的効率化が行われてジェダイト公国軍の戦闘力が大幅に上昇した。


 このことを各公国は気付いたが、どの様に効率化を実現しているのかが分からないうちに軍事力の格差は取り返しのつかないほどに大きく広がってしまった。


 ジェダイト公国は軍事力を背景として各公国及び皇帝を恫喝どうかつし始めている。ジェダイト公国の東に位置するオーバル公国はすでにジェダイトに制圧されている。


 更に皇帝に対して帝都をジェダイト公国公都に移すこと、ジェダイト公爵を帝国宰相とするよう要求。




 これに困った皇帝がこれを宥なだめるための使節団の派遣を決定し代表者はマルチナ第1皇女とされ先日ジェダイトを訪問した。


 ところが使節団が時間稼ぎをしているとしてジェダイト側が使節団を拘束するという暴挙に出た。


 これを逃れてマルチナ第1皇女とその護衛、侍女達は南方に広がるアンバー高原に逃げ込んだものの馬車の故障や護衛の負傷などのためこの洞窟付近で動けなくなってしまった。


 伝令を帝都に走らせて迎えにきてもらおうとこの洞窟に隠れていたところ2日前にジェダイト軍の捜索部隊に発見されグレタさんとキアラさんを除き全員捕らえられて連行された。


 グレタさんは二人で帝都へ向かうかこの地に待機して迎えを待つか悩んでたらしい。






 グレタさんとキアラさんは思った通り親子だって。二人とも黒髪でヘーゼル色の瞳。丸い卵型の優しげな顔立ちが似ているので親子かなと思っていたよ。


 二人とも、私と同じく亜麻色のブラウスにスカート、皮のブーツというスタイルで使節団があらかじめ準備していた逃走用衣裳とのこと。移動中は同色のフード付きマントを羽織る。


 なるほど。10日前に神様がマルチナさんを複写して私が誕生したので彼女たちと同じ逃走用衣裳を着ていたけどマントは着ていなかったという訳か。





 洞窟の内部を見渡してみてもろくに食糧も水も無い。私が来るのがもうちょい遅ければこのふたりはヤバかった。今日夜に散歩することを決めた私グッジョブ。


 マルチナさんがジェダイトに連れ戻される理由は人質にする為なのかな? いきなり処刑は無いよね。悪いことなんにもしてないんだし。


 正直マルチナさんを助け出すだけなら私一人でさっさとジェダイトに行って神技のゴリ押しをすれば可能だと思うんだけど。


 すでにこの二人とボブは私にとって大事な人になってるからこんな危険な所に置いておけないんだよね。それに私自身この二人とボブと別れたくない。私の中のマルチナさんもそう言っている様な気がする。


 2人と一匹を養うには神力のリソースは十分とは言えないけどなんとかやりくりする。

1日で回復する神力で物質創造出来る塩おにぎり(大きめ)は計算上は最大24個。GPのストック分を足せば34個。人類生活領域に早めに行って食糧を調達したほうがいいね。お金ってどうしたらいいんだろう。グレタさん持ってるかな?





「グレタさん。マルチナさん救出のためにジェダイトに向かいたいんだけど方向とか道とか分かる?」


「すみません。ここまでの移動は馬車でしたので余り方角は見てませんでした。

たしか護衛から聞いた話によると北の方角20キロルの距離に一番近い町があるって言ってました」


「分かった。それじゃ移動は日が沈んでいる夜間の方がいいから準備して直ぐに出発するよ。

荷物どのくらいあるかな? それなりの貨物スペースはあるから持っていきたいもの全部見せてもらっていい?」


「あんまり荷物は無いのです。私とキアラは背負いに入っている細々とした生活道具。

あとは洞窟に置いてある毛布を人数分持っていければ。

持って行く価値がある物があるかアリス様に見て頂きたいと思います」





 洞窟をグレタさんキアラさんと再度見て回る。毛布といってもあんまり綺麗じゃ無い。ジェダイトの兵達が放置した物だからか。魔法「浄化5」をかければ十分使えるだろう。


 魔法のレベル毎の効果については神様知識には有ったり無かったりなので一つずつ確かめていく必要がある。「浄化」についても消費魔力や効果は分からないので最大出力で発動する。


 では汚い毛布3枚と背負い2個とその中身を浄化5!




 MP amount が 4%減少した。レベル5攻撃魔法と同等の魔力消費である事がわかる。汚い毛布3枚と背負いは古ぼけてはいるが新品の様に綺麗になった。新品のダメージジーンズみたい。


 次はグレタ、キアラ親娘に浄化1。着衣に浄化2をかける。これは今まで自分自身に浄化を使ってきた経験で。これで十分なはず。




「アリス様ありがとうございます。旅の垢が取れてスッキリしました」


「ありがとうアリス様!」



 二人とも実にいい笑顔でニッコリしてくれる。



「えへへ。これくらいいつでも大丈夫だよ〜浄化したい時は遠慮なく言ってね。

っていうか自分で出来るように魔術の転写してあげるし。ちょっと待っててね」



 お礼を言われて超うれしい。



 マイホームの開口部を直径1.5mほどの大きさで開放する。



「さ、二人とも荷物をこの中に入れてくれる?背負いもね。

それから二人ともこの靴下履いて。グレタさんはこの靴を履いてみて合うかどうか試してみて?私のサイズだから合うか分からないけど合わなかったら作るから。

キアラさんは新しく作ってあげるからね」



 私の依り代マルチナさんの足のサイズは24.5cmだった。身長がほとんど同じなので合うと思うけど。グレタさんに渡す。


 デザートコンバットブーツ。


 米海兵隊がアフガニスタンで使用したもので疲れにくく靴音がしにくい優れもの。この半乾燥地域で使うにはピッタリだろう。



「これは軽いですね。何で出来ているのか分からないです。布でしょうか。靴底は硬質で弾力もあります。」



 ブーツを履く前にスポーツソックスを履はいてもらう。



「そう、紐ひもを下から編み上げて固結びして。

余った紐は足にクルクル巻きながらブーツの中に押し込んでいってね。そうしないと歩いたり走ったりするうちに紐が解けちゃうから。そうそう」


「履けました。靴を履いているとは思えない軽さと自然で優しい履き心地。凄いですね。ちょっと脚慣らししてみます」





 次にキアラさんの足の大きさを自分と比べてみる。私よりも0.5cm小さくて良いかな。



「物質創造 デザートコンバットブーツ!

さ、試してみて」


「りょーかい。お母さんの見てたからね。

すぐ履ける、意外と手間ーー


ーーはい履けました。慣らしてきます!」





 作ってあった予備のブーツはグレタさんが履くことが出来てキアラさん用の新造ブーツも無事に履けた。


 次は二人と一匹の強化だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る