第7話 使徒(1)


【10日目 夜7時半頃】



 ボブに蹴られた胸は大して痛くもなかったが心には効いた。


 ボブあんまりだよ。それに勝手に一人で行かないでよ。私は人見知りなんだからマルチナさんの知り合いにはボブを抱いてフレンドリーな雰囲気を醸し出しつつ友好的に情報交換したかったのに。もう今更カイトシールドなんか要らん。




 洞窟に向かって歩く。




 ボブが洞窟の入り口でダミ声でニャーニャー鳴いている。リンクスの鳴き声って野生動物っぽいんだよね。あんまり可愛くない。ボブ自体はかわいいから良いけど。


 それにアイツ人間言語マスターしたくせにニャーニャーかよ。喋れないのかな。声帯の関係とか。あとで聞いてみよう。人間言語の聴き取り(リスニング)は出来てるはずだ。いちいち念話を発動するのは面倒だからね。




 洞窟と言っても、南北の方向に高さ10m程の断層が延々と伸びている一角に出来ている高さ5m奥行き10mくらいの隙間。


 張り出した岩の天井の下に奥行き10m幅50m位のスペースが有るって感じだ。




 おっ、女性が二人洞窟から出てきたね。暗視2を使っていると視界全体を薄暮時くらいの明るさで視認出来る。普通にハッキリと見えるという事だね。これを自然回復分より少ない魔力消費で使えるとは超便利。




 ふたりとも恐らく私と同じ、亜麻色の七分袖シャツに足首まで隠れるロングスカート。足元は表面が傷だらけで白く変色した革のブーツ。コーカソイド系の肌色。


 背が高い年上の女性は黒髪をシニヨンにして纏めてあってヘーゼル色の瞳。顔の作りは卵形に整っていて鼻は若干高め。丸アーモンドの目は知的でクール。キリッとした美人さん。優しさと可愛さも感じられて素敵。


 背が若干低くて若く見える女性は黒髪をショートストレート。ヘーゼル色の瞳。恐らく親娘だろうソックリな顔の作り。半開き目でアンニュイさが感じられつつも年相応の可愛さが感じられる。


 凄い既視感と親近感が湧き上がる。この二人に初めて会ったとは思えないな。私にとって重要な人達にちがいない。




 ふたりの服は酷く汚れてあちこち痛んでいる。髪は手入れをされておらず体全体が土埃で白くなっている。過酷な環境に長期間あったことが推察される。


 WEB小説の異世界設定だと、いきなりステータスを覗き見するのはマナー違反だとか敵対行為と看做すみたいな感じだけど。このイース世界ではどうなんだろう。


 ファンタジーA型標準宇宙の魔術の一つである「ステータス」。通常は自分のステータスしか見れないがレベル5以上なら他者のステータスを閲覧出来る優遇設定である。


 いずれにしても今の私は急いでいる。緊急事態で緊急避難である。この二人だってマルチナさんからステータスを見られても怒らないだろう。


 故に一部マルチナさんでもある私は堂々とステータスを見させてもらおう。見たことは黙ってるけど。では聞こえないように。



「ステータス」



名前 グレタ・アルタムラ

種族 人(女性) 

年齢 35  体力G  魔力F

魔法 水生成1光生成1ステータス1

身体強化 筋力1持久力1毒耐性1

称号 アルタムラ男爵家次女

   マルチナ・アレキサンドライトの侍女頭


名前 キアラ・アルタムラ

種族 人(女性) 

年齢 14  体力G  魔力F

魔法 水生成1ステータス1

身体強化 毒耐性1

称号 マルチナ・アレキサンドライトの侍女



 ふむ。やはりマルチナさんの味方だね。なぜここに二人で残っているのか。マルチナさんがどうなったのか。聞き出せるかな?



「こんにちは、グレタさん、キアラさん」



 今までボブに気を取られて私に気付いていなかったグレタさんとキアラさんはこちらに振り向くと同時に驚愕と喜びに眼を見開いた。



「殿下!よくご無事でお戻りなられました!怪我はありませんか? いやそもそもどうやっ敵の手を逃れてここまで戻ってこられたのかーそれに殿下? その御髪の色とお瞳の色はどうやって変えたのですか? 凄く自然です」



 うへえ、殿下なのかよ。殿下がこんな無人の荒野で逃避行とは。かなりやばいな。



「グレタさん、キアラさん、私はマルチナさんという女性のことを知っていますがマルチナさんではありません。マルチナさんではありませんがマルチナさんの味方ですし貴方達の味方でもあります」



 グレタ、キアラのコンビは揃って目を見開きしばし言葉が出ない。



「私はマルチナさんを助けたいのです。お二人にはそのための協力をお願いしたいのです」


「えーっと。あなた様がマルチナお嬢様ではないと言うなら、あなた様はどなたなのでしょうか。お名前を教えていただきたいと存じます」



 名前か。この依り代の名前は決めてなかったな。NO NAMEってなってるし。というかこの依り代の顔すらまだ見てなかったよ。瞳の色も知らない。


 鏡を作るにも神力が必要だし、まともな鏡作るには銀とかの金属が必要だと思ったから手を付けなかったんだよね。なぜかマルチナさんとは髪と瞳の色が違うのは分かった。


 こんな早々にイース世界の現地人類との接触を想定していなかったから困ったな。というか「一切接触しない」つもりだったからね。日本人男性の名前は違和感あるかな。ま良いか。本当の名前だし。



「私の名前は有朱宏治です。」


「アリス・コーディ様?ですね。初めまして。マルチナお嬢様の侍女頭グレタと侍女のキアラです。それでいくつか質問してもよろしいでしょうか。」



 アリス・コーディって読みはこの依り代の外見的にも違和感ないから良いかもしれない。元々の自分の名前だから自分が呼ばれても戸惑わないし。



「よろしいですよ。どうぞ」


「まずアリス様はマルチナお嬢様をご存知でしかもお味方であるとのこと。アリス様とマルチナお嬢様がどのようなご関係なのかお伺いしたいと存じます」


「申し訳ないけど私とマルチナさんとの関係については言えません」


「それはなぜなのでしょうか」


「それも言えないのです」


「アリス様とマルチナお嬢様は髪と瞳の色を除き瓜二つというか寸分違わぬ同一人物に見えます。これはなぜなのでしょうか」


「理由は言えませんが私は生まれた時からこの姿だった」


「? そうなのですか? しかし何も答えてくれないのですね。困りました。アリス様はマルチナお嬢様が髪色と瞳の色を変える変装した姿だと思ったのです。でもそんな事する理由は思い当たらないですし。

いまアリス様とお話しした感じだと別人の印象を受けます。声はマルチナ様と寸分違わないのに不思議です。マルチナお嬢様の中にどなたかが入っていますか?」




 はい。正解です。




 んー。こうしてる間もマルチナさんが危険な目に遭っているかもだから急ぎたいけど問答無用で精神構造干渉で記憶を複写、閲覧するのは抵抗あるんだよね。複写した瞬間に人格が発生するかもしれないし断片的なエピソード記憶は検索するのが厄介で見つけられない可能性がある。記憶や人格が損傷してしまう可能性もあるし。


 ちなみに私が説明を拒み亜神(時空)であることに結びつきかねない情報の提供を回避するのは一重に私自身の安全確保のためである。




 私は亜神として信じられないような奇跡や想像を絶する威力で回避不能の攻撃、破壊不能な障壁による絶対防御を行うことができる。恐らく強さで言えば現状でもこのイース世界ではぶっちぎりで最強だと思う。


 このイース世界で自然発生したドメスティックな現地土着の神が存在したとしても(そのような神が少なからず存在することは神さま知識にある)時空間操作を使えばまず負けない。


 しかし亜神としての私の肉体はただの少女だから極めて脆弱である。ほんのちょっとの事故でも過失でも。現地人類や魔物のレベル3以上の攻撃魔法が当たっただけでも簡単に死んでしまうだろう。


 あの時空神の神様も言ってたからね。


「弱いからすぐ死んじゃうかもだけど」って。




 更に。神技を使い続ければ神力は枯渇し自然回復を待たなければならない。そうなったらアナザーワールドに立て籠もって逃げまわるしかない。


 仮に敵が現地土着の神であったとして。

アナザーワールド開口部周辺をエネルギー操作で灼熱空間に変えられると出てこれなくなる。こうなれば1年後に宇宙間ゲートが使えるようになるまでアナザーワールドに缶詰になりかねない。


 奇襲的に核兵器級のエネルギー操作を打ち込まれればこの依り代ごと消滅してしまう。




 だから私のことを知られてはならない。知らなければ攻撃しようとは思わないし攻撃出来ないからである。特に不特定多数に周知されることは絶対に避けなければならない。


 とはいえマルチナさんはもはや私の切り離せない一部だからなあ。マルチナさんに感じる親近感もの凄いし。絶対に助けたい。それにこのグレタさんとかキアラさん。もう好きになってるんですけど。私の中のマルチナさんの感情が渦巻いていて凄いんですけど。どうしよう?




「私を信じてもらえませんか?マルチナさんの味方であることは保証しますよ?」


「えーと、具体的な説明を一切いただいてないけど信用してもいいかなという気持ちになっています。

たとえマルチナお嬢様の中にどなたかが入っているにしても、表情の端端にマルチナお嬢様を感じます。マルチナお嬢様に対すると同じくらいの親しみを感じます。

逆にアリス様は我々を信用できるのでしょうか。我々としてもマルチナお嬢様に対する忠義はこの命をかけて貫くことをお約束できますが」


「私はグレタさんキアラさん二人とも完全に信頼していますよ。

そうだ、今決めました。お二人とも私と一緒にマルチナさん救出を手伝ってください。必要な技術、武器、資材は全て最高のものを準備できます。


「それから私のことをすこしだけ教えましょう。お二人は私の大切な仲間なのですから。

私の中にはマルチナさんの分身が宿っています。

マルチナさんの分身が教えてくれたのです。あなた方二人がここに隠れて助けを待っていることを。

マルチナさんが危険な状況にあり助けが必要なことを


「そして山猫ボブのことも教えてもらいました。私の中のマルチナさんの分身が教えてくれたからボブと出会えたのです」




 グレタさんとキアラさんの顔が驚きに染まる。



「アリス様、アリス様はマルチナお嬢様の生まれ変わりでいらっしゃいますか? マルチナお嬢様は?」


「生まれ変わりではありません。マルチナさんは危機に直面した際に自分の分身を作り出して助けを求めたのでしょう。

そのマルチナさんの分身が私と巡り合いました。私にはマルチナさんを救出する意思と能力がありますからね。

大船に乗ったつもりで救出しに行きましょう。マルチナさんが待っていますよ。」


「まだよく飲み込めていないように思いますがアリス様がマルチナお嬢様や私達のお味方であり何か途方もない御力を備えられていること納得いたしました。重ね重ねの御無礼、何卒お許しください。


「それで我々のような特段取り柄のない者が何かお役に立てるのでしょうか? 

マルチナお嬢様の為であればこの一命いかようにもお使いいただきたいとは思うのですけれども」


「もちろん! 役に立ちまくりですよ。

そうですね。マルチナさんがどんな危機に直面しているかによって必要な技術も違ってくるかもだけど、どんな場合でもこれは必要だよね。


「神域干渉 及び 精神構造干渉 念話 神域から複写! そしてグレタさん、キアラさんに転写!」



 グレタさんキアラさんに念話を転写した。情報通信は重要だからね。もちろん「念話5」である。



『グレタさんキアラさん聞こえますか〜これ念話って言って、周りに気づかれずに会話できる魔法だよ。ステータスで確認してみて』



 念話で二人に語りかける。二人とも視線が空中の何かを追っている。ステータスを見ているのだろう。



名前 グレタ・アルタムラ

種族 人(女性) 

年齢 35  体力G  魔力F

魔法 水生成1光生成1ステータス1

   念話5

身体強化 筋力1持久力1毒耐性1

称号 アルタムラ男爵家次女

  マルチナ・アレキサンドライトの侍女頭


名前 キアラ・アルタムラ

種族 人(女性) 

年齢 14  体力G  魔力F

魔法 水生成1ステータス1念話5

身体強化 毒耐性1

称号 マルチナ・アレキサンドライトの侍女



「レベル5魔法 念話5 だ。凄い。こんなことが」


「アリス様、アリス様は神様か神に連なるお方でいらっしゃいますか?

言い伝えによれば魔術の転写は神のみが行える神の御技。今ハッキリ分かりました。神様はこの世に顕現されて何か使命をお与えに来られた。そういう事でございますね?

恐れ多いことでございます。そして我々にこのような恩恵を授けて頂きありがとうございます。我々にお任せください。どんな使命も果たしてみせます。」




 グレタさんの熱が凄い。


 神とか神に連なるお方とか言ってる事はぶっ飛んでるけど正解だよ。亜神(時空)なんだから。


 どうしようかな。嘘はあんまりつきたくないし。かといって上手い返しも言い方も……




……このとき唐突に私の心の奥底の更に奥から心地良い喜びが湧き出してきた


……グレタさんに「神様」と呼ばれて根源的な心の渇きが満たされる


……そうだ 私を信じる者に私の事を隠す必要なんかないのだ




「あなたにはかないませんね。その通りです。私は神です。といってもつい先日に訳あってこのイース世界を訪問した他の世界からの旅人でもあります。


「この世界に降り立った時にマルチナさんの分身と出会い保護しました。

その際に私。つまり異世界の神アリスとマルチナさんの分身が混ざり合いマルチナさんの分身を依り代として持つ亜神アリスとして顕現したのです。


「マルチナさん本人が危機に瀕しているとの訴えに応じてまずは瀕死の重症を負っていた山猫ボブを救い然る後にここにやって来たのです。


「これから我が友マルチナ救出などの使命を果たすなら幾ばくかの恩恵と名ばかりですが私の『使徒』を名乗ることを許しましょう」



「アリス様 グレタはたった今からアリス様の使徒でございます」


「キアラもアリス様の使徒になります」


「その願い聞き届けました。グレタ、キアラ、そして山猫のボブ。あなた達を異世界の神である亜神アリスの使徒に任じます。よろしくね」


「はい!」「お任せください!」





 さっきまでは時々夜に出歩くとしても基本的には1年間アナザーワールドに引きこもろうと思ってたのに。現地人類に異世界の神であることを宣言した挙げ句に使徒にしてしまった。


 それも良いだろう。私は亜神アリスなのだから。



名前 アリス・コーディ(有朱宏治)

種族 亜神(時空) 人(女性)

年齢 0歳(身体年齢15歳)

体力 G

神力 G

神技 時空間操作Aエネルギー操作G

   ベクトル操作G物質創造G

   生命体干渉G精神構造干渉G

   神域干渉G

称号 神の自覚 使徒を得る




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