第5話 夜の魔法実験


【10日目 日没直後】


 惑星イースに亜神(時空)として転生してから早くも10日目。一週間と3日経ったことになる。


 今は日没直後。巨大な上弦(じょうげん)の月はほぼ南中にさしかかったところだ。


 月の満ち欠けは7日間隔で繰り返すことが分かった。地球の月に比べると公転速度が早いのか。ということはやはりイースの巨大な月はかなりイースに近いと思われる。地球の月に比べて4分の1ほどの近さかもしれない。




 地球の星空との違いは星の密度である。感覚的には地球の星空に較べて倍以上の数の星々が夜空にひしめいているように思える。恒星と恒星の距離が短いのだろう。イースは銀河の中心にかなり近いところに位置しているのかもしれない。


 地球から見える天の川のような天体構造は見当たらない。最も星の密度の高いところは銀河の中心部と思われるが概ね地球の三日月に近い明るさがあるのではないだろうか。


 というわけで月が出ていなくても夜は非常に明るいということが分かった。




 この10日間に昼と夜と天体の動きを観測した結果。地球世界の日本付近の春分(あるいは秋分)の時期に類似しているように思われる。このイースの大きさも地球と大差ないのではないだろうか。1日の時間の長さも体感24時間程度に感じる。





 私は今、巨大な上弦の月と明るい星空に照らされながらイースの荒野を歩いている。地面は細かい砂礫(されき)からなっており一歩一歩足を踏み締める度に乾いた足音を響かせる。


 なぜ外を出歩いているかというと、この10日間地上5メートルのアナザーワールドに引き籠って昼夜にわたり見える範囲の荒野を観察した結果、兎よりも大型の生物を見かけなかった。


 だからここは「魔境」では無く危険な魔物は近辺に居ないと考えた。


 それと純粋にアナザーワールドに立て籠もるのに飽きてしまって我慢できなくなったのだ。




 アナザーワールドの住環境はこの間かなり充実した。まずは洗面道具と寝床用に低反発ウレタンフォームのマットレスを作ったが、これが丸1日間を要した。本当はシモン○のマイクロコイルを使ったマットレスが欲しかったが金属のマイクロコイルを作ることが出来なくて我慢した。


 引き続き寝床用のシーツとベッドパッド、洗面道具、軍用タクティカルブーツ(砂漠迷彩)を2足。内履き用にスリッポンタイプのスニーカー。


 次の日に記録用のノートと筆記具一式、着替えの衣服と下着靴下タオル、寝床の反対側に作業机と椅子を配置。


 次の日の日中は陶器製の食器とカラトリー、調理器具、そしてセラミック製の包丁を作った。


 物質創造Gでは原子量の小さな物質しか作ることができない。


 創造可能な最大原子量はアルゴンの原子量18なので作れる金属はリチウム、ナトリウム、マグネシウム及びアルミニウムに限られる。そのため物質創造で作成する品物に金属部分がある時はセラミック等に置き換えているという訳である。




 ここ4日間はじっくりと腰を据えて、神器の製作をした。最初に作ったのは燭台(しょくだい)。照明が欲しくなったから。


 エネルギー操作による「光生成」を「障壁」で封印し、「物質創造」でテーブルランプになるように作り出した燭台に固定したものである。


 エネルギー操作による光生成は神域から無限にエネルギーを取り出すことが出来る永久機関である。


 それを破壊不能の障壁で封印したこの燭台はコアな機能部品である発光部分が破壊不能の永久機関というトンデモ性能である。まさに神器というに相応しい逸品と言えるだろう。素晴らしい。




 球状異空間への神力の追加注入もこまめに行って現在の球状異空間の内径は約4mに達した。ここまで住環境が整えばマイホームと呼称してもいいだろう。





 話を戻す。夜の荒野で何をするかというと魔術の実験である。しばらく気付かなかったんだけどファンタジーA型標準宇宙の仕様である魔術に関するデータパッケージが神域に保管されておりアクセス権限があれば入手出来ることに気が付いたのである。


 このデータパッケージは現在私が持っている精神構造干渉Gと神域干渉Gを使ってレベル5までの魔術を神域から複写して私の中のマルチナさんに上書転写出来る。


 転写できるキャパシティには限度があるから何でもかんでも全てというわけにはいかないけど効果的なものを選択してすこしでも生活の質や私自身の強化と生存率の向上に繋げたいと思ったのだ。


 例えば魔術の「浄化」という魔法によってマイホームの掃除とか体からの汚れ除去(シャワー)とか服の汚れ除去(洗濯)とかできて快適になった。




 これが10日前の依り代のマルチナさん。つまり「私の中のマルチナさん」のステータスだ



名前 マルチナ 

種族 人(女性) 

年齢 15  体力G  魔力F

魔法 水生成1光生成1ステータス1

身体強化 防御2

称号 亜神(時空)の依り代



 これに神域から転写した結果がこれ



名前 マルチナ 

種族 人(女性) 

年齢 15  体力G  魔力F

魔法 水弾5光弾5ステータス5

   暗視5遠視5隠密5浄化5

   探知5魔法防御5

身体強化 筋力5持久力5衝撃耐性5

   睡眠耐性5麻痺耐性5毒耐性5

   反応速度5防御5

称号 亜神(時空)の依り代




「私の中のマルチナさん」強化の方針は。


①依り代の脆弱性を補完する各種耐性と身体能力、生活衛生関連能力


②攻撃魔法は神技に劣るので暗視、遠視、隠密、魔法防御など戦闘補助的な能力を優先してみた。水生成1と光生成1は水弾5と光弾5に置き換えて攻撃魔法とした。




 これでレベル5攻撃魔法の12.7mm対物ライフル弾相当の攻撃力(追加属性効果あり)を得たことになる。地球のヒグマなどの大型野生動物に対しても十分な威力があるだろう。転写した魔術は全てレベル5なので弱くは無いはずだ。


 残念ながら魔力と体力のレベルは神域からは転写出来なかった。これはこの世界に生きる知的生命体が経験を積まないと上がらない仕様らしい。





 というわけで魔術の実験を始めよう。まず身体強化「筋力1」「持久力1」を発動しつつ軽くダッシュしてみる。筋力1や持久力1は元の能力を2倍に強化する効果がある。




 かなり早く走れる。陸上競技の選手の能力に匹敵するかもしれない。続けてマラソンのイメージで高速長時間走行に移行する。




 疲れないね。フォームが素晴らしい訳ではなく純粋に筋力の強さでゴリ押している感じだね。多分見た目は良く無いな。あまり人に見せない方が良いかも知れない。異常な奴と思われるかも。


 魔力の消費は回復分以下で無視しうる程度だね。



MP amount 100/100 remaining time ∞




 続けて「水弾5」を発動する。うん?どうやって狙うのかな。ああ、なんとなくあの辺みたいな感じか。では水弾5発射!


 火器のような発砲音はなく水弾が大気を超音速で切り裂く破裂音を発するとともに前方20m地点の石が大量の水煙を派手に上げながら吹っ飛んだ。この属性追加効果って使い道あるのかな?消火とか?


 狙いから1.5m右にずれたので自衛隊の射撃検定なら文句なしの級外で落第である。これどうやったら当たるようになるの?




 次は「光弾5」発射!


 今度は20mの距離に対して左に1mずれた。光弾の追加効果は弾体の曳光弾化と着弾時の目が眩む閃光である。超目立つけどスタングレネードの閃光みたいだから水弾よりも役に立つかも。



MP amount 92/100 remaining time ∞



 レベル5攻撃魔法の魔力消費は1発あたり私の総魔力の4%だね。連発したらあっという間にMP枯渇しちゃう。注意。




 次に「暗視5」を使ってみる。


 おお。凄いな。昼間のように見える。これは相当のアドバンテージと言えるかも知れない。


 続けて「遠視5」。50倍率程度までいける感じだ。暗視5を発動しながら「探知4」を発動する。40メートル程度の範囲で何か感じるね。生命体を感知するのかな?重ねて「隠密1」も発動。



MP amount 91/100 remaining time 2471



 何か居るだろうと感じる方向へゆっくりと近づいていく。





 居た。10メートル前方で地面を一心不乱に掘っている砂色の中型犬程もあるでかい兎(うさぎ)だ。



 ん。待てよ?今の私は防具も盾も無く攻撃手段といえば威力は十分だけど小さな的にはまず当たらない攻撃魔法しか持たない手ぶらの少女ではないか。こんな状態で初めて見る生命体に接近するなんてどうかしている。アホなんじゃないだろうか?



 いったん落ちつこう。ゆっくりと兎から離れる。40メートルほど離れて探知の限界をギリギリ外れないようにして兎を補足する。



MP amount 74/100 remaining time 2001



 魔術停止。消費をもっと抑えないと。




 アナザーワールドを起動しマイホームの開口部に手を突っ込み二つの神器を取り出した。いずれも試作した武器である。



 まず左手に持ったのが高さ1メートルほどの漆黒のカイトシールドである。素材は、時空間操作「障壁」を物質創造で作った持ち手と結合させたもの。如何なる物理攻撃も魔法攻撃も一切通さない無敵の神盾である。


 そして右手には刃渡り80センチメートルほどの光り輝くショートソード。素材は同じく「障壁」で作った厚みゼロの刀身を物質創造で作った柄(つか)と結合させたもの。ありとあらゆる物質を容易く切り裂く無敵の神剣である。


「障壁」で作った漆黒の鞘付き。この鞘に納めておかないと超危険である。触れるもの全部切り裂きますから。柄が付いてなければ勝手にどこまでも切り裂いていくだろう。


 刀身が光輝いているのは、光らない刀身は見え難く、刀身の厚みがゼロというか無限小? のため刀身の角度によっては全く視認できないので怖くてあつかえない。それで目立つように光らせたというわけである。


 この二つの神器があれば初めて見る生命体である兎にも十分対処可能だろう。盾をいったん地面に置いて左手で神剣の鞘を持ちゆっくりと神剣を抜き刀身を改めてジッと見る。




 やばいな。



 今改めて考えてみると剣をあつかった事のない私がこの剣を使って生きた動物を斬れるだろうか。何かの拍子に自分を斬ってしまう事故が起こる気がする。




 これを私が使うのはムリだな。分不相応に過ぎる。なんでこんなの作ったんだろう。しかも刀身を光らせるとかどうかしている。

慎重に神剣を鞘に納めてマイホームのベットの下に片付けた。



 いささか調子に乗っていたようだ。慎重を期さなければ。死んだら終わりだからね。




 改めて探知距離ギリギリの場所から兎をしっかりと視認する。時空間操作「障壁」を直径30センチの大きさで兎の体内に展開する。兎は一瞬のうちに胸の辺りで両断された。


 やっぱり攻撃は遠距離からの時空間操作が安全確実だね。



 漆黒のカイトシールドを両手で持ってゆっくりと慎重に倒した兎に近づいていく。攻撃魔法「水弾5」は命中率が悪いが、1mから2m程度の至近距離なら許容誤差の範囲だ。



 発動準備を意識しつつ兎を観察すると兎の額に5ミリ程の灰色の鉱物が埋っている。これが魔核か。頭頂部には長さ10センチ程の鋭い角がある。これはホーンラビットという魔物だね。マルチナさんの知識が教えてくれた。


 すると突如ホーンラビットが砂となって崩壊して魔核と角がその場に残された。魔物は死んだ後に魔核などの魔法器官を残して崩壊するのだ。



 ホーンラビットの魔核を拾う。角は尖っていて怖いからそのまま置いておく。魔核を右てのひらで握りこんで魔力を込めるよう意識すると身体強化「跳躍1」が使えるのが分かる。


「跳躍1」を使うことを意識しながら垂直飛びをしてみる。


 80cmほど飛べた。これが「跳躍」か。

ホーンラビットの魔核は右手の平の中で崩壊し砂になる。




 よし、魔物討伐も経験できたし、試せる魔術もある程度確認できた。そろそろマイホームに引き上げようと思った時に、更に前方40メートルの地点に生命体の反応があることに気付く。


 弱い反応だからネズミかプレーリードッグみたいな小動物かな?この反応の大きさならホーンラビットよりも弱いだろう。一応確認してみよう。




 再び慎重に時間をかけて接近する。恐らく木に隠れていてなかなか発見できない。木を迂回しつつ2メートル程に近づいたところで見つけた。



「猫?」




 さらに接近すると地面に横たわっている猫がいる。頭を怪我している様だ。



「このままだと死ぬかもなあ」



 なんともいえない気持ちで横たわる猫を観察していると。突然。この猫を助けなければならないという気持ちが湧き上がってきた。


 どういうことかな?


 猫はどちらかというと好きな方だけどこんな気持ちになるのも変だね?だけど何かの巡り合わせかも知れない。生命体干渉「治癒」を試したいと思っていたから丁度いい。


 では試しで申し訳ないけど治すよ?


 生命体干渉「治癒」!



 傷ついた猫の頭部が正常な形に急速に変化していく。傷口も時間が巻き戻るように修復されていく。


 この治癒の神技は直近の正常であった身体の構造に強制的に変化させるという技術である。だから飛び散った体組織や体液も近辺にあれば回収されて修復材としてしまう。


 とんでもない技術である。さすが神技。さすが亜神(時空)である。死んでなければ。もしかしたら死んでいても時間がさほど経っていなければ治してしまうかも知れない。



 とか考えているうちに完全に治ったようだ。物質創造でPET製の深皿を作ってそこに魔法で水を出してやる。




 猫は凄い勢いで水を飲み始めた。そうかそうか。なかなか気持ちのいい猫だね。食べ物もあげようかな。


 ではもう一度物質創造で深皿!


 更に物質創造で鳥のササミ!


 遠慮せずに喰いたまえ。




 猫は鳥のササミに喰いついた。ジッとその様子を観察する。なんかコイツ普通のイエネコとは違うな。


 体毛は砂漠風の砂色で色の濃い斑点が散らばっている。デザインとしては地球のチーターを砂色にしてくすませた感じ。体全体はずんぐりしていてスマートではない。耳は大きく立っており先端は黒く変化して触角のように伸びた飾り毛となっている。


 体長は尻尾含めて50cmくらい。尻尾は太短くズングリしている。




 そうか君は地球で言う「リンクス」だな。山猫とも言う。特にアメリカ合衆国に生息しているボブキャットに類似しているな。

どれどれ。ステータス見れるかな?



「ステータス」



名前 ボブ 

種族 リンクス(女性) 

年齢 3  体力F  魔力F

魔法 暗視1

身体強化 筋力1跳躍1

称号 マルチナのペット



 きみ、名前があるの?動物って名前持ってるものなの? ボブって人間の男みたいな名前だけど?


 ってかマルチナのペットってあのマルチナさんなの!?



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