第3話 アナザーワールド


【1日目 イースに出現して概ね一時間後】



 再びゆっくりと周囲を観察する。大丈夫。危険生物は居ないようだ。再度ステータスを展開して考察を再開する。



名前 マルチナ 

種族 人(女性) 

年齢 15  体力 G  魔力F

魔法 水生成1光生成1ステータス1

身体強化 防御2

称号 亜神(時空)の依り代



 水生成1とか防御2とかの魔術の強さのレベルは1若しくは2となっている。そして魔力がFで体力がGと弱い。


 FとかGというのはその能力の強さの指標だ。


 G→F→E→D→C→B→A→S→SS→

の順に強力になっていく。


 総合すればかなり「弱い」というところか。それに攻撃魔法を持っていないため敵に対する直接の攻撃力が欠落しており何かあっても敵から逃げ回ることしか出来ないだろう。


 この魔力と体力は地球のゲーム的に言えばMPとHPに該当する。




 攻撃魔法のレベル毎の威力は、


レベル4攻撃魔法 7.62mm小銃弾

レベル3攻撃魔法 9mm拳銃弾

レベル2攻撃魔法 22口径拳銃弾

レベル1攻撃魔法 非殺傷ゴム弾

レベル0攻撃魔法 攻撃力なし


 程度の攻撃力に加えて魔法属性効果が追加されるのでなかなかの攻撃力と言える。レベル3以上の攻撃魔法は人間サイズの大型生命体に致命傷を与える事も可能だろう。


 手ぶらなのにアサルトライフルやハンドガン並みの遠距離攻撃力を持つ人類が普通に居るとか、なかなかに恐ろしい世界である。




 神様は「ファンタジーA型標準宇宙は知的生命体の社会が比較的に安定する標準宇宙だ」って言ってたけど。こんなでも安定した社会が成立するのだろうか?


 そう言えば地球でもアメリカ合衆国は銃が溢れている銃社会だけど安定した社会が成立してたね。日本的価値観では物事を図りきれないなあ。





 改めて周囲を見渡してジワリと焦燥を感じる。





 そもそもこの場所が問題だ。


 見渡す限り人工物が存在しない半乾燥地帯である。半径10キロ内には知的生命体も水場も存在しないのではないだろうか。


 人類生活領域に到達するために下手をすると数百キロ近く歩かなければならない可能性すらある。


 15歳のか弱い少女が体一つ手ぶらでこんな過酷な環境に放置されたら普通なら生存できるわけがない。


 マルチナさんから転写してもらった魔術をあれこれ評価した結果。魔法で水や光を生み出すこと以外は現状ではあまり役立ちそうにないと結論した。





 という訳で次に亜神としての能力を確認することにする。神力を操作して精神構造体の更に奥深くにある神域にアクセスする。



名前 NO NAME

種族 亜神(時空) 人(女性)

年齢 0歳(身体年齢15歳)

体力 G

神力 G

神技 時空間操作Aエネルギー操作G

   ベクトル操作G物質創造G

   生命体干渉G精神構造干渉G

   神域干渉G



 時空間操作Aを除きかなり弱い能力値だ。

神様が、「弱いから直ぐに死んでしまうかも知れない」と言っただけの事はある。




「時空間操作」は時間と空間を操作する神技。空間の境界や異空間を作ったり、局地的な時間の進行速度を操作したり出来る。


「エネルギー操作」は熱や光、電磁気、重力などのエネルギーを作り出したり操作する。


「ベクトル操作」は向きと大きさのある物理量例えば物の速度を操作する。


「物質創造」は物質を作り出す。時空間操作と組み合わせて過去に存在した物の組成を再現出来る。他の宇宙の物でも創造可能。


「生命体干渉」は生命体の治癒(ちゆ)や改変。物質創造の生命体に対する特化機能。


「精神構造干渉」は記憶や能力の改変など生命体干渉の精神構造体に対する特化機能。


 「神域干渉」は神の能力の根源。神域にアクセスして操作する権限と機能。




 時空間操作Aの他はごく弱く初歩的な能力と言える。





 以上、神様からもらった知識と現在の自分の状況を考えた結果。私が直ぐに死なないためにはまず、この神技の確認が必要だ。




 神力を操作して神域にアクセスする。




「時空間操作 アナザーワールド」




 神力操作の結果をジッと注視する。


 目の前に直径1mほどの漆黒の円板がゆっくりと出現してその後に円板の内部がすうっと窪んでいく。


 10秒ほどかけて漆黒の円板は内側に空間を巻き込むよう変形して内径2mほどの球状異空間を作り出した。異空間への出入り口は最初の漆黒の円板の外縁部、直径1mほどの円形の開口部である。




 私は開口部に手をかけて、ゆっくりと慎重にアナザーワールドによって作り出した球状異空間の内部に入っていく。球状の異空間内部は意外とバランスを取りにくく体が安定しない。


 しかし現状の神力レベルでは球状異空間でしか安定した異空間を作り出せないので今のところは我慢しなければならない。


 体が完全に異空間に入ったあとは開口部をゆっくりと小さくしていく。とりあえず直径20cmくらいにしておこう。





 これだけの空間操作に要した神力は全体の95パーセントになる。持てる最大神力の大部分を費やして内径2mの球状異空間を作り出した訳だがその能力は破格だ。絶対安全なシェルターを常備していることになるのだから。さすが亜神(時空)である。


 なおアナザーワールドで創り出した異空間はその形状を変化させない限り神力の消費なく存在し続ける。エコである。



 保有神力がどの位なのかは意識の片隅に認識される。現在はこんな感じ。



GP amount 5/100 remaining time ∞



 GP amountは神力残量の百分率表示。


 remaining timeはあと何秒で枯渇するか。


 ∞となっているのは現在神力消費をしていないから。



 なお、魔力残量(MP amount)についても同じでこんな感じ。



MP amount 100/100 remaining time ∞





 アナザーワールドを発動出来たことに安心してかなり気が抜けてしまった。こんな便利な神技があって良かったよ。唯一と言っても良い専守防衛用神技である。



 これで私が死ぬ可能性は大きく減少したと言えるだろう。


 このイース世界に神技である時空間操作 「アナザーワールド」を打ち破れる生命体が居るとは思えない。


 そもそも見る事も触れる事もできない。この世界に存在しないのだから。 


 つまり事実上の知覚不能にして破壊不能オブジェクト。故に絶対安全安心である。


 例えこの場所が魔獣ひしめく「魔境」であったとしても、私の安全は保たれていると言えるだろう。





「水生成1」で加減しながら両掌の中にチョロチョロと水を出して啜るように飲む。炎天下の乾燥地域に1時間ほども突っ立っていたためか身体から水分が相当に失われていたのだろう、水が体に染み込むように吸収されていく。


 そうだ。球状異空間の内壁の色を地球の住宅によくあるホワイト系の落ち着いたものに変更しておこう。時空間操作で作り出す空間の境界は色を含めて様々な質感、特性を組み込むことができる。便利だ。






 その後あれこれ考えたりボーッとしたりしてうちに太陽が赤く染まり日没が迫る。夕方だったんだね。それと太陽は右方向に沈んでいった。地球の北半球パターンである。沈みつつある太陽の方向を「西」と設定しておく。


 私がアナザーワールドに籠ったせいで気配が消えたせいか荒野のあちこちから砂色の体長40cm程もあるデカいネズミが出てきている。私が荒野に立ってた時にも居たのかも知れないが気が付かなかった。


 しきりと周囲を警戒してワウワウ鳴き声を上げている。プレーリードッグみたいな奴だ。地球のこいつらは昼行性だから明るいうちに出てきたんだね。


 鳴き声が犬みたいだからプレーリー(草原地の)ドック(犬)となったらしい。ネズミでドックだけど草を食べる草食性の動物だ。地球と同じなら。


 プレーリードックの他にも体長50cmほどの鳥がチョロチョロと走っている。

黒褐色の地に白いまだらもようがあって頭には黒い冠羽がある。


 地球だったらロードランナーといって飛べない鳥。アメリカ合衆国中西部乾燥地帯に分布するカッコウの一種だったはずだ。


 こんな荒野でも動物達が生きているんだな。






 神力が15パーセントほどに回復したので生きていくために絶対に必要な次なる神技 物質創造を発動してみる。



 物質創造「おにぎり」



 3Dプリンタのようにおにぎりが創造されていく。2秒程でラップに包まれた巨大な塩おにぎりが出来上がった。見た目寸法がコンビニおにぎりの2倍以上あるので8個分のボリュームはあるだろう。一食分としてはこの塩おにぎり一個で十分だね。残り神力は5パーセントでまたもやギリギリだった。


 神力は1時間に10パーセント回復くらいのイメージだろうか。この宇宙における時間の流れる速度がどうなのか分からないから凄い感覚的にだけど。




 時間を測るという事は周期的な物理事象の間隔と比較するということだ。身体内の生化学的な反応速度が時間感覚を形作るならば。


 宇宙の物理法則が似ていれば時間感覚も似ていると考えていいのではないだろうか。この依り代が地球人類とそっくりであることを踏まえると、ファンタジーA型標準宇宙と地球の物理法則の違いは「魔法技術の有無だけ」なのかもしれない。


 いずれにせよ、これで絶対安全なシェルターと最低限の食糧確保ができた。


 水は魔法「水生成」で飲む分は得られるし、最悪、神技 物質創造で作り出すこともできる。


 あ、そうそう、物質創造でコップを作っとかないと安定して水飲めないな。でも神力が枯渇しているためコップの製作は後で。





 魔法で出した水を啜りながら塩おにぎりを少しづつゆっくりと嚙る。塩おにぎりはこの依り代の少女の身体にとっても美味しく感じた。


 物質創造で作り出す水やおにぎりは私が知っている水やおにぎりと外見は同じだが、厳密に言えばデータを基にこの宇宙にローカライズして再構築された完全に異なる物質である。とはいえ、いずれも美味しく頂けたし気にすることもないだろう。





 日没後に地球の月と比べると直径が4倍ほどに感じる途方もなく明るい満月が地平線から昇ってきた。


 巨大な満月を異空間開口部から眺めながら。そして膝を腕で組んで体育座りしながら神力の回復を待つ。


 巨大な月をジッとみつめる。地球の月と同じで白銀色に輝いている。そしてクレーターがハッキリと見える。地球の月のクレーターってこんなハッキリと見えたっけ? この依り代の視力が良いのかなあ?


 もしかすると、月が大きく見えるのは、「イースと月の距離が近いから」かもしれない。知らんけど。


 あと見える範囲で月は一個だ。小惑星みたいな衛星が何個も無くて良かった。そんなの有ったら何時落下してくるか気が気じゃ無いからね。そう言えば地球に落ちるはずの巨大隕石というか小惑星が月に衝突するから地球は助かってるって聞いたことある。月の裏側ってクレーター物凄いからね。





 イースの荒野は日没後急速に気温を低下させて昼間とは打って変わり外気は肌寒い。アナザーワールドの内部は小さな開口部しかない閉鎖空間のため外気に晒されることも無く快適に過ごせる。


 アナザーワールドの内壁は物質的存在ではなく空間構造そのものであるためか熱伝導は皆無である。そのため底に寝転んでも全く冷たくない。




 巨大で明るい満月の光量は驚くべきものでナイトゲーム中の野球場に匹敵する明るさを感じさせる。日中は気付かなかった兎らしき小動物がチョロチョロと活動しているのも観察できる。これなら暑い日中を避けて明るい夜間に行動するのも良いかもしれない。




 残念ながら巨大な満月が明る過ぎるため夜空の星はよく見えない。


 夜空の星々はどんな姿をしているのか。地球の夜空のように天の川が見えるかな。


 イースの巨大な月の公転周期はどの位なんだろうか。満月と違って新月の夜は真っ暗だろうから星空の観察には適しているけど生き物たちにとっては恐ろしい時間だろうね。私はアナザーワールドに引き籠っているので問題は無いけど。






 神力が35パーセントまで回復したのでPET製のコップを作ったが神力はほとんど消費しなかった。物質創造「PETコップ」は意外とリーズナブルだった。


 魔法で水を出しコップに満たす。

外を見ながらゆっくりと水を飲んでいるうちに寝る前にアナザーワールドの開口部を上空に移動させておかないと危険かもしれないことに気付いた。


 今のところ大して危険とも思えない小動物しか見かけないが何が居るか分からないので慎重であるべきだ。この少女の依り代は脆弱(ぜいじゃく)なんだから。





 アナザーワールドの移動には大量の神力を消費する。開口部をおよそ5メートル上空に移動させるのに残りの神力35パーセントがすっからかんになってしまった。


 5メートルほど上空に移動した結果として開口部からの見晴らしが良くなった。

すでに南中に達した満月に照らされて途方もなく明るい深夜のイースの荒野は信じられないくらいに神秘的で美しい。




 

 もう寝る時間なんだろうが色々と考えたり悩んだりしたせいか疲れはあるのに心の緊張が収まらず目が冴える。


 見通せない未来をあれこれ考えたり答えのない問題について延々と考え込むと精神の緊張が高まる悪いスパイラルに陥るものだ。地球にいた時の職場ではメンタルヘルスを重視していて逆境に強い折れない心を育成する事を重視していた。レジリエンスと言うらしい。


 私自身は心を強くできる気はしなかったが自分の感情と心をコントロールする事は重要だと思っていた。


 安定した幸せな世界のことに思考を誘導すれば精神も安定する。


 地球に居て今も変わらず生活を営んでいる妻と生まれたての子。


 そして航空自衛官として勤務し続けているオリジナルの自分自身の今後の人生について何となく考える。


 仕事にようやく慣れてきて楽しくなってきたところだった。仕事はきっと上手く行くよ。


 生まれたのは男の子。妻に似ればカッコよくなるはずだ。


 住んでいる自衛隊の官舎の奥様たちと楽しそうに女子会をしている妻の笑い声が聞こえる気がした。




 大丈夫。いずれ亜神として成長して宇宙の境界を渡って会いにいけるから。




 アナザーワールドで作り出した小さな球状異空間の底で体を丸くしていた私はいつのまにか眠りに落ちていた。



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