中編
「都々木さーん。ちょっと変わった調査依頼がー」
チームメイトの
僕らは人工知能が指定した誤情報疑いの調査だけでなく、民間の方々からの調査依頼も受け付けている。
「どんな依頼?」
「なんか、宝石が盗まれたらしいんですよ」
「え、それは警察の仕事では」
「でも、宝石はもう見つかっているんです。ただ、情報が書き換わっているとか」
「泥棒が宝石の誤情報を入力したってこと?」
「そうらしいんですが、元の情報もそのまま残ってるんで、私が見てもどっちが本当かわからないんですよ」
「ああ、二重登録か」
二重登録は、誤情報疑いの典型例だ。一つの物に全く異なる複数のデータが入力されるケースである。たいていの場合、多くの人がデータを入力していけば、AIが統計的に誤情報を判断して削除する。
ただ、個人の所有物はデータ入力する人数が少ないので、統計処理がなされない。その場合、AIは周辺情報などから正誤を判断するが、それが難しい場合は僕らに回されてくる。今回の場合、それよりも先に登録者が僕らのところに来たというわけだ。
「宝石の二重登録となると、ちょっと引っかかるな。わかった、すぐ行く」
「お願いします!」
神崎は応接室にいた。そこには、二人のお客さんが来ていた。
二人とも、身なりの良い男性だった。経歴を参照したところ、一人は一流企業のチーフで、もう一人は華々しいクリエイターだった。しかし、二人の間に接点はない。
「御足労をおかけします」とチーフが頭を下げる。
「わざわざすみません」とクリエイターも頭を下げた。
「いえいえ、これが仕事ですので」と僕も頭を下げ、二人の名前を確認する。
チーフは
クリエイターは
「それで、宝石の二重登録があったとのことですが?」
僕は二人の対面に座った。二人の視線が僕の顔の横に向かっているので、僕の経歴を読んでいるのだろう。
「そうなんです」と話し出したのは、チーフの長谷川さん。「私の持っているこの指輪が、二重登録されているんです」
そう言って、長谷川さんは鞄からハンカチを取り出した。丁寧に折られたそれを開くと、中から青い小粒の宝石を付けた指輪が出てきた。本物だった。
今時、本物のアクセサリーは珍しい。すべてXRマーカーで事足りるからだ。しかし、だからこそ逆に、本物のアクセサリーはステータスになる。僕もこの仕事に就いてから、本物の腕時計を買った。
「確認しても?」
「どうぞ」
僕は指輪を手に取って、
石はサファイア。産地はカシミール地方――いや、ビルマ? 彫刻師はアルヤ・メイセイ氏、もしくはスタン・ミタル氏。バイヤーはジェーン・シルバー氏、かと思ったらトニー・ハント氏。
なるほど、たしかに情報が二重になっている。これら以外にも、すべての情報がてんでバラバラだ。リング部分も同様である。
僕は指輪を色々な角度から眺めた。二重登録の原因は、必ずしも二重に登録されたことではない。よく似た別の物を、
が、今回はそれはないようだ。
「たしかに二重登録されているようですね。それで、これが盗まれたというのは?」
「そうなんです」とチーフの長谷川さん。「元々それは、私が妻と買った指輪なんです。ですが、こちらの青年が盗み、情報を上書きしたんです」
「ってこの人は主張してるんですよ」今度はクリエイターの鎌田さん。「俺はその指輪をインドで買ったんですよ。それを付けてたら、さっき突然、この人に腕を掴まれたんです。『その指輪、私のだろう!』って」
「なるほど、そういうことですか」
指輪の情報には、所有者の名前が二つあった。長谷川健と、鎌田澪。長谷川さんはこれを見て、この宝石が自分のものだと思ったのだろう。
なお購入情報を見ると、たしかに鎌田さんは先月、この指輪をインドの宝石店で買っている。一方、長谷川さんも十年前に、この指輪をタイで購入したようだ。
「十年も前に買っているのでしたら、指輪に付いた細かい傷などで、本当にご自身の物かどうかわかりませんか?」
「特別な時にしか着けませんから……それに、傷一つ付けないよう、細心の注意を払ってましたので」
「では、鎌田さん。これを購入する前、この指輪のデータはどうなってましたか?」
「一つだけでした。カシミール地方原産で、所有者は宝石店でした」
それが嘘でないなら、購入後にデータが書き換わったことになる。
「この長谷川さんが、俺の指輪を欲しがってデータを上書きしたってことはないんですか?」
「そんなこと、しませんよ!」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
神崎が二人をなだめる。
「いま、こちらの都々木が謎を解きますから」
無茶苦茶言ってくれる。
しかし、これは実際、早急に解明しなくてはまずい事態である。鎌田さんの言う通り、もし他人の所有物に勝手にデータを上書きできたら、どんなものも所有権を主張して盗み放題だ。
当然、そうならないよう、二重登録には常に注意の目が向けられている。今回のように全く内容の異なる二重登録を、AIがスルーするはずがない。
たとえば、この二人のどちらかが凄腕のハッカーで、我がゴーゴル社の最高レベルのセキュリティを突破して情報を自由に書き換えられるとしたら話は別だが、そんなことができるならもっと違う事件を起こすはずである。
ん、待てよ。別に、この二人がハッカーである必要はないな。
そうだ、そういえば、過去に同様の事例があったはずだ。
僕は
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