これはジャックの建てた家

黄黒真直

前編

 事実上の国家公務員である僕は、毎日規則正しく生活している。


 朝七時、眼鏡ビュアーの鳴る音で目を覚ます。顔をこすってから、眼鏡ビュアーを顔にペタッと装着した。目の前にXR空間が展開される。今日は八月十日、水曜日だ。


 西丘社製の麻の布団から体を起こし、ゴート織物社のカーテンを開けると、真東から三度ほど北、仰角二十四度ほどの位置に太陽が見える。TOKO社製のトイレで用を足し、同じくTOKO社製の洗面台で手と顔を洗う。うちに来る水道水は、主に多摩川で取水され、霞浄水場で処理されている。


 朝ご飯は、上田雄一氏が育てた小麦をザキヤマ製パン社の山梨工場で加工したパンと、パペット社直営のフィリピン農場で育ったバナナだ。合計およそ300カロリー。


 食べ終わったら服を着替える。我がゴーゴル社製のXRマーカースーツを身にまとい、眼鏡ビュアーの姿見モードを起動する。僕の姿が、部屋の中に映し出された。

 購入済みのセット衣装の中から、スーツと髪型とメイクを選ぶ。今日は少し、明るめの色にしよう。ジョン・グース氏がデザインしたカウヒル社のスーツと、マザー・トーキョー社の高柳卓也氏がデザインした髪型とメイクで決める。


 午前七時半。腕時計を着けてマンションを出る。街中のすべての建物、看板、標識、乗り物、動植物、風景に、ありとあらゆる情報が表示された。


 日常は情報に溢れている。空には雲の名前や天気予報、青色のカラーコードが書かれている。看板を見れば商品購入ページだけでなく、タレントの出演番組やカメラマンの出身地、文字フォントのデザイナーの利き手まで表示される。

 すべては、我がゴーゴル社が作った社会基幹システム「That Jack Built」のおかげだ。TJBには、この世のすべてのデータが入力される。それを、いまや全世界五十億人が使っている眼鏡ビュアーを通して見ることができるのだ。


 眼鏡ビュアーは文字通り、XR空間を見るための装置だ。現実世界の上に、人工の映像を重ねて表示することができる。だから空には飛行機の空路が浮かび、見ようと思えば看板会社が雇った文字フォントデザイナーが過去に作ったフォントを使用した映画のロゴを不正利用した人物も知ることもできる。水道水や空のように見た目で判別がつかない物も、眼鏡ビュアーの位置情報から判断される。

 表示する情報は利用者が取捨選択できる。常にすべての情報が表示されていたら、視界は文字列で埋まってしまう。知りたいことを、知りたいだけ、知ってよいところまで知ることができる。それが「That Jack Built」システムだ。


 無論、知ってよいところまで、だ。企業秘密や個人情報は、見られる側が許可してない限り閲覧できない。

 また、データの入力はゴーゴル社員だけでなく、TJBを利用する世界中の人間も可能だ。当然、中には誤情報も含まれる。情報の正誤は人工知能AIが完全に管理……できていたら良かったのだが。


 AIも完璧ではない。正誤が判断できないケースはざらにある。だから、人間が調査をしないといけない。

 それをやるのが、ゴーゴル社東京支部に勤める僕、都々木つづき春人はるとが率いるデータ校正チームというわけだ。


 この仕事は大変だが、やりがいもある。AIが出してくる「誤情報疑い」は、毎日何千件にも及ぶ。それらを片っ端から処理していかなければならない。時には現地へ調査に赴き、時には登録者を直接問いただす。

 しかしやりがいは大きい。毎日、色々な知識が得られる。路傍の石一個にも歴史があり、一片の紙きれにもそれを作った人がいる。それを知るのは、とても楽しい。


 TJBは、人々にデータを見せることだけが仕事じゃない。データを収集し、整理・管理する博物館的役割にこそ、その真髄がある。そうして溜めたデータは治安や国政にも影響を及ぼす。だから僕らは事実上、国家公務員のような扱いを受けていた。

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