第3話 令嬢の決意

 「信じられない…けど、どんどん鮮明になっていく。この記憶は…」


 この悪夢をきっかけに、アイリーンの中でとある確信ができた。


 自分の生きているこの世界は、ゲームの中の世界であること。そして自分はいわゆる“悪役令嬢”という立ち位置にいること。


 「悪役令嬢だなんて…。私は何も悪いことをしていないのに、どうして?」


 さらに、マデラインの正体も分かった。このゲームのプレイヤーであり、主人公である。第一王子であるヨハンスを狙ってこの学園に入学し、やがて略奪、ライバルであるアイリーンを国外追放することがゲームクリアの条件だ。


 しかし、このゲームは“乙女ゲーム”ではない。


 「あのマデライン嬢が、まさか…。」


 ここは、“攻略ゲーム”の世界である。


 マデラインの真の目的はヨハンスの略奪ではない。ここ、エルバート王国の滅亡だ。次期国王であるヨハンスを誘惑し、マデラインの故郷であるイーゴン王国に都合の良い政策を取らせ、ついにはエルバートを支配下に置こうというのである。


 エルバート王国は1000年以上続く一大国家。資源には乏しいもののほとんどの隣国と良好な関係を築き、高い技術力をもって栄えてきた王国である。他国からの信頼もあつく、「世界で最も誠実な国」と称されている。


 対するイーゴン王国は、巧みな戦略で小国を次々と侵略し、手中に収めることで知られている狡猾な国である。エルバート王国にも何度か侵入を試みたが、外交力で何とか抑えてきた。時にはその悪辣なやり方に国際社会から批判を浴びることもあったが、恵まれた資源の輸出を強みとしており、なかなか誰も強く言うことができないということが、各国の悩みのタネでもあった。


 なお、ゲーム内では各国の詳しい説明は特にないため、プレイヤーは悪意も罪悪感もなく、ただ目の前にある国を侵略していくのである。ゲームでは、プレイヤーはすでにいくつかの国を攻略しており、最終的には帝国を陥落させて全クリアとなる。つまり、最終目標は世界征服である。


 さて、そのイーゴン出身のマデラインは一見、純情で大人しい少女のようだが、実際は男性の扱いに長けていることを見込んで送られた隠密兵士である。真面目で少し気弱なヨハンスの好みを分析し、ヨハンスの理想の女性として振る舞うことで、彼を手に入れようというのである。さらに、「完璧な女性」と称される婚約者アイリーンを追放することでヨハンスに助言するものもいなくなり、安泰ということだ。


 そのためには、ただ彼を奪うだけでなく、アイリーンを追放されて当然の悪女に仕立てる必要がある。それが、夢で見たあの「断罪」の場面ということだ。


 このままでは自分の身が危ういだけではない。エルバート王国の存亡にも関わる問題だし、果ては世界の危機でもある。


 「真実を知る私にしか、どうすることもできない。生まれ育ったこの国をどうこうされるなんて、許せないわ。何とかしなきゃ!」


 アイリーンは目を伏せる。


 「…すでにヨハンス様はマデライン嬢をお気に召している様子だわ。だから、マデライン嬢がイーゴンのスパイである確固たる証拠を見つけない限り、話を聞いてもらえない。やるしかないわね。」


 タイムリミットは、ヨハンス王子の卒業式のある3月9日。今日は11月13日。あと4ヶ月足らずで事態は決定する。アイリーンは自分と国、果ては世界の平和を守るため、そしてヨハンスの愛を取り戻すために、動くことを決意した!

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