第2話 夢から覚めて

 ハッと目が覚めた。ふかふかのベッドが、汗でぐっしょり濡れている。体は横たわったままなのに、走った後のように息が荒く、心臓がバクバクと高鳴っている。


 視界には見慣れた天井と、壁に飾られたピンクのバラの絵。アイリーンが生まれた時、そのピンク色の輝く髪にちなんで、父である侯爵が購入したものだと聞いている。そう、ここはアイリーンの寝室。


 普段は学園の寮で生活をしているが、前日が休日だったので自邸に泊まったことを思い出す。


 「夢…?それにしては生々しいものだったわ。」


 アイリーンは起き上がると、エメラルドのような緑の瞳から流れていた涙をぬぐった。深呼吸をして体調を整える。コンコン、と扉が叩かれる音がした。


 「お嬢様、おはようございます。あ、やはり今日もきちんとお目覚めですね。さすがです。」


 メイドのマリアが感心しながら窓を開ける。幼い頃は起きるのが苦手でよくマリアを苦労させたが、12歳でヨハンス王子と婚約が決まってからは、きっちり起きられるようになった。未来の王妃としてふさわしい令嬢でいるためである。


 マリアはまだ幼かった頃のお寝坊アイリーンをいつまでも懐かしんでいるようで、ときどきこうして茶化してくるのが愛おしい、とアイリーンは思っていた。いつもの声にホッとしたアイリーンは、着替えに向かった。


 「今日は何月何日かしら?」


 「あら、お嬢様が日付を尋ねられるなんてめずらしい。今日は11月13日ですよ。秋真っ盛りです。」


「そう。そうよね…。まだ3月じゃないわよね。」


 「お嬢様、夢でも見られたのですか?フフ、もしかしてヨハンス王子様の卒業式の夢とか?」


 ヨハンスと婚約を結んだのは5年前だが、ヨハンスが18歳で成人したのち最も人の多く集まる卒業式で、あらためて2人の婚約が大々的に発表される予定である。その日をアイリーンは今か今かと待ち望んでいた。


 しかし、今日の夢は…。


 通常、どんなにリアリティあふれる夢でも、起きてしばらくするとほとんど忘れてしまう。ところがこの夢は、朝食を摂り、学園に到着した今でも鮮明に思い出される。ただの夢ではないという思いが強くなっていく。


 「やめてよ、縁起が悪すぎるわ」


 嫌な予感、というより嫌な記憶が次第に湧き上がってくる。


 今朝のアイリーンはため息が止まらなかった。そんな彼女に、1人の男性が歩み寄った。


 「おはよう、アイリーン嬢。どうしたんだい?顔色が良くないぞ。」

 「クローヴィス様。おはようございます。いえ、何でもありませんわ。」

 「そうかい?まぁ君はいつも完璧だからね。」

 「そんなことありませんわ。何事も精一杯努めているだけです。」


 声をかけてきたのは、第二王子であるクローヴィス。青い髪に青い瞳を持ち、深遠な海のような印象の彼は、アイリーンと同じ17歳でありながら「100年に1人の秀才」と呼ばれるほどの名声を得ていた。そんなクローヴィスから見ても、アイリーンは「完璧」な令嬢であった。


 本当は、何でもなくはなかった。夢の印象がだんだんと強くなっていくにつれて、アイリーンは衝撃の真実を確信していたのだ。

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