【第3章 姫君の首飾り】

第8話 過ぎ去りし日

【第3章 姫君の首飾り】



 その時節は花祭りの頃だった。街は白色を基調とした淡い色の花々で満ち満ちて、豪奢な山車が大通りを行き、色とりどりの踊り子たちがドレスの裾を掴んでくるりと回る。鳥も蝶も花も、春の訪れを祝福しているような美しい光景がヴァルスタイン王国に広がっていた。

十八歳になったローラン・ハリウェルは王城の敷地にいた。友人のウォルターと城の庭から花が溢れる城下を望む。

「絶景だな。どうした、ローラン。浮かない顔で」

「ここ最近、忙しくて」

 そういうローランは欠伸を噛み殺す。悪戯っぽくウォルターは笑った。

「〈十二人の大魔術師〉ともなるとお疲れなんだろうな」

「茶化すなよ。俺なんて父親の後釜に過ぎない」

「ご謙遜を」

 ローランが十五歳のとき、父親が亡くなり後に続くように母親が天に召した。ローランは父親の跡を継ぎ国家魔術師試験を受け合格。十八歳で死霊術師として〈十二人の大魔術師〉に選ばれた。まさに天才の名を欲しいままにしていた。

「そっちこそ王立学校はどうなんだ?」

「まあまあだよ」

「お前は偉いよ。家の仕事に関係なく、騎士になる道を選んだんだから。コネも通じやしないんだろう」

 エヴァンズ家は貴族だが決して高位ではなく、その位はせいぜい中の上というところだ。それでもウォルターはエヴァンズ家が得意としている政界ではなく、騎士になることを夢に見た。王立学校でのウォルターの成績は目覚ましく、期待の星だと言われているらしい。

「俺が騎士になるのはただのわがままさ。家への反発心、かもな」

 けらけらとウォルターが笑う。ローランは生真面目な友人がこんな風に自分のことを話すのを少しめずらしい気持ちで見ていた。

「お二方」外廊からメイドがこちらに声をかけ礼をする。「姫のご支度が整いましたよ」

 そのときふわりと花の香りがした。外廊に現れたのは薄桃色の繊細な模様のリバーレースをつけた白いドレスを着た美しい娘だった。銀色の髪に蒼い瞳。十七歳の少女は、こちらを見るなり、太陽のように笑った。

「ローラン! ウォルター! 見てくださいな」

駆け寄ろうとしたのだろう、裾の長いドレスでつんのめり、慌てた彼女は転倒しそうになる。周囲のメイドたちがわたわたと彼女を庇う。心配しているメイドたちをよそに、彼女は楽しそうだった。

「お気に入りの仕立て屋が一年かけて作ってくださったのよ。綺麗でしょう?」

 長い銀髪は上の方で三つ編みにされ一つにまとめられている。頭の上に載せられたティアラは彼女が姫であることを告げていた。

「綺麗ですよ、ミシェルさま」

「本当にお綺麗です」

 ウォルターとローランが口々に褒めると、ミシェルと呼ばれた姫は微笑んだ。

「うふふ。ありがとう。私、今日は山車に乗ることになっているの。落ちないかしら」

「落ちたらウォルターが受け止めますよ」

「あら、ローランは受け止めてくださらないの?」

「俺の力じゃ共倒れです」

「ふふふ。そうね。ローランったら、私より力がないんだもの。なんでも魔術に頼るからですよ」

 たしなめるようにミシェルが言うと、ローランは苦笑する。

「おっしゃる通り。少しばかり控えます」

「それがよくってよ」

 乳母と思わしき一人が眉を顰めて言った。

「姫。時間が迫っておりますので手短にお願いいたします。第一、いくらご友人とはいえ、わざわざ王城に招いてドレスを見せずともよろしいではありませんか。どうせ街を練り歩くときに見ていただけますよ」

「我儘を言ったことはごめんなさい。でも彼らにどうしても一番初めに見てほしかったの」

「しかし時間が──」

 ミシェルは残念そうにため息を吐く。

「わかりました。もう参ります。二人を城門まで案内して」

「はい」

 ミシェルは外廊を歩き始めながら振り返り、こちらに手を振った。

 メイドに城門まで連れていかれながら、ウォルターはローランに言った。

「ここだけの話、ミシェルさまはお前のことが好きなんだと思うよ。今日のことだって、俺はおまけで、お前に一番にドレスを見せたかったのさ」

 ローランは一瞬口ごもってから、そっぽを向いて言う。

「まさか」

「思い当たる節があるという言い方だな、あっははは。嘘を吐けない奴め」

「冗談を言うな。身分違いも甚だしい。俺は陰気な死霊術師だ」

 ウォルターは肩をすくめる。

「将来のことは俺にもわからない。だけど、ミシェルさまはお前を憎からず思っている。今はそれでいいじゃないか」

 ふとローランはずっと心の中でわだかまりとなっていたことを聞いてみた。

「お前は……」

「え?」

「お前はどう思っている?」

 ウォルターの顔が固まる。それだけで、三人の関係性が変わってしまったことをローランは察した。

誰が悪いわけでもない。ただ、それはどうしようもなく寂しいことにも思えた。


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