第3話 死霊術
辻馬車を捕まえて、しばらく。馬車はフィラルント家に到着した。深紅の薔薇の咲き誇る豪華な庭園には噴水までついていて、四階建ての館がこちらを威嚇するように建っている。
メイドに出迎えられ、館の中に入る。通されたのは最上階の寝室だった。当主であるハルベルトの部屋だろう。部屋の中ではベッドで眠る老人を取り囲むように八人ほどの大人が沈黙している。老人、おそらくハルベルトは亡くなったばかりなのか眠っているようにしか見えない。
「あなたがハリウェル先生?」
ハルベルトの娘と思わしき五十代ほどの女性がこちらに声をかける。彼女が新しい当主なのだろう。ローランは面倒そうに頭を掻きながら頷いた。
「ローラン・ハリウェルと申します。こちらは秘書官のエドガーです」
「〈十二人の大魔術師〉にしては随分とお若いのね」
若いといってもローランは二十代後半くらいなのだが、他の魔術師は恐らくシニフィス含めもっと年上なのだろう。
「ええまあ。この方がハルベルトさまですか?」
「そうよ。今朝亡くなって……」
「お悔やみ申し上げます」
「そんなことはいいのよ」
さっぱりした口調で女性が言う。むしろハルベルトに対して怒っているようだった。
「問題は宝物庫。あれには魔術がかかっていて、鍵でしか開けられないの。けど、父さんったらその鍵を誰かに預けたか、どこかに隠したみたいでね、困ったものだわ」
そうだそうだと周りの親族たちが続ける。どうやらハルベルトを悼む気持ちは全くと言っていいほどないらしい。ここまで来ると清々しいなとすらエドガーは思った。
「では早速ですが術をかけても?」
「もちろん」
お手並み拝見といこうじゃないか。
そんな気持ちでエドガーは一歩下がったところから、ローランの横顔を見る。ローランは急に真面目な顔になり、死者の顔の前に手のひらをかざした。
「〈汝、その現身(うつしみ)として蘇れ〉」
ベッドの上に毒々しい紫色の魔法陣が浮かび上がり、時計回りにくるくると回り出す。ゆるやかに風が巻き上がり、徐々に勢いが増していく。ローランの金色の髪が揺れ、エドガーは酔うような気持ち悪さを覚えた。
「あまり直視しない方がいい。もっていかれるぞ」
こちらを見ずにローランが言う。背後にいる親族の一人は目眩を起こし倒れてしまった。けれどエドガーは少しムキになってそれを見続けた。ものの数秒で、死者がゆっくりと目を覚ました。
「〈宝物庫の鍵はどこだ?〉」
ローランが訊ねると、ハルベルトは唇をわなわなと震わせ、小さな声を上げる。目はカッと見開かれ、焦点があっていない。それでも口調に迷いはなかった。
「靴屋のマービンに預けた……。マービンには合言葉が必要だ。オウムは真夜中に鳴いた。それが合言葉だ……」
「〈目を閉じろ〉」
ハルベルトが目を閉じると共に魔法陣が縮小し消える。気味の悪い風も消えて、エドガーの中の得体の知れない不気味な感覚も消え去っていた。
「これが死霊術……。父さんの言ってることは本当なの?」
不安げに当主の女性が聞く。
「マービンさんのところに行けば証明されると思いますよ」
なんでもない風にローランが言った。その顔はいつもの怠惰で気だるげなものに戻っている。
「マービンはうちの靴職人よ。父さんとも懇意にしてた。きっとそこだわ」
「ならよかった」
「御礼はどうしたらいいかしら」
「師匠……シニフィス・アストライアとこれからも仲良くしてくださればそれで結構ですよ」
では、私はこれで、と言ってローランは家から立ち去ろうとする。エドガーはその後ろをついていった。
馬車に乗り込みながら、ローランは自嘲気味に笑みを浮かべ外を見た。
「不気味だっただろう?」
エドガーは何と答えるべきかしばらく悩んだ。
「私は魔術を見ること自体多くはない田舎で育ったので何とも申し上げづらいのですが、先生の魔術は……悪魔的ですね」
「死者を甦らせるなんて、悪魔でもできやしないさ」
それは不思議と自慢しているというよりは、卑下しているように見えた。
馬車が止まる。降りた先は小さいが小綺麗な館だった。白い小花がアーチ状に咲いていて、茶色い煉瓦の二階建ての館だ。貴族の家にしては小さいというか、こじんまりとしているが、嫌味がなくてエドガーは気に入った。手入れも行き届いている。よほど腕のいい庭師がいるのだろう。
「ここが俺の家だ」
秘書官は基本的に魔術師の家に住み込みで働く。エドガーの新しい家もここになるということだ。
「お前の部屋は一階の南側にある。机とベッドくらいしかないが、まあ好きに家具を増やすなりして使え」
「ありがとうございます」
ドアを叩くと、恭しく若いメイドが出迎えてくれた。栗色の髪の美しい人だった。
「おかえりなさいませ、ローランさま。そちらは新しい秘書官さまですか?」
リスのような栗色の瞳がぱちぱちとしてこちらを見る。エドガーは微笑んだ。
「エドガー・ランベルトと申します。よろしくお願いします」
「はじめまして。私はクレア・マーシアと申します。代々ハリウェル家に使えているメイドです」
「といっても、うちのメイドはクレアしかいないけどな」
「新しく家族が増えたようで嬉しいです」
屈託のない笑顔でクレアが笑う。なんだか優しそうな人でエドガーは安心した。
「もう一人紹介しよう。そこでモジモジしてないで、出てこい、シド」
玄関扉を開けると、廊下の奥の方にいる人影がびくりとして、おずおずとこちらを向く。出てきたのは十三歳くらいの少年だった。赤い髪に、ルビー色の瞳をした少年はつっけんどんな態度でこちらに来る。
「別にモジモジなんてしてない!」
「お前、人見知りなんだな」
「人見知りじゃない!」
どうやら思春期真っ只中のお子様のようだ。シドと呼ばれた少年はエドガーの方を向く。
「シド・スールーズだ。ローランの弟子。一応」
「お弟子さんということは死霊術師なのですか?」
ローランが口を開く。
「こいつは少々特別でな。たとえば俺は死霊術師だが、簡単な魔法や精霊術もできる。中でも死霊術が得意だから、死霊術師を名乗ってるだけだ。ちなみにクレアも簡単な水魔法が使える」
クレアがにこりと笑い、噴水の方を指さす。彼女の人差し指の動きに合わせるように水が波立ち、芝生の上に水をかけた。
「この程度ですが」
「すごい! クレアさんも魔術師なんですね」
「水魔法しか使えないので、庭の水やりや皿洗いにしか役立ちませんが」
恥ずかしそうにクレアは笑う。そんな顔も素敵だった。
「で、話は戻ってシドだ。こいつは色んな魔法が器用に使える。もしかしたら鍛えれば死霊術も使えるようになるかもってことで、師匠に押し付けられたんだよ。ここに来てもう半年か」
「シドさまは親元を離れて修行されているのですね。ご立派なことです」
エドガーが彼に向かって微笑むと、途端にシドは顔を輝かせ得意げになる。
「まあな! 俺はローランを超えて最年少で国家魔術師になって〈十二人の大魔術師〉に選ばれるんだから、当然だ!」
「はいはい。自信過剰、自信過剰」
ローランが適当にあしらい、館の中に入っていく。内装も少し古いがピカピカに磨かれていた。
エドガーは自分の秘書室に行き、ようやく重い荷物を下ろした。今日からここが自分の家。新しい生活が始まるのだ。
「よしっ」
小さく息を吐いて、エドガーは荷を解いた。
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