第五日

 エイジと妖精アルマはまたしても0からゲーム世界を創り直すことになった。

 だがエイジはライトを点けただけでまだ作業を始めてはいない。

 その前にやることがある。


 虚空に企画書のページがぱらぱらと浮かんでいる。

「このストーリーのページ、要るかな?」

「あたしの血肉にはなってないよ」

「じゃあ要らないな」

 エイジはストーリーのページを手で払う。ページは虚空の彼方に飛んでいって塵となる。


 同様に意味のなさそうなページを捨てていくと表紙しか残らなかった。

 表紙には今まで作ってきたものとはまるで関係ないサイバーパンク風イラストが描かれていて、アルティマウォーズ企画書と書かれている。


「これは要るの?」

 アルマが小首をかしげる。


「アルマの名前はこのタイトルから来ているし、なにより俺の作った表紙なんだ」

「エイジが作った?」


 エイジは遠い目をする。

「俺が会社面接のときにオリジナルの企画書を提出したんだ。それがこのアルティマウォーズだよ。先輩が自分の企画書に表紙だけ使ってさ。そこだけでも採用されたみたいでうれしかったけど、考えてみたらパクられただけだよな」


「アルマを生んだのはエイジだったんだ!」

 アルマはうれしそうに跳ねた。


「名前だけだけどな。でも」

 エイジはにやりとする。

「俺が命じられたのはアルティマウォーズを引き継いで作ること。そして、これはアルティマウォーズの企画書だろ」

 エイジが手を振ると、かつて彼が書いた企画書のページがずらりと虚空に並んでいく。数十ページのボリュームだ。


「エイジが書いてた企画書?」

「その通り! 先輩の企画書には中身なんてなかったし、開発も全然進んでなかった。だったら俺の企画で作り直してもいいだろ。名前は間違ってないしな!」


 アルマは目を輝かせる。

「むちゃくちゃだね」

「ヒットさせれば勝ちだ!」


 アルマは企画書の最初のページを読んでみる。

「企画の前提……」


・日本のゲーム市場は狭くて過当競争,世界市場に拡大すべき


・スマホがメインプラットフォーム化した.スマホ中心で設計して,家庭用ゲーム機などの他PFにも広げるのが効率的


・同時リリースして宣伝タイミングも合わせるのが有利

 →世界市場に対して,全プラットフォームで同時リリース


「よく分からないよ。スマホ以外でも遊べるようにするの?」

「今回は…… 無理だ。今回作るのはプロト版ということにして、コア部分を作ることにしたい。またサービスはすぐ終わるだろうけど…… コア部分を仕上げれば次につなげられる。だがアルマには辛い思いをさせてしまうな……」


 アルマは顔をくしゃくしゃにする。

「次には完成する?」

「いや、上手くいってもα版だろうな」

「一歩進むだけ?」

「そうだな…… たぶん」


 アルマは泣きそうになるのを我慢した。

「いいよ、プロト版を作ってよ。一歩ずつでも進んでいこうよ」


 エイジは企画書の一ページを示す。

「……これが目的だ。最高のゲームを目指すぞ、アルマ」


 企画書には目的が書かれていた。


・アクションシューターは全世界に通用するジャンル


・バトロワは似たものばかりになってしまった


・既存FPSのアクション性は低い


・今こそ革新するチャンス!

 目的は、新たなアクション性を追求した対戦アクションシューターでバトロワの次に来るブームを作ること!


「シューター? 弾を撃つゲームになるの?」

「剣だと接近して当てるしかないだろ。一対一なら格闘ゲームみたく攻撃と防御の手を増やせばゲームになるけど、マルチだと後ろから斬るやつが有利すぎる。だからプレイヤーは集まって後ろから斬るプレイばかりやってた」


「でもシューターって大人気ジャンルなんじゃないの?」

「大人気ジャンルの未来を切り拓くんだ」


「大きい夢だね!」

 アルマは目を丸くする。

「そうとも、せっかく創るんだ。でっかい夢を見ようぜ!」

 エイジが手を差し出し、その手をアルマが取る。二人は力強く握り合った。



 システム空間に転移したエイジは、歯車やピストン、パネルなどを呼び出して入力システムを組み立て始める。


「何を作ってるの?」

「これはなーー」

 エイジは横で眺めているアルマに説明しながら操作してみせる。


「スマホだと同時に操作するのは指二本が精一杯だろ。だから移動しながら照準しながら射撃するのは無理がある」

「そうねえ」

 アルマは指をわきわき動かしてみる。


「だから目標をタッチで自動追尾するようにして、攻撃と回避の操作だけをやらせるんだ。そうすれば指二本でもいける。射撃にも剣にも対応できる」

「ふ~ん」


 アルマはピンと来ていないようだ。

「でも、どうして最初にこれを組んでるの」

「今までにないスマホの凄いアクションを創る企画だろ。そのアクションが実現できるかどうかを真っ先に試すべきだろ」


 アルマは小首をかしげる。

「でも、どうやって試すの? いきなりサービスを始めてみるの?」

「む……」

 エイジは詰まる。

「そこは、う~ん……」


 明確な答えが出せないままにエイジは作業を続けた。

 スマホ向けの入力システムを作り上げた後に、アクションのシステムをブラッシュアップして、プレイヤーキャラクターを動かす準備は整った。


 エイジは虚構世界に転移して、キャラクターを呼び出してみる。

 平地の上にキャラクターが現れて静止する。

 BOTシステムをセットするとキャラクターはうろうろし始める。


 アルマはそれを眺めて、

「これで何か分かるの?」

「いや…… バグってないことしか…… BOTだから入力方法とか関係ないし」


 アルマが手を打つ。

「そうだ、あたしの新しいスキルを使ってみるよ!」

 アルマは虚空に手をかざす。

「調査スキル、テストプレイヤー召喚!」

 虚空の彼方にノイズが走り、そこから光の柱が降りてくる。

 平地に突き立った光の柱は太く輝き、そして消える。その後にはプレイヤーキャラが出現していた。


 プレイヤーキャラはきょろきょろしている。

「え? ここはどこ? 私はスマホを触っていて、でも、ここにもいて、どういうこと? 世界が二重に見えている?」


 プレイヤーキャラの頭上にはヒバナとプレイヤーネームが表示されている。

 

「アルマ、プレイヤーを召喚したっていうのか?」

「うん、テストプレイヤーだよ」


 ヒバナとは、エイジにはどこか見覚えのあるプレイヤーネームだった。そういえば前回のサービス終了時、最後までただ一人残っていたプレイヤーがそんな名前だった気がする。


 エイジはヒバナの側に降り立って話しかける。

「ゲームの世界にようこそ」


 ヒバナの手元に銃が出現、エイジに狙いをつける。

「これはどういうこと? VR? でもどうやって? 私はスマホを触っているだけなのに?」


「君にはこの世界がどう感じられるんだ?」

「スマホを触っている自分と、ゲームの中の自分と、まるで二重に存在しているみたいなのよ」


「プレイヤーからはこの世界がそう感じられるのか……」

 エイジは自分たちの状況を説明するだけしてみる。


 ヒバナは眉根を寄せて腕組みをする。

「あなたはゲームを作り直す夢を見ていて、私はその夢の参加者だと言うのね。信じがたいわ」


 アルマもヒバナの前に降り立つ。

「お願い、テストプレイを手伝ってほしいの」

「それで私の見返りは?」


 アルマは途方に暮れる。

「あたしが面白くなるだけ……」


 ヒバナは悪そうな表情を浮かべた。

「これはきっと私の夢なんでしょうけど、ま、いいわ。テストプレイしてあげる。私がこのゲームの一番乗り、つまりナンバーワンプレイヤーなのよね。このまま先行プレイで鍛えて、サービス開始からぶっちぎりトップランカーになってやるわ。そういう夢を見るのも面白いわね」


 ずるいんじゃないかとエイジは思いもしたが、せっかくの協力者だ。

「よろしく頼む」


 ヒバナは勝ち誇ったように笑う。

「あたしはプロゲーマーのヒバナ、一位に命をかけてきた。よろしく」

 どうして前回の最後までヒバナが残っていたのかをエイジは理解した。一人しかいなければ自動的に一位になるからだ。


 ともかくヒバナによるテストプレイが始まった。

 ヒバナの操作はすばやく的確で、しかもずるかった。

 システムの穴をついた操作方法で強力な攻撃手段を見つけて勝ち誇っては、エイジに修正されて悪態をつく。


「御覧なさい。剣と銃が切り替わる境界を行き来すれば、武器が切り替わる時間をキャンセルして攻撃をずっと連続できますわ!」

「ありがとう、修正するよ」

「ちょっと! 私のヒバナブレイクアタックを修正するですって!?」


 新たに導入した高機動システムもヒバナはすぐに使いこなしてみせた。

 テスト用に配置した峡谷エリアをヒバナは加速し続けて疾走、超音速に達する。

「マッハゾーンに入りましたわ!」


 このゲームでは、プレイヤーの体感時間は十倍に引き伸ばされているので世界はスローモーションに見える。その中でプレイヤーは超高速に動き回る。

 プレイヤーキャラが音速を超えるとマッハゾーンに入った状態となり、各種能力が跳ね上がる。だが下手にカーブしたり被弾したりすると減速してゾーンから出てしまう。

 いかに減速せずにマッハゾーンを維持するのかが重要な攻略ポイントだ。


 ヒバナは一度マッハゾーンに入ると縦横無尽に機動しながら超音速を維持し続けた。

 ゾーンの条件が簡単すぎるのかと厳しくしてみたが大差ない。


 テストプレイを一休みのヒバナが、

「このゲーム、ゾーンに入ると最高に気持ちいいですわ!」

「よし!」

「ゾーンに入る腕が無い人には最悪だと思いますわ!」

「う……」


 エイジは考え込む。

 人を選ぶゲームになっていると言われたのだ。


「このままだとアルマを嫌うプレイヤーも大勢出てきてしまう」

 エイジは悩みながらアルマに問う。

「でも、今のままの方が面白いんだ」


 アルマは即答する。

「嫌われるのは嫌。でも面白くない方がもっと嫌」


「そう、だよな…… 嫌いな人は諦める。好きな人にもっと好きになってもらおう」

 エイジは決断した。

 そのまま作り続けた。


 そしてまたサービス開始の時が来た。

 今回のマネタイズは広告型、あまり大きな収益は期待できない。

 しかしガチャなどのアイテム課金をやれるようなシステムは用意できていない。

 今回はプロト版に過ぎないのだ。アクションのシステムをしっかり確認することこそが目的だ。


 ログオンの一番乗りはヒバナだった。

 次々に他のプレイヤーもログオンしてくる。

 対戦プレイが開始される。


 テストプレイに専念してきたヒバナはすぐさまゾーンに突入して他のプレイヤーを圧倒していく。

 あるプレイヤーはヒバナのテクニックを真似して上達していき、またあるプレイヤーは途中切断して二度とログオンしてこない。


 しばらくするとゾーンを使いこなすプレイヤーたちだけが残り、他のプレイヤーはいなくなってしまった。

 プレイのテクニックは磨かれていく一方で、先行しているヒバナがまだ優位ではあるものの、その差は縮まっている。


 極まったプレイは美しかった。

 エイジは今回のプロト版で知りたかったことの答を得た。コア部分は成功だ。

 しかし、ひたすら高度な対戦のみを行うゲームについてこれるプレイヤーは少ない。

 アルマのKPIを見る間でもなく、プレイヤー数は少なく、売上は足りず、必然的に開発費のバーグラフは削られていく。明らかに赤字だった。


 天にいつものシステムメッセージが表示される。サービス終了の通告だ。

 だが今回はいつもと様子が違った。

 プレイヤーキャラたちが多く残っている。

 彼らは名残を惜しみ、ゲームを終了させる運営に怒っていた。

 遂に終わる瞬間、彼らはGGとチャットして去っていく。


 最後のチャットメッセージはヒバナの「またね」だった。


 かくて神は預言の通りに世界を創造し、滅ぼした。

 第五日である。

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