第六日

 次のゲーム世界創造は忙しかった。

 前回はゲームの骨組みを創っただけ。今回は肉付けをせねばならないのだ。


「このゲームでは大戦争をやりたいんだ。大小いろんな兵器が出てきて戦ってさ。そういうゲームって他にないから」

 エイジはアルマにやりたいことを説明する。


「たくさん兵器が出てきたら通信が重くならないの? 今だって三十二人参加で限界だよ」


「兵器の操縦はAIに任せる。人間の操作よりも大ざっぱな操作にして通信量を減らすんだ」

「それでも通信量が増えるよね?」


「プレイヤーキャラを体力を低めでやられやすくして、一か所に大勢が集まったらすぐに退場させるようにする。やられて一定時間経ったら離れた場所から再出撃させるんだ。これでプレイヤーの数を実質的に抑えて通信量を減らす」

「ふ~ん?」


 アルマはあまり納得いっていないようだが、通信対戦ゲームは環境次第でうまくいったりいかなかったりする。細かなチューニングは実際に動かしながらやってみるしかない。


「プレイヤーキャラは三つの方向に強化できるんだ。透視やテレポートができる超能力系と、機械の強化や開発ができる機械系と、超人的な運動や回復ができる肉体系。それぞれにスキルがあってーー」

 エイジがあれこれ説明していくとアルマは目を回し始めた。


「やらなきゃいけないことはが多すぎるよお」

「確かにタスクが多すぎて把握できないな……」


 アルマの頭上に新たなメッセージが表示されている。

<新たに妖精召喚のスキルを獲得しました>


「アルマ、新しいスキルを使ってみないか」

「うん。こういう時に助けてくれそうなのはーー」


 アルマが召喚スキルを発動すると、新たな妖精が出現した。

 赤い髪で眼鏡をかけた妖精だ。

「はじめまして、私はタスク管理システムの妖精マインなのです。全てのタスクをチケット登録するのです」


「おおっ! これは助かりそうだ!」

 エイジはやらねばならない作業、いわゆるタスクをマインに伝え始める。


「大型兵器を作るタスクと、小型兵器を作るタスクと、それから超能力系の強化タスクとーー」


 マインは不機嫌になる。

「全然情報が足りないのです。タイトル、親タスク、内容、ステータス、担当者、開始日、期日、予定工数、対象バージョン、ウォッチャー、優先度を登録するのです」


 エイジは頭を抱える。

「細かいな…… これって本当に楽になってるか? 優先度なんてどうせ全部創るんだから要らないだろ」


 マインが目を剥いた。

「登録するのは最低限のデータなのです! それと優先度は絶対の絶対に必要なのです! 全部のチケットが予定通りに完了すると思っていたら地獄の行進になるのです!」

「わ、分かったよ」


 マインの勢いに押されて、エイジは悩みながら細かなデータも伝えていく。

 中でも優先度を考えるのは大変だった。どれもこれも重要に思えるのだ。心を鬼にして、本当に大事な要素はどれなのかを考えねばならない。


 時間をかけてようやく全てのタスクをチケット登録し終わったエイジはぐったりしていた。

 

 そのエイジの前に見知らぬ妖精たちがずらりと並んでいる。

 アルマがまとめて紹介する。

「サウンド妖精のクライ、モデル妖精のブレン、システム妖精のユニ、ネットワーク妖精のユディーとティシー、それからそれから……」


「すごい人数だな!」

「みんな、タスクをやってくれるよ。さあ始めよう!」

 その言葉のとおり、大勢の妖精たちは一斉にシステム空間で作業をし始める。

 タスク管理妖精マインが皆にチケットを飛ばして、整然と作業は進行していく。


「これはすごい」

 エイジは感嘆する。だが同時にエイジの頭上に表示されている開発費のバーグラフもみるみる削れていく。

「自分の作業も急がないと」


 エイジはステージ作りを進めるつもりだった。

 大小様々な兵器が戦うステージには広さが必要だ。

 広大なステージを作り込むのには膨大な手間がかかる。


 戦って面白そうなバラエティあふれる地形を用意する。

 その上に各チームの基地となる大型の要塞を要所に配置して、間に補給拠点や回復拠点、兵器製造拠点などを埋めていく。


 しばらくやってみたが、ステージのごく一部しか作れなかった。あまりにも広すぎるし複雑すぎる。

 頭を抱えたエイジは気分転換に妖精たちを作業を見に行ってみる。こちらも大変な状況だった。タスクが多すぎて確実に間に合わない。


 タスク管理妖精マインにエイジは相談してみる。

「一体全体、これをどうすればいいんだ」

「見て決めればいいのです。どれがどう遅れていて、それはどのチケットに依存していて、その優先度はどうなっているのか、見れば分かるのです」


「見るだけじゃすまないだろう。マインが決めてくれないのか」

「決めるのはディレクターなのです。ディレクターの意味をご存じないのですか?」

「……知っているよ。ディレクターは進む方向を決めて指揮するんだ」


 エイジは覚悟を決めた。

 チケットの山を見て、まだ手を付けていないもの、優先度を下げてもゲームへの影響が少ないもの、なんなら削除できるものを洗い出す。


「超能力系はなくす。機械系にスキルをまとめる」

 断腸の思いで要素を削っていく。


 チケットはずいぶんと整理されて見通しがよくなった。

 アルマが明るい顔で、

「どんなゲームになるのか分かりやすくなったよ!」

「そ、そうか」

 エイジは悔しいが、要素が多ければいいというものでもないのだろう。


 エイジはまたステージ作成に戻る。

 ステージ作成は解決方法が見えない。要素を削るかどうかというよりもゲームデザインの問題だ。単純に削ればゲームが無くなってしまう。


 ゲームの妖精たちに相談しても解決はしない。

 ゲームは新たなゲームを生み出せない。

 面白さを生み出すのは人間の創造性なのだ。


「そうだ、ここは人間に聞こう」

 エイジはアルマに頼んで、テストプレイヤーのヒバナを呼び出してもらった。

 時間が巻き戻っているので、また頭から事情を説明し直す。

 今回もヒバナは協力を快諾してくれた。


 ヒバナは広大なステージをしばらく動き回ってから戻ってくる。

「空っぽな場所を走り回って拠点を落とすのって、意外と楽しめますわ。簡単に手柄を立てられますから。ずっとそれだけでは飽きますけど」


 エイジには意外な答えだった。ただの単純な場所が面白いのか。


 ヒバナは説明を続ける。

「要塞で戦うのはいろんな地形があって面白そうですけど、そこまでたどり着くのが遠すぎますわ」


 敵チームの要塞破壊は勝利条件だから、要塞は必須だ。

 敵味方の要塞だけしかないシンプルなステージも作れないことは無いが、単純な場所もそれはそれで面白いと言われた。

 要塞同士が遠すぎるのはなんとかしなければならない。


 条件を並べていたエイジは手を打った。

「要塞を動かして近づけていけばいいんじゃないか。そうすれば単純な地形から複雑な要塞に戦いは移り変わるし、ステージ全体を作り込まなくても要塞だけしっかり作れば済む」


 ヒバナは偉そうに、

「そのアイディア、私のおかげですわね」

「ああ、ありがとう!」


 エイジはヒバナの手を取ってぶんぶんと振る。

 ヒバナは顔を真っ赤にした。


 作業は続き、とうとう開発費は限界に達した。

 まだまだ残っている作業はあるが、優先度が低くて無いなら無いでも大丈夫なものばかりだ。

 最初に苦労して優先度を設定しておいて良かったとエイジは一息つく。


 そしてまたアルティマウォーズのサービスが始まった。

 相変わらずゲームのボリュームは少なくてマネタイズは広告モデルだ。あまり大きな利益は期待できない。

 今回もまた短期で終わるα版だとエイジはみなしている。


 またヒバナが一番乗りでログオンしてきて、いきなり極まったプレイを始める。

 要塞が動くという仕組みは上手く機能しているようだった。

 序盤は拠点を回って戦闘準備を整え、後半は接近した要塞同士を舞台に激しいアクションが繰り広げられる。


 通信負荷が大きすぎるのではという心配をしていたが、プレイヤーキャラの体力や復帰時間を調整していったらなんとか収まった。


 アクションが難しすぎるという問題も、プレイヤーキャラが幅広い行動を取れるようになったことである程度解決していた。

 アクションが苦手でも拠点占拠や援護に罠などやれることがあるのだ。


 今回の出来にエイジは満足しかけていた。だが状況が突然一変した。


「運営は一部のプレイヤーを優遇している!」

 プレイヤーからそんな声が上がったのだ。


 エイジは青くなった。確かにヒバナがテストプレイで先行してテクニックを極めている。そんなプレイを認めたのはエイジ自身だ。


 ヒバナはそれでも堂々とプレイを続けたが、ゲームのチームメンバーがプレイに協力してくれなくなってきた。


 抗議のためにプレイをサボタージュしようとの運動も呼びかけられ、面白がって参加するプレイヤーが増えていく。戦わずに味方を撃ったり、なにもせずにうろうろして文句だけ言い続けたり。


「このゲームの企画はパクリだ!」

 そんな声まで上がり始めたとき、ようやくエイジは気付いた。

 抗議運動の中心になっているのはきっと失踪した先輩だ。プレイヤーネームに覚えがある。


 チートプレイまで蔓延し始めた。

 開発内部の者しか知らないはずのデバッグモードが使用されて、無敵モードや無限弾数モードがONにされてしまっている。

 どう考えても先輩の仕業だった。


 アルマが泣きそうな顔で言う。

「どうしてこんなことするの? ゲームを作る人じゃなかったの?」

「先輩は…… アルティマウォーズを終わらせたいんだ」


 考えてみれば、先輩が書いたあの雑な企画書も、失踪したことも、ゲーム作りとは反対の行動だった。先輩はゲームを終わらせたいのだろう。

 先輩がどうしてそうなってしまったのかは分からない。

 ゲームを作って終わらせてを繰り返していくうちに、終わらせることが目的になってしまったのだろうか。


 悔しいが先輩の狙いどおりに事態は推移していった。

 もともと収益に乏しかったアルティマウォーズは抗議運動のせいでプレイヤーが減って赤字になり、開発費を失った。


 そしてゲームはサービスを終了した。

 エイジにとってこれほど悔しい終わり方は無かった。


 かくて神は悪魔に敗れ、世界は滅ぼされた。

 第六日である。

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