第四日
何もない平面上にエイジは立っている。
ゲームの虚構世界もシステム空間もまた空っぽ。
0から作り直しのリスタートだ。
だが以前とは違うことがあった。
まずゲームの妖精アルマだ。
「見て見て、エイジ様! これがKPIよ!」
アルマの周囲に様々なグラフや数字が浮かび上がっている。
KPI,Key Performance Indicator
ゲームを運営していくときに鍵となる重要な数値指標だ。
まだ開発を始めたばかりなのだからKPIを見ても……と思ったエイジだが、目から鱗が落ちた。
「KPI、当月売上……!」
当然ながらサービス前の当月売上は0円である。その金額自体は問題ではない。
このゲーム世界で、これまでエイジは売上のことをまるで気にしていなかった。
「売上計画ってどうなってるんだ。企画書を見よう」
エイジの手元にアルティマウォーズの企画書が呼び出される。
アルマと二人でページをめくっていく。
だが、どこのページにも売上計画なんて欠片も書かれていない。
「エイジ様、売上っていらないの?」
「売上がないとサービス終了だよ。とても大事だろ」
アルマは小首をかしげる。
「だったらなんで聖企画書に書かれてないのかな」
「クリエイターはお金のことなんて気にしなくていいと思ったんじゃないか」
その言葉はエイジ自身にブーメランとなって刺さる。自分だって別に考えていなかったからだ。
しかしこのゲーム世界をサービス終了から救うには売上が必要だ。
どうやって儲ければいいのだろう。
そもそも前回のアルティマウォーズはどうやって儲けようとしていたのだろうか。いわゆるマネタイズだ。そんな基礎的なことすら気にしていなかったことにエイジは赤面する。
「アルマ、前回のアルティマウォーズはどんなマネタイズだったのか分かるか?」
「まねたいず?」
「つまり、どうやってお金を稼いでいたんだ?」
「300円で売られてたよ」
「え! 売り切り!?」
エイジは耳を疑った。今どきフリートゥプレイじゃなくて売り切り? しかも300円! 儲かる訳がない。
現代の主流はフリートゥプレイ、基本無料型だ。ゲームを始めるだけだったら無料、強いキャラや凄いアイテムはお金を出して手に入れる。
この仕組みのいいところは基本無料だから新規プレイヤーが参加しやすいこと。そして熱心なプレイヤーたちは強いキャラ欲しさにお金をたくさんつぎ込んでくれることだ。
ただし基本無料型で商売するには売り物となるキャラやアイテムなどが必要だ。プレイヤーが欲しくなるような魅力的な売り物を次々と追加していかねば売上が途絶えてしまう。
アルティマウォーズにはそもそも売り物になるキャラやアイテムなんて存在しなかった。売り切り型にするしか無かったのだ。
「今度はフリートゥプレイでいくぞ。しかもガチャだ!」
「ガチャ?」
「そうだ、ガチャは儲かるんだ!」
エイジはアルマに説明する。
ガチャとは抽選方式の販売だ。
ガチャの売りものには貴重品と一般品があって、貴重品はなかなか当たらない。プレイヤーは貴重品欲しさに抽選を繰り返して大金を使う。これでアルティマウォーズは大儲けすることができるのだ。
「外れたらプレイヤーは怒らない?」
アルマは不安そうだ。
「プレイヤーが楽しんでくれないと、あたしは消えちゃうのよ」
エイジはにやりとする。
「当たれば大喜びしてくれるからいいんだよ」
「そっかなあ……」
アルマが心配する気持ちをエイジも分からないでもないが、そのためにKPIがあるのだ。いろんなKPIの数字が増えていけば気持ちも上向くだろう。
エイジは売りものをどうするか考える。
キャラクターをたくさん作るのは大変だ。
数字違いの武器をもりもりそろえることにしよう。攻撃力が強かったり、攻撃範囲が広かったり、攻撃速度が速かったり。そうした貴重な剣はなかなか手に入らないようにする。一山いくらの低性能な剣をコピペで量産するのだ。
「ねえエイジ様、新しいページが!」
エイジの考えたことが企画書に新たなページとなって現れていた。ガチャによる売上計画のページだ。
レベルが上がったことによる新たな能力だろうか。
「あれ? エイジ様の上にも?」
アルマがエイジの頭上に目をやる。
そこにはバーグラフが現れていた。
「なんだこれ? ……開発費!?」
エイジはピンときた。これは残り開発費を示すバーグラフだ。
バーグラフは刻一刻と短くなっていく。このバーグラフが消えたとき、おそらくエイジがこの世界を創る能力も切れてしまうのだろう。
ぼやぼやしてはいられない。
「始めるぞ! まずはガチャだ!」
「うん、エイジ様!」
二人はシステム空間に転移した。
驚いたことに前回用意したシステム類がみるみる形作られている。同じことをやる分には手間がかからないようだ。これもレベルアップの成果かもしれない。
これならガチャのシステムを新造する余裕もある。
エイジが呼び出すと機械のパーツが次々に現れる。エイジは手ずから組み立てていく。
一通りの機械仕掛けを作ってみてからアルマに見せる。
アルマが触るとガチャシステムはサイコロを振る。面白がってアルマは何度もサイコロを振り直す。
「すごい! でもサイコロが重なったり隙間に落ちたりしちゃうね」
エイジは渋い顔になる。ガチャシステムの抽選結果は公正でなければならないのだ。そうでないとプレイヤーは安心してガチャを回せない。
エイジはガチャシステムの歯車やカムを組み直したり、サイコロを磨いたりする。それをアルマが試す。しかしなかなか偏りはなくなってくれない。
「エイジ様、そろそろまずいんじゃない?」
延々と作業をしていたエイジはアルマから指摘されてようやく気付いた。頭上の開発費バーグラフが残り少なくなっている。確かにまずい。
なんとか許されるだろう精度にガチャシステムを仕上げてから、エイジはアイテム倉庫に手を付ける。
並んでいる剣の3Dデータにパラメータをくっつけてから売りもの倉庫に放り込んでいく。レアアイテムには強いパラメータ、コモンアイテムにはしょぼいパラメータ。
アイテムの数が足りないので、コモンアイテムはコピペで増やして名前だけ変更、量産する。
バーグラフが消えて開発費が無くなるまでそれを続けた。
準備は終わった。
さあ、またサービス開始だ。エイジは胸を高鳴らせる。アルマは心配そうな顔だが今度こそいけるはずだ。
ステージやキャラ、ルールには手を付けていない。
前回と同様にプレイヤーキャラクターたちがステージに出現する。
だがすぐに消えてしまった。しばらくするとまた現れる。消えては現れを延々と繰り返している。
アルマが困惑して、
「エイジ様、みんなおかしいよ。どうなっちゃってるの」
少し考えてエイジは得心した。
「リセマラだよ。いいアイテムが手に入るまでゲームのスタートをやり直しているんだ」
フリートゥプレイのゲームでは、お金を払わなくても少しはガチャができるように無料サービスがある。ゲームを新規スタートしたプレイヤーは無料サービスを使ってガチャをただで回し、いいアイテムが出なければゲームを頭からやり直す。これを繰り返せば、いつかレアアイテムがただで手に入る。通称リセットマラソン、リセマラだ。
数十回、数百回のリセマラを繰り返して遂にスーパーレアアイテムを手に入れたプレイヤーキャラたちがステージに集い始める。
そして対戦が始まった。誰も彼も強い剣を持っている。オーバーキルでプレイヤーキャラたちはすぐに死んでいく。
「アルマ、KPIを見せてくれ」
嫌な予感がして、エイジはKPIを確認する。
最初こそガチャの売上も少しはあったが、あっと言う間に減衰して売れなくなっている。なにせ皆がもう強いアイテムを持っているのだ。
売上ダウンに比例してアクティブユーザーのKPIも下がっていく。アクティブユーザーは遊んでくれているプレイヤーの人数を示している。これが下がればゲームに未来は無い。致命的だ。
「やばい、なんとかしないと!」
エイジはシステム空間に転移して、今度はレアアイテムを量産し始める。時間がないのでオリジナルデザインにはこだわれない。とにかく前よりも高めの攻撃パラメータを設定してガチャの売りものに回す。レア度の段階も増やす。
心配したアルマが様子を見に来た。
「KPIがどんどん下がってるよ……」
「大丈夫、ウルトラレアアイテムをガチャに投入した! これでV字回復だ!」
KPIはさらに下がっていた。
「おかしい、超絶強い剣だぞ! 誰だって欲しいだろ!」
エイジは虚構世界に戻ってプレイヤーキャラたちの戦いを確認する。
プレイヤーキャラたちは参戦した途端にウルトラレアな剣の攻撃で互いに消し飛んでいた。
「ゲームになっていない……」
エイジは慌ててアイテムシステムをいじり、剣の攻撃パラメータを一律十分の一に調整する。
プレイヤーキャラたちから一斉にチャットメッセージが上がる。
「ナーフ!」
「斬っても斬っても死ななくなったぞ」
「ありえねー」
「すぐ死ぬのが笑えて面白かったのに」
当日売上のKPIがほとんど0円になった。
エイジはガチャの値段を下げた。それでもKPIは回復しない。
「どうしてだよ! 前の半額だぞ! 夢のような安さじゃないか!」
アクティブユーザーのKPIも、もはや対戦が成立しないまでに減少した。
「そうだ、無料ガチャ券をばらまいてやる。これならやりたくなるだろ!」
確かに無料ガチャを回すプレイヤーは少し増えた。だがアクティブユーザーは増えなかった。
「なぜだ! こんなに安いゲームはないぞ! 本当に無料だ!」
叫ぶエイジに対してアルマが静かに告げた。
「ねえ、もう遊ぶことがないよ」
もはやゲーム世界にはプレイヤーが一人しか残っていなかった。対戦相手もおらず、孤独に剣を振り回している。
虚構世界の天にシステムメッセージが現れる。
<これまでご愛顧いただきましてありがとうございました。本日を持ちましてアルティマウォーズはサービスを終了します>
サービス終了のカウントダウンは淡々と進み、そして0になる。
またしても世界は無となった。
虚無の空間。
虚空でエイジはつぶやく。
「今度は何が悪かったんだ…… ガチャはみんなやってる。成功するマネタイズのはずだ」
アルマが両手を使って、真正面からエイジの顔を掴む。
まっすぐにエイジの目を見てくる。
「エイジ様、プレイヤーを見てくれていた?」
アルマに問い詰められて、エイジは思わず目をそらす。
「俺はKPIをしっかり見ていた」
「ねえ、エイジ様。プレイヤーの気持ちを知ってた?」
「そんな曖昧なものより正確な数字だろ……」
「みんな、ゲームを遊んでなんかいなかった。できの悪さを笑いに来てただけだよ。クソゲーだって嫌われるよりもひどいよ! ……エイジ様、あたしを見てる?」
エイジはアルマを見た。その両目からは大粒の涙があふれていた。
自分がやったことで悲しませてしまっている。ゲームはそんなことのためにあるんじゃないのに。
エイジは悟った。
KPIは正確な指標だ。便利で役に立つ。でもそれはプレイヤーにゲームを楽しんでもらうための鍵にすぎないんだ。
ゲームは何のためにある。KPIを上昇させるためか? 少なくとも自分にとっては違うはずだ。自分はプレイヤーにゲームを楽しんでほしくてプランナーを志したんだ。
「アルマ、俺のゲームを作るぞ」
「……うん」
「ゲームは簡単に面白くなったりしない。何度もやり直すかもしれない。でも、いつかきっと、必ずアルマを面白いゲームにしてやる!」
「うん!」
エイジは自分の頭上を見る。
CREATOR エイジ Level3
レベルの数字が増えた。
アルマの頭上にもメッセージが現れる。
UL-MA <調査のスキルを獲得しました>
かくて神は自らの世界を創造することにした。
第四日である。
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