第8話 迎合

彼が彼女の言葉を肯うような真似をしたからか、はたまた命運なのか、彼女はそれ以降も彼に話しかけ続けていた。彼も最初は辟易としていた。しかし、人間とは本質的に社会的なようで、いつしか彼も彼女との間に為される何とも言いようがない不格好で一方的な会話に充足を覚えていた。しかし、かといって彼のコミュニケーション能力の発展は彼女に十分に感謝を伝えるほどまで進歩していなかったし、それに加えて初期の自分からの拒絶反応を鑑みるに感謝するなどという、いわば彼女を認めてしまう行為は、何事にも無関心を貫く彼の貫徹した風体を貶めるような気がしてできずにいた。だから彼は代わりにこのようなことを聞くことにした。

「なんだって俺にかまうんだ?」

その時の彼の声色は、初期の拒絶するアクセントは入っていなかったし、むしろ、彼女に重圧を与えないようにするために微笑んでさえいた。彼は変わった。そう断言できるだろう。だから彼女を認めるという、感謝を伝えるという行為は彼のその変化の範囲内である。と言っても、彼は実際そう思っていなかったのだから仕方がない。

「またその質問か……」

彼女はどうやら彼がその文言を過去にも言ったことを覚えているようだった。なおも彼女は続ける。

「君は……未来が見えたらどうするつもりだい?」

「そうだな……でもやっぱり競馬や競輪で大儲けするだろう」

「そうだね。たぶん私もこの能力に目覚めなかったらそう思っていたと思う。だけど……あいにく私は知ってしまったんだ。この能力は自分だけのもので、私は選ばれた人間なんだって。選ばれた?いいや、違うな。忠実に言うなら特別な人間なんだって」

「……俺にはいまだに信じられないが、もしお前が本当に未来を見通せるのなら、きっと特別な人間なんだろう」

「そう。私は、こういっちゃなんだけど唯一無二の存在なんだ。最初は喜んでいたさ。でも、ある時気づいたんだ。自分が腐っていることに。そう、もし本当に私が選ばれた人間なのだとするならば、腐ることなく、完全無欠にその能力を使えるはずなんだよ」

「ああ、そうだな。そうかもしれない」

「でも、私はそうじゃなかった。つまり私は、偶然特別だっただけだったんだよ」

「じゃあ、なぜその能力を今のように使っているんだ」

「……最初は選ばれなかったことに対する反骨心みたいなものだった。神の望んだ世界をぐちゃぐちゃにしてやるつもりだったのさ。しかし、その時の私は、今の私もそうだけど、世界を転覆させるような勇気もなかったし、ましてや悪行なんて働けなかった。だから、困っている人を、神によって困るように設定されている人を助けることにしたのさ」

「ほう」

「しかし、そんなことをしても未来がただ変わるだけで神に対して反発したという……なんというんだろう、高揚感みたいなものかな?は感じられなかった。だけど私は惰性でそれを続けた」

「ほう」

「しかし、今も惰性でやっているということではない。最近はね、特に君なんかは、胸が締め付けられるような思いがするからそんなことをしているのさ。まるで腐っていた昔の自分を見ているようでね」

「……つまり、同情か」

しかし、彼はそれを同情と知ってもなお、彼女のその気持ちが嬉しかった。最近の同情は風評被害で貶められているにも拘らずだ。

「ああ、最初はそうだった。しかし、今はそれとはちょっと違うだろうね」

だが、彼女の反応は予想していたそれとは違った。

「と言うと?」

「……つまり私も一人の乙女だったってことさ」

「……」

不得要領。されど時は過ぎる。それっきり二人は思案するように口を閉ざした。







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後書きです。

どうしても言いたいことがあるので書きました。

ここは展開が早すぎるような気もするため、もしかしたら今後加筆修正が成されるかもしれません。

やる気があればの話ですけど。

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