第7話 家宝

 ゴブリンの襲撃からの戦闘が終わりエレニアを含め6人は死んだ二人の死体を運び4城郭城門を通り町に戻っていた。


 死人の家族と恋人は噛みしめた歯の間から嗚咽が迸り出て、生き延びた人達の家族は安堵しながらも表には出さず無事に戻ってきた家族を温かく抱いてくれていた。特に棍棒のゴブリンに殺された頭が潰され誰だったのかもわからない、ただ親は朝出かける時の彼の服で息子だと知り嗚咽するのであった。


 その中誰一人も蘇生に関してパラディンにきいてみないという状況を疑問を抱き、死体を運ぶ方が怪我人の運びより楽なのを理解し蘇生魔法を使わないと思っていたニテは従者に見え長いローブを着ている女性の人から髪の整理をしてもらった後、簡易テーブルの椅子に座っているパラディンに話かける。




「エレニア様 蘇生魔法は行使しないのですか?」




 10歳ながらこのような残酷な状況下でも自分の従者と兵たちに仕事の命令をし兵士を移動させるエレニアはその質問に答える。




「私が知る限り死者を蘇らせる奇跡など存在しません」




 断固な声で彼女が答えニテは質問を誤ったと知り失礼な質問であったと理解した。蘇生の奇跡、死人を蘇る奇跡、人の体から抜け出した魂をそう簡単に呼び戻せるはずがなかった。




「さっきは戦闘中で話できなかったけど、貴方は確か『ニテ』だったよね。幼い時見た顔が残ってるわ。身長は..私より伸びても相変わらず常識にとらわれない質問をするものね。怪我を治癒するのはまだ生きているから治癒できるものであって死んだ者は生命活動を停止しているから治癒することはできないんだよ」




 皆を助けることができなかった彼女は少し自分を責めているような声で話した。自分がもう少し早く到着したら死者も出なかっただろうとそう自分を責めているのであろう。




「すみません」




 ニテは少し感情が溢れ震える彼女の声に言い訳もせずただ彼女に謝った。




「別に謝らなくてもいいよ。知識を得る機会がなかったのは貴方のせいじゃないから。毎朝メディテーションで回復できる奇跡の回数は制限されていて私達パラディンも万能ではないんだよ」




 10歳でパラディンの称号を得た彼女はそう不満そうに話した。彼女が言った通り、パラディンと言え人間の身体的に使える体力は有限であり、神から授かっている奇跡を使うためには体中のマナを毎朝捧げるメディテーションで純粋な純度に変換しなければならないし、またその量は修行で増やすしかなかったので万能ではないとそう言うのであろう。




「しかしゴブリンを叩き潰し、切るというのは嫌いだわ。あのモンスター達も800年前には堕落人族だったからさ」




「え?」




 自分が読んだ本では考察であり確証はないものであったせいかニテは思わずびっくりするのであった。その反応をみたエレニアは自分が知識において優位に立ったようニヤニヤしながら続きを語りだす。




「私も知らない何かを秘密にしている君は気に入らないけど教えてあげることにしようかな?」




 エレニアはさっきまでしていた顔とは別の自分の知識を披露することが楽しそうな顔で語りだす。




「800年前人族の最強の英雄『オルティア様』により王国が築かれたのは知っているよね?その時堕落人族の中でも破壊神の影響により悪質に変質してしまった氏族が追放され、その氏族は怒りを隠すことができず自分らの妻や娘を犯し始めたの。やがて完全に理性を失った怪物となって『ゴブリン』になったんだよ。小人族とも言われたけどゴブリンという名称が付き始めたのはそう長くないらしいね。破壊神の影響を受けるということがどれほど恐ろしいのかよく理解できる例だよね。だからゴブリンは赤い血を持っているのよ、まあ、そういうことだね」


「んー顔はあれでもつまりは元人族ってわけさ」




 エレニアは思い浮かびたくないブサイクなゴブリンについて知っている知識を語り、ニテの反応をこそこそ見るのであった。彼女はきっとニテが驚く反応をするのか、若しくはもっと知りたいという表情の変化、または好奇心を表す行動などを期待したので間違いなかった。しかし、彼女が欲しがる反応はニテからは観察できないものであった。


 ニテは冷静に自分が戦ったゴブリン達を思い出しながら考察し始めた。ゴブリン達の戦闘の仕方や戦闘文化などは地球での人間同士の戦争にそう違いがなかった。また理解はできなかったが意味は何となく分かる彼らの会話は戦況が有利になった軍のもので前世の記憶でも戦争を経験したことはないが資料やメディアで見た人間の残酷さと似ているのであるとそう考えるのであった。




「なるほど、だからあのゴブリン達は人族みたいな戦闘文化を持っていて知能は低くなったものの戦略というの熟知していたのですね」




 ニテの返答にエレニアはつまらないという顔をし『アクア・ベネディクタ』と言い聖水を生成する。着実に自分の任務を忘れず、彼女はそうやって聖水を続けて作るのであった。


 ニテはその姿を見て拗ねた娘を見ているような感覚になってクスっと笑ってしまった。地球にいた頃自分の娘が思春期の頃にもこんなことがあったのか、記憶が曖昧ではっきりと思い出せないけど、彼が感じたのはきっとその感覚であった。


 聖人族と言ってもまだ自分にとっては子供だと思いながら拗ねている彼女に話しかける。




「考察の本を読みそうではないかと情報は知ってましたけど、詳しい情報まで知っていらっしゃるエレニア様は本当に物知りなんですね」




 とニテは笑顔で話すと、彼のその言葉にエレニアが当然嬉しくなるわけはなく




「からかっているのかしら?同い年くらいなのに昔も今もなんかむかつく大人を相手しているような感覚ですっきりしないわ」




 エレニアは王国図書館でも感じたこのモヤモヤする感情でそう言い出し、ふと何か思いついたのかエレニアが話す。




「まだこれを聞いてなかったわ。君、正確に何歳になった?」




 何かを期待しているような、一方、欲しい正解でないことを心配するような目で彼女は質問した。




「10歳と2期、ですね」




 とニテが答えるとエレニアは嬉しそうな顔で話す。




「それじゃ風3期だから..私が1期ほどお姉ちゃんじゃない!」




 相当息苦しい環境で育ったせいか開放的な場所で任務とは言え一番身分の高く自由になっているエレニアは子供のような行動をし始めさっきまでの凛々しい表情は消えていた。成人になるまで何年残ってなかったが、本当に純粋に同い年の男の子と色んな話ができるということから産まれた童心だった。




「これから私に対して大人ぶるのはお辞めなさい!」




 急にお姉ちゃんということを強調し始めたエレニアだったが、ニテは何も言わず笑いながら頷くとその可愛い顔はまたもやムカつくところのある男の子だと思うように変わるのであったけど、そういう感情までも楽しく感じていた。本当くだらない話し合いであったけど彼女にとっては経験できなかったものだろう。


 そうやって子供の気持ちになっていたエレニアとニテにカステトが歩いてき、いきなり話をかけてきた




「エレニア様少々お時間いただけますでしょうか?」




 息子と楽しく話し合っている少女の楽しい時間を奪うようだったがそれでもカステトはパラディンの少女にお願いするのであった。




「ええ、大丈夫ですよ」




 楽しかった童心の気持ちを一瞬で片付いた彼女はそう答え、作っていた聖水を簡易のテーブルに全て置き、どこかに向かおうとするカステトを待っていた。




「感謝します。それではこちらへ。ニテもついてきなさい」




 カステトはそう言いエレニアを自分たちの家に案内するのであった。少女と少年は村長の彼の行動が正直理解できないもので色んな推測をするものであったが、はっきりした答えは出なかったのか黙々とついていくだけであった。




「申し訳ございません。土地を祝福させる仕事がまだ残っていらっしゃるのに馬鹿息子が時間を無駄にして」




 そうであったエレニアがここに来た理由は土地の祝福だったとニテは思い出すのであった。しかし、そんなことで彼女に話があるとは言うまいし、エレニアもまたそう思っているようで正直な気持ちを口にする。




「いいえ、短い時間でありましたけど、子供ぽく振る舞うことができて楽しかったですよ。ニテ君は普通の堕落人族の人とはどこか違いますから」




「そう…ですか」




 カステトは息子を高く評価するようなエレニアの言葉に少し驚き、簡略に答えながら彼は用件を続いて語りだした。




「エレニア様ではないといけないと判断した先祖代々の家宝があります。『英雄オルティア』様が持っていたと伝われてきた書物でありますが..御先祖様から伝われた話では『正しく使える人間』に渡すようと遺言されたと。私は穢れなき者に渡すべきだと昔から思っていたのです。今日のエレニア様の迷いない行動を見て私はエレニア様こそ『正しく使える人間』だと思いました」




 エレニアは王家のものであろう書物を平民がもっていることに対して何も言わず真実かどうか自分の目で確認したいという顔立ちになっていた。王家の物という話からも何も言わない彼女からカステトは間違いないとそう思うのであった。


 ニテも初めて聞く話であり、おそらく1書だけ触ることが許されなかったあの宝石の箱に封じられている書物であろうと考えるのであった。


 後に3人は家に着き、書斎に入るとカステトは机の棚に錠前が付けられている宝石の箱を取り出し机の上に置いた。それから鍵がかかっている引き出しからある鍵を取り出して、宝石の箱を開くと中に入っている分厚い1書を取り出しエレニアに渡した。


 その本にはシャーレル語でもなく英語でもなくニテにもわからない言語が表紙に書かれていて当然エレニアも読むことはできなかった。




「これは一体…」




 書物を受け取り戸惑うエレニアの姿へカステトが口をあける。




「エレニア様ならきっと使い道を探し出せるでしょう。堕落人族など関係なく人を見捨てない高貴な貴方様なら」

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