第6話 金色のパラディン

 4城郭の町に近づく集団がいた。その集団には旗を持っていた歩兵たちが並んでいて旗には鎧の紋章が描かれていた。先頭には白馬に乗っている小柄で銀色鎧の騎士が見えていた。その騎士は両手で手綱を持ち馬の左側に鎧の紋章が入ったカイトシールドと銀色のメイスが装着されていて騎士の胸のプレートにはロザリオが刻まれていた。白馬はブリンカーを付けていておそらく馬の視野を遮るためのものだろう。

 集団の行列は50人程度で少ない人数だったがその凛々しさは誰でも感心するものであった。4城郭の町にたどり着いた時その騎士が感じ取る町の様子は慌ただしく普通ではなかった。


「ゴブリンが現れた!皆武器を持って城郭に移動するんだ!」


 農機具を持っていた農民に見える者が叫びだした。

 ゴブリンが現れたという情報に町の娘たちや子供達が怯え騒がしくなる。ゴブリンという見たこともない化け物に対しの恐怖と彼女たちを守るだろう町の大人の男性も騒がしく叫ぶ姿からの恐怖だろう。町を守り管理する兵士達も盾と剣を持ち戦闘のため準備をし始めていた。


「城門に入る前に何人かが囲まれてたよ!助けないと!」

「ダメだ!外に出てはいけない、その者たちには悪いけど城門を閉める時間稼ぎになってくれると助かる」

「まだうちの息子が戻ってないのよ!あんたなんて言うことを言っているの!?」

「そうだ助けないと、兵士さんと数合わせれば被害者は出るだろうがゴブリンには勝てるはずだ怖がるだけではダメなんだ」

「戦ったこともない怪物と戦うのは危険すぎる、大きい猪と狼にも乗っていたし。俺たちでは対処しきれないかも知れない。慎重になるべきだ」


 騒がしく自分の目の前のことしか考えなくなっていた人達は騎士が来たのも気づかずパニックの状態だった。 5城郭の完成が間もない今どき、その内側にゴブリンが現れ4城郭近くまで攻めてきている衝撃からのパニックであった。


「静かに!」


 白馬に乗った騎士は清らかな少女の声を言葉の最後が鳴り響くような大声で叫びだした。その大声に村人が声の聞こえた方向に目を移すとそこには小柄の騎士が白馬に乗っていた。


「パラディン様!ゴブリンが現れました!4城郭の外側で何人かが囲まれています!どうか助けてください!」

「うちの息子がまだ戻ってきてないですどうか、御助けください!」


 数人がゴブリンに囲まれているのを見てきた農民と息子が心配な母は焦りながらそう騎士に話すのであった。

 その言葉を聞いた小柄の騎士は白馬から降りると、馬の左側にいた盾とメイスを持ち何の返答もせず両手を合わせ祈りを捧げるような行動する。そのパラディンの姿に町の人々も同じく主神に祈りを捧げ始めた。5秒程度が過ぎたか騎士は祈りを辞めると馬の走りよりも早い速度で飛び出して行く。その加速力に整備されてない道から砂の煙がし、その小柄の騎士の姿は一瞬で人々の目から遠くなるものであった。


 人々や連れてきた兵士達の顔は驚きを隠すことはできなかった。身体力やマナを使う走りであったが、彼らもそんな速さは目にしたこともないだろう。またその速度で走るのが少女であるためより驚くのであった。

 小柄の騎士は兜で前が見難かったのか兜の前の方を開けると可憐な少女の顔が見え、走りにマナを集中していたせいか風の抵抗で兜が後ろの方向に飛ばされた。兜が脱がされたにも関わらず彼女は足を止めることなく動かし続けた。

 頭を保護するものがなくなったせいか髪留めも外され長い髪が風に揺られる姿は金色の波が舞うよう美しいものである。

 城郭の城門が閉ざされようとするその隙間を可憐に通りゴブリンと戦闘中であろう人たちへ向かう。平野であったため索敵には無理なく小さいゴブリンに囲まれている農民たちが見えるのであった。彼女が完全に認識できる視線に戦闘中の集団が入ったと思いきや右手に持っていたメイスを一瞬足を止めその慣性力を使い投げ出してまた走り出した。

 そのメイスは放物線を描き、まだ成長中の少年の前に立っていた棍棒をもったゴブリンの頭にあたりその頭が潰された。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 恐怖を感じさせる棍棒のゴブリンがいきなり死んだ。

 ニテはどこから飛んできたかわからないメイスを見ながらそう思っていた。

 ゴブリン達も状況が理解できないか騒がしくなり主人をなくした猪は興奮状態に入った。脅威のゴブリンが死んだことは幸いなことだったが、まだ安心することはできず敵の動きを観察するのを辞めなかった。とすると猪は興奮を耐えきれなかったのかニテの後ろの方向にいきなり走り出し始めた。二匹のゴブリンも制御できなかったのか手綱を掴んでいたゴブリン二匹がそのまま突っ張られそのまま頭を石などにぶつかり死んだのであった。その死体を引っ張ったまま猪はある方向に走る。ニテが猪が走って行った後方をみると、金色の髪を揺らしながら近づく誰かの姿が見えてきた


「Restore《リストア》、Concentration《コンセントレーション》、Agility《アジリティ》、Might《マイト》」


 女の騎士はそう呟き走って来る猪の横をすり抜けながら左手に付けていたカイトシールド下の鋭い部分で猪の首を正確に切りそのまま走ってきた。大戦力だった猪も棍棒のゴブリンも失ったゴブリン達はニテ達から目を背け走って来る脅威の騎士を囲い始める。騎士も武器は持たず盾だけだったので今が機会だとゴブリン達も思ったのだろう。ニテもそれに気づいたか棍棒のゴブリンの頭にぶっ刺さっているメイスを取り出し騎士の方向に投げ出した。


「パラディン様!これを!」


 ニテの叫び声が聞こえなかったのか騎士は動かないままだった。

 10歳の鍛えているとしても少々重いメイスを投げるということは無理だったかも知れない。聖人族程のマナを使えるわけでもなく力が足りなかったのだろう。

 そうニテはやらかしかのような表情で放物線を描くメイスに目を付けていると騎士が急に動きだし始めニテ達がいる方向のゴブリン達に突進しすると遠投距離が短かったメイスをそのまま右手で取って目の前のゴブリンの頭を打撃するのであった。

 女の騎士は次々と盾とメイスでゴブリンたちを倒していったがゴブリンは破壊神の影響で恐怖心がなく仲間達が死んでいっても構わず騎士に襲いかかってきた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 激しい戦闘が続くと騎士も疲れてきたのか少し動きが鈍くなっていた。4城郭城下町から走ってきて直ぐに数分の間全力を出す戦闘をするということはいくら彼女が聖人族であっても疲れるものだろう。数に一人が勝てるのは難しいということだった。


 とするとゴブリンの一匹が混乱している戦いの間ひっそりと潜り込み騎士の長い髪を掴み騎士の動きを封じたと思いきや女の騎士は右手のメイスを地に落とし腰に付けていた5㎝も満たない、遠征中色んな用途で使う短剣で髪を迷わず切り捨てた。切られた金色の髪は平野に吹く風に乗って散らばくのであった。女性としての美より命を守る判断、自分が戦わないと国民である彼らもまた死んでしまうとそう一瞬で判断したのであった。


 農機具を持ち警戒しながら近づいて行ったニテは長い髪が切られ顔も見えるようになって呟く。


「エレニア様…やはりあなたでしたか」


 幼い頃にみた可愛らしい顔は残っていたが身長は年頃の女の子よりは少し小さめであって、その顔は戦闘に集中して真剣な表情をしていた。彼女は切り捨てた髪に構わずメイスも転びながら持ち直しモンスターに対抗し続ける。

 ニテも見てるだけではいけないとつるはしを持って走り出すとその姿を見た4人も一気にゴブリンに向かい走り出した


「うおおおおおおお!」


 自分達の命を救うため戦う聖人族があったのだろうか、彼らは恐怖を捨て逃げ出すことではなく自身が死んでも戦うことを心から誓っていた。

 聖人族自ら堕落人族を救いだすことはない、本来なら城壁の内側で防御を固めるだけだったはずだった。

 しかし、彼女はそうせず小柄の単身で駆け出してきて民を守るという選択をしたのであった。

 その叫びだす声が効いたのかゴブリン達が一瞬止まり農民の方へ目線を移す瞬間を逃さず、騎士は1日2回しか使えない奇跡を行使した。


「Healing《ヒーリング》 circle《サークル》」


 半径10メートルに緑色の円が広がり自身を含めその円に入ってきた彼らの精神力を回復してくれた。

 戦闘中、また、距離のある彼らの怪我の位置もわからない彼女は身体治癒ではなく精神を治癒する奇跡を選択したのであろう。

 興奮しすぎていた農民達も冷静になり戦い始める。戦闘の中で一番危険なのが『己を失い判断を誤ること』を彼女は理解していた。

 斜めに切られていた髪が戦闘の邪魔だったのか一瞬の隙に長い方の髪も彼女は切り捨てる。

 ゴブリンは残り一匹になるまで戦うのを辞めずニテを含め5人も軽重傷をおいながらも戦い続け、短い時間のはずがとても長く感じてしまうような戦闘が終わると、やがて全てのゴブリンと狼を倒すことができた。

 とすると一人で何十匹を倒してたパラディンの騎士が農民達に近づいてくる。


「間に合わなかったようですね」


 そうパラディンの少女が話しかけてきた。


「エレニア様、二人が死んで二人が重傷、残りは軽傷というところです」


 ニテは落ち着いて報告するとニテに気づいたのかエレニアが話し出した。


「君は王国図書館の…いいえ、今は怪我人の治療が優先です!重傷者は誰ですか?」


自分の名を知って話しかける彼の顔を見ると偶然もこんな偶然があってたまるかと思うような表情になるが、直ぐに冷静になった。ニテも彼女の意見に賛成という表情で案内し始める。


「こちらです!」


 重傷した二人はカステトが横にさせ自分の服を破り応急処置をし、血を止めようとしていた。

 一人は腕が半分切られ落ちそうになっていてもう一人は腹に短剣が刺され息切れが激しくなっていた。

 その姿を見たエレニアはまず息が切れそうな青年に治癒の奇跡を行使する。


「重傷者が二人だけなのは幸いですね。まだ私の修行が足りなく、朝のMeditation《メディテーション》で使えるHyper《ハイパー》 cure《キュア》は1日3回だけなのです」


 そういいながら彼女は刺されている短剣を抜きながら治癒の奇跡を行った。短剣を抜かれると苦痛で苦しむ男は治癒の奇跡により臓器から皮膚まで治されるとその高速で細胞の再生でまた苦しみ喘ぐのであった。

 直ぐに残り一人の腕も腰のカバンから取り出した聖水瓶を開け流しながらハイパーキュアを唱えると嘘のように腕が繋がっていた。


「これは運がいいですね 聖水での祝福『アスパーション』をもらっても途切れた腕の部分が繋がることはほとんどないはずですが」


 自分でも驚いたエレニアはそう言うのであった。腕が途切れそうになったこの男はおそらくそんなに堕落してない人であろうと、だから祝福の力がより働いたとそう思うようであった。また、軽傷の3人には『キュア』の奇跡を与え治癒した彼女は後に『リストア』を5人にかけ活気を戻せるようにする。


 かなりの体力と精神力を消費したせいか彼女も疲れ緊張が解けたか小柄でも凛々しかった姿がなくなるようなペタン座りをする。 鎧のせいですこし不自然な座りだったが、鎧のない彼女のその座る姿はきっと可愛らしいものだろう。ニテは女性として大切であろう髪を切り捨ててまで戦う彼女に可愛いと考えるのは失礼だと思うのであったが、緊張がなくなりほっとした顔の彼女が愛しい少女に見えるのは仕方ないものであった。

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