第2話 司書の家

 赤ちゃんがニテという名をもらってから5年以上の時間が過ぎた。

 日差しが眩しい朝、小鳥の鳴きがうるさく、男の子が目を覚める。

 ニテは背伸びをし、固まった体を解すよう動き始めた。

 5年と言っても彼が習得した本の内容においてこの世界での1年は地球より長い時間であった。

 1日が30時間であり、地球での春は土地期が2つと雨期が1つ、夏は雨期が1つ太陽期が2つ、秋は風期が3つ、冬は氷期が3つに分かれ、1年が411日、一月は34日か35日で氷期の最後の3分期は31日であった。

 氷期が早く終わって欲しい人間の願望を込め31日と短くなったと母ニアウレから彼は学んだことであった。

 彼は4歳であるが地球での年齢で考えると6歳くらいになるわけで、この世界の人間は地球より早く成長し、体もより頑丈だとそう思えるものであった。

 この世界での父カステトの書斎で読んでた本には成人は13歳であること、13の誕生日には『7罪の夢』または『13歳の夢』と呼ばれる夢を見ることになりこれによって堕落しないよう注意する必要があると書かれていた。

 彼が生まれたのはオルティア王国という国であり、家族は『堕落人族』で国を統べる王族や貴族は『聖人族』という堕落人族の種族である。

 堕落人族は聖人族が堕落し、力を失った種族であり、血も薄くなって、体のマナは使えるが魔法はほとんど使えなく、体を鍛えることで自分を強化する方法が基本としていた。


 ニテの父は王国図書館の司書で、ニテは父が実際仕事している姿は見たことがないが家の書斎には沢山の書物があって母による文字勉強にはとても役に立っていた。

 ここでの人生は聖人族ではないため、成り上がるためには父に続く『王国図書館司書』を目指すしかないと毎朝そう呟き勉強に力を入れていた。


 ニテは文字を読めるようになってからは司書である父の書斎に入ることを許され、毎朝から色んな本の知識を探求していた。彼は得ている知識から色々と考察しながら朝早く家を出て仕事に向かった父の書斎に向かう。階段を下りて直ぐにある部屋が父の書斎であったがまず左側の厨房に入ってパンを何個か手に持ちそのまま書斎に入る。父も朝早く王国図書館に向かい、母も朝早くは市場に向かわないといけないためニテが一人で留守番をできるようになってからはこのような生活が続いているのであった。書斎に入って今日読もうとしていた聖人族に関する本を手にしてニテは独り言を呟く。


「人間に見えるこの種族に生まれ前世の記憶をもっているのは幸運なことだ、無駄にはできない、堕落人族ならここでの父みたく成り上がり司書となれば聖人族とも関わりをもてるはず」


 地球の人類とほぼ同じ見た目に関して彼は不思議に思っているようで、しかしながら人類より強い生命体であることを確信していた。

 一人で歩けるようになってから筋肉が普通ではない速度で発達し始め、筋肉の質が違うのか無駄に大きくなるのではなく、綺麗な形で筋繊維が成長する。ニテは外に出歩くときにも鍛え続けて大きな筋肉をもっている人も見かけることはできたが、普通の体形でも一人では持てないと思える重い荷物などを軽く運搬する地球ではあり得ない光景を見たことがある。

 また、ここの人族は自分の体を守るマナという力を外側にいつも張っており、転んだくらいで痛みという感覚がほとんどなかったため、その利点を生かすべきだと彼は思って、痛みという感覚を良く知っている彼は怪我をしそうな時も怯えず少し無理してでも体を動こうとしてた。その成果か普通の堕落人族の子より成長もより早く進むのであった。

 そして親の会話から考察すると、ここの人間ももちろん傷を負うことはあるが、痛みに慣れてなく、とても辛く感じるという。マナを込めている攻撃などではない限り怪我をすることがほとんどないため初めて負う傷などに弱いということだろう。

 また、体に循環しているマナという力は人体の壁になっていて、その力で通常より強い力を出すことができるらしく、その練習に1年以上時間が掛かっていた。

 そう自分を極め知識を得るための勉強を続いていたらあっという間に夕方になっていた。


 父が家に帰ってき、ドアが開く音がした。家族のためいつも1城郭の内側で貴族たちを相手にして頑張っている父に感謝の御帰りを言うために本棚に本を戻しニテは書斎から出て行った。その間父は厨房に入って母と何か話しているようであった。

 しかし、人生というものは地球でもそうであったが順調に進むことは不可能であった。


「あなた、それはどういう意味なの?」


 母の震える声が食卓の方から聞こえてきた。

 ニテは声が聞こえる厨房の方に向かい、ドアの後ろで親の会話を盗み聞きした。

 ドアは開けずただそこで聞いているだけだった。

 少し沈黙が流れると父の声が聞こえてくる。


「言った通りだよ、俺も理解はできないが何故か貴族様の機嫌を損ねたらしい」


 父はため息をしながら母の質問に答えた。


「らしい?なんで責任者ではなく貴方が左遷となるの?」


 母の震え声が止まらない。

 左遷ということはここにはもう住めないと、ニテは理解したようで、二人の会話を聞きながらも左遷先による、司書になるための条件を一人で考察し始めた。


「もう決定事項なんだ、幸い私達の資産は保証され第4城郭城下町の開拓村長として行くことに…」


 父の話の終わりを待たず母が大声を出してしまった。


「だ…第4城郭?!それって一番外側の城郭でしょ?4城郭の外側は危険なのよ!」


「4城郭の内側の開拓地だから外側に追放されるわけではない」


 父は母の話を訂正した。

 しかし、母の心は落ち着かないままであった。

 ニテはその会話から資産は保証されるということは家の周りの環境は変わるが、食に困るわけではないと判断ができ、4城郭ということは1城郭の内側の王国図書館の司書になるためには並ならない努力が必要になることを理解した。


「でも、ここから追い出されるというのは変わりないでしょ?まだニテも子供なのに危険だわ、4城郭開拓地って5城郭を作るための人族が住んでいるところでしょ?」


 慌てる母を落ち着かせようと父がまた口をあけた。


「焦るのもわかるけど仕方ないさ、ちゃんとした安全区域の開拓地だから怪物の危険性など極めて低い」


 父はそう言いながらドアの後ろにいたニテに気づいてドアを開いた。

 そしてニテに向かってこう告げる。


「まだ10日もある、せめてニテに王国図書館は見せてあげないとね」


 そう息子を思う心に母も左遷に関しては何も言わず、現状を受け入れ、父の言葉に頷いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 翌日朝、相変わらず小鳥の鳴きはうるさく、何も変わらないと、自分は前に進むだけだと思っていたニテの日常が変動し、目標とする王国図書館に望んではない形で向かう日がやってきた。

 ニテは毎朝のよう体を動かし、自分の調子を確認しながら部屋をでる。

 父はもう司書の服を着てなく、普段着をきていてニテに朝の挨拶した。


「おきたかい?顔洗って着替えてから食事にしなさい、その後、昨晩話した王国図書館にニテを連れて行ってあげるよ、前に行ってみたいと話したことあるだろう?」


 父はせめてニテに王国図書館をみせてあげたいという感情に溢れる、また悲しみも感じられる声で話かけてきた。

 ニテもこの世界での親の苦労はちゃんと理解していて、左遷という現実は厳しいが目標としていた王国図書館は一度みることができることに感謝の気持ちを込めて答える。


「うん、父さんが仕事している王国図書館に一回行ってみたいと思ってたんだ、私も父さんみたいに司書になりたいからまだ諦めたりはしないさ、図書館を見ることで目標がはっきりするだろうし、もっと頑張れるよ!」


 父はその言葉に涙を隠すことができず、子供でありながら現状を理解しているような自分の息子が偉く感じるものであった。


「ごめんな、ごめんな、私がもっと注意して貴族様の対応をしてたら…ちゃんとしてれば…」


 何の経緯で貴族が左遷という処罰を与えたのかニテにはわからないが、この世界では地球での中世みたく貴族に逆らうことはできないとニテは確信した。

 父の功労があってからこそ家族の資産を保証されると、つまり父は王国図書館において重要な司書だったんだろう。

 ニテは自分の目標からは遠くなってしまうが、父が成したよう堕落人族でも頑張れば認められるということを知ったのも収穫だと思い父に話かけた。


「父さん泣かないで、新しい開拓地でもやれることはきっとあると思うよ、悲しむだけでは前に進むことができないと私は思うから」


 父はニテのその言葉に驚きながら涙を拭き答えだす。


「ニテはの子に生まれるべきだったかも知れないね、意思表明はできる年齢にはなったけど、理解が早く賢い子だ。賢いニテと一緒なら父さんも母さんも新しい開拓地でもきっと頑張れるさ!ニテには物足りない親かも知れないけどこれからも頑張るからね」


 この親の気持ちをニテはよく知っていた。

 彼も親として頑張ろうとしても後悔し続けた苦い経験を知っているからであろう。大切な親の気持ち無駄にはできないと思い話しだす。


「違うよ、全然足りなくなんてないよ、父さんと母さんはいつも頑張ってた。大変な時もいつも私に尽くしてくれて、夢に近づけるよう手伝ってくれたから」


 父の太ももを抱きながら続けて語りだす。


「まだ子供だからできることは少ないと思うけど、父さんが言った通り私が賢い子ならもっと頑張って家族の良い未来を作ってみせるから!」


 父は涙を流しニテの頭を撫でながら答える。


「俺たちの子に産まれてくれてありがとう、泣いているみっともない顔はここまでにして朝ごはんを食べたら、ニテが成長し、頑張って入るだろう王国図書館へ行こうか!」


「うん!」


 親子はドアを開いたまま静かに彼らを見守っていた母にも笑顔を見せ、母も涙を流し笑うのであった。

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