第6話

〜現在〜


アレストは、元王宮内の真っ暗な自室のベッドの上に座ってロヴェールの持ってきた厚い書物を読んでいた。施設はすっかり様変わりしていたが、アレストの趣味の悪い部屋だけは何故か再現されてアレスト用に解放されていたのだ。「俺は新しい家があるから良い」と断ったがルディーたちが一生懸命作り直してくれたと聞かされ、無下にするのも憚られたのだ。新しい家、というのも居酒屋の従業員のために作られたベッドと机しか入らない小さな部屋だし、ルイスと暮らすには少々狭かったからあの部屋がまた使えるのはありがたかったが。

「砂時計が創られた理由、か……。そんなもの知る価値もないと思っていたが、まさか序盤でこんなに辛い気持ちになるとはねェ……」

アレストが30歳の誕生日を迎えたあの日、ロヴェールはアレストが消えたのを見て同時に気を失ったという。まさにルイスと同じ現象が起こったのだ。

次に起きた時は、ロヴェールは20代前半の体になっていた。華奢なのは変わらなかったが、声変わりをしていた。

「あんたたたちのおかげで歳が刻めるようになった」

31歳になったアレストが王宮跡地に現れたとの情報をアンジェから聞いたロヴェールは、すぐにアレストとルイスに会ってそう言った。

「あ、それから、ええと……あんたは覚えてねぇかもしれないけど。いきなり『姉さん』って呼んで悪い。やっぱり他人とは思えなくて」

「え!?あなたが私の弟なの?本当だわ……赤い瞳……」

(相棒が言っていた『弟』ってのが本当にロヴェールのことだとはねェ……)

ロヴェールはルイスよりも何歳か年上の容姿になっていたから不思議な感じがしたが。

(しかしあいつも300年は生きている。俺たちが知らなかった情報をくれたわけだし、この本の在り処だって知っていた)

(まだ序盤しか読んでいないが、ロヴェールは俺にこれを読ませたくなかったんだな。ふふふ、分かるぜ。その気持ち。砂時計に同情しちまったらあの剣は使えないからねェ……)

(あいつはこれを読んだ上で『砂時計を割ろう』と思ったのか……それほどに、呪いが強かったのか。あるいは……)

「ヴィクターの気が変わり、無理やりに砂時計を受け入れることになるか。だな」

アレストはそう呟き、ページを捲った。



〜ツザール村〜


「ここに若い男はいるか?」

ヴィクターの家を訪ねてきたのは、白衣の男2人だった。昨日クレイトンとロークがパンを持ってきたのがバレたのか。恐る恐る家の扉を開く。

「ヴィクターくん、か」

「ええ、と……?」

金の髪を見つめられ、ヴィクターは戸惑った声を漏らす。

「ダメだ。この様子じゃあと3年と持たない」

「そうだな。『子ども』とは言えない」

「……」

「あぁ、ヴィクターくん。リンゴをもう一つあげよう。最近は高齢者が亡くなるスピードが早くなってね。この村の食料も充実してきた」

「ありがとう、ございます……」

「その代わりなのか……『子ども』が生まれない」

「ヴィクターくん、子どもを作ってくれないか?なに、1人でいい。たくさんいたらまずいんだ……食料がなくなることになるからね」

「健康な子を1人作ってくれ。承諾してくれるようなら『子ども』たちと同じ分量の食料を保証しよう」

男2人は微笑んで手を差し出す。

「……僕には、きっと無理だ。この体じゃ……それに相手がいない」

「相手ならいるさ。『子ども』認定をされた女の子と作ればいい。大丈夫、遺伝子が遠ければ健康な子は生まれる。そういうデーターがあるからね」

「……僕はそんな役割は望みません」

ヴィクターが俯く。

「ほう?」

「もっと……僕にはきっと、みんなを幸せにすることができる」

「……?」

「僕が、神になればいいんだ……」

ヴィクターが呟いたことを聞き、男2人は盛大に笑った。

「はははは!!!面白いことを言う!」

「それはまさに地主が語っている理想論じゃないか!!」

(地主!?)

その言葉に驚いて顔を上げる。

「なんだっけ?1人の美しい青年を神にすることで信仰が1つになって紛争がなくなり、資源が充実する?とかだったか!?」

「そうだ!!はははは!!そんなことができるわけがないのに!」

大体方法も分からないよなぁ!?2人は顔を見合わせて言う。

(地主が語っている理想論って、僕の考えていることと同じかもしれない!)

ヴィクターは、思わず駆け出していた。

「っおい!どこに行くんだ!」

「子を作るか作らないか決めろ!」



ヴィクターは細い足を動かして地主の屋敷に向かう。


ツザール村は大陸の一番西にある村だ。地主の決定権は弱いはず。なのに、条例を決めた1人にツザール村の地主がいたという。

(もしかして、僕の知らないところで『神を創る計画』が進んでいて……『子ども』を守る条例はその計画の一部なんじゃ……?)

そんな自分に都合の良いことがあるわけがない。しかし、もしそうだとしたら

「僕は、この地を救う神になれるかもしれない……!!!」

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