第5話

(幸福……それってなんなんだろう)

条例が施行されてから、ツザール村には活気が出てきたように思える。子どもたちの笑顔が増え、若者は精力的に仕事ができるようになった。

しかし、その一方では墓が増えているのも事実だった。

高齢者と病弱な子どもたちは食料が配給されず、どんどん衰弱して亡くなっていたのだ。

すると、その人たちが食べる分であった食料が健康な人たちにまわってくる。

ツザール村や隣村だけでなく、他の村でも条例は敷かれていた。

後にシャフマと呼ばれるその地には、その繰り返しができつつあった。


〜シャフマ王国ができるまで、あと半年〜


ヴィクターは元々少食であったが、栄養がまわってこないために体力が落ちて行った。

「……げほっ、げほっ」

家で寝ていることが多くなった。リンゴをすりおろして食べさせてくれる母にお礼を言う。

「ありがとう、母さん」


「生きていて、ごめんね……」


「僕みたいなのは、この砂漠にはいらないんだろう?」


「食料は限られているんだし、仕方ないよ……」


「みんなの幸せのためなら……」


ヴィクターがそう言うと、母親はいつも彼を優しく抱きしめて涙を流すのであった。



それでも彼は、衰弱していく自分の頭を懸命に動かして人々の幸福を考えていた。

(資源の奪い合いをしないようにするには、どうしたらいいんだろう。元々この地では信仰対立による紛争が起きていて、それは今でも続いている……紛争を止めれば、資源は手に入るのではないか?

紛争を止めるには……信仰対立をなくすには……)


そうだ。

答えは出ているではないか。


(絶対的な、神がいれば……)


それを創ってしまえばいいのだ。


(でも、どうやって?)




人間を神にすることなど、本当にできるのだろうか。



ある日、クレイトンとロークがヴィクターを訪ねてきた。

「ヴィクター、最近は来れなくてすまない」

ロークが頭を下げる。

「3日前に来たばかりじゃないか」

「3日も来れなかった」

「クレイトンまで……いいよ、気にしなくて。それよりみんなはどうだい?『子ども』たちは元気かい?」

「ヴィクター……」

ロークが鞄からパンを取り出す。

「えっ!?」

「静かにしろ。『大人』にバレたらまずい」

クレイトンが声を潜めて言う。

「やっと鞄に入れて持ってくることができた。ろくに食べていないのだろう?」

「ローク……そ、そうだけど、それって重罪だよ」

「アルヴィーとスーシェからだ。あの二人はお前のことを酷く心配していてな。俺たちは十分食べれているし、村を越えていれば誤魔化すことは簡単だから、と」

「そ、そうなんだ……」

アルヴィーとスーシェ。結局一度しか会ったことはなかったが、親切な二人だった。

「じゃあ、内緒でいただこうかな。2人も運んできてくれてありがとう」

「あぁ」


ヴィクターは母親が部屋に来る前にパンを一つ食べた。

「美味しいよ。ありがとう。でもこれっきりにしてくれよ。僕は君たちが罰を受けるのは嫌なんだ……」

「……」

「ごめんよ。こんな僕でもこの村の役に立ちたいのだけど……この体じゃ無理なのかな」

ヴィクターの綺麗な金の髪、そして赤い瞳。

それは、ころすには勿体のない逸材だということを……彼自身はまだ知らない。

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