第3話

「資源は」

「権力は」

「子どもは」



「「「いらない」」」



「そうだ、我らが欲しいのは」


「絶対的な安寧」


「永遠が在るという事実」


ただそれだけでいい。


ヴィクターたちには無意味に思えた紛争の裏では静かに意見がまとまりつつあった。


この乾いた地に住む人間たちが必要なのは、溢れるほどのリンゴでも、北の強国に物を言えるカリスマでも、健康な子どもたちでもなかった。


ただ、絶対的で形式的な神がいれば。

それで、良かったのだ。



〜シャフマ王国ができるまで、あと1年〜


「チッ……」

リンゴを食べていたヴィクターとロークの間に、クレイトンがどっかりと座る。

「どうしたんだい?クレイトン。すごく機嫌が悪そうだけど」

「剣が取られた。これで3回目だ」

「また没収か……。ロークも練習用の武器を取られたとさっき言っていたよ」

「軽い手斧以外はすぐに見つかる。即没収だ」

クレイトンがまた舌打ちをする。

「チッ!!大人たちは最近子どもに甘すぎる!以前までは信仰があるのなら子どもでもなんでも戦地に行けと怒鳴っていたくせに!」

「クレイトンは信仰があるの?」

「あるわけがない!戦地にも行かん!……ただ、剣を振りたいだけだ」

それも叶わんがな。クレイトンはため息をついた。

「一部で、だが」

ロークが口を開いた。

「子どもを大切にするという風潮が強まっているらしい」

「たしかに最近は配給のリンゴが多くなったよね」

「意図が分からんのが恐ろしい」

「しかし俺たちはもうほとんど大人だろう」

クレイトンが言うと、ロークが目を伏せた。

「……隣村では子どもだけが集められ、大人よりも良い生活をしている」

「良い生活って?」

「実はこのリンゴは隣村から来た農家が配っていたものだ。そのときに聞いたんだが……いや、ヴィクター、クレイトン。明日一緒に行こう」




〜翌日〜


「僕、ツザール村を出るのは始めてだよ」

「俺もだ」

ヴィクターとクレイトンはロークの後ろをゆっくりとついて行く。

「あらあら、ロークくん!お友達も連れてきてくれたの?」

村の入口には中年の女性が何人か立っていた。

「昨日はリンゴをありがとうございます。助かりました」

(敬語だ!?)

寡黙で人と喋りたがらないロークが、隣村の人に敬語で喋って頭を下げている。

「いいえ、いいのよ。子どもたちにはリンゴをたくさん渡す条例ができたもの」

「その条例、昨日も言っていましたが、それはこの村出身ではない俺にも適用されるんですか?」

「いいわよ。今はまだでしょうけど、あなたたちのツザール村でもすぐに施行されるはずだから」

村には地主の決めた条例があり、それを違反すると罰が課される。

「おい、そんな話は聞いたことがないぞ。お前らは条例違反になるんじゃないか?」

クレイトンがロークの隣に立って女性たちを睨みつける。女性たちは顔を見合せてくすくす笑った。

「あら?隣村のお腹を空かせた子たちにリンゴを配って何が悪いのかしら?」

「そのリンゴは余っていたものなのよ」

「あなたたちは助かったんでしょう?私たちは子どもたちの笑顔が見れて嬉しかったし、良い事じゃない」

リンゴが余る?この地で?ヴィクターは首を傾げた。

「たしかに助かったが……」

空腹には勝てない、といった様子でクレイトンが肩をすくめる。

「あなたたちの名前は?向こうで子どもたちに配給をしているの。あっちの紙に名前を書けば、たくさんの食料がもらえるわよ」

「でも、僕たち……お金を持っていません」

ヴィクターが目を泳がせる。お腹は空いているが、手持ちがない。

「バカ!俺たちは乞食をしに来たんじゃないんだぞ!それに、他の村の食い物なんて信用できるか!」

「ふふふ、お金なんていいわよ!子どもに健康に育ってもらうための条例ですもの。私たちの娘や息子も毎日パンや牛乳をもらっているから味も安全も保証されているわよ」

「その条例というのが分からん。孤児へのものなのか?」

「……クレイトン、行けば分かる」

2人はロークに手を引かれて配給の場に向かった。


「おお!見ない子どもたちだな」

大きな鍋から小さなコップにスープを注いでいたのは、筋肉隆々の若い男だった。長い赤毛をバンダナで無理やり上げている。ロークよりも年上そうだ。

「隣のツザール村から来たんだ。ここで食料を配っているって聞いたけど、本当かい?」

ヴィクターが鍋をちらちらと見ながら言うと、男が頷いた。

「子ども限定でな」

ヴィクターにスープを渡す。

「本当に無料なの?なにか労働をしなければいけなくなるとか、ない?」

恐る恐る聞く。

「ないぜ」

「……じゃあ、信仰を制限されるとか?」

「それもねぇよ。ただ、条例で子どもを守るべしと定められただけだ。お前さんたち、ツザール村から来たってことは条例のことはもう知っているんじゃねぇのか?」

男はロークとクレイトンにもスープを渡す。中にはウィンナーや白い魚が入っていた。こんな辺境の村で手に入るものでは無い気がするが。

「いや、知らないよ。この村で初めて聞いたんだ」

「ふーん?ツザール村の地主とこの村の地主、あと中央の地主たちが決めた条例だって聞いたがな。まぁいい!お前さんたちもたくさん食え!俺たちには都合の良い条例だしな!」

ヴィクターがスープに口をつける。クレイトンがギョッと顔をしかめる。安全か分からないというのに!という顔だ。

「美味しい!」

「だろう?俺の妹と俺で作ったんだぜ」

男が得意げに鼻を鳴らす。

「妹もお前も『子ども』か?」

クレイトンが低い声で聞く。

「もちろんだ。俺の妹は19歳だからな」

「あんたは何歳だ」

「俺は25」

「子ども???」

「おっと、定義も知らねぇのか」

男がスープをコップに掬ってゴクリと飲み干す。

「健康で若い、長生きしそうな男女。これが『子ども』の定義だぜ」

健康で若い……。

「随分と曖昧な定義だな。健康に自信があれば無料でスープが飲めるのか」

「まぁな。あと70年は生きる!って言ったら、25の俺でも名簿に名前が載った。ま、配給の仕事はしろと鍋を押し付けられたが。妹のスーシェがいたから助かったぜ。俺は料理はからっきしだからな」

男が手を広げて苦笑する。

「アルヴィー兄ちゃん!」

村の奥の方から走ってきたのは小柄な少女だ。アルヴィー、と呼ばれた男と同じ真っ赤な髪を上でお団子にしている。

「名簿!新しい子どもが来たら、名前を書いてもらわないとダメって地主さんに言われたでしょう?」

「おっと、そうだったぜ。すっかり忘れていた。ありがとう、スー」

アルヴィーがヴィクターたちに紙とペンを差し出す。

「出身の村と名前を書いてくれ」

「外から来る子どもたちもいるのか?」

「いるぜ。大抵はお前らみたいに乞食をしに来……いや、飯を食いに来る」

「こんにちは、ええと、私はスーシェです!こっちはアルヴィー兄ちゃんです。毎日お酒とタバコばっかりでどうしようもない人だけど、よろしくお願いします!」

「おいおい、どうしようもない人って……えっ、どういうことだよ?俺そういう風に見えてたの?」

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