第101話
フェリシテにはひとつ思うことがあった。これに関してはサマンサたちとまだ話し合うことが出来ていないのだが、数年前からずっと胸に抱いていたことだ。
ーー魔女狩りが起きたら魔女たちを避難させる。魔女を守る為にその準備は抜かり無く進めてきた。
だが、その先は?
魔女狩りが続いていく以上、世間から敵視され続けたまま森の奥で暮らし続けることになる。
魔女たちが一ヶ所に集まってしまえば、拠点の場所に気付かれようと精神を操って魔女たちを守ってやれる。
魔女狩りが終わるまで何年間もそうやって逃げ続けたとして、魔女狩りの期間が終わった後に人間たちはスムーズに魔女を受け入れるのだろうか。いや、そんな甘い話があるはずがない。
魔女というだけで悪であり敵とされるのならば、きっと魔女狩り後も迫害が続くに決まっている。
それに、改変前は“魔女が全滅した”とされたから魔女狩りが終わったのだとサマンサから聞いたことがある。
大勢の魔女たちが森に潜んでいたと知ったら、そもそも魔女狩りは終わらない。
サマンサ達と話し合えないままこの日を迎えてしまったことをフェリシテは心苦しく思っていた。
だがこのままの流れでは、きっと本当の意味で未来を救うことには繋がらない。
改変前、グレース皇后の不審死が魔女狩りに強く関係している筈だったが‥現在フェリシテはグレース皇后を殺す気など欠片も無い。
それでも魔女狩りがもしも起こるとするなら、グレース皇后の死は免れない可能性がある。
タイミング悪く不運にも突然死などに襲われるか、フェリシテ以外の誰かに故意に殺されるか、だ。
フェリシテは独断で、とある行動を起こしたのだった。
*サマンサ視点
王宮から離れたところにある野原。稜線の向こうに見える灯台の位置で大体の現在地が分かったけど、こうして唐突に知らない土地に飛ばされることは何回経験しても慣れるものじゃない。
先程は寝込みを襲われ、外は月明かりが照らす夜中だった。一方で今は太陽が燦々と煌めいていて体のリズムが乱れてしまいそうだ。
「皇女様、お怪我はありませんか?」
レオンの言葉に頷く。それにしても、体に触れられるまで小屋に侵入されていることに全く気が付かなかったわ。
「私たちが眠りについた後、何やら香を焚かれていたようです。そのせいで眠りが深くなっていました。申し訳ありません‥」
バートン卿はまるで叱られた犬のような表情で頭を下げている。
「あそこは動物たちが周囲を守ってくれているうえに、沢山の魔女たちがいた安心できる場所でした。誰もが予想できなかったことですから仕方ありません」
バートン卿にそう伝えるも、バートン卿は自身を不甲斐ないと責めているようだった。
「レオンの魔法がなければ確実にやられていました。皇女様をお守りできなかった上に、もしもカマル殿下たちの望み通り事が進んでいたらと思うとゾッとします」
確かにカマル殿下たちがもし私と同じ力を手に入れたら‥どんな未来になっていたのかは分からない。
ーー私がいま発動し続けているこの魔法は、恐らく現代に帰るまで終わらない。その間朝からのリセット魔法すらできそうにないから、何かを失敗してもきっとやり直せない。
あくまでも私が思い描いた未来に繋がるように進んでいく魔法だと思うけど、その魔法の効力がどこまで強いのかは分からない。
例えば、思い描く未来に私が存在するのが前提であっても、この過去の中で心臓に剣を突き刺されたら当然死ぬに決まってる。
思い描く未来に繋がるように行動するまで次の場面には飛ばされないけど、予測不能な修正できない事案が起こってしまった時に魔法がどうなるのかもわからない。
分かってきたようで、まだこの魔法のことを全然理解しきれていないんだ。
「確かにレオンがいなかったら今頃大変だったわね‥」
「‥‥前回俺一人が襲われた時、魔法を唱えてる振りをしていたんです」
「唱えるふり?」
レオンは私の問いかけにコクリと頷いた。
「そうすれば相手は口元ばかり気にして、俺の“目”には油断しますからね。あいつらはまた何か仕掛けてきてもおかしくなかったので種を撒いてたんです」
意外にも策士なのよね、レオン。驚いて思わず感嘆の声が漏れる。
「剣術が強いうえに精神魔法使い‥。そのうえ知略にも長けてるなんて、敵なしだな」
バートン卿の言葉にレオンは首を横に振った。
「俺の魔法はあくまでも“魔女”の下位互換ですよ。似たような魔法が使えますが威力も効果も桁違いに弱いです。さっきの場面のように大勢を相手するにはかなり短時間じゃないと使えません」
私とバートン卿は「へぇ」と声を漏らした。
色々条件があるようだけど、自分の力を分析して理解できているのは重要なのことだと思う。私は全然自分の力を理解できていないから、レオンを見習わなくては。
「‥‥それにしても、ここには何もありませんね」
バートン卿の言葉に頷く。
「‥‥‥カマル殿下たちはあのあとどうしたのかしら。この場所でやることがあるからここに飛ばされたんでしょうけど‥誰もいないわ」
「建物もありませんからね‥」
私たちは周囲を警戒しながら探索することにした。
歩きながら、ふと思いついた疑問を口にする。
「‥そういえば、どうしてレオンとフェリシテ様はリセット魔法の時に記憶を持ったまま朝を迎えていたの?」
それは精神的な魔法とはあまり関係ない気がするのだけど‥。
「あぁ、それは‥。あくまでも魔女は皇女様の魔法を把握していたかったようです。その為、皇女様に魔法を授けた時に条件を付けたんです。俺も記憶を持って戻れた方が魔女にとっても都合がいいので‥」
精神魔法とは関係なく、力を授けることができるフェリシテ様だからこそ出来たことだったのね。
「フェリシテ様、そんなこともできるのね。フェリシテ様と似たような力が使えるということは、レオンも箒に乗って空を飛べるの?」
「あの箒は物作りに長けた魔女が作り上げた魔法道具です。魔力を持った人ならば誰でもあの箒に乗れるんですよ。まぁ、魔女狩りで箒も沢山燃やされたそうですが」
「へぇ~!」
なるほど。そういうパターンもあるのか。私たちが元いた時代にはフェリシテ様が使っていたもの以外には存在しなかったのかもしれない。
森の拠点でもフェリシテ様以外に使ってる人は見なかったけど、それはどうしてだろう‥。
しばらく歩いたものの、だだっ広い野原が続くばかりだ。
足を止めた私たちが辺りをキョロキョロ見渡していると、目視で確認できる距離に突如人影が現れた。
ーーー突然現れたその人影は遠いせいで誰なのかまでは分からない。だけどこの野原に現れたということは、きっと私たちに関係する人物に違いない。
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