第100話


 ーーサマンサたちが消えた後、従者たちを癒やし終わってすぐにカマルは拠点を出た。


 もちろんカマルたちを許せずに憤る魔女たちが多くいたが、フェリシテはカマルを責めることはなかった。


 レオンの魔法がいくら脅威だったとしても、本当に魔女たちの命を軽く見ているのならば、魔女を殺すと脅してでも形勢逆転を狙えた筈だ。


 冷酷になりきれないカマルの半端な甘さを、フェリシテは共に過ごしながら側で見続けてきた。

 サマンサのビンタひとつで魔女たちを元に戻したのは、最初から元に戻すつもりだったからに違いない。



 自分の甘さに打ちひしがれているのか、それともサマンサの言葉を聞いて反省しているのか、拠点を出ていくカマルの背中はなんとも小さく見えた。



 もちろん大切な魔女たちを取引材料にして危険に晒したことは許せない。

 だけど王座を奪おうとしているカマルが、フェリシテの力を渇望する気持ちは痛いほど分かっていた。


 それ故、フェリシテはカマルをただ静かに見送ったのだ。




 ーーーフェリシテはあくまでも魔女狩りから避難させる為の準備に魔力を割いてきた。


 その為、カマルの従者たちは殆ど魔法を使えない。カマルにどっぷり惚れていた改変前は、もちろんカマルの望み通り彼の従者たちに力を与えてきた。


 だが、それでも王座は奪えなかったのだ。



 当然今回も結果は同じ。むしろ改変前よりも簡単に、あっという間にカマルたちは敗れた。


 改変前と違うことがあるとすれば‥カマルが体を拘束されながら兄であるアロイスの前に伏せた際に、肩を震わせながらボロボロと涙を零したことである。


 改変前はここで処刑を言い渡されていた場面だったが、アロイスは初めて見る弟の弱った姿に酷く動揺した。



 カマルに依存しなかったフェリシテはいつも凛としたまま、魔女たちやサマンサ達のことを第一に考えて行動していた。


 カマルはそんなフェリシテにあまり相手にされないまま、それでも“頼むから”と縋り続けた。


 そんな生活が続いていくと、この10数年の間にカマルの傲慢さや自信に満ち溢れていた心はすっかり丸くなっていた。これも改変前との違いの1つである。


 王座を手に入れるということは、母の期待に応えるということでもあり、愛するグレース皇后を取り戻すということでもあった。


 当然まだ王座を求めていた。

背中を押し続けてくれる従者の為にも最後まで諦めないつもりでいた。



 だが、王宮に連行されて地に伏せた際に視界に入ってしまったのだ。


 ーーー遠くの方で心配そうにカマルを見つめるグレース皇后と、その子どもたちの姿が。



 カマルは途端に嗚咽が止まらなくなり、悔しさや虚しさで乱れた心を制御できなくなった。



 時が止まっていたのは自分だけだった。じゃあ俺は今まで何をしていたんだろうか。



「‥‥‥カマル、‥‥‥お前、そんなになっても‥‥まだ王座を狙うか?」


 アロイスはカマルにそう問いかけた。

カマルはどこか呆然としながら、やがて静かに首を横に振った。


 諦めよう。野望を、手放そう。そう思った途端に、ずっしりと重かった心は軽くなった。


 どうせもう死ぬんだろう。だけど、死ぬ間際にこんなに晴れやかな気持ちになるなんて。


「‥‥‥まだ間に合う筈だ、カマル。‥‥‥カマルを北の塔へ。処刑は行わない」


「‥え‥‥?」


「お前にはお前の使命がきっとまだあるはずだ。無念を抱えたまま死んでほしくないのだ」



 カマルはこうして一旦北の塔へと幽閉されることになった。改変前との大きな違いである。


 もちろん魔女狩りはこのままでは始まらない。





 北の塔の内部は質素だが頂上付近に居住できるスペースがある。

 もちろんその扉には頑丈な鍵が掛かっており、扉の外には見張りもいる。



 が、ワープが使えるジャンヌにはそれは関係のない話だ。

カマルの従者たちは皆捕えられて牢にいるのだが、ジャンヌは自身の魔法のおかげで捕まることはなかった。



「ーーーーーカマル殿下」


「‥‥ジャンヌ」



 ジャンヌは呆然と窓の外を見つめるカマルに心を痛めた。ベッドに腰を掛けるカマルの前に跪き、力なく垂れているカマルの手を握る。


「ワープでここから逃げましょう。そうしてまた作戦をーー」


「いや、もういいんだ‥」


 ジャンヌの言葉を遮って、カマルは小さく言葉を落とす。これは紛れもなくカマルの本音だった。


「っ、カマル殿下‥‥?!?!」


 カマルがアロイスの前に伏していた際、ジャンヌもその様子を確認していた。だから彼女はすぐにピンときたのだ。


「‥‥グレース皇后ですね?」


「え‥?」


「‥‥何が何でも手に入れたかった皇后が、お子を何人も産んで幸せそうにしていたのですから‥無理矢理にでも諦めようとなさっているのでしょう?」


「いや‥違うんだ。俺はもう‥」


「ーーーー貴方の心の枷は、わたくしが全て潰します」


「は?何を言って‥」


「皇后が貴方を弱らせるならば、皇后を消すのみです」



 ジャンヌはそう言ってニコリと微笑んだ。



 力なく腰掛けていたカマルは途端に目を見開いて立ち上がった。ジャンヌの手を振り解き、ジャンヌに理解してもらえるよう必死に大きな声を出す。


「お前の誤解だジャンヌ!!皇后には何もするな!子ども達にも!!あいつらは何も関係ない!!ただ俺はもう王座に興味がなくなっただけだ!!!」



 カマルの大声が響いたことで、不審に思った見張りが扉を開けた。それと同時にジャンヌは微笑みながら姿を消してしまったのである。



 カマルは半狂乱になりながら見張りに伝えた。


 “ジャンヌ”という魔女が皇后の命を狙ってる!!!皇后を守ってくれ!と。


 しかしジャンヌは自在にワープができる魔女。カマルの叫びが王宮全体に伝わる前に、グレースはジャンヌによって連れ去られてしまったのである。



「っ、帝国全体の魔女たちを徹底的に捕まえて皇后を探せ!何が何でも皇后を救うのだ!魔女が抵抗するなら殺しても構わん!!」



 温厚なアロイスも大声を上げた。

彼もグレースと共に過ごした時間の中で、彼女のことを心から愛していたのだ。


 魔女は人智を超えた力を持っているが、人々の味方だったからこそ認められて受け入れられていた存在だ。


 だがそんな魔女が皇后を殺すつもりで誘拐をするという重罪を犯したのだ。一気に“魔女”が危険視された瞬間だった。



 こうして魔女狩りは幕を開けたのである。

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