第102話
サマンサ達がいる野原に現れたのはジャンヌとグレースだった。
グレースは突然飛ばされたことに驚いたようで、腰が抜けたように野原にしゃがみ込んだ。
透き通った白い肌を持つグレースは、こんな時でもどこか華やかにすら見えてしまう程恐ろしい美しさを持っている。
この帝国の皇族の男どもが惚れるのも無理はない、とジャンヌは心の奥深くで笑った。
ジャンヌはカマルの為なら何でもする女だが、決してカマルを恋愛対象として見ているわけではない。
カマルがまだ幼かった頃から近くにいたジャンヌは、彼の真っ直ぐな野心に心を奪われた。そのくせカマルは純粋なところがあり、ジャンヌの意見を簡単に受け入れる男だった。
野心を持って志高く生きようとする皇子が、自分を頼ってくる。ジャンヌにとってはそれがとても快感だったのだろう。
崇高なカマルは、ジャンヌの意見を第一に取り入れているからこそ更にのし上がっていく。そんな歪んだ認知からか、ジャンヌはいつしかカマルに自身を投影させているような気になっていった。
だからこそ、グレースの存在が邪魔なのだ。
ーー改変前のグレースの不審死。
その真相は、カマルを失ったジャンヌがグレースを人知れず殺害したことによるものだった。
改変前にカマルたちが王宮に突撃した際にも、子どもたちと共に逃げようとするグレースの姿をカマルは目撃していた。
もちろん改変前のカマルは心が折れて涙することもなく王座に向かって突き進んだのだが、その心が酷く動揺していたことをジャンヌは見逃さなかった。
グレースのせいでカマルは負けた。そう強く思い込んだジャンヌがグレースを殺したのだ。
「突然申し訳ありません」
すらりと背の高いジャンヌは、腰を少しだけ折り曲げてグレースを覗き見た。
グレースは野原に腰を下ろしたまま、困惑気味のままである。
ジャンヌは視界の端に3人の人影を見つけ、チッと舌打ちをした。風貌からしてサマンサ達が例の魔法でここに飛んできたのか、とすぐに察した。
前回サマンサ達が消えたあと、カマル達はすぐに拠点を離れ各地に潜伏していた仲間達と合流しながら王宮に向かった。期間にして半年程だろうか。
10年以上間が空いたと思いきや今回は半年。一体どんな法則性があるのだろうか、とジャンヌは怪訝そうな表情を浮かべた。
ジャンヌのワープ魔法は好きな時に好きな場所に飛べる大変便利なものだが、連続して使用することはできない。だいたい10分くらいの間がなければ次のワープをすることができないのだ。
「残念ですがあの方々がここに来るまでに貴女様を殺さなくてはなりません」
カマルの従者として戦いの心得はある。だが相手が悪いことはジャンヌも察していた。
どうやら走ってこちらに向かっているようだ。邪魔をされる前にグレースを殺さなくては、とジャンヌは剣を抜く。
座り込んだままのグレースの心臓目掛け、突き刺そうとしたその時のことだった。
「ーーーーお覚悟!!」
「‥‥はぁ。何故人間はこうも命を粗末にするんだか」
やっと口を開いたグレースが発したのはそんな言葉だった。ジャンヌは一瞬目を見開いて、グレースの言葉の意味を脳内で巡らせてみた。‥が、やはり理解不能である。
剣は勢いよくグレースの心臓に向かっていたが、ドレスに触れる寸前のところでピタッと動きを止めた。
「まさか他人の体を乗っ取れるとはな。試してみるもんだ!悪かったなぁジャンヌ。‥私はフェリシテだよ」
そう言って、グレースの中に入り込んでいたフェリシテはにこりと微笑んだ。
「‥なっ‥‥」
ジャンヌは体が動かないものの、意識は手放すことなく持っている状態だった。
「魔女達を守る為にもう既に散々魔力を使ってしまった。そのうえ皇后陛下を乗っ取ったから、お前を操る力までは残ってないみたいだね。動きを止めることで精一杯だ」
フェリシテがやれやれと苦笑した時、サマンサ達がちょうど2人の元へ駆けつけた。
「ジャンヌ!!」
サマンサが大きな声でジャンヌを呼ぶ。今まさに人を殺す寸前、という様子で固まり続けるジャンヌに3人は揃って首を傾げた。
「‥‥あんたたちかい。ちょうどいいところに来たね。‥というよりも、この場面に立ち会う為に来たのかもしれないね」
その口ぶりを聞いて、3人は何かに気付いたように目を丸めた。
「まさか、フェリシテ様なのですか?!」
フェリシテはサマンサの言葉に笑顔を浮かべながら頷いている。
レオンがジャンヌの手から剣を取り上げると、ジャンヌは悔しそうに小さく唸り声をあげた。どうやら声を振り絞るのも大変なようだ。
「‥‥この体は皇后陛下のものだ。‥‥‥独断で申し訳ないが、私は皇后陛下を助けたかった」
フェリシテはグレースの身に何かが起こるのだと予見し、ジャンヌがグレースを連れ去る前にその体に入り込んでいたのだ。
各地にいるワープ魔法を保持する魔女たちが、続々と拠点に魔女を送り込むことも想定し、拠点がある森全体にも魔法を掛けてきた。
“悪意のある者から認知されなくなる魔法”
これもある種精神的な魔法に分類される。もちろん相当な魔力を使うものだ。
フェリシテの声には張りが無く、膨大な魔力を持つはずのフェリシテがここまでの疲労感を見せることは滅多にないことだった。
レオンはフェリシテに合図を送ると、「俺が」と言ってジャンヌに魔法を掛けた。唸り続けていたジャンヌは漸くフッと魂が抜けたように意識を失い、野原に倒れ込んだのだった。
「皇后陛下をお助けするということは‥本来あるべき歴史を変えることです」
ジャンヌが倒れ込んだのを確認した後にそう言葉を落としたのはバートンだ。
サマンサはごくりと息を飲み、事態を理解することに精一杯の様子だった。
彼女も口にはしていないが、それが何を意味するのかを察したのだ。
サマンサ達はまだ王宮で何が起こったのか、カマル達がどう行動したのかを知らない。
だがジャンヌが皇后を殺そうとしていたシーンを見れば、“これが魔女狩りのきっかけ”だということが分かる。
その皇后を助けるということは、恐らく始まった筈の魔女狩りがすぐに終息を迎える可能性があるということ。
「‥‥歴史は今まで散々変えてきただろう?」
「そうですが‥、私が言いたいのはそういうことではなく‥。恐らく皇后陛下の生死により魔女狩りの流れは左右されます。そうなると、その‥」
バートンはちらりとレオンを見た。
レオンは口を開くこともなく、静かに立っているままだ。
「お前たちの気持ちを尊重してやりたい。‥けど、ひとついいか‥‥?‥‥‥何故魔女たちが迫害される前提で歴史が進むんだ。魔法で悪さをしたのはジャンヌ達だけじゃないか。私の知る他の魔女たちは皆、大切な人の力になりたくて力を手に入れた元人間なんだぞ‥?」
フェリシテはぽつりぽつりと溢れ出す気持ちを吐露した。
彼女の訴えは間違いなく真っ当であり、その場で彼女を否定できる者はいなかった。
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