第14話


 艶のある黒く伸びた髪。不規則な前髪から覗くその紅く縁取られた瞳は、私に対する殺気に満ち溢れていた。

 背中に一筋たらりと汗をかいたのは、短い人生の中で初めての経験だった。人払いをしてしまったことに対して今更ながらに、“人を払うべきではなかったのでは‥”と本能が警鐘を鳴らす。


「‥‥どういうつもりだった?俺が、一晩悶えていたことを嘲笑っていたのか?」


 突然の本題に、私は思わず「えぇ?!」と声を上げた。何を言っているの?どういうこと??さっぱり意味がわからない。


「‥あ、あの‥‥嘲笑うとは‥?」

「‥‥つくづく俺を馬鹿にしたいみたいだな」


 眠れませんでしたと言わんばかりに、バートン卿の目の下には深いクマがある。


 まるで今すぐ私を殺そうとしているような、眼前に憎き仇がいるような、殺気が満ち溢れた瞳。


 ‥一晩悶えていたということは、バートン卿が怒る原因は昨夜にあった?ーーーーえ、もしかして、満月の夜の約束‥?


「‥‥ご、ごめんなさい。昨夜、具合が悪くて」


「さっきからなんなんだその胡散臭い態度は」


「う、胡散臭い?!」


「具合が悪い癖に騎士を部屋に連れ込んでいたのか。良い御身分だな」


「え?!」


 連れ込むってまさか、テッドのことを言ってるの?‥え、なんで知って‥。‥‥テッドが見たかもしれない人影って、まさか‥


 バートン卿が立ち上がった。一瞬で目眩がしそうなほどに、一気に全身の血の気が引く。


「‥もういい。血が飲めなかったせいで、正直今でも目眩と頭痛が酷い。お前を殺して、その血を飲んでやろう」


 えぇ?!なになになになに。吸血鬼か何かですかあなた?!


「わ、わ、私を殺すですって‥?!騎士団長の貴方が?!」


 バートン卿の影が私に重なる。物凄い威圧感を感じながら、私はガタガタと小動物のように震えざるをえなかった。


「騎士団長がを殺して何が悪い」


「え‥」


 この人ーーー、私の体に魔女が入っていたこと、知ってるの?


 バートン卿はついに鞘から剣を抜いた。「今日のお前は何故か簡単に殺せそうだ」と、顔面蒼白の私を見て言う。


 いま叫んだって、扉の向こうから騎士が来ても間に合わない。私はもう魔女ではないと声を張ろうとしたけど、ギラリと光る銀の刃が私の首目掛けて迫ってきていて、口を開く時間も与えてもらえなかった。

 私の首を刎ねたがるその刃が私の肌にチリッと触れたのと、私が死に物狂いで指を鳴らしたのは同時のこと。あと1秒でも遅ければ、首と胴は離れ離れになっていたことだろう。



「ーーはぁっ、はぁっ‥‥‥繋がって、る‥」


 朝に戻り飛び起きた私は、首をさすりながら騎士団長の殺気に満ちた姿を思い返していた。


「何よあの人‥怖すぎるわ‥」


 死体のように冷えた指先に、奥歯を噛み締めないと震えが止まらない歯。


 もうサリーが来る時間‥。バートン卿は朝のうちに来ていたからもう時間がない。

 面会を拒否したいけど、一生顔を合わせないわけではないだろうし、どうにかして私を殺したいようだった。


 いま逃げても、バートン卿からの死の恐怖は絶対にいつまでも付き纏ってくる筈だわ。


 私はぎゅうっと自身を抱きしめて、浅く小さい呼吸をなんとか繰り返した。少しでも空気を取り込んで冷静にならないと。


 バートン卿が話していたことを思い出そう。

恐らく、バートン卿は昨日私の血を飲む筈だった‥。それが満月の夜の約束‥。そして、バートン卿は魔女の存在を分かっていた。

 今日のお前は何故か簡単に殺せそうだ、という発言からして‥バートン卿は今までも魔女を殺そうとしていたのかもしれない。


 バートン卿は何故私の血が必要なんだろう。

わからないけど‥助かる可能性はあると思う。バートン卿にと、私はもうと伝えることで、何かが変わるかもしれない。


 ーー朝食はぜんぜん喉を通ってくれなかった。コックには申し訳ないけど、これからまた殺されかける可能性があるのに平然と食事はできない。


 やがて廊下がざわつき始めた。‥バートン卿が来たのね。


 前回と同様に貴賓室に入室すると、バートン卿はやはり目だけで私を殺せそうなほどに殺気立っていた。


 人払いをしてバートン卿と向き合う。今度は優雅なご挨拶なんてせずに、バートン卿が口を開く前に頭を下げた。そして頭を下げたまま、口を開く。


「‥信じていただけないかもしれませんが、私の体は魔女から解放されました。私は皇女のサマンサです」


 声が震え、足も小鹿のように震えていた。


「‥‥‥どういう冗談だ。お前が皇女様の体を簡単に手放すわけがないだろ」


 チャキン、と音がした。バートン卿が剣を抜こうとしているんだ。

 恐怖と絶望から、全く生気が感じられない青白くなった顔を上げる。バートン卿と目が合うと、バートン卿は訝しげに眉を顰めた。

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