第12話
テッドが私を見る目は厳しい。明らかに悪女としての私にうんざりしているけど、職務上反抗しないだけ。
そんなテッドに導かれるままに、瑠璃の間への道を行く。その途中でテッドがクイっと丸眼鏡を上げる様を見ながら、私は何とも言い得ぬ居心地の悪さを感じていた。
ーー魔女が私の意識を飛ばしたあとのことはわからないけど、たぶんテッドは魔女に誑かされていないと思う。少なくとも私の意識の中では、テッドが夜に私の部屋に入ってきたことはなかった。
‥と言うより、そもそも‥騎士も奴隷も、魔女の好みで全員美男子揃いだけど‥周りにいる男性全員に手をつけていたとしたら、私はやっぱり死の道を選ぶかもしれない。
そうじゃなくても、もう今の時点で誇りもくそも無い。
ちらり、とテッドを見ると、テッドはジトっとした目をしながら小さく息を吐いていた。
気付けばいつのまにか瑠璃の間についていたみたい。テッドは扉を開けながら私を見ていた。「いつまでそこに突っ立てるんだ」と言いたげだ。
私は足早に瑠璃の間に入った。テッドのこの態度が無礼なのではない。そんな扱いを受ける程に落ちぶれた私に問題があるのだから。‥まぁ、私じゃなくて魔女が原因なんだけど‥。
「皇女様!奴隷たちの着替えは終わっております」
レオンがそう言ってビシッと敬礼をした。そんなレオンに、テッドは氷点下のような視線を向けていた。
「あ、ありがとう」
4人はそれぞれ適当な服に着替えていた。一見普通の旅人に見える。
昨日の夜部屋まで来ていた水色の髪のギデオンが、オドオドしながら私を見て口を開いた。
「こ、皇女様‥俺たち、また、売られるんですか」
「ばかっ、勝手に喋ったら駄目だろっ」
私に話しかけたギデオンを他の奴隷の子が焦ったように止めた。ノエルは魔女のお気に入りだったみたいだから別として、他の奴隷たちは自由に喋ることも許されなかったのかな。
まぁ、皇女と奴隷という立場の差を考えれば、当然なのかな‥。
私は4人それぞれに宝石を渡した。皆驚いて固まっていたけど「手を」というとおずおずと受け取ってくれた。
「貴方たちはもう自由よ。この宝石を売れば当分食べ物にも困らない筈だわ。帰るところがないなら無理に出ていけとは言わないけど、今日をもって貴方たちは奴隷じゃないから。ひとりの人間として、自由に生きていってね」
私がそう言うと、4人の少年たちは“信じられない”と目を丸めて、暫くの間動けずにいた。
突然解放すると言っても、奴隷商に売られるくらいだからそれぞれまともな家庭環境ではなかったんだと思う。帰る家がないかもしれないし、帰ったらまた売られるかもしれない。長い間奴隷として生きてきたなら、独り立ちする生活力も、人生を立て直す力もないかもしれない。
「もしここに残るとしたら、人手不足で手の足りていないこの城の掃除や、庭の整備をやってもらいたいわ。もちろんお給料も用意するし、住み込みで働けるし‥。ま、貴方たちが自分で決めてね。もし残る場合も、宝石は取り上げないから。‥あとは頼んだわよ、レオン」
「え?!あ、‥はいっ!」
大きな城というわけではないけど、圧倒的に人手不足なせいで全く掃除が行き届いていない。今まではほぼ部屋に篭りっぱなしで酒と男に溺れていたからそれでも良かったんだろうけど‥。
私はレオンにその場を任せて自室に戻ることにした。廊下でテッドと2人きりになると、テッドは怪訝そうに声を落とした。
「奴隷を解放するなんて、一体どういうおつもりですか。飲酒もしていないですし、何かあったのですか」
「‥‥‥‥別に、必要ないから要らないだけ。お酒も、奴隷も」
「‥‥そうですか」
部屋に入る直前、私はダメ元でテッドにお願いした。このお願いは、恐らく魔女に誑かされていないテッドにしか頼めない。
「ねぇテッド。お願いがあるんだけど」
「‥なんでしょうか」
丸眼鏡の奥のジト目が私を捉える。どことなくめんどくさそうな、重苦しい空気。
「‥‥今日の夜、私の警備をお願いしたいんだけど」
「毎日扉の前で警備をしていますが」
「いや、部屋の中で警備してほしいの」
「‥‥‥。そういうことをお望みであれば、奴隷たちを解放すべきではないのでは?それか、レオンにお頼みください。レオンであれば喜んで引き受けるでしょう。‥というより、今日は満月ですが宜しいのですか?」
ダメだ‥私の印象が悪すぎて、夜のお誘いをしているのだと誤解されてる。
「私はもう誰とも寝る気はないわ。だからテッドにお願いしたいの。私、今日の夜がとても怖くて」
テッドは暫く考え込むように黙ったあと、丸眼鏡をクイっとあげた。
「‥‥満月の夜、何が起きていたのか気になっていたのは事実です。怖いというのはどういうことですか?まるでこの日を初めて迎えるような口振りですが」
その言葉の意味通り、一体何が起きるのかが分からなくて怖い。
でもそれを素直に伝えたら余計におかしなことになるはずよね。
「‥‥気になるなら、部屋の中で私のことを守って。何が起きているのか、その目で確かめればいいじゃない」
我ながらなかなかの演技だと思う。相手の興味をそそりながらも、うまく誤魔化せた気がするわ‥。
「いいでしょう。‥ただし、私には指一本触れないで下さいね」
「え、えぇ。もちろんよ」
テッドはいつもビシッとしていて清潔感がある。多少潔癖なところもあるのかもしれない。そんな彼にとって、誰にでも股を開いていた皇女は要注意人物でしかないんだろうな。
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