第11話


 ノエルはぽつりぽつりと言葉を落とし始めた。


「ーー小さい頃の皇女様と、様子が随分違かったから‥‥皇女様も俺と同じで、きっと苦しくて辛い思いをしたことで何かが弾けたのかと思ってた。皇女様は、すごく楽しそうに俺に触れてたから。ーーーーーーだから俺、そんな皇女様に救われていたのに」


 眉間を険しくさせながら、ぽろぽろと涙を零したノエルを見て、私の肝は一気に冷えた気がした。


 救われていたのにーー。その言葉が、私の心臓をグサグサと刺す。ああ、失敗したのか。ノエルはを求めている‥


「ごめ」

「ごめんなさい、皇女様!!」


 咄嗟に謝ろうとした私の声に、ノエル謝罪が重なった。え?とノエルを見ると、ノエルは眉を八の字に下げて心から申し訳なさそうな顔をしていた。

 返り血をべっとりつけて恍惚としていた昨日とは大違いだ。


「ノ、ノエル‥?」


「俺、皇女様がそんな目に合っているなんて気付きもしないで‥。皇女様は長い間苦しんでいたのに、俺はその間、皇女様に溺れるように甘えてた‥。どうして俺だけを見てくれないのって、そればっかり。他の人を部屋に招いてるのも嫌だった。でも、それも全部‥魔女のせいだったんだね。皇女様が求めていたことじゃなかったんだね。あぁ、ごめんなさい‥。ごめんなさい、皇女様‥。俺、皇女様の体、その、気付かなかったとはいえ、その‥あ、というか、気付かなかったことが罪‥か。ほんと、ほんとに‥ごめんなさい‥」


 あまりにも昨日と違うノエルの姿に、私はただただ口をぱくぱくと動かすしかなかった。昨日のリセット前のノエルは、私にという絶望から、皆を殺してしまった。

 魔女に乗っ取られていたという言葉も、最初は俺から逃げる為でしょと疑っていた。


 状況が違うと‥こんなにも、結果が違うんだ‥。


「ノエルは何も悪くないわ。‥それよりも、私を責めないの?貴方を救っていたのは魔女なんでしょう?」


 私がそう問うと、ノエルはふりふりと頭を横に振った。いまのノエルは毒気など全くなく、ただただ純粋な天使のようにしか見えない。


「‥‥初恋だった皇女様が、俺を求めてくれていたことが嬉しかった。でも、本当の皇女様は苦しんでいて、魔女が皇女様の体を弄んでいたのなら、話は別だよ‥。俺は自分が不甲斐ないよ。自分が一番可哀想って思ってた。愚かだよね。一番可哀想なのは、皇女様だ」


「そう‥理解してくれて、ありがとう‥」


「‥‥それにしても、どうして俺だけをここに残して、そんなに大切な話をしてくれたの?‥ま、この話を聞く前の俺が解放されたら‥やっぱり狂っちゃってたと思うけど」


 ノエルはきょとんと首を傾げた。魔女のことは話せても、リセットのことまでは流石に話せない。きっと信じられるものでもないだろうし。


「‥‥他の奴隷たちと違って、ノエルは幼い頃に出会っていたでしょ。昔の私の姿を知っているノエルなら、私の話を信じてくれるんじゃないかなって思って‥。みんなにはこんな話できないからさ、誰かにこの苦しみを聞いてもらいたかったのかもしれないわね」


 誤魔化し半分、本音半分。

王宮と直に繋がりがある人にこそ、距離の近い人にこそ、魔女に乗っ取られていたことはそう簡単には話せない。

 まぁ、ノエルにも口止めをしなくてはいけないんだけど。


「‥‥皇女様‥。メイドたちにも話せないの?」


「もちろんよ。大好きなお父様にもね」


「‥‥っ。‥なんでよ!話せばみんなわかってくれるよ!悪女っていうレッテルなんて、すぐに吹き飛ぶ筈だよ」


「そんなわけないよ。だって魔女を狩尽くしたって宣言したのはお祖父様だし、仮に信じてくれたって、また魔女に取り憑かれるかもしれないこんな不吉な体なんて、処刑されてしまうかもしれない。それに、散々しでかしてきた悪事を誤魔化すための嘘だって思われるかもしれないわ」


「そんなぁっ」


 ノエルはまるで大きく深い悲しみの奥底に突き落とされたようだ。その声は、押しつぶされるような苦しさを纏っていた。


「だから、ノエルが聞いてくれてなんだかスッキリしたわ。ありがとう。殺されちゃうかもしれないから‥この話は秘密にしてね?」


 お願いっと両手を顔の前で合わせると、ノエルは悔しげに口を結んだ後に首を縦に振ってくれた。


「ねぇ皇女様‥。この話をするために俺をここに残してくれたんだよね」


「え?‥えぇ」


「俺のこと、もう解放するよね?奴隷を欲してたのは魔女だもんね」


 ノエルの言葉に、私の体がきゅっと固くなった。

昨日とはまるで違ってノエルは今の私の理解者になってくれたし、きっと豹変したりはしないでしょう。でも、昨日のノエルを豹変させたキッカケはだったから、やっぱり怖い。


「‥‥‥そうね。ノエルには、自由になってほしい」


「‥‥‥俺、皇女様のこと、守りたいんだけど、だめ?」


「‥‥守る?」


「うん。俺、こう見えて結構強いからさ。魔女の悪事のせいで、皇女様きっとこれからも苦労するでしょ。俺、守りたいよ」


 ノエルはこの孤城内の騎士たちをも、昨日殺してしまっていた。だから、ノエルが強いのはわかるけど‥。

 正直‥ノエルの深く病んだ姿を思い出せば恐怖しかない。


 言葉が出てこない私を見て、ノエルはしゅんっと眉を下げた。


「奴隷風情が何言ってるんだって感じだよね。それに‥俺を見ていたら魔女に好き勝手操られていたこと、思い出しちゃうかな?」


 どうしよう‥。ノエルがと言ってくれるとは思っていなかった。


「‥‥す、こし、考えさせてくれるかな、何日か‥。あ、いや、牢から出たいよね」


 ノエルは柔らかく微笑んで、首を横に振った。


「大丈夫だよ。忠誠を誓いたいから、その証明のためにも牢にいる。何日でもいいから、よく考えて」


「‥‥ありがとう、ノエル」


 ノエルが私ににっこりと笑いかけてくれたのと、テッドが私を迎えに来てくれたのは同じタイミングだった。

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