勧誘

乃木畑

第1話

気が付くとそこは殺風景な部屋の中だった。目の前には黒づくめの男。

「急にお呼び建てして申し訳ありません、NN村さん」

目の前にいる方の男が慇懃に詫びを口にしたが、混乱冷めやらぬNN村は

「あんたはいったい誰なんだ?」と声を発するのが精いっぱいだった。有無を言わさず車に押し込まれて何か薬のようなものを注射され、気が付けばどこともわからぬ場所にいるのが「お呼び建て」で済んでしまうならだいぶ剣呑である。

「改めて、私は厚生労働省の特命機関のSと申します。ちなみに仮名です」

「厚労省?一体俺に何の用だ?何をさせようというんだ」

「率直に申し上げます、あなたに死んでいただきたいのです」

「なんだって?」

ぞくり、と恐怖が背筋を這い上がる。俺はこのまま消されてしまうのか?そんなことをされる理由があっただろうか?しかもなんで厚労省?

「いえ死んでいただくといっても本当に殺すとかそういう物騒な話ではありません」

ずいと近寄ってくる男の気迫におされて一歩下がるNN村にかまわず男が続けた。

「新型コロナウイルスに対する国民の危機感が緩み切っておりまして...」

「そりゃあんたらがオリンピックだ甲子園だと気が緩むようなことを許可しているからだろ」

「そこを突かれると痛いのですが、我々としても何か手を打たないといけない状況なんですよ」

何しろ1日1万人以上感染してまして、とエージェントS。

「俺に何の関係が?」

「国民に知名度のある人間のコロナ死ニュースを演出して危機感を取り戻していただく、そういう作戦だとよ」

 にやりと笑って急に砕けた口調になるエージェントS。知らない顔だ、サングラスをしているが、会ったことはない、声も知らない。しかし、このしゃべり方は...

「どうもお堅いしゃべりってのは苦手なんでね。こっからは普段通りでやらせてもらうよ。去年も一回やったんだよ。危機感爆上げ作戦。そこそこ効果も出た。だけどよ、時間がたちすぎたせいかすっかり忘れられてしまった。そこでNN村ちゃんおまいさんで二回目をやろうって白羽の矢が立ったんだ」

にやりと笑うS。知らない、こんな男とは会ったことが無い、はずなのに…

「俺んとこにもいきなり変な奴がやってきてさ、あなたには表向きは死んでいただきます。新しい顔、戸籍はこちらで用意いたします、ってね」

「まあ今まで見たいにテレビに出るってわけにはいかねぇのがちょっと悲しいんだけどな」

このしゃべり方は...

「今後はNN村ちゃんもエージェントNとして頑張ってもらうからよ」

「あなたまさか...」

「俺はエージェントS、それ以外の何者でもない」

「でも…」

S村さんなんでしょ?という言葉を遮るようにエージェントSが言葉を重ねる

「俺だってよう、今まで築き上げてきたものを全部捨ててよ、ある日突然ただの変なおじさんになれ、なんて言われてびっくりしたけどさ、テレビ見て笑ってくれたみんなのためにって言われちまったらな?」

「……」

「な?NN村、おまいさんも、この国のために死んでくれないか?」

さらに一瞬の躊躇の後、

「わかりました。俺も役に立って見せます!」

差し出された手を、NN村はしっかりと握り返した。

翌日、NN村の死が大々的に報道され、NN村は社会の表舞台から姿を消した。


その後1か月後国内の1日の感染者数が5万人を突破した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勧誘 乃木畑 @autumnQRX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ