第8話 迷い

 前世の俺を、殺した?

 ますます意味が分からない。

 こいつは確か、俺を器に選んだと言っていたが、仮に前世の俺を殺していたとしてこいつの野望とどう繋がるのかまるで理解できなかった。


 「何だ、言葉の意味が分からないか?」

 「当然だろ、そもそもお前の野望を叶えるのに、どうして前世の俺を殺す必要があるんだ?」

 「そこから説明しなきゃいけないのか・・・」

 「いや、今の説明で分かる奴がいてたまるか」


 簡略し過ぎにも限度がある。

 こいつの場合、問題を示してすぐに結果を口にする、云わば話に『過程』が存在していないのだ。

 それで俺の理解度に疑問を抱くこいつは、やはりどこかおかしい。


 「そうだな、一から説明するのも面倒だ。俺の力でお前に事の顛末を全て教えてやる」

 

 すると、奴は右手の人差し指を俺の額に突き立てるように指さし、そして——————


 「「思念伝達ハイ・パテレシー」」


 鼓膜を通じて言葉の意味を脳で理解するよりも先に、幾つもの情報が頭の中を駆け巡った。

 見たことのない光景が頭の中で次から次へと流れていく。

 そう、これは絶対に俺の記憶のどこにも存在しない景色のはずなんだ。


 なのに——————どこか懐かしく感じるのはどうしてだろうか?


 懐かしさを覚える脳内映像が次から次へと流れていき、そして突如映像内に映り込んだ一通の純白のラブレターに俺は恐怖を覚えた。


 「なんだ、この禍々しいオーラは・・・!」


 純白のラブレターには似合わない邪悪な靄が手紙を包み込んでいるのだが、手紙を受け取った本人はどうやらその靄に気が付いていない様子だ。

 

 「何やってんだ! 早くその手紙から手を放せ!」


 だが、いくら叫んだところで映像の向こうに声が届くわけがない。

 彼は手紙の折れ目をなぜか何度もなぞっており、そのせいで出来てしまった切り傷から彼の体内へと黒い靄が完全に吸収されていく。

 やがて、彼は拒絶反応を起こしたかのように体を痙攣させ、とても苦しそうな表情を浮かべていた。

 

 本当に、苦しそうだ。

 見ているこっちまでも痛々しい気持ちになる。


 絶対にこんな思いはしたくない——————と思った次の瞬間、なぜか俺の脳は映像の中にいる彼が前世の俺の記憶だと決定付けたのだ。


 これと言って確証はない。

 先ほど首を絞められた時に感じた苦しみの既視感が前世の俺の記憶と繋がったのだろうか。


 理由はともあれ、映像の中にいる彼がどうしても他人事ではない気がしてならないのだ。

 それから間もなくして、脳裏に流れていた映像は苦しむ彼の姿を最後にプツリと途絶えた。


 「俺が前世のお前を殺したことを今ので無事思い出したか?」

 「確かに、俺は映像の中の男に既視感を覚えた。だが、なぜ殺す必要があった? そもそもなんで俺なんだ? それと——————」


 今の映像だけを見せられても、前世の俺だと思わしき男がこいつに殺されたと言う事しか分からなかった。

 だが、話がここでスッパリ切れて助かった。

 恐らく、聞きだすタイミングはここしかない。

 前世の俺を殺し、野望を叶えようとする目の前のこいつは——————


 「—————お前、一体誰だ?」


 目の前にいるこいつは俺の分身なんかじゃない。

 さっきの黒い靄が前世の俺を殺していた。

 つまり、あの純白の手紙に靄という『死の呪い』を施した奴が他にいたということになる。

 そして、あの手紙を施した張本人は——————俺の形をした目の前の誰かしかありえない。


 「俺はお前だって言ってるのに」

 「そんな冗談をあの映像を見せられた後に言われても信じるわけないだろ。それに、わざわざ俺に見せたってことは素性を明かすつもりだったんじゃないのか?」


 すると、奴は気味の悪い笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。


 「そうだ、俺の野望はただ一つ『「大天使」を始末すること』。それだけだ」

 「気を失う前に聞こえた内容か。それで、お前はどこのどいつだ?」

 「順に話そうとしてるんだから、少しは大人しくしておけよ」

 

 そして俺が黙った後、奴は言葉を綴り始める。


 「元々、俺はこの世界を統べる「魔王」と呼ばれる七つの魔物に分かれていた。魔物間で争いもなく不可侵なく平和に暮らしていたのだが、ある日魔物を敵対するものが突如現れたのだ」

 「それが「天霊勇者」だったのか?」

 「いや、その時代に「天霊勇者」は存在していなかった。七種族の魔物の生活を脅かしたのが————「大天使」だった。大天使は罪のない魔物を片っ端から殺していき、次から次へと魔物の領地を取り上げていったのだ」

 「だからお前は、「大天使」に報復したいと? だったら、「天霊勇者」は無関係じゃないか」

 「それが無関係じゃねぇんだよ」


 眉間にしわを寄せた俺の顔でこいつは積年の恨みを言葉にする。


 「俺たち七人の魔王は同族を守るために「大天使」と戦い、そして共倒れした。そのはずだったんだが、あいつらは自らの「天霊」を異世界人に与えて復活したのだ」

 「なるほど、だからお前も「大天使」と同様に、依り代として俺を選んで復活しようとしたって訳か。だが、根本的なことは何も解決しちゃいない」


 こいつが何を思って前世の俺を殺して復活を試みようと思ったのかはよく分かった。

 だが、重要視すべき点は他にあって——————

 

 「—————どうして、俺が選ばれたんだ?」


 前世の俺じゃなくとも、他にも依り代に出来たやつは沢山いたはずだ。

 数万数億の人間の中で、ピンポイントに俺が選ばれた理由が分からなかった。


 「俺がお前を選んだ理由はたった一つ——————」


 そして、彼の口から飛び出した言葉に開いた口がなかなか塞がらなかった。

 というのも、内容があまりにも馬鹿げていたからである。

 

 「——————お前が真面目な奴だったからだ!」


 確かに、映像で流れていた前世の俺は、第三者から見ても真面目な性格をしていたと自信を持って断言できる。

 だが、こいつに選ばれた理由にしてはあまりにも馬鹿げている。

 真顔でそんなこと言われても、ふざけているようにしか思えなかった。


 「ふざけてんなら、さっさと体を返せ」

 「俺は真実を言っただけだ」

 「真面目な奴なら、他にもゴロゴロいただろう? 要するに、お前は俺を弄んでるってことだ」

 「真面目って言ってもな、色々種類があんだよ」

 

 そう言うと、彼は「真面目」という言葉について語り出す。


 「「真面目」って言ってもな、「一生懸命向き合う」とか「律儀で忠実」とかあって、それのどれかに当てはまってれば「真面目な人」って言うんだよ」

 「それで? 俺はその中にどれに当てはまると?」

 「もちろん、全部だ」

 「馬鹿にしてんのか?」


 ここまでくると「真面目」うんぬんの話じゃなく、俺を馬鹿にしているとしか思えない。

 しかし、目の前のこいつは面持ちを変えることなく話を続ける。


 「「魔王」の俺たちや魔物は、転生時には負の感情に結び付きやすく、「大天使」などは正の感情に結び付きやすいんだ」

 「さっきの「真面目」の話の流れだと、お前に憑りつかれる要素はどこにもないと思うんだが?」


 「真面目」という言葉は、誰がどう聞いても正の感情だ。

 もし、こいつの話が本当なら、俺が憑りつかれた理由がますます分からん。

 

 「そうだ、普通なら「真面目」のお前に憑りつくことは絶対にない」

 「その言い方だと、普通じゃないやり方で憑りついたとでもいうのか?」

 「そうだ、俺はな——————」


 そう言いかけた瞬間だった。

 電撃でも食らったかのような衝撃が俺の体に襲い掛かってくる。

 どうやら、その衝撃はこいつも例外ではなかったようだ。


 「クソ、そろそろ時間切れか。色々話があったんが、やむを得ない」


 すると、奴は再び俺の額に指を突き立てて「思念伝達ハイ・パテレシー」を使用してくる。


 「魂だけの俺はいずれ消える。だが、俺たちの力が結集した以上、お前が死ぬことは絶対にありえない。それともう一つ—————」


 次第に暗闇の中へと姿を消していく目の前の俺は、俺に向けて吐き捨てるように告げる。


 「お前の中に俺の力がある以上、争いは終わらねぇからな!」


 どうやら、俺の中にある迷いがバレていたようだ。

 俺の思考が読まれるのも無理はない。

 俺とあいつは表裏一体の存在なのだから。


 スッと意識が遠のいていき、気が付いた頃には俺は——————荒れた大地の上でうつ伏せに倒れていた。


 ————あいつ、まさかウェルゼンを消滅させたのか?


 兵士たちを殴殺していたところまで覚えていたのだが、それ以降の記憶がまるでなかった。

 ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡してみても、やはり何も残っていない。


 ————俺はまた、多くの人を殺してしまったんだ・・・


 記憶はなくとも、大国が無くなってる現実から考えるに、関係のない人間まで巻き込んでしまったことは容易に予想がつく。

 俺はこれからどう罪を償って生きて行けばいいのだろうか?


 あいつの言ったことが本当なら、「天霊勇者」が早急に俺を始末しに来るに違いない。


 だとしたら、俺は死を以って犯した罪を償えばいいのだろうか?

 だが、あいつは俺たちの力が結集した以上、死ぬことは絶対にありえないと言っていた。


 なら、俺は「天霊勇者」と戦っていくしかないのだろうか。

 だが、これ以上、俺の手で人を傷つけたくない。


 分からない、大罪を犯した俺はこの後どう生きて行けばいいのか考えていた、その時——————


 「君なの? ウェルゼンに現れた悪魔って言うのは」


 透き通る美声がした上空を窺ってみると、そこには不思議な光彩を放つ純白のドレススカートにショート丈のテーラードジャケットを着こなした美女がいた。

 ハーフアップに結った金色の髪を靡かせた拍子に見えた白のガーベラの髪飾りが、彼女の魅力を最大限に引き立てている。

 彼女の外見を一言で形容するまでもなく、見た者は口を揃えてその言葉を思い浮かべるだろう。


 ——————「女神」だと。


 それも、この世界の「女神」となれば存在はかなり限定されてくる。

 どうやら、俺は「天霊勇者」に遭遇してしまったようだ。

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反転生活 〜リバーサル・ライフ〜 うちよう @namihikari

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