第7話 俺とお前
気が付けば俺は、暗闇の中でただ一人ぽつんと立っていた。
辺りを見渡しても何も見えず、足場もろくに確認できない。
「ここは、一体どこなんだ・・・?」
呼吸は正常を取り戻し、全身の痺れもいつの間にか消えていた。
後遺症も残っておらず、あの激痛がまるで夢だったのではないだろうかと思ってしまうほど、体の調子は絶好調と言ってもいい。
ただ、なんでこんなところにいるのかだけが心に一つだけ残っていた。
「俺は確か、得体の知れない力を抑えようとして、それで—————」
現状に至った経緯を探っていた矢先、俺のではない足音が辺りを反響させてこちらへとゆっくり近づいてくる。
ゆっくり、ゆっくりと、一歩一歩足場を確かめるように。
そして、暗闇の向こうから俺の目の前に姿を現したのは、あまりにも予想外過ぎる人物だった。
「—————俺、なのか?」
毎日見ている見慣れた顔を見間違えることは決してあり得ない。
イケメンでもなければブサイクでもない普遍的な顔立ちに、黒髪を生やした若造。
まるで、鏡にでも映したかのように俺そっくりだった。
まあ、そんなことよりも、もっと大事な事があるのは目に見えて明白なのだが、
「どうして、俺がもう一人いるんだ・・・?」
これは何かの悪夢なのだろうか。
確か、人間はもう一人の自分と出会ってしまったら最後、死に至ってしまうという都市伝説を聞いたことがある。
都市伝説の名前は確か———————
「『ドッペルゲンガー』じゃないぞ。そもそもこの地には『ドッペルゲンガー』という都市伝説は存在しないはずなんだが、お前はどこでその情報を仕入れたんだ?」
目の前にいる俺の形をした他人が、俺の思考を読んだようにそのような事を口にする。
一瞬何を言っているのかが、まるで理解できなかった。
『ドッペルゲンガー』現象は、誰もが知っている有名な都市伝説だから情報を仕入れるまでもなく耳に勝手に入ってくるのだ。
どこで情報を仕入れたかなんて、覚えてるはずもない。
「『ドッペルゲンガー』って、かなり有名だろ。どこで知ったかなんて一々覚えてるはずないだろ」
「お前はもう少し俺の話に耳を傾けたらどうなんだ?」
「いや、どこで知ったかなんて覚えてないて言っただろ」
「重要なのはそこじゃない、この地には『ドッペルゲンガー』という都市伝説は存在しないと俺は言ったんだ」
「んな、馬鹿な、現に目の前には俺そっくりなお前がいるじゃないか。俺の髪色はかなり珍しいらしいから、そうそう存在しない—————」
そう言いかけた途端、俺がある重要な観点を見落としていたことに気づかされた。
どうして今の今まで忘れてしまっていたのだろうか。
俺の髪色が——————他に類を見ない特殊な物だったことを。
他王国でもなかなかお目にかかれない黒色の髪と瞳。
だから、目の前にいる俺の形をしたこいつは『ドッペルゲンガー』じゃない。
それじゃあ、目の前にいるこいつは一体何者なのかという疑問が必然的に湧いてくるわけだが—————
「俺はお前だよ」
などと、俺の思考を先回りしたように、目の前いる男が真顔で口にする。
真顔で語れば何でも信じる奴だとでも思われてるのだろう。
俺は溜息を交えながら、目の前いる奴に現実を突きつける。
「あのな、俺の髪色は他王国でもあまり見かけないそうだ。つまり、お前が俺である根拠はどこにもないんだよ」
「いや、俺はお前だよ。とはいっても、俺はお前のもう一つの人格なんだけどな」
「俺が二重人格だとでも? ハ、そんな馬鹿な話を信じるわけないだろ」
「そうか・・・それじゃあ・・・何でお前は人間を殺したんだぁ?」
明らかに様子が変わった。
まるで俺を嘲笑っているかのような、そんな気配をこいつから感じられる。
別に馬鹿にされたところで何とも思わないのだが、愉快そうに笑いながら殺人話を持ち掛けるその姿を、俺は容認できなかった。
あまりにも不謹慎すぎるし、それに——————
「俺は、殺したくて殺したんじゃない! 左手が勝手に・・・」
「そうだろうな、だって左手の制御を奪ったのは俺だからな」
「だから、俺は殺したくて・・・って、え?」
こいつは今、何て言った?
左手の制御を奪ったって言ってなかったか?
固唾を飲み込み、俺はもう一度、こいつに問う。
「お前、今、左手の制御を奪ったって言ったのか・・・?」
「そうだ。なんだ、そっちの俺は耳が悪いのか?」
「そうじゃない、そうじゃねぇんだよ!!!」
この形容し難い怒りをどこにぶちまけていいのか分からず、俺らしくもなくつい叫んでしまった。
そして俺は、その怒り口調のまま更に言葉を綴る。
「それじゃあ、お前が、お前がシビアを—————殺したのか?」
すると、こいつは薄笑いを浮かべながら、露骨に俺を挑発してくる。
「もしそうだと言ったら、お前は俺を殺すのか?」
俺はこいつを心の底から殺したいと思っているのだろうか?
確かに、こいつはシビアを無差別に殺した殺人鬼であり、殺されるべき大罪人であることに違いない。
それでも、俺はこいつを殺すことができなかった。
もし、ここでこいつを殺してしまったのなら、憎んでいる相手と同じレベルの土俵に立ってしまうことになる。
だから、俺はこいつを殺せない——————
「お前が手に掛けた命の分、これから罪を償ってもらう。覚悟しておくんだな」
「ふむ、俺を殺さないか。やはり、お前は俺の分身だな」
「俺は、殺人鬼の分身なんかじゃない。さあ、さっさと俺の身体を返すんだ」
「良いのか? 大事な事を聞かずに身体の制御を返して。本当は聞きたいことがあるんだろ? 俺はお前で、お前は俺なんだから、お前の考えてることは全部分かってるんだぞ?」
「もしその理屈が成立するなら、おかしいな。俺はお前の考えてることがまるで理解できないんだが?」
こいつは一体何を思って人間を、シビアを殺したのか。
まあ、殺人鬼の一切合切を分かりたいとは決して思わないのだが、こいつの理屈が正しいのなら俺にもこいつの考えていることが手に取るように分かるはずなのだ。
なのに、こいつが考えてることが一切分からないこの状況をどう説明するのか。
奴はケラケラと腹を抑えながら笑って告げた。
「そりゃ、お前が俺を受け入れていないからに決まっているだろ」
「殺人鬼を受け入れる人間がこの世にいると思ってんのか?」
「お前の常識を語られてもな、まるで説得力がない」
「俺が常識人じゃないとでも言いたいのか?」
殺人鬼を受け入れられる者がいるとするなら、そいつは間違いなく異質者だ。
常識人は人を殺したりなんか決してしない。
なのに、目の前にいるこいつは俺の意思を否定した。
つまり、俺とこいつとではまるで本質が違うわけだ。
「あぁ、人はな、必ずしも罪を犯すものなんだよ」
「必ずしもね、俺は何も問題を起こしたことがないんだが?」
「知ってるさ、だからお前を器に選んだんだ」
「・・・は? お前一体何の話をしてるんだ?」
こいつの意図がまるで読めない。
器? 今はそんな話をしていなかった。
「あぁ、そうか。お前、前世の記憶が曖昧化してるのか。通りで話が噛み合わないわけだ」
「前世の・・・記憶?」
「お前に一つ昔話を聞かせてやろう——————」
そして、目の前にいる俺は何も覚えてない俺に一つ昔話を語り聞かせる。
「——————俺はな、己の野望を叶えるために、前世のお前を殺したんだ」
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