第4話 異変
「おぉ、これは凄い。こんなもの見たことがない・・・」
嫌々で皆の後を付いてきた俺の目の前には、白く光り輝いた全長五メートルをも超える縦長の大原石がお洒落な金色の彫刻に支えられて直立していた。
シビアを含めた他の五人もその白光の原石に目を釘付けにしていると、ここまで案内してくれた女性が口慣れたように説明をしてくれる。
「これは『聖霊解放石』と言います。遥か昔にこの地に君臨された大天使ウリエル様が作られた一品で、今回の異能調査ではこの『聖霊解放石』を使って調査を行います。『聖霊解放石』に手を添えながら体内の血液を循環させるイメージを持つことで、その者の異能な力を最大限で発現させます。今回の異能調査はあくまで力を認知するための調査であり、力の成長は適性の合った職場で引き延ばす形になりますので、ご理解いただけますと幸いです」
どうやら、俺は盛大に勘違いしていたようだ。
最初から『人生の勝ち組』だと決まってしまうのではなく、自らの力を成長させていくことで『人生の勝ち組』という栄光の座を掴み取れるとのことらしい。
ということは、ここでの力の優劣は付けられないというわけだ。
よかった、ここで醜態を晒すことはなさそうだな。
「また、異能の力が最高潮に達したところで一度採血し、採血したものは『聖導教会』で異能者登録のために使用され、そして『聖導教会』で職業適性診断をした後にご自宅へと便箋をお送りする次第となります」
ダメだ、ここで醜態を晒すことになる。
注射って、異能者登録と職業適性診断をするための過程だったらしい。
今後のことを考えると避けては通れぬ道であることに違いないのだが、どうしても気が滅入ってしまう。
だって自分の身に、意図的に針をぶっさすんだぜ?
その行為って、『拷問』のそれと何が違うのか。
————————わざと転んで血を出せば、注射しなくて済むだろうか・・・
などと、注射をしなくて済むような打開策をひたすら練っていると、隣で静かに立っていたはずの金色の髪を靡かせた美少女が何の前触れも無く、いきなり右手を天高く挙げると共に元気一杯な声で女性に尋ねていた。
「はい! 一番最初は私でも良いでしょうか!」
「すみませんが、並んで頂いた順番通りに進めていますので、しばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい、分かりました・・・」
露骨に落ち込んでいるシビアだったが、同情の余地は少しもないだろう。
普通に考えて、もし順番が存在しないのなら、教会前にわざわざ並ばせた意味無かっただろうに。
つまり、彼女の発言は自己中心的な発言でしかなかったというわけだ。
「お前も馬鹿だな、普通に考えたら分かるだろうに・・・」
「だって、早く知りたかったんだもん・・・」
「とはいってもな、順番はきちんと守らなきゃいけないんだぞ? 常識中の常識だからな」
「いや、知ってるけども? まさか常識ない人間だと思われてる?」
「正確には、『思われてる』じゃなくて『思われてしまった』だな」
むしろ、あんな空気読めないことをした後に周囲がシビアの事をまだ常識人だと言うのなら、そいつらは間違いなく彼女の同種で違いない。
シビアの行動を見て、常識ある人間のすることとは思えないと感じてる以上、どうやら俺は彼女とは違った生き物のようでかなり安心した。
「ち、違うもん! 私は常識ある人間だもん!!!」
「常識があるなら、ここで大声を出すことは絶対にないと思うんだがな」
「これはヴァルアのせいなんです、私をからかおうとしてくるから」
「からかう? 何それ、俺知らないんですけど。変な言いがかりやめてもらっていいです?」
「こんにゃろう!!!」
怒髪天を衝く勢いで俺の胸ぐらを掴み掛かろうとしたその時、丁度良いタイミングでシビアに御呼出しが掛かった。
思いのほか、四人の異能調査がスムーズに進んだらしい。
「ほら、呼ばれてるぞ」
「わ、分かってるよ! ヴァルサの注射針だけ特大サイズにしてもらうから覚悟するんだね!」
「はいはい、さっさと行ってこい」
「冗談じゃないんだからね!」
そう言い残すと彼女は憤慨した様子でズカズカと足音を立てながら『聖霊解放石』まで向かって行く。
その途中に傾斜の緩やかな登り階段があるのだが、そんな乱暴な歩き方をして大丈夫なのだろうか? と、思った次の瞬間————————
————————ズコッベッタァァァァァァンッ!
数段階段を登っていたシビアが、盛大にズッコケた。
その光景を眼に焼き付けていたのは、偶然にも俺と案内係の女性だけだった。
調査を終えた四人は採血のための注射をするべく別室へとすでに案内されていたようで、奇跡的にも彼女の恥ずかしい姿をはここにいる二人で抑えることができた。
まさに幸運に恵まれているとしか言いようがない。
それなのに、彼女は鼻血を垂れ流しながら真顔でこちらの様子を窺ってくる。
————————やめろ、真顔でこっちを見るな。
勝手にズッコケた挙句、鼻血を流しながら真顔でこっちを見ているこの状況、笑うなと言う方が無茶な話だ。
俺は彼女の視線から逃げるように明後日の方向へと顔を背けた。
すると、案内係の女性がフォローするように鼻紙を持ってシビアの元へと駆け寄っていき、
「ここの階段躓きやすいので気をつけてくださいね? って前もって言えばよかったですよね。大変申し訳ございませんでした」
「い、いいえ、私が勝手にコケただけなので気にしないでください」
「あの、良かったらこれをお使いください」
「あ、ありがとうございます」
シビアは案内女に渡された鼻紙で垂れ流しにしていた血を拭き取ると、栓をするように鼻孔へと優しく詰め込んだ。
そしてゆっくりと立ち上がり、今度は一段一段噛み締めるように階段を登っていく。
何事もなかったように背中を向ける彼女だったが、髪が左右に揺れた拍子に見えた耳輪が鮮やかな紅色に色付いていた。
この話題を後で掘り返そうものなら殺され兼ねないので、記憶から抹消した方がよさそうだ。
「えっと、『聖霊解放石』に手を添えればいいんですよね?」
『聖霊解放石』を前にしたシビアが案内係の女性に問う。
「はい、そして体内の血液を循環させるイメージをして頂ければ問題ありません」
「分かりました、やってみます」
案内係の助言の下、シビアは『聖霊解放石』に手を添えて血液の体内循環をイメージするべく目をそっと閉じた。
すると『聖霊解放石』は眩いほどの純白の光を発光させ、彼女に備わる異能な力を最大限まで引き上げていく。
それから一分も経たないうちに事は無事済んだのだが————————
「んな!? 嘘だろ!?」
俺の方に振り返るシビアの姿に、驚愕した。
鼻紙に付着していたはずの血がどこにも見当たらなかったからだ。
外見は特に変わった様子はないのだが、その一点だけが異常を表に現していた。
「珍しい能力に恵まれましたね、『
「『
「えぇ、これは職業適性診断の方もかなり期待できると思いますよ」
なるほど、『
一体何が違うのかと疑問を抱いたが、恐らく『
鼻紙に付着していたはずの血が綺麗に無くなっているのが何よりの証拠だ。
要するに、異能な力において彼女の力は————————
「あらあら、どうしたのかな? そんな驚いた顔しちゃって~」
シビアは俺と面と向かうなり、ニヤニヤとした面構えでこちらの様子を窺ってくる。
彼女の意図が目に見えてわかるので、俺は邪魔者をあしらうように、あっち行け、と仕草で示した。
だが、その仕草がどうやら逆効果だったらしく、彼女は面白おかしそうにしながらも俺の横に並列する。
「お前、もう終わったんだから採血して来いよ」
「え~? 置いてったら可哀そうだからここで見届けたあげるよぉ?」
「馬鹿にしたいだけだろ、俺たちの後ろにもまだ大勢控えてるんだから、さっさとここから退散しろって」
「六人グループごとだから私、関係なーい。残念でしたぁ~」
「こいつムカつくな、今に見てろよ!」
俺はシビアを嘲笑って見返すために、『聖霊解放石』の元まで速足で向かって行く。
ただ、俺は彼女みたいにズッコケて恥をかきたくないので、登り階段の所は一歩一歩足場を確かめながら登って行った。
そして『聖霊解放石』の元まで無事登り詰めると、当然のように案内係の女性から指示が飛ばされる。
「『聖霊解放石』に手を添え、体内の血液を循環させるイメージを作ってください」
よし、シビアを見返してやろうと俺が手筈通り『聖霊解放石』に手を添えようとした、次の瞬間————————
————————バリィィィィィィンッ!
ガラスのような清々しいほどの砕け散る音が、静まり返る専門教会内に虚しく響き渡った。
飛び散る原石が、色細工に通された陽の光によって様々な色彩へと変色する。
実に見事な景色だ、ってそんなこと言ってる場合じゃない!
俺は有ろう事にも『聖霊解放石』を破壊してしまったのだ。
しかも、それが弁償の効かない大天使が作った一品というのだから尚更まずい。
「えっと、何でもしますので、えっと、どうにかなりませんか? ってどうにもなりませんよね。すみません、俺はこれからどうすれば————————」
俺が大天使ウリエルの一品、『聖霊解放石』を破壊してしまった罪をどう償うべきかの手段を問う前に、案内係の女性が聞く耳を持たないという面構えで
「この人間に紛れた悪魔を捕らえてください! これ以上好き勝手にさせてはなりません!」
案内女がそう口にした瞬間、壁の装飾に紛れていた兵士二十人が突如その姿を現した。
「え、ちょっと!?」
一体何が起こっているのか分からなかった。
確かに『聖霊解放石』を破壊してしまったことは重罪に値するだろう。
だからといって、十六歳になったばかりの男の頭を鷲掴みにし、地面に叩きつけた挙句、十人体勢で体を抑えつけ、残りの兵士に鋼の剣を突きつけられてるこの状況はとてもじゃないけど重罪を犯した者に対する敵意じゃない気がする。
だから、俺はちゃんと女性と話がしたかった。
だが、俺が口を開こうとすれば兵士が向ける剣先がグイッと目先まで近づけられる。
————————俺、このままだと殺される。
なぜか直感的にそう思った。
すると、案内係の女性は更なる指示を兵士たちに下す。
「悪魔に剣を突きつけるのは五人で十分です。残りの五人は彼女を捕えてください、どうやら二人は親密な関係のようなので」
「ちょっと待て! シビアは関係————————」
そう言いかけた瞬間、威嚇するように剣先が再び目の先へと突きつけられる。
「あ、あ、えと、その・・・」
突然の出来事ですっかり腰を抜かしてしまったシビアはその瞳に涙を浮かべていた。
さっきはあんなにベタ褒めしてたくせに、俺が問題起こしたからシビアも捕まるっていくら何でもおかしすぎる。
どうにかしてシビアを助けようと策を練っていた矢先、信じられない言葉が俺の鼓膜を刺激した。
「その子も悪魔の可能性があります。確認でき次第、殺処分してください」
「それは何でもおかしすぎるだろうが!」
俺は理不尽過ぎる現状に激しい憤りを覚え、気が付けば考えもなしに叫んでいた。
そして、再びあの声が俺の脳裏を過っていく。
『憤怒因子を体内に循環、補填を確認し、すぐさま実行に移す』
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