第3話 猛暑日
専門教会へ辿り着いた時には、陽の射光は最高潮に達しており、日陰の見る影もなかった。
そんな教会周辺には、めでたく十六歳を迎えたと思わしき男女で見事に溢れ返っており、その様はまるで蟻の大軍のように思えてしまう。
目に見えて分かる通り、どうやら俺たちは完全に来訪する時間を間違えてしまったらしい。
「シ、シビア、これは一度どこかで時間を潰した方が良くないか? さすがにこの人の量だと・・・」
「だから早く行こうって言ったんじゃん。それに、もし仮に先延ばしにしたとして同じことを考えている人は一体何人いるかね」
言われてみれば彼女の言う通りだ。
この炎天下の中に晒されながら、今か今かと時を待ちわびるよりも、日が少しでも落ちた方が良いと考える若人の方が多いに決まっている。
現に後ろの方で『日が落ちた時にまた来よう』との会話が聞こえてきた。
「ほらね? だから我慢してこの行列に並ぶしかないの。ほら、さっさと並ぶよ」
「並ぶって一体どこが最後尾なんだ? こんなに入り混じったように並んでたらどこが最後尾かわかんないだろ」
「大丈夫、多分あそこだよ」
そう言って彼女が指さした方向に、何人もの若人が並んでいくのが目に見えて分かった。
それも、専門教会から更に一キロメートル離れた場所に————————
「マジか・・・この数だと一時間、二時間は軽く掛かるぞ・・・」
一人絶望のどん底に落ちている俺の手を逃がさんとばかりに彼女は力強く握り、最後尾を目掛けて無理矢理に引っ張っていく。
「こんなとこで立ちすくんでるぐらいならさっさと並ぼうよ。どんどん人が増えてきちゃうよ」
「そ、それもそう、デスネ・・・」
彼女に引っ張られる俺の横を、汗を滝のように流す男女が通り過ぎていく。
専門教会前の広場は一人一人が代謝で発した熱が見事に籠っている。
尚且つ、地面は石畳みでしっかり舗装されているときた。
つまり、これが何を示すかは口が裂けても、この肉体が干乾びようとも言葉にしては絶対にならない。
そう、口にしてしまえばこの暑さを数倍以上に感じてしまうから————————
「にしても、ここら辺熱が籠ってて暑いね。暑すぎて死にそうだよ~」
「おい、暑い、暑い言うな。余計に暑くなるだろうが」
「え~、私が口に出さなくても暑いものは暑いじゃん」
「心を無にすれば暑いなんて感じないんだよ、だからこれ以上余計な事は言うなよ?」
「こんなに暑くて暑くてしょうがないのに、それでも心を無に出来るヴァルアはある意味天才だね」
俺はそれ以上彼女の言葉に乗っかることはなかった。
どうせここで返答すれば、また余計な事を言うに違いないから。
そして、心を無にしてから三時間ほど並んだ頃にようやく専門教会内に入ることができた。
「やっと入れたね、もう三時だよ~」
「俺たちの後ろにもまだ沢山並んでたから早めに並んどいて正解だったな」
専門教会に入る前に後ろを確認してみたのだが、長蛇の列は午後の三時になった今でも未だ健在だった。
不幸中の幸いとはまさにこのことを言うのだろう。
「だから、早めに並んだ方が正解だったでしょ? あそこで暑さに負けなかった私に感謝して欲しいんだけど?」
「まあ、早めに並んだせいで軽く熱中症になりかけたがな」
「でも、私が救ってあげたじゃん?」
並んでる最中に眩暈がした時は本気でやばいと思ったが、ふらっと倒れかけた俺に彼女が手を硬直させて思い切りビンタを繰り出してきたことは、今でも引っぱたかれた頬が鮮明に記憶している。
果たしてこの行為は彼女の言う通り、『救った』と言えるのだろうか。
「そんなことよりも上見てよ上! 凄いよ!」
自分の愚行をそんなことであっさり片付けた彼女が指さす方には、確かに彼女の行いが全てどうでも良くなるほどの綺麗な景色が満遍なく広がっていた。
女天使の姿を掘り出したような多種多様の色細工が専門教会の天井を覆い尽くし、色細工を通して差し込む日差しがこの教会内を神秘的な幻想空間へと醸し出していた。
午後の三時時点でこの圧巻ぶりなら、陽が最高潮の正午なら一体どのような景色が教会内に広がっていたのだろうか?
異能調査以外に専門教会に足を踏み入れる機会はほとんどないので、御目にかかれなかった俺の胸中は残念な気持ちで一杯だった。
「あ、次は私たちの番みたいだよ!」
いつの間にか視線を落としていたシビアに言われて慌てて視線を落し、俺たちの前に並んでいた四人と共に案内女の誘導の元、奥の部屋へと進んでいく。
まあ、この待ち人数で一人ずつ調査するという大変時間の掛かる手法を取るはずもないか、ってちょっと待てよ?
だとしたら、自分の異能の力を他の五人に限定公開することになるんじゃないのか?
もし、ここで大したことのない力だったら相当恥ずかしくないか?
年頃の男児は恥ずかしさを非常に嫌う習性があるはずなんだが、他の三人の男児がなぜか逞しく見えるのは俺の気のせいだろうか。
「ん? どうしたの、そんな深刻な顔をして」
「い、いやぁ? そんなことはないぞぉ?」
「なんか変な風に語尾上がってるけど大丈夫? まあ、確かにヴァルアの嫌いな注射があるから無理もないよね」
「え、注射あんの? 初耳なんだけど」
『注射』という恐怖の単語を耳にした瞬間、俺の胸中にあったはずの『羞恥心』はどこかへすっ飛んでいった。
今の今まで注射があるなんて一切合切耳にしていないんだが、これってもしかして————————
「ヴァルアが注射嫌いなのは、私の家族も知ってたからね。皆で黙ってたんだよ」
「・・・・・・はぁーめられたぁー」
「溜息吐くか普通に喋るかどっちかにしなよ。もし注射のこと話してたら絶対に来なかったでしょ?」
「そりゃそうでしょ」
わざわざ嫌いなことに立ち向かっていく理由が一体どこにあるのか。
逃げれる選択肢が最初からあったのなら、迷うことなく逃げる一択だったさ。
それなのに、シビアの家族が意味不明にも手を組んで俺を専門教会に送り出してくれたおかげで、後戻りできなくなってしまったんだが?
もし、ここで一人帰ったのなら「あ、この人、十六にもなって注射怖いんだ~」と思われるに違いない。
何度も言うが、年頃の男児にとって『羞恥心』とは世の中が定めた天敵なのだ。
『羞恥心』の前では抗う意思を綺麗に削ぎ落され、己がどんな意思を抱こうとも
それは、さながら今回の『注射事件』のように————————
「クッソがぁ・・・!」
表に出すはずのなかった感情が、つい表に出てしまった。
かといって、俺はこの場から立ち去る勇気が持てなかったために、黙って皆の後について行くしかなかった。
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