後を濁す
六年程前のことだ。
高校二年生だった梅澤は仲間と一緒に一人の同級生をイジメていた。
自分より劣った、或いは異なるマイノリティを排除するのは群れを造る動物の本能の様なものだ。所詮は少し賢いだけの動物である人間にもその本能が残っていたのか、梅澤はイジメをそれなりに楽しめた。
時代が時代なので、上手くやらないと犯罪者として扱われてしまう。窮屈な時代になったモノだと思った。昔であれば相手を自殺に追い込んでも『アイツが自殺したせいでこっちが責められた! イジメられているのはこっちだ!』とでも言っておけば大したお咎め無し。転校でもして後は普通に暮らすことが出来たと言うのに、今はそうは行かない。
おかしい奴におかしいと言うと責められるのはこっちなのだから堪らない。
クオリティ・オブ・ライフ。
機械により労働から解放されたので、人は自分の幸福を高めなければならない。
同級生におかしな奴がいると言うのはそれだけで人生の価値が下がってしまう。楽しい青春の汚点だ。だからせめてその責任として梅澤は“楽しませて”貰っただけだ。
訴え出さないギリギリを狙う。そうすれば死ぬことも無い。
それはゲームの様で楽しかった。異常性を笑うのは楽しかった。
そしてそれは上手く行った。
卒業式の日、友人と薄い涙の別れをしつつ、梅澤はソイツのことを忘れた。
あんな奴は私の人生に必要ない。梅澤はそう判断したのだ。
それなりに勉強が出来たので、大学進学をして、そこそこの成績で卒業。ベーシックインカムのランクを満足いくレベルに引き上げた。衣食住には困らない。それでも困らないだけだ。
クオリティ・オブ・ライフだ。
生きている“だけ”の人生を梅澤は送る気は無かった。受け入れる空気はあるが、ベーシックインカムだけで生きている様な奴等は明らかに負け組だ。
梅澤はそうなる気は無かった。
だから一流と言われる企業に就職し、自分の人生の価値を高めるべく働くことにした。
その新入社員教育の一環としと心因性終末ケアセンター、通称・自殺屋に行くことになった。
質の高い人生には切りの良い“おわり”で締めるべきだ。そう言う意味では梅澤の人生には必要不可欠な施設ではあるが、未だここを利用する予定はない。だから本当に軽い気持ちで梅澤はその扉を潜った。
そこに“過去”が居た。
高校時代、梅澤がイジメていた相手が働いていた。
六年越しの再会、相手は自分を嫌っているようだった。当たり前だ。
気にしない相手をイジメても面白くない。
気にして、傷ついて、それでもそれを表に出さない様にして、それでも滲んでいた相手だったからイジメたのだ。
途端。怖くなった。
弱味を、これ以上ない程に大きな弱味を、ソイツに握られているのだから。
一言、口に出せば捜査が入る。
記憶の提出をされたら梅澤の人生は台無しになる。
自殺でもされた日には待っているのは最悪の“おわり”だ。
梅澤は怖くなった。
だって、明らかだ。
一流企業に就職した梅澤。自殺屋に就職したソイツ。どちらが勝ち組かなどと言うのは聞くまでもない。少なくとも梅澤からしたら明らかだった。
――私があいつの立場なら間違いなく、復讐をする。
そう確信できる程度には。
だから梅澤はソイツに話しかけようとした。
話をして、友達になってやろうと思った。
イジメられっ子の負け組に優しくしてやって自分への恨みを薄めようと思った。
だが相手は話をしてくれない。仕事中だ、と言われてしまえばそれ以上話は出来ないし、ソイツと梅澤の関係では終業後にわざわざ会う様なことも無い。
じぅ、と染みの様に、心に恐怖が広がった。
嫌われている。そして弱味を握られている。
――それなら、きっと、あいつは勝っている私の人生を台無しにするはずだ。
そんなことをされたら、質の高い、幸せな人生を送ることなど出来る訳が無い。
――冗談じゃない!
負け組に、異常者に、人生を狂わされるなど、梅澤には耐えられることでは無かった。
だから梅澤は選んだ。
質の高い人生の為に。幸せな人生の為に。
少し間違えただけの“過去”に復讐される前に。
梅澤は自分の人生の“おわり”を選んだ。
■□■□■
僕はU澤さんのことが嫌いなので、別にU澤さんが“おわり”を選んでも何も思わない――どころか、まぁ、割と最悪だが、少し良い気味だと思った。
それでも色々と最悪だった。
理由は単純。
彼女が書いた遺書には僕への謝罪が在ったからだ。
……いや、ここは文系らしくしっかりと作者(U澤さん)の気持ちを読み取ろう。
遺書には僕への謝罪『の形を取った弾劾』が在ったからだ。
何やらごちゃごちゃと謝る様な体で書かれているが、その実、内容を要約してみれば『私は悪くない』『異常者に異常だと言って何が悪い』『キモチワルイんだからイジメて当然』だし、トドメの様に、要約の必要が無い程にはっきりと書かれていたのは『あなたにここで再会したから私は死ぬことを選びました』の一文だ。
明確に、国語能力が低い方にも伝わる様に書かれているのだ。
U澤さんが死を選んだのは僕のせいである――、と。
これが最悪だった。本当に最悪だった。
この一文のお陰で僕はU澤さんのご両親にぶん殴られたし、訴えられた。
まぁ、気持ちは分かる。研修だから心配しないで良いよ~と言われていたから自殺屋からのメールをスルーしていたら、何故か三日後に同じメールアドレスから送られてくる娘が“おわり”を迎えたと言うメールなのだから。
幸いにも記憶を提出したら司法は僕の非は無いと判断してくれた。
抽出された感情グラフが憎しみではなく、嫌悪を示していたと言うのもだが、高校時代のイジメにより、既に六年前の時点でU澤さんは犯罪者だったと判断されたのが大きかったのだと担当の刑事さんが教えてくれた。
犯罪者に人権は無い。冤罪も時効も無くなった久化の司法は人権を守ってくれる。被害者の人権を、だが。
なので、僕は暴行罪でU澤さんの両親を訴えることにした。
負け犬に鞭をくれてやる様なエグめの決断だ。
正直、積み重なった恨みで刺殺されそうなので余りやりたくなかったが、刺殺されそうだからこそやるべきだと説明を受けた。
結果、僕のベーシックインカムの等級には積み上げがなされた。出所はU澤さんの両親からだ。部屋のグレードも上げられるようになったし、月々のお小遣いが結構良い額になった。
そしてU澤さんの両親は娘を失い、罰金を払い、ベーシックインカムの等級を下げられ、ついでのおまけで脳を弄られ僕への接近禁止、それと僕に対する感情を制限された。
何と言うか『犯罪者で無い相手を犯罪者扱いして暴行を加えるとどうなるか』と言うテーマの教材にでも使えそうな転落っぷりである。
罰を受け、牙を抜かれる。そして恨むことすら許されない。……中々に悲惨だ。
それでもU澤さんのやったことは僕にとっては最悪だった。
連絡が行ったのだろう。
両親からの電話が来ていた。
さて。
もう一度言っておくが、僕はU澤さんのことを嫌ってはいるが、恨んではいない。
それは脳から抜き出した情報も証明している。
それでも電話越しの母は僕の人間としての小ささ、何処にも存在しない僕の感情『許さなかったこと』に対する結果を責めたて、最後に涙を流しながら僕の異常性を非難した。
それだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます