同級生

 C直の次はB直だ。

 七時に業務を終えて、次の業務の開始は十四時。その間、実に七時間。今日日の人間の労働環境としては例外的に劣悪だ。平成の時代でもブラックに近いだろう。

 もしかして自殺屋の離職者が多い本当の原因はここなのでは無いだろうか?

 ふと、僕はそんなことを思った。

 離職が多い理由は人の死に触れるのが耐え切れないからだ、と言われているが、それは“人の死”と言うモノを上に置き過ぎた結果、ソレをある意味で神聖視してしまい『人の最後に立ち会うのは辛い』と言う虚構が生まれてしまい、自殺屋を止める人の理由として使われているのではないだろうか?

 正直、僕は人の死に触れることよりも、直替わり直後の方が辛い。眠くて辛い。

 直の最終日と直初日の休日が人気だと言うのも良く分かる話だ。僕と先輩も普段は休みをここに入れているのだが、今回の団体さんへの対応はそう言う訳にもいかない。

 直最終日は地獄だし、その地獄の中ではしっかりと向き合うことも出来ないので、直初日も出勤して受付用紙を確認しなければならなかった。


 ――先輩

「あ?」


 テンション低めに濁音混じり。

 僕の問い掛けに答える宇津木先輩もダルそうだ。だがダルそうにしながらも、昨晩――と言うか今朝方に僕が受付した分と所長の受付分に問題無いかをチェックしていた。

 因みに僕は先輩の受付分をチェックしている。チェックしているのだが――


 ――コレ、意味あるんですか?


 これが本音だ。

 彼等は別に自分から自殺屋に来た訳では無い。“おわり”を求めてやって来た訳では無い。そんな彼等に対し、自殺屋として対応する必要はないと思うのだ。


「それは違うぞ、後輩」


 言って、ちらりと時計を確認する先輩。

 一ヵ月ほど一緒に仕事をして分かったことだが、コレは先輩の癖だ。時間を確認した訳では無い。いや、時間も確認しては居るが正確に言うならば午前、、午後、、かを確認したのだ。


「人間何て死ぬ時は死ぬ。弱ってる時に、研修とは言え自殺屋に送られたらそのまま勢いで“おわり”を選ぶ人もいるんだ。そう言う人をな、おざなりにしちゃいかんのですよ」

 ――何と言うか……先輩、見た目の割に臭いこと言いますよねー

「そか? でもコレ、本音だぞ?」

 ――知ってますよ


 今は午後ですからね、、、、、、、、、、と僕。


「……。気付いたか」


 にやり、と口の形だけで大きく笑うパイセン。


 ――文系ですから


 しれっ、と僕。


 ――なんつーか、しょうもないっすね

「知らんのか、後輩? 人生に縛りを入れるとな、豊かになるんだぞ?」

 ――僕にそう言う趣味は無いので遠慮しますよ


 そら残念だ、結構面白いぞ。そんなことを宣う宇津木朔日パイセンは自分の名前にちなんで人生に縛りを入れている。だから『結構面白い』と言うのは本当のことなのだろう。

 だって今は――午後なのだから。


■□■□■


 先輩が良いことを言ったので、後輩である僕は素直に感化されることにした。

 簡単に言うと、もう少し真剣に紙の束に向かい合うことにした。

 具体的には先輩から所長が担当した分を少し回して貰った。

 やる気ありますアピールで一番楽なのはこなす業務の量を増やすことだ。取り敢えずそれで『やってる感』は出るのである。

 そんな訳で新たに追加された五枚に目を通していく。が。一枚目で


 ――あー……


 と言う何とも言えない声が出てしまった。


「どうした、後輩?」

 ――同級生が居ました

「そらお前、あっちも新入社員、こっちも新入社員なんだからそう言うことの方が多いだろ?」

 ――……高校時代の同級生がいました


 意地の悪い先輩に、言葉を補強しながら僕。

 そんな僕の机の上には言葉通り、高校時代のクラスメイト、U澤さんの資料が有った。

 その備考欄に目が吸い込まれる。

 そこには本来なら、普通の受付ならば書く必要のないことが書かれていた。

 曰く『今回の利用を真剣に考えています』。

 僕はこの時、どうして所長や先輩がアイザッくんを使わなかったかを理解した。

 もしかしたら僕が担当した人の中にもこう言う人が混じっていたかもしれない。

 そうだったとしても、モノを食べながら適当な受付をする僕に、彼、若しくは彼女は真剣にその心の内を言ってくれることは無かったのだろう。


■□■□■


 念の為、僕は自分が受付をした十一人に話を聞いた。

 幸いなことに……と言う言い方はアレだが本当に自殺屋を利用しようと思っている人はいなかった。このメーカーが造る商品が好きだから関わりたいと思った、自分で店を開く為の資金集めをするのだ、そんな感じにキラキラとした夢を語ってくれた人々は僕とは同年代とは思えない程、しっかりしていた。

 成程。これが『環境が人を造る』と言う奴か、ふむん? と僕は軽く感心してみたりした。

 そんな時だ、


「あの、さ? 私のこと、覚えてるかな?」


 声を掛けられた。

 そこには目立たない程度に髪を茶色く染めている。ほっそりとした、撫で肩の彼女は自分が童顔だと言う自覚があるのだろう。薄く、分かり難い程度に化粧をしていた。

 U澤さんがいた。


 ――はい、覚えてますよ


 お久しぶりデス、と僕が言えば「うん、久しぶり」と返って来た。

 でも、それで会話はお終い。

 薄く、U澤さんの口が何か言葉を発する様に開いたが、音は出てこなかった。

 だから僕は、では、とその場を立ち去った。

 K田さんの時とは随分と違う態度だ。

 だが許して欲しい。

 機械で、アイザッくんであるのならば全ての人に同じように対応をしただろうが、僕は人間だ。感情が、揺らぐ。揺らいだ感情で、行動は変わる。

 端的に言おう。大変申し訳ないのだが……僕は彼女のことが嫌いだ。


■□■□■


 短針が十一を差して、長針が十二を差し、日中よりも範囲と音量を絞ったチャイムを鳴らす。

 デジタル時計の様に時間を切り取るのではなく、流れる時間をそのまま映した様なアナログ時計も、この時ばかりは瞬間を切り取る様にして僕等に教えてくれる。

 何はともあれ、本日の業務はこれにて終了。

 野村さんと田畑さんと言うC直コンビに、お先に失礼します、を言って僕と宇津木先輩は外にでた。

 近づいて来た六月の、むあっ、とした暑さを夜気が孕んでいた。

 雨を楽しめる人は風流であり、憧れもするが、通勤をしないといけない人に梅雨を歓迎する人は少ないだろう。自転車通勤である僕もそれなりに憂鬱だ。どうにも僕はあの合羽と言うモノが好きに成れない。

 んー、と無音を吐き出しながら、背伸びを一発。デスクワークで固まっていた身体がぺきぺきと音を立てる。


「お疲れだな、後輩?」

 ――直替わった初日は辛いっすわー

「あー……分かる、分かる。悪いニュースだが、それに慣れることは無いぞ」


 俺も未だに慣れないからな、と苦笑い気味に先輩。

 只でさえ直替わり直後はシンドイのに、そこに前日のアレだ。僕と先輩の会話を抜き出し、『この時の彼等の気持ちを答えなさい』と言う出題がされたのなら、前後の文脈を一切無視して、全ての答えは『帰って寝たい』が正解だ。

 ある意味での一心同体。僕と先輩は今、心が一つになっている。

 そのはずだったのだが――


「残業のお知らせだ」


 デカいアフロがそんなことを言う。おィぃ?

 どういうことですか、オラァン? と思わず横に傾き、四十五度。

 湿度の増した僕の視線を受けて、一瞬、たじろぐパイセン。


「ラーメン奢ってやるから付き合えって」


 ほら、前に一回連れてってやったろ? ありがとラーメン、とパイセン。


 ――……


 僕。少し傾きが治って六十度。


「……餃子も良いぞ」


 先輩からのプッシュ。対して、僕。背筋が真っ直ぐに――は未だならない、八十度。


 ――ありがと行くなら牛スジのが良いです

「……いや、それは、流石に……値段、倍近いし……」

 ――……


 傾きを四十五度に戻しながら、オラァン? と僕。それを見て、パイセンは降参する様にお手々を上げて――


「わぁった。牛スジで良いぞ」


 それを聞いて、背筋を伸ばして九十度。そのまま軸を変えて再度九十度倒しての――


 ――あざーっす!


■□■□■


 明日も業務だ。ニンニクは食えない。


 ――U澤さんのことですよね?


 そんな悲しみから、本当に頼みたい豚骨にんにくラーメンではなく、味噌ラーメンと牛スジを頼んだ僕がそう言えば――


「話が早くて良いね」


 明日も業務だ。それがどうした。

 と、心の赴くままに豚骨にんにくラーメンと高菜炒飯を頼んだ先輩がニヤリと笑った。


「お前、カルマ値はどっちかと言うと善よりだろ?」


 因みに俺は中庸な、と先輩。


 ――なんですか、カルマ値って?


 良く分からない数値を持ち出さないで欲しい。


「K田さんとかとのやり取り見てるとなぁ……お前、良い子じゃん。なのに何て言うか、U澤さんへの対応は――」

 ――僕らしくない?

「そうだ」

 ――まぁ、イジメの加害者と被害者ですからね


 普通に接しろと言う方が無理なのデス。

 さらりと言いながら『あぁ、どっちがどっちか言った方が良いですか?』と付け足してみる。その言い方でうっすらと察してくれた先輩は、いや、と首を振った。

 暫く、思い思いにスマホを弄る。だが、立ち上げたのが同じ例のソシャゲだったらしく、僕の端末で先輩のログインが確認できた。フレポ稼ぎの為、先輩にフレンドギフトを送ってみれば、先輩からもギフトが送られて来た。……それ、いっぱい持ってるからいらないデース!


「……俺の時代ですらイジメって言葉は無かったぞ?」


 不意に、ぽつり、と先輩


 ――今の時代風に言うと『訴えられない範囲で行う、傷害罪、恐喝罪、器物損壊罪などの総称』って感じですかね? でも、まぁ、僕が受けたのはイジメです


 人間に労働力としての価値はないので、別に無理に若者の未来を守る必要はない。

 加害の程度にもよるが、加害者は少年ではなく、家庭環境も精神状態も一切考慮せずに、一個人、犯罪者として対応するのが今の時代の普通だ。

 ……まぁ、大抵は被害者の受けた損失の数倍の金額を納めた後、一生に渡ってベーシックインカムのランクを下げられて転校させられる。それと、聞いた話では育児免許などの取得にも一定の制限がかかるとかなんとか。

 だが、自殺する程に相手を追い詰めてしまえば、M野くんの件からも分かる通り、その対価は自分の命だ。奴隷商に引き渡されて人としての“おわり”を迎えることになる。

 だから既にイジメと言うモノは平成に置いて来た過去の遺物だ。そこまでのリスクを侵してまでやる馬鹿は居ない――と、言うことになっている。

 まぁ、現実は僕も良く知っている。

 そもそも人間が群れで生きている以上、ソレは無理だ。ありえない。罰則が重く……適切になったから減りはしたが、それでも未だに残っているし、悪口程度であれば自殺でもしない限りは、今でも『イジメ』で処理される。

 だからイジメはこの久化の時代にもしっかりと受け継がれているのである。

 まぁ、『学校』と言う群れが無くならない限り、消えることは無いだろう。

 既に学歴は意味を失って久しいが、それでも中学までは義務教育だし、その後の高校、大学の成績でベーシックインカムの等級は変わってくる。余程の変わり者でない限り、高校くらいは出ておくのが今の時代の“普通”なので、当分、学校と言うモノは無くならないだろう。

 さて、少し話は変わるが、ウチの親は教師だった。

 もう今では絶滅危惧種の人間の教師だった。

 人間は万能ではない。感情があり、好き嫌いがあるので、平等と言うのは絵空事だ。だから贔屓はある。良い生徒、悪い生徒、気に入った生徒、多数派、少数派、色々なフィルター越しに教師は生徒を見る。

 そして未だに教育委員会の方針としてはイジメを出した場合、教師が責められる。

 機械の教師であれば、そんなことは気にしないのだが、人間の教師はそうは行かない。そんな訳で未だ受け継がれる隠蔽体質、抜かれるは伝家の宝刀『イジメた○○ちゃんも悪いけど、イジメられた××ちゃんにも悪い所があったよね?』『子供同士のことですから、騒ぎにするのは止めましょう』『社会に出れば普通ですよ』『イジメだとは思いませんでした』などだ。ウチの親はコレを平気で言う教師だった。

 だったので、世間体的に僕の件は表に出ることなく、U澤さんグループは傷害罪と器物損壊罪に問われることが無かった。だから僕が受けたのはイジメだ。

 それでも僕が記憶の提出をすればU澤さん達は犯罪者になるだろうし、記憶の提出後、僕が自殺でもすればU澤さん達の人生は“おわり”だ。

 奴隷商的に、若い女性は需要があるし、U澤さんは美人さんなので、割と僕がそうなると歓迎されそうなのが悲しい事実である。

 それでも僕は僕なりに、このイジメ問題に答えを出していた。


 ――ま、でも別に恨んではいませんよ


 これまた悲しいことに僕の場合、『イジメた○○ちゃんも悪いけど、イジメられた××ちゃんにも悪い所があったよね?』のパターンだった。

 それはイジメて良い理由にはならない! と言うのが正論だが、マイノリティであることを隠し切れなかった僕も馬鹿だったと言うのが僕の意見だ。

 だから僕はU澤さんを嫌ってはいても、恨んではいない。

 やって来たラーメンを受け取り、箸を割って、宇津木先輩と一緒に手を合わせて、いただきます。……そこに挟む様に先輩が呟く様に一言。


「原因は俺にも察しは付くがな、あんま気にすること無いと思うぞ。……少なくとも俺はお前が後輩で気楽だ」


 少し、気が楽になりそうな一言だ。……だが残念。


 ――先輩、零時回ってます


 悲しいことにただいまの時刻は零時十三分。午前だった。


「……今のは本音だ」

 ――そうだと嬉しいんですがねー


 だが悲しいかな。午前中の先輩は、本当のことも言うが嘘吐きでもあるのだ。


■□■□■


 例のソシャゲに『鋼のメンタル』と言うスキルがある。

 フィールドの影響を受けなくなるスキルなのだが、どうして『鋼のメンタル』でそうなるかは納得できそうで、微妙に出来ない。

 靴の種類変えた方が良くない? と言うのが僕の意見だ。スニーカーでは対応できない雪面も大丈夫! そう、スノーブーツならね! そんな感じだ。

 それはそうとU澤さんは鋼のメンタルを持って居る様に思える。

 話しかけてくるのだ、僕に。

 普通、イジメていた相手に、和解した訳でもないのにここまでフレンドリーに話しかけることが出来るモノなのだろうか?

 そんなことを思ったが、僕は僕であり、U澤さんではないので良く分からないと言う結論に達した。若しくは足を踏んだ方は忘れるが、踏まれた方は覚えていると言う奴だろう。

 担当でないし、余り話したい相手でもないので、僕は割と露骨に『忙しいんですけど?』オーラを発したりして話を打ち切っていた。お陰で食後に自販機でコーヒーを買うこともできねぇのである。とても、めいわく、

 そんな訳で今日の食事休憩、僕は一見真面目に、その実、不真面目に机に向かって時間を潰していた。

 B直は新規はそれ程多くは無いが、“おわり”を迎えて貰う人が一番多い時間帯なので、それなり程度には忙しいし、事務処理が多いので机に向っているのは左程違和感がないのが救いだった。

 そもそも三日経てば居なくなる相手だ。既に二日は乗り切った。残るは明日のみ。その間くらいはカフェインを断った生活を送るのも悪くない。

 そんな風に楽観視していた。

 甘かった。

 最悪なことに、U澤さんが“おわり”を選んだ。

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