第55話 蝶々効果


南波がラーメンを食べ終えるまでしばらくの間沈黙が続いた。


「ふぅ…ごちそうさんっ!いやぁーやっぱ飯食う時はしゃべる気なくすねぇ。ま、食事中しゃべんない男は食事マナーがしっかりしてる人が多いって言うし!はっはは! そういや、涼っち!涼っちはどこ中だったんだい? ベテランナンパ師の俺っちには有名どころの女子中育ちって見えるなー」


先ほどからメニュー表をずっと見て微動だにしなかった涼は急に話を振られ、はっと驚いた顔になる。


「え!わ、私ですか?」


「そんな警戒しないでいいよ!知られたくないなら、代わりに陸っちの元中聞くから!」


「なんでオレなんですか?」


「興味本位で聞いてみただけよ!別にそれでトラッキングしたりとしないから!ね、お願い!」


そう言ってニヤニヤ顔の南波は両手をそろえ、お願いしてくる。別に答えられない情報ではないし、いいか。


「オレは中学まともに通ってないですよ。入院してましたからね」


「まじかい!ぜんっぜん健康体に見えるけどなぁ…いや完全予想外!ちなみにどんな病気だったん?」


「は、肺炎です。かなり重症化した…」


まずいな、悪い癖が出てしまった。答えないでやり過ごした方が正解だったな。噓だとばれてしまった場合の対処法を今すぐ考えないと。


「…あらら、それは大変だったなぁー!俺っちが陸っちの立場だったらきっと泣いてよろこぶだろうなー!」


「な、なんでですか?」


病気で入院するのになぜ泣いて喜ぶんだ…。


あれか、もしかしてこの人も今田や神宮寺先輩に近い…いや、正確にはドМの小梅先輩に似た性癖を持っているのかもしれない。


となると南波が次に口にすることは、オレの想像の斜め上を行くものの可能性が高い。前例として小梅先輩の奇行が挙げられ、頭を悩まされてきたものの、前例は見ているのだ。今度こそ大丈夫。


「……」


急に黙り込み、考える仕草を見せる南波。口にくわえていた爪楊枝がポトっと床に落ちるが本人は気づいていない。どうやらかなり深く考え込んでいるようだ。


「なんでこの人急に黙り込んじゃったの?」


涼がオレの耳元に小声でそう言ってきた。


「いや、さっぱりわからん。気にしても仕方ないからいったん無視しよう」


すると、ちょうどいいタイミングで両手に丼を持った相模が厨房から出てくる。


「待たせたな。陸っちの木星ラーメンに、涼っちの地球ラーメンだ」


とうとう来るのだ。今までに感じたことのない期待とこの高揚感。間違いなくこれは高校に入ってから気づいた心境の変化だ。


テーブルに置かれるまでの間、木星ラーメンとは一体どういうラーメンなのか様々な想像を張り巡らせる。


木星は太陽系にある惑星の1つ。内側から5番目の公転軌道を周回している第5惑星であり、太陽系の中で大きさ、質量ともに最大の惑星。


一体どのような食材で構成されているのか皆目見当がつかない。


「はいよ」


ドンっとオレのテーブルの上に木星ラーメンが置かれ、その全貌を目の当たりにした。


_____木星だ



ただ、それ以外の言葉は出てこなかった。


丼内に茶色、深緑、灰色などランダムにマーブリングされた、さながら芸術品のよう。一見ランダムにマーブリングされているのかと思いきや、きちんと横縞模様が描かれており、細かいところまで再現されていた。麺は見えなく、地球ラーメンと同様に下の方にしずまっているのだろう。


「り、陸人くん…これって食べられるの?」


地球ラーメンを目の当たりにした涼は若干顔を引きつっている。


「大丈夫だ、涼。オレも一度食べたし、美味かった」


オレに続き、相模もうなづいた。


「…そ、そうなんだ」


地球ラーメンの鮮やかな青のスープをレンゲでそっとすくい、涼は恐る恐る口にした。


「…え、美味しい…」


すぅーっと涼の顔から不安や緊張感がなくなっていき、彼女は箸で麵をすくい上げ、ズズッとすすった。


「こんなに美味しいラーメン初めてかもっ!」


ここで初めて見せた涼の笑顔にオレは少し心が温かくなる感覚を覚えた。南波もニヤッと笑い出し、釣られて相模も後ろを向いて笑いを必死に隠していた。


どんどん食が進んでいく彼女を見ているとこちらも腹が空きだしたため、スープを堪能しつつ勢い良く麵をすすった。



________



「ごちそうさまでした」


オレに続いて涼も両手を合わし、はにかんだ笑顔を見せてくれた。


「いやぁ~二人とも言い食べっぷりだったぜ? 見てるだけでこっちも幸せになりそうだったなー」


「南波…南波さんはいつまでここにいられるんですか?」


興味本位で聞いてみた。


「おん?呼び捨てでもため口でも全然いいぜぇ、そっちの方がフランクだし、堅苦しい感じは俺っち嫌いだからよ。なははっ!」


「そうか。たいていの大人はオレみたいな年下の奴にタメ口を使われるのは嫌いなはずなんだが、珍しいな」


「おうおう…そう言われると何だか複雑な気持ちだな。それに切り替え速すぎだろ。もうちっとはばかれるもんだと思うんだけどなぁ、お前さんの方がよほど珍しいタイプよ」


そう言って南波はオレの方に腕を回し、まるで友達のような感じでからんでくる。


「おーい、涼っちも来いよぉ 一緒に肩を組もうぜぇ」


「わ、私は結構です!どうぞ陸人くんと仲良くしてください」


「あれぇ~いいのかい? ボディーガードの陸っちがいないとなると…涼っち、危ないぜ?」


南波の細い目から鋭い眼光が一瞬解き放たれるも、すぐにお茶らけた目に戻った。


「涼っち。デザートはいるか?」


厨房から出てきた相模が涼にそう言った。


「いえ。お腹いっぱいなので大丈夫です」


「女子はみな、スイーツは別腹なのではないのか?パフェをご馳走しようかと思うのだが…どうだ?先ほどの詫びも含めて料金はとらない」


「お気持ちはありがたいのですが、結構です…」


「…ぬぬ、久々の手の込んだものを作ろうかと思っていたのだが…」


顔には出ていないが、こぶしを握り締め、悔しい気持ちを表していた。


「…なら、お茶でも出すんだが…」


「だ、大丈夫です!」


相模のしつこい誘いから逃げるようにして涼はオレの方へと身を寄せてきた。


「な? 言っただろう、あいつ女見るとあんな風にしつこい奴になるから危険なんだよ…止めるのめんどくせぇし、厄介なもんだ」


「そ、それを早く言ってくださいよ、南波さん! なんか見境なく襲ってくるような感じで怖いですよ…」


「おっと…でもいいのかい? こっちに来るということは俺っちにも襲われるってことに…」


「涼が困ってるだろう。それ以上怖がらせるなよ」


「なははっ!ちょっと意地悪しただけだぜぇ? 未成年襲うほど俺っちは悪質な人間じゃねぇーよ」


さっきからやけに静かだな、と思っていた理仁は腕を組み、寝ているのか分からないがずっと目を閉じたままニヤけている。ま、理仁が静かでいてくれるのならば強引に来ることもないし、少し平和になるものだ。


そんなこんな大の大人2人を相手に色々ちょっかいを出され、オレと涼は散々困らされたが、なんだか高校の友人たちと同じように接している、そんな感覚を覚えた。


学校以外での平穏な日常。


これが普通の高校生として学校生活を送る以外にも経験するはずだった普通の日常。徐々に周りに友人が増え始め、が言っていたように色々見方が広がった気がする。


ふと、これまでの学校生活を大まかに振りかえる。


校内に入れば一気に華やかで活気づいた空気に包まれ、クラスメイトたちと他愛もない話をし、一緒に勉学や運動に励む。基本昼食は一人で食べるのが普通だと思っていたが、学食や屋上で集団で食べる昼食は格別に飯が美味く感じることを知った。放課後は涼と一緒に帰ったり、たまに怜央や武士と買い食いしたり、初めての経験を多くしてきた。


そして、入学した日から薄々感じてきたことだが、自分は今、学生として生きることに楽しみを見出している。


ラーメン屋という場違いなところで、そう思うのも不思議なのだが、この気づきは今後自分の人生における何か大切なものにつながってくるのではないかと、ヒントを得た気になっていた。



_________



南波や相模は中学からの付き合いらしく、その昔話をされた。

南波のナンパ武勇伝や女性に過剰反応しすぎて死にかけた相模の話など面白おかしい話を聞いてたら、気づいたら夜9時過ぎになっていた。


「ん? もう帰るのかね。さて、約束通りお礼の分として、このワタシが君たちの分も支払おう!」


「今まで寝てたわけじゃなかったんだな、理仁。さっきから一言も話していなかったからてっきり寝てたかと」


「フフッ、そこの陳腐な二人と違って、落ち着きを持ったワタシのような人間こそ素晴らしい人間なのだよ…ハッハッハ!」


「おいおい聞いたかぁ? 相模さんよ。こいつのラーメン代だけ百倍の料金とっちまおうぜ」


無表情で突っ立ってる相模に南波が耳打ちした。


「メニュー表に書かれた値段は変えられない。ラーメン屋でもビジネスだ」


「こ、こいつ! ほんっとお前はノリわりぃーな!このやろぉ」


あれだけふざけておいて、まだ元気がある2人をよそに理仁はさっと三人分のお金をレジに置き、扉を開けて外へ出ていこうとする。


「シルバーボーイにクールガール。今のうちに店から出るのがオススメだよ。こうなると二人はさらに騒ぎ出して、苦情が来るのがオチだからね。巻き込まれたくなければワタシについてきたまえ!ハハッ!」


理仁の提案に賛同したオレと涼は「ごちそうさまでした」と言ってから店をあとにした。店を出たのと同じタイミングで携帯にメールが来たことに気付いたが、恐らく岡本研究所からのメール。流石にここで開くのはまずいし、この二人と別れてから確認することにしよう。


理仁を先頭にオレと涼は並んで、街灯の明かりが灯る夜道を歩いて行く。

理仁の歩いていく先はどうやら涼の家までらしい。


強引なところや傲慢な部分が目立つが、夜、女子を家まで送ったり、店を出るときの提案などを考慮してみると、案外理仁は良識を備えた人間なのだと、そう思い始めてきた。


「あの…理仁くん。今日は誘ってくれてありがとね。南波さんと相模さんはちょっとっていうか、かなり変な人だったけど、ラーメン美味しかったし…今日はほら、私たちみんなの命が危なかったじゃん。その…怖い気持ちを少しでも忘れることができてよかったっていいますか…、うん。本当にありがとう!」


にこっと笑った涼を横目で見ながら、涼に続いてオレも理仁に感謝の意を伝える。


「オレも涼と同じ気持ちだ。ありがとな」


振り向いたり、返答もしなかったがお礼を言われて恥ずかしがったのだろう(多分違うな)高らかに笑い、理仁は歩みを早めた。


「ちょっと理仁くん、早いって!」


「おいおい、もう少しペースを落とせ」


「フハハハハハッ!」


速足で歩く理仁に続き、オレたちは走り出した。



_____



「送ってくれてありがとね。陸人くん、理仁くん」


「今日あんなことが起きたんだ。送ってくくらい普通だ。それと明日の朝一緒に通学しないか」


涼の家まで着き、彼女との別れ際にそう伝えた。理仁は再び高らかに笑い出し、何も言わずに帰っていった。


「もちろんいいよ!明日が待ち遠しいなぁ~ 失礼だって思われるけど、この気持ちを宮田さんや三浦さんにも共有してあげたい気分だよ」


「二人は明日、今日のことは完全に忘れて、いつも通りだったりしてな」


「…え、?」


「いや、冗談だ。なぜそこで疑問に思うんだ」


「いやぁ~陸人くんから冗談を聞いたの久々…いや、初めてだったからびっくりしただけだよ。も、もう夜遅いし気をつけて帰ってね!」


華やかな笑顔と共に、オレらに手を振りながら涼は家の扉を開けて中に入っていった。


涼の家の敷地から出てすぐ、塀に腕を組みながらもたれかかっている理仁が目に入る。


「なんだ。帰ってなかったのか」


「フフッ、君たちはとても愉快な人間だね。明日からいつも通りの学校生活を謳歌できることを祈るよ」


「そうだな。じゃあオレは先に帰るぞ。気をつけ…いやお前にそんなこと言っても意味ないな。じゃあな」




________________



今日の業務を一段落終え、黒のタンクトップにニッカポッカという独自の作業服を着たまま徒歩で自分の家まで向かっていた。


道中、外の暗さと対比して一段と明るく見える白い家から出ていく陸人の姿が見えたので、近くにあった電柱に隠れ、気づかれないように後ろから見守っていた。


陸人の姿が見えなくなった頃、周囲に誰もいないことを確認してから、その白い家の塀に腕くみしながら寄りかかっている巨漢に話しかける。


「いつまでそうしてるつもりだ、理仁。なぜ陸人に接近した?」


こちらに目を向けないままニヤついた顔で返答する。


「同じ高校に通っているんだ。友人として接することは禁止ではないだろう、シルバー。それにワタシではなく、まず自分の息子に話しかけるべきではないかね」


「今はそんなこと気にしている場合じゃない!」


「おやおや君がキれるなんて珍しいねぇ。夕方ワタシが君の家におジャマしたこと、そんなに嫌だったかい?」


「そうだね。それもあるよ。小笠原明日人の身柄を何の連絡もなしにこっちによこすんだからね。対処するのにどれだけ時間がかかったと思ってるんだ。高等教育高内でやっと目に見える形で円谷組織が動き出した直後に、敵のメンバーを捕虜として持ってくるんだからね…ほんとびっくりしたよ」


「サンプルとして提供してあげたのさ。ここらへんを入念に調べているシルバーにとってはありがたいだろう?」


「…ありがたい気持ちと怒りたい気持ちの半々だね。『候補生』の存在は前から知っていたけどどのような人間かはあまり把握できていなかった。明日人君から色々聞けそうだし、『基礎的訓練』に関連することもこれではっきり分かった。やっぱり円谷幸吉は行われていた『応用的訓練』の存在を知らない。これは理仁君の読み通りだったね」


「フフッ、いいのかい?こんなところでそんな重要な話をして」


「場所を変えようか」


「ラーメン屋GINGAでも行くかい?」


「君さっき行ってきたところだろ。制服からラーメンの匂いがするし…それにあそこの常連らしいね。とりあえず歩きながら話そうか」


「ハハハッ!常連だということも知られているとは恥ずかしいものだねー!そうかそうか…シルバーボーイと同じようにこのワタシも監視対象というわけか」


「陸人と同じように君も起爆装置みたいなものだよ。SSFの内部破裂は絶対にあってならないし、もっと自分の立場を理解すべきだ。陸人も大概だけど君の場合は尚更そうだ。『英国科学研究所』とつながりがある以上、公に君の存在が知られるとたまったもんじゃない。第一あのラーメン屋GINGAには岡本研究所に所属する多田悟の姿も確認されている。岡本研究所のアジトはいくらか目星は着いているし、先日僕が襲撃した日に相手側は一層警戒を強めたはずだ。目立たないあの建物だからこそ、奴らの情報交換にうってつけな場所だととらえることができる」


「サトル…ミスターメタボのことかい?彼とは何度か話す機会があったが、なかなかの良識人さ。ワタシの好みではないが、シルバーなら…」


「多田悟と接触していたのか!? 君は!」


「何か問題でもあったかね?」


「大問題だよ! なぜそれを副司令官の僕に報告しなかったんだ!奴は陸人と江坂さんと同じように岡本研究所の中核を担うメンバーだ。ここまで円谷組織やSSFの追跡から逃れることができているのは間違いなく多田悟がいるからだ」


「ホォーイヤァーそれは知らなかったねぇーハッハッハ!」


…ホントは知ってたんじゃないか?


「『基礎的訓練』が行われた数年前のこと…そういえばあの時、君は訓練生だったね。僕たち『監視者』側からも『基礎的訓練』中断に一役買った人物がいたんだ。それが岡本研究所の全研究員たち。当時彼らの研究所はかなり小さかったんだけど、現所長でもある岡本慎太郎の異例の開発品が訓練本部の目に行きついて、『監視者』として訓練生の保護観察及び研究に勤しんでいた。君も知っている通り訓練生側からの反乱がおきて、やむを得なく訓練は中断。本来あの厳しいカリキュラムの中で訓練生同士での殺し合いや反乱が起きることは確信していたし、その場合の対応マニュアルも完備してあったんだけど…」


「そのマニュアルが何者かに…いや、ミスターメタボにより処分されてしまったと?」


「その通りさ。彼以外にもいたかもしれないけどね。…今でも謎だよ。厳重に保管していたにもかかわらず、あの短時間で難なくそのセキュリティを突破したんだからね」


「ホォー!随分とミスターメタボのことを買っているんだね。ワタシには普通のハッカーにしか見えないけどね!ハッハッハ!」


「まさしく天才ハッカーだよ。噂によればあのミリーという女性と手を組んでいるらしい。ネットの中で流れてきた情報に過ぎないけど…可能性としては十分ありだと僕は思う。理仁はどう?」


「どう思うも自由だねー。ワタシは女性に牙は向けたくないし、ミリーとやらにそこまでの執着はないよ。監視やら始末やらは君たちに任せるさ!」


「ホントに君は傍若無人だな。仲間たちを何だと思っているんだ」


「君も人のこと言えないねー!ワタシも人間なんだ。人使いが荒いと部下からの信用が落ちてしまうよ。 ハハハッ!」


理仁はそう言って、僕の帰り道と反対の方へ大きく歩いていく。お互い別れの挨拶も述べず、帰路に就いた。


「…そういえばやけに寒いなと思ってたら、タンクトップのままだったからか」


両腕にはいつ間にか寒さで鳥肌が立っていた。こんな時に風邪引いて、今後の活動に支障をきたすようであればSSFメンバーに顔向けできないな。







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