第51話 会議6 変遷

_________





「…ふふっ、想定外の事態になったね」


爽やかな笑みの中に不敵なものを感じさせながら、田代の応急処置に取り掛かる青柳。


「んーまぁ、一人やられたこと自体何も問題ねぇよ。俺らがいるんだし、大丈夫だろ」


「……駄目だ」


「ん? なんか言ったか。鴫原」


「…今日はあきらめた方がいい。…分が悪い」


「…てめぇ」


鴫原の襟元を強引に掴み上げ、明日人は睨んだ。


「何もしてねぇやつがしゃしゃり出んなよ…調子乗ってのか? 理仁にコケにされて俺はムカついてんだ。次不用意な発言をしてみろ…俺ら『全員』でお前を殺す」


「……」


あっけなく手を離され、鴫原は再び席へ座り直した。


「…俺は理仁をやる。お前は天沢と直江をやれ。…いいな?」


「……了解した。…あと、一ついいか?」


「ったく…なんだよ」


「…外であの二人を始末する。…生憎と、この場の雰囲気で殺すのは気が引ける」


明日人は面倒くさそうに、ため息をついた。


「はぁ、全く……死体はちゃんと持って来いよ。どんな形であれ、裏切ったら殺す」


「…分かった」


静かに立ち上がり、足音立てずに天沢と直江の下へ行き、二人を立ち上がらせた。

二人とも怖がる表情や抵抗する姿勢すら見せず、大人しく彼に連行され、退出していった。


「…にしてもここにいる四組のやつらってホント抜けてるわね。死に対しての恐怖がまるで感じてない」


「浅見を除いての話だけどな。どうやってこの高校に入学できたのか。知りたいくらいだぜ」


「…ホッホッホ。入学試験はどんな過程であれ、本番で実力を発揮すればいい話なのじゃよ…一見チャラそうに見えるあの子らも多少勉学に勤しんできた者じゃろ」


「確かにそうっすね。…そういや、七月に試験がありますよね。俺らは初めてだし、そこでみんなの学力がはっきり分かると思うんすけど、去年と違って大きく難易度が跳ね上がるとか赤坂教頭から聞いたんすけど、なんか狙いがあるんすか?」



それを聞いた円谷校長は固い表情になり、机の上に手を乗せ、指を交差させた。



「相変わらず情報を仕入れるのが速いのぉ~明日人君は…。この際だから言うが、これから行われる試験や体力測定などはすべて儂の監修で行われるものじゃ。『候補生』で行われている訓練よりは優しめじゃが、一般生徒、個々人の潜在能力を引き伸ばすのに十分なカリキュラムを施すつもりじゃ。無論、脱落者は相当出ると見積もっておるが…情報規制のために存在を消すしかなかろう」


「へぇ…そう言えば、体力測定での長距離走、一般より長く走らされたっすね。ちょっとキツかったすけど…みんなへばってましたよ。この高校の生徒を育成するだけ無駄だな…と、そう、思いました…もちろん『候補生』は別っすよ!? 」


「ホッホッホ! まだ若い子には分からんさ。儂にだって表面ではそう思えるわ…。じゃが…目に見える実力や能力で判断され、上辺だけの社会で成り立っているのが世界そのものじゃ。内に秘めた熱情や競争心、復讐心…そんな自分でも理解できぬ、隠れた才能や実力が評価されないのはおかしなことじゃろ?すべての人間の個性が容認されない、尊重されないという原因がそのせいじゃ。 


人の『本質』を理解できぬ者が、素質ある人間の『本質』を理解しようとせず、個人の潜在能力を伸ばす機会を失わせているのじゃ。それがどんなに勿体ないことか…。


…儂は恵まれた環境で育つことができんかった…今では当たり前の三食の食事をとったり、勉学や運動に勤しむことも…何をやるにしても、外部から制限され、自分を成長させる機会が少なかった。…そんな環境で育った自分に憤りを感じたのじゃ。


と、まぁ昔はそうじゃったが…今はこんな恵まれたご時世になったわけじゃ。望むものがほぼ全て努力やお金で買える代物になったのじゃよ。人の成長を引き伸ばす機会など数え切れぬほど有り余っておる。


…寿命や老いには勝てないのはどうしようない運命じゃが、儂と違って、若い子らにはまだ無限の可能性を秘めているのじゃ。その可能性を引き延ばそうと努力し、いずれ開花させてくれる優秀な人材を育成するのが、教育者である儂の役目じゃ。『護衛役』や『候補生』、皆まだまだ若い子たちだらけじゃが、みな能力は高く、才能に満ち満ちておる」


長々と自分の目的や理念を語った円谷校長は子供のような期待と希望に満ちた顔をしていた。


「…さて、この場の後始末は青柳君や明日人君に任せようかのぉ」


そう言って『護衛役』を数人ほど連れて退出した。


話を聞いた『候補生』らは薄く笑みを浮かべ、


「潜在能力を伸ばしていくのは人間に必要なスキルだ。外見だけの強さなんてなんも意味がないが…ふふっ、オレらには高い潜在能力がある。他のやつらとは違う」


自惚うぬぼれも甚だしいよ、明日人。あんたは頭は切れるけど、自分のことよく見えなくなるし、油断しやすいのよ。気をつけなさい」


「お前に言われなくとも分かってるっての! …だから俺は一位にはなれなかった。お前ら『候補生』の中でも実力は3位っていう結果だ…」


「訓練を受けてから、まだ長くないし、焦ることないわよ。私の方がよっぽど下だっていうのに何で私が慰めてんのよ…それよりも」


榎本は田代の顔を見て、俯いている辺見の存在を気にかけた。


「…残念だったわね。『候補生』に抵抗して、傷一つは付けられる可能性は考慮していたけど、こうなることは予想できていなかった。仕方ないわよ」


「…励ましはいらないよ。田代はまだ生きているし、これからも俺の友達なんだ。…だけど、こんなあっさり敗北するなんて…」


真ん中に分けた長い髪は目元にまで無造作に乱れており、こちらからでは彼の顔はよく見えない。その間から宮田に向けて、おぞましく、復讐に満ちた目でぎろぎろと見ていた。


「宮田……お前は絶対に俺が殺す。女だろうが、弱かろうが容赦なく殺してやる…。体裁ていさいなんてものは捨てて、跡形もなく消し去ってやるよ」


宮田は二人の前に立ち、冷や汗を額に浮かべ、正面から辺見を受け止めた。


「守りたいものは命を懸けて守る。それがリーダーとしての責任ですわ!」



_____ダンッ!!



宮田へと、走り出した辺見は、開いた右手で彼女の顔を潰そうと掴むはずが、


「落ち着いてほしい、辺見君。まずは冷静になろう」


近くにいた青柳に難無く制され、止められた辺見は驚きと怒りの顔を彼に向けた。


「何してんだよ…青柳、何の真似だ! 俺はいつも通り冷静だ。田代がやられた借りを返すつもりではあったが、当初の予定通り、この場にいる一般生徒を始末することは忘れていない。返答次第ではお前も処分の対象になるぞ」


自分の今の状態を客観的に見れているが、焦りがにじみだしているところは明らかだ。


「僕は円谷校長に信頼を置いている。あの方の意向に背くことは絶対にしない。もちろんこうした理由は別にある。鴫原君の言っていたことが少々現実味を帯びている気がしてならないんだ」


「はぁ? 何言ってんだ! 冷静じゃないのはお前の方じゃないか! 鴫原なんてただ弱音を吐いてるだけでしかない。現に二組と四組一般生徒相手なら、俺一人でも十分だ!」 


青柳は大きくため息をついた。


「君や明日人君といい、なぜ君たちは自分たちの置かれている立場が見えないんだ。二組や四組の生徒は本当に一般生徒なのかも全員分調べがついていない。ましてやここにいる彼ら全員がそれに当てはまる。この高校は例年SSFのメンバーが集まるんだ。この会議が始める前に赤坂教頭に言われたはずだよ。『相手を探りつつ慎重に始末しろ』と。決して油断してはいけない」


それを聞き、辺見は軽く息を吐き、青柳の手を振りほどいた。


「…ホント慎重すぎるんだよ、お前は。…じゃあこれからどうするつもりなんだ? むやみやたらに殺しちゃまずいってことか」


「まず少人数で、それぞれ手分けして始末しよう。君らが固まっているとそれぞれ反発するし、分けた方が効率がいいからね。君は二個隣の空き教室で宮田さんたち三人をお願い。明日人君は隣の視聴覚室で理仁君を、榎本さんは何かあった時の場合に備えて、ここで待機していてほしい」


「なんであんたに従わないといけないわけ。それに私の出番がないとか、実地訓練としてのカリキュラムに差が出るじゃない。その埋め合わせはどうするつもり?」


辺見と明日人は頷いて賛成を示したが、榎本は激しく反対した。


「僕からリーダーに頼んで、特例で他の実地訓練に参加させる。これで構わないかい?」


「まぁ、ダメだったらあんたを上の者にチクればいい話だし、別にいいわよ」


取引の話が終わった後に、それぞれの生徒についた。


宮田たちは必死に抵抗するかと思えば、


「ここは大人しくついていこう。もしかしたら助けが来るかもしれない」


冷静な凉の言葉に宮田たちは従い、辺見と共に指定の教室へと向かった。一方理仁は明日人を完全に無視。席から一向に立ち上がろうともせず、ゴージャスな手鏡を見て、前髪を整えていた。


「なぁ、やっぱこいつはここで始末する。いいな?」


「…そうだね。榎本さんと一緒にお願いするよ」


怪訝けげんな顔をして榎本は渋々うなずいた。


「さて、君は僕が担当になったわけだけど…他の教室へ行こうか」


オレを始末するのは青柳になった。このまま抵抗しても他のやつらの目に留まるだけだ。大人しくついていき、代わりに明日人たちが使うことになっていた視聴覚室へと移動した。


誰もいなく、ただ静かな空間で二人きり。その中には殺伐とした空気が混じっていた。


「陸人君……なぜ僕はみんなを別々の場所に移したと思う?」


「それはさっき自分で言っていただろ。『候補生』のやつらが皆仲が悪くて、思うように事が運べないんだろ」


「それ以外のことを聞いているんだ。…君ならとっくに気づいていると思うんだけどね」


「なんのことかさっぱり分からないな」


「榎本さんが言っていた通り、どこまでも白を切るんだね。だけど僕には分かるよ。君は普通の人間じゃないって。『候補生』や円谷校長の素を目前にして、何も感じていなかった。それに弓さんや…涼さんが、本当に殺されかかっている状況の中での君の落ち着き様は異常だった」


「……」


「それだけじゃない。あの時、宮田さんが田代君を止めてくれることは分かっていたんだよね。宮田さんからの信頼が厚い君が助けに行かなかったのは、現実に目をつむっていた彼女を奮い立たせることができると確信していた。君の助言からもそう捉えることができた。普通に考えて、完全に人心掌握していないとできない芸当だよ」


「一つの可能性に賭けただけだ。オレたちだって、ただ無駄死にするくらいなら必死に抗って死にたいものだ」


「…まぁ、そうだね。建前で言っているのは分かっているけど深追いしても仕方ないか。時間はあるけど『仕事』は手っ取り早く終わらせたい。…覚悟してね」


軽く足を開き、両手の拳を握りしめた。


「待ってくれ。今お前は『仕事』と言っていたが、他の『候補生』とは違うのか」


時間稼ぎのためと青柳の言っていたことに対して、深く掘り下げていく。


「…勘がいいね。そうだよ。僕は円谷校長に雇われた、この高校に潜り込んでいる工作員。いわば刺客みたいなものさ。ちなみに『候補生』は入学前に、円谷校長の独断で選ばれた新人訓練生のこと。僕の方が先輩なのに言うこと聞かなくて困っちゃうよね」


「工作員、か。円谷校長に敵対する組織とかいたり、敵の情報を集めたりしているのか」


「君に話しても無駄なことだよ。第一…」


青柳はオレの制服の右裾に手を突っ込み、指につままれた物を見せた。


「録音機器…やってくれたね。今までスマホをいじる操作も見られなかったし、不思議に思ってたんだ。やっぱり通信妨害装置にも気づいていたんだね。これではっきりわかったよ…まさか君がSSFの人間だったとはね。完全に君は僕らの敵だ」


録音機器を握り潰し、床へ粉々になった破片が散らばった。


「……SSF…何のことだ 」


わざととぼけたような感じで言ってみる。


すると、青柳は襟元を強く引き、強引に顔を近づけた。



「ここまで来て、まだ自供しないのか?」



まるで人格が変わったかのように、目の色や口調まで異なるものになっていた。更に闘気のようなものがより濃くなっていった。


「円谷校長に敵対する組織は数多くあると聞く。オレがSSFとやらの組織以外の者という可能性はあるはずだ」


「確かにそうかもな。だがらの組織は最強だ。そんな最強の組織に唯一たてつくような組織はSSFくらいしかありえない。直に全ての敵対組織が壊滅することは目に見えている。円谷組織に次いでSSFが強いくらいだが、日々戦力を拡大していっている俺らの相手にならないだろう。現状SSFはあちこちに戦力が分散している状況だ。そのすきを見て叩けば解決…っと、関係ない話をしてしまったな。とりあえずお前はここで……」



____青柳っ!



教室のドアが勢いよく開かれ、酷く焦った辺見の姿が視界に入る。


「すまない!俺のミスで…って海人かいと!? なんで今の時間に…」


海人? 一体誰のことを…


青柳はオレを開放し、辺見に体を向けた。


「…え、あぁー!いや…海人って誰のことかな。そんなことより宮田さんたちの担当だったよね。もう終わったのかな」


闘気が一瞬にして薄れ、目の色や口調まで普段の青柳に戻った。


「…取り逃がした。本当にすまない。完全に油断していた」


「彼女ら相手に君が失敗するはずがない。なぜ取り逃がしたんだい?」


「悪い…一瞬目を離したスキに、三人が消えていたんだ。どこを探してもいなかったし、何が起こったかよく分からないんだ…」


「まぁいい。君はここに残ってほしい」


「今すぐにでもあいつらのことを探して…」


「いいから彼女らのことは後だ。きっと面白いものが見れるよ」


「…あ、あぁ。了解した」


さきほど青柳と辺見との間でひと悶着があり、青柳の言うことを聞きたくない気持ちがあるように見えたが、失態を犯した以上、下手したてに出るしかない。

大人しく青柳の指示に従い、こちらにやってくる。


「青柳…なんで早々に陸人を殺さなかったんだ」


純粋な疑問をぶつける。


「陸人は特別だからね。何か面白いものを持っている」


「なんだそれ。…いいのかよ、早めに殺さなくて」


「明日人君が理仁君を気にかけるように、僕は陸人君のことをもっと知っておきたいと思ってね…まだ、殺さないよ」


「ふーん。で、陸人のやつの何が知りたいんだ。どう見たって普通の生徒にしか見えないだろ。学力も運動能力も平均的なはずだが」


「本当にそうかな? 学力は今のところ入学試験の点数でしか測れてないし、運動能力はわざと手を抜いていたこともあり得る」


「本当の実力を隠しているってことか」


「それに何か引っかかるんだよね…うん? ちょっと待って」


怪しげな表情を浮かべた青柳はそっと壁際に耳をついて、外の音を確認した。


すると急に走り出し、廊下へ出て誰かに話しかけた。


「…今終わったところかな。二人の死体はどうしたの? 鴫原君」


ところどころ血が散布した制服の鴫原が教室へと入ってくる。天沢と直江、二人の血痕だろうか。


「…『護衛役』の人間に渡してきた。どの道彼らに死体を預ける決まりだ。…わざわざここまで連れてくる手間はとりたくない」


「ふーん…そっか、お疲れ様。相変わらず、人を殺しても表情が歪まないね」


労いの言葉受け、鴫原は血がついた制服の上着を脱ぎつつ、室内に足を入れた。


冷徹で人間味が薄い。一見何を考えているか分からないように見えるが、鴫原はオレと似て、感情を抑えることに慣れた人間だ。目的や使命のためなら潔く悪事を突き進み、手段など選ばないだろう。


「…事情は榎本から聞いた。分担して作業を行っているらしいな。…ところで、陸人はなぜ殺されていない?」


「青柳のお楽しみで生かしているらしい」


「…そうか。賢明な判断だ」


「何がだ…?」


鴫原の言っていたことに対して辺見は不思議そうな顔を浮かべた。


青柳はオレへ歩み寄り、じっと目を見つめた。


「言っておくけど一学年の中でも特に陸人君…君が一番謎が多い人物なんだ。君の履歴書やあらゆる個人情報を探ってみたけど、どれも上手く情報を改ざんしているようだった。入学前は闘病生活していた…とか書いていたけど見るからに噓だと分かるよ。その体は相当訓練を積んできた者の証だ。それも僕なんかの比にならないぐらいにね」


「おいおいそれはないだろ。お前の方が強く見えるし、実力だって…」


「『候補生』だっていうのに忘れたのかな、辺見君。潜在能力も考慮すればの話だよ」


「…そう、か」


カリキュラムを正常に受けていればの話だが、訓練を受けた者の筋肉の付き方は年齢や生体機能、性別を考慮すれば、やや個人差はあるものの、凡そ似ている。スポーツによって特有の筋肉がつくのと同じ原理だ。極端に肥満型や瘦せ型にはならないし、健康的な体つきになる。


青柳は潜在能力を踏まえた上で人の能力を推し量れる。


そう分かれば、もうこれ以上こいつに白を切ることはできない。確実にオレがSSFの人間だと、確信しているはずだ。


にわかには信じられないが…青柳がそこまで言うならそうなのかもしれないな。そういや鴫原も結構陸人のことを注視していたよな。もしかして気づいていたのか」


小さくコクンっと頷いた。


そして話しの流れを変えるように、鴫原は青柳にある一つの提案を試みた。


「青柳…一つ頼みがある」


「どうしたのかな」



「…陸人を円谷組織に引き入れてほしい」



外面では全く分からなかったが、何か意を決したように言った。


「…驚いたな。君からそんな提案が来るとは思わなかったよ。…というより僕も似たことを考えていた」


「おいおい二人とも本当に言っているのか…!?」


「今の円谷組織に必要なものは絶対的な戦力だよ。仮に陸人君を引き入れるとなると今日の予定は少々狂うけど、結果的には大きな利益をもたらしてくれるはずだ。円谷校長も納得するだろうね」



まっすぐな目で青柳はオレに左手を差し出してきた。



「どうかな。これから君の命は保証されるし、さっきの円谷校長の話の通り、実力によっては厚い待遇もかかる。金銭面や娯楽等、ある程度の望みは叶うはずだ。今後の人生を充実させたいなら悪い話じゃないよ」


「……」


「すぐに決めてほしいとは思っていない。考える時間はあげるよ」


「聞きたいことがある」


「うん。何でも聞いてほしい」


「厚生はしっかりしているようだが、ある程度の自由は許容されるのか? 監視されたり、長時間労働されるのはごめんだ」


「この校風と同じように僕らの組織は、自主性を重んじることにあるんだ。潜在能力が高いと認められたあかつきには、一気に出世して、自分の行動選択肢が大幅に広がる。かなりの自由が利くようになるよ。今判断できることで言えば、君なら先ほどちらほらいた護衛の人たちみたいに幹部クラスにまで上り詰めることは可能なんじゃないかな。どうかな?」


円谷組織に入る…か。

実際のところ、計画の内にそのことも視野に入れてはいた。


円谷組織の内部から攻め込み、組織を乗っ取り、後に銀二やSSFと戦うという実に簡単なシナリオだ。当初の予定では円谷組織を潰した後に銀二を、そして後にSSFを叩くことの三段階で進めていくはずだった。だが青柳の提案を受け入れれば、円谷組織と戦わない二段階で事が運べる。その上待遇を受けれるとなると、今よりも行動範囲が広くなるのは間違いない。


円谷組織には何ら恨みはないし、正直敵対視すらしていない。オレが円谷組織に入ること、それこそオレの自由だ。だが…


「悪いな。あまりに急な話で困惑している。少し考えさせてくれ」


「そうだよね。焦らずゆっくり考えるといいよ」


窓の外を眺め、あらゆる感覚を研ぎ澄ませる。

体が軽くなった感覚に陥り、全ての神経が過敏になっていく。


耳をよく澄ませ、考えにふけるよりも先に、音の確認をした。


予め人払いを済ませている証として、周囲の物音はほぼない。生徒や教職員らの関係者以外はこの建物にはいないのだろう。だがその中で一つの疑問が浮かんだ。


『護衛役』の人間が身に着けているはずの銃器が、その物のれる音が全く聞こえないのはなぜだ。


会議室にいた時、奴らは複数の銃器を身に着けていた。歩くたびに擦れ、パネル越しからは聞こえなかったものの、音を発していた。円谷校長はこの建物内にいるし、円谷校長の護衛として、本人を置いて別の場所へ行くことはまずない。となると……


「ちょっと待て!陸人はよく分からない人物なんだろ。さっき自分で言っていたことを忘れたのか?仲間に引き入れるなんて危険すぎるし、第一円谷校長や赤坂教頭にも許可を取っていないだろう」


青柳に向けて、辺見は自分の意見を主張した。


「許可をとらずとも、味方を増やす権限が僕には与えられている。その後の責任は僕がちゃんととるよ。…言っておくけど、辺見君が反対してもこの考えは変わらない。それに陸人君は今入隊するかどうかを考えてくれているんだ。邪魔せず、返答を待とう」


「そうかよ。だが、待てないな」


こちらに歩み寄り、オレと青柳の間に入った辺見は、手で青柳を押し、オレから引き離した。その直後、振り向きざまに左拳をオレの鼻目掛けて、思い切り突き出した。


「…この距離で、今の不意打ちを易々とかわすか…」


オレの右頬に伸ばされた腕を引き、一歩後退した。


「辺見君、邪魔しないでほしい。これ以上邪魔をするのなら…」


「邪魔はしない。円谷組織に入隊するために必要な力を持っているかを確かめるだ。正直勧誘の話は反対だが、実力が俺より上ならば認めるしかない。それに陸人はよく分からない生徒なんだろう。今、少しでも明るみにさせた方が今後の都合がつく」


「ここで実力を推し量れるものじゃないんだけどね…うーん、言っても聞かなそうだし、それくらいは許可するよ。実際どれくらいの技量があるか生で見てみたいし、悪いけど陸人君…覚悟してね」


そう言って青柳は離れ、入口付近に立っている鴫原の隣まで移動した。


「構えてくれよ、陸人。全力で命を刈り取る覚悟をもってかかってこい」


オレのことを強烈に睨み、辺見は隙がない中段構えをする。一瞬にして張り詰めた空気に変わる。相手は戦う気というよりも、殺しにかかる気のようだ。


辺見の構えを見て、やはり『基礎的訓練』プログラムの体術だと分かった。あの時の記憶は定かではなかったが、訓練場にいた『監視者』の内、円谷組織が介入していたことは確実であり、今自分の組織の武力上げにうまく取り入れたのだろう。


「おい…何しているんだ。構えろ! 本当に死ぬぞ!」


「悪いな、辺見。少し考え事をしていた」


「…死にしたいのか…お前」


三度も警告をしているのに、辺見は攻撃を仕掛けてこない。


「最初の覇気はどうした。徐々に殺意がなくなっているように見えるが」


「お前は死ぬのが怖くないのか」


「普通は怖いと感じるものだ。誰にだって生存本能が備わっている」


「薄っぺらい答えだな。だがこれで、お前の答えを聞けた。がら空きの体、覚悟の無さ、生きることへの執着が乏しいお前は死に急ぎたいだけの大馬鹿だ」


気色を変え、強い脚力をばねにし、一瞬にしてこちらの懐までに詰め寄り、首元めがけて右腕を振りかざした。想定よりも速さがあり、少しオーバーに躱すことになってしまった。


「まぁ、躱すよな。……だがこれならどうだ」


中段構えからの一撃目に続けて、ニ撃目の左前回し蹴りがオレの脇腹に繰り出される。しかしその攻撃の途中、右ひじで軽く相手のスネにあてがい、中断させた。


「くっ、ここで来てまさかの反撃か…」


訓練通りであれば、軽く受け流し、右手で次の攻撃をしかける。あるいは足を引いて相手の態勢を崩す手法が勧められていた。だがこちらは今訓練通りの技術を行使するわけにはいかない。独自で身につけた戦闘法でこの場をしのぐ必要がある。


「これならどうだ」


スネの痛みを物ともせず、体勢を立て直し、三撃目に驚異的な握力で顔を潰そうとしてくる。細い腕ではあるが、筋肉密度は相当なものだろう。


えてこちらに繰り出された辺見の右腕を、左手で掴み止め、やや力を入れ、相手の腕の筋組織の構成を、体感で事細かに調べる。


一瞬のことで驚き戸惑った辺見は、掴まれた腕を振りほどこうとするも、オレの手からは解放できないでいる。


「…おいおいっ!どうなってんだ…振りほどけない…!?」


手のひらから伝わる力を辿り、どのような訓練を積んできたか、どのような体術を得意とするか。辺見のあらゆるバックキャリアを辿り、『候補生』として育った者の実力を測り取る。


一端の訓練生といったものだろうか。掴まれた腕を軸に体を回転させ、右回し蹴りをオレの右こめかみに繰り出すという冷静な反撃を試みた。


だが反撃は無に帰した。



____ぐっ! あぁ!



掴んだ腕を勢いよく下に引きずりおろし、空中にいた辺見は、背中から落ち、床に強打した。


そのまま腕を離さず、仰向けになった辺見に馬乗りになり、空いた右手で相手の首を絞め上げ、反撃できないよう拘束する。続けて顔を近づけ、目を合わせる。


「……っあ、あぁぁ!」


許容できないほどの恐怖心を植え付けるよう、相手の目の奥に宿る生存本能に作用し、深い闇を見せる。


慌てふためく辺見は顔を背け、抜け出すことができない状態のまま、悪足搔き続ける。


「くそっ…ぐっ! がはぁ!…くっ…、うそ…、だろっ!」


両手でオレのことを殴りかかっても、勢いが落ちた状態では容易に回避できる。


「『候補生』であっても、相手の技量を正確に測り取るカリキュラムは受けていないらしいな。いや…まだ受けていないが正しいか。一撃目は良かったが、それ以降の攻撃全てに乱れがあった。同時に心身の同調に支障をきたしていた。人をあやめることに抵抗がある証拠だ」


「やはり僕の目に狂いはなかったようだ。構えることなく、適切な対処。素晴らしい身体能力だよ。正直期待以上だ」


パチパチと拍手を鳴らし、薄く笑みを浮かべ、青柳は賛辞を並べた。


これ以上抵抗しても無駄だと判断した辺見は悪あがきをやめた。力が緩んだのを確認し、こちらも首を絞めた手を緩める。


「…かっ、…はぁ、はぁ…なぜ俺を殺さない…?」


赤く苦しそうな顔をこちらに向け、オレに問いかける。


「お前を殺しても意味がない。もしお前を殺せば、そこにいる青柳や鴫原も黙っていない。ここでお前らを全員倒しても円谷校長に知れ渡って今より多くの戦力をぶつけて、オレを殺しにかかってくるからな」


「だが…お前が学級代表委員である以上、殺される立場に変わりはない。いくら強いからといって、武装した人間…特に『護衛役』や『刺客』の奴らには勝てない」


「『刺客』…そんな人間も他にいるんだな」


「…失言だったね、辺見君」


思い返してみれば、『刺客』のワードは今ここで初めて口に発した。とぼけなければ青柳や鴫原に、こちらが円谷組織のことを調べているという疑念を抱かれていた。曖昧に片付けるためにも、ぼかしが必要だった。


オレは辺見から離れ、青柳と鴫原のことを見る。


「…おっと、僕らは戦わないからね。ここでは話し合いを進めに来ただけだから。さて…陸人君。もう一度確認するよ。円谷組織に入る気はないかい?」


真剣な顔になり、再び左手を、今度は少し上にまで上げて差し出してきた。


「とりあえず品定めは合格したってことか」


「君の実力はまだ未知数だ。『本当』の僕と互角の実力か、それ以上の潜在能力を秘めている」


『本当』の僕というのは、辺見が入室してくる直前に見せた、別人格と思われる人物のことか。…たしか海人とか言ったな。


「確かにそうかもな」


謙遜けんそんはよしてほしいな。君には似合わないよ。…それで答えの方はどうかな?」


「オレは円谷組織に恨みはないし、敵意もない。入隊しようがしまいが、どうでもいいことだ。だが…オレには目的がある。義父である銀二を潰すこと。それを邪魔するのなら、オレは敵として円谷組織を壊滅させる。逆に一切の介入をしないことを誓ってくれれば、入隊しても構わない」


まだ左手は差し出せない。こちらの意図を汲み、お互いの都合を…『応用的訓練』の存在を確かめるという目的を合致させる。同じ目的がある者同士での利害の一致。その考えに至らなければそれまでだ。


「誓う、ということは…口約束で片づけていいものなのかい?それとも録音して言質をとるのかな」


「録音機器はお前が壊しただろう。それはどちらでも構わない」


「あーそういえばそうだったね!ごめんごめん。そっか、じゃあ君を信用して口約束で。それよりも、やっぱり銀二さんは君の本当の父親じゃなかったんだね。容姿が全然似ていないし、ちょっとそう思ってた」


「今更隠し通すほどでもないし、普通にバレるものだ。それと、立場が逆になるようだが、次はオレの問いに答えてほしい」


銀二への介入をしないこと。すなわち円谷組織にとって最大の敵であるSSF副司令官を無視すること。そんな馬鹿なことをする奴はいない。しかし銀二を潰す目的があるオレに任せるとなれば、見えない協力関係が構築することになる。


「君の言いたいことはなんとなくわかるけど…うーん、陸人君が銀二さんを潰す目的があるというならば、君はSSFのメンバーではないのかな。まだ完全には信用しきれてないけど、SSF副司令官を倒してくれるのなら全然構わないよ。だけどその過程において、僕らの組織の邪魔はしないでほしい。お互い介入しないという条件を飲むだけでこの話は片付く」


「あぁ、それで構わない」


交渉成立し、青柳と握手を交わした。


「ありがとう。良かった…これで君のことをもっと知ることができるよ。これからよろしくね」


真剣なムードはどこかへ消え、爽やかな笑顔でそう言われた。


「あくまで円谷組織の仲間として、介入することは許すが…」


「大丈夫、分かってるよ」




これでオレは青柳の管轄で、円谷組織の一員になった。

オレの存在は上の者に内密にすること、始末できなかった宮田たち、四組の理仁たちのことを見逃すように手配してもらうこともできた。『刺客』である青柳の権限ってこともあるが、彼らにも『候補生』になる資格や潜在能力があるということを強く訴え、経過観察することになった。幼稚すぎる理由づけではあるが、青柳の技量であれば簡単なタスクなのだろう。



当面の計画に必要だった円谷組織に、自分がSSFメンバーだと悟らせないこと、素性を明かさないという目的は達成できそうだ。



円谷組織の目的は、ミリーの情報や会議室での円谷校長の話から、英国科学研究所で行われている研究に携わることのみ。恐らく『応用的訓練』に関係していることだろう。その研究自体セキュリティ万全な場所で行われているため、内部との交渉に難航している状態だが、順調に事は進んでいるようだ。




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