第52話 会議7 宮田
私には何もかも上手くできる、そんな自信があった。周りの人と協力し、様々なことに挑戦して、運動や学業で多くの結果を残してきた。その内、周囲から「リーダーに向いている」「頼れる」「羨ましい」など羨望の眼差しを向けられるようになった。最初の頃は自分ではそんな風には思えなかったけど、小中高どこでもその様な讃美を受け、自分というものはそういう人間なのだと自覚するようになった。リーダーっぽく話し方や口調を変えてみたり、個性を出すように意識してみたりと、周りに自分というものの存在を認識しやすく立ち振る舞ってきた。自分を偽っている…そんな風に思えてしまうのは仕方ない。だけど何よりも私を頼ってくれる、大切にしてくれる周囲の人間を…友達を大事にしていきたい気持ちは自分の中に強くある。
スッと夢から覚めるように、意識が回復していく。
…私、いつの間にか気を失ってたのかしら。
そうだ、あの時辺見さんに…。
薄っすらと瞼を開き、どこにいるかを確認する。見覚えのある真っ白な天井、ホワイトーボード、机…
……どこかの教室、ですわね。
一学年の教室ではないことは確かだけど、どこかは分からない。
周囲の確認を終え、視線を下に向けると、そばで腕や足に縄をくくりつけられ、意識を失っている弓さんや涼さんの姿があった。
…私だけ、縄がくくり付けられていない…?
二人の傍、教卓の上にドカッと座っている辺見さんが前髪をかき流し、暗い表情で下をうつむいていた。
何か考えている…むしろ悩んでいる仕草を見せていた。穏やかな口調や表情、爽やかな面影はなく、そこには別人と思えてしまうほど取り乱した辺見さんがいた。
「くそっ!俺は田代にあれだけ…って、目が覚めたようだね、宮田さん。気分はどうだい?」
「…体調の方はとても優れませんわね」
「それはお互い様だよ…。俺も友達の田代があんな無様にやられて…酷く傷ついているんだ。君なら分かるだろ? 友人を傷つけられる、その痛みを」
今の辺見さんには殺意は感じられない。ただ自分の痛みや苦しみを誰かと共有したいという気持ちが出ていた。
「分かりますわ。田代さんは私の大切な友達を殺そうとした。友達が殺されるなんて考えたくもなかった。だから私は後先考えずに、あんな行動に出てしまった…」
「今振り返ってみれば、俺が君の立場だったら同じ様な奇行に走っていたのかもしれない」
憎しみや怒りをぶつけられるかと思ったが、予想に反して同情心を持たれ、反応に戸惑う。
「君の理解が追い付いていないようだね。俺は不思議なことに君を憎んではいないんだよ。友達思いである宮田さんの気持ちを理解できた気がして少し嬉しいんだ…」
「それはいったいどう意味で……」
_____グフッ! アァ!
教卓から私の目の前に、恐ろしい形相の辺見さんが急接近し、両手で思い切り首を絞められ、喉が圧迫される。
「…っ !は、離して…」
「ありがとう…短い間だったけど今まで宮田さんと同じ学級代表委員として関われたことに誇りを感じるよ。君のおかげで他クラスとの交流も深まったし、明るく楽しい学校生活を送ることができた」
そう言って両手の力が更に込められる。
「僕は元々君のことを注目していたんだ。人の先頭に立つものとしての素質があるにも関わらず、なぜその能力を開花させるために必要な段階を踏んでこなかったんだ。なぜ恵まれた環境で育ってきたにもかかわらず、弱者に施しを与えず、自分だけが得するような無駄な人生を歩んできたんだ」
両手から私を解放し、思い切り突き飛ばされ、仰向けになった私を見下ろした。
「……かはっ! ……どうして…」
そのまま私を殺せていたはずなのに解放したのは何か狙いがあるのか。そう思ったけど、すぐに考えがシフトし、再び恐怖心がよみがえる。
「……、君を殺したくて…えっと…どうしてだろう」
先ほどから辺見さんの言動は意味不明だ。自分でもわからないほど取り乱しているのだろう。辺見さんの顔がどんどん歪み始める。
髪をかきむしり、ガタガタと震わせた口。思い切り下唇を嚙みちぎる。痛い、痛いと悲痛な声を震わせ、ひどく狼狽した姿を見せた。
「…ごほっ、ごほっ! い、いったいどうしたんですの!?」
「…俺に、…出来ることは友達を…守ること…? いや、殺すことだ…だから、俺の両親は…、違う違う…そんなこと、…あぁ……今は、関係ない……勝つことで……、すべてを手に入るんだ…円谷校長の、言っていた通りに……訓練通りに……」
目が充血、意味不明なことを話し、足元をふらつかせていた。まるでゾンビを見ているかのような
「み、宮田さん!い、今のうちに!」
涼さんが、弓さんの縄を解きながら叫んだ。
「意識が回復したのですね…!良かった…」
弓さんを二人で肩を預けながら、必死に涼さんの足並みに合わせ、協力して教室から抜け出す。後ろを警戒しながらも、慎重に廊下を走り、階段を降りて正門から出ることに成功した。人通りが多い交差点まで出て、
「…はぁ、はぁ…追って…来ませんわね…」
教室を抜け出した後、すぐにでも追ってくると思ったけど、辺見さんは追ってこなかった。それよりも…あの変わり様は異常だった。薬物使用とかで聞く、精神障害者のようなものと似てとれ、思い出しただけで鳥肌が立つ。
「…そうだね。とりあえずこの店に隠れて整理しよっか」
まだ気を失っている弓さんを担いで通りを歩くことは変に目立つし、涼さんの言う通り整理したいことが山ほどある。
最近できた洋食店の中に入り、すぐに女店員さんが出迎えてくれ、弓さんを見て少し驚きつつも、冷静に対応してくれた。幸い客席が個室になっていため、他のお客さんに勘づかれないように座ることができた。
弓さんをソファ席に横たわらせ、しばらくするとゆっくりと瞼を開き、はっとした顔になる。
「…う、う~ん…あっ!みんな大丈夫!?」
普段ほんわかでマイペースな雰囲気がある弓さんが、こんな必死な顔を見たのは初めてで……
「…くすっ…なんですの、その顔は。それに声が大きいですわよ? 他のお客さんの迷惑になります…うっ」
「……よかった。本当に良かったよ、みんな無事で」
あの場の理解不能な空間で、死地に追いやられた恐怖心。田代さんに二人が殺されてしまう焦燥感。人を殺そうとした罪悪感…自分という存在がいかに
「…ホントに怖かった…!うぅ…!」
「…あの時は本当にありがとう…宮田さん。宮田さんがいなければ私や弓さんはここにいなかった…」
「……うっ、うっ…あぁぁ~よかっだぁ~」
三人手を取り合い、あの恐怖に解放された安堵に息を漏らした。
________
しばらくして涙や気持ちも落ち着き、今日の出来事について話し合う。
「…ふぅ。まず私は田代さんを傷付けた罪を償わなければなりません。そして今日の出来事を警察や教育委員会、家族に報告を…」
グラスに水を注いだ涼さんはこちらに渡し、同時に話を遮る。
「待って、宮田さん。この事はまだ他の人に話さないほうがいいかもしれない」
「それはどういう意味ですの…涼さん」
「少し考えてみたんだけど…もしかしたらこの出来事は国絡みの騒動だったんじゃないかと思うんだ。飛躍した話になるけど、根拠は幾つかあるよ」
「国絡みの騒動…俄かに信じられませんが…」
涼さんから思いがけないことが話され、一瞬頭が停止したが、意識を涼さんに傾け、慎重に話を聞いていく。
「まず最初に県立高校の高等教育高のみ優遇されていることが怪しい点は言うまでもなくわかってるよね。去年就任してきたばかりの円谷校長先生が、大きな制度改革を試みた…みたいなことも言ってた。その制度はどれも校長先生の独断で変更可能にされている。普通に考えておかしいよね。
あまり行政関係には詳しくないけど、本格的に制度を変えるなら生徒やPTAに決を取る。賛成派が多ければ教育委員会や更に上の立場の行政機関に申請することになるはずなんだけど…恐らく、生徒やPTAにも確認を取らずに制度改変が認められている。
高校の敷地だって私立高校以上の規模を誇っている。それがメディアであまり公表されないのも、国が関与して情報規制を行っているためだと考えられると思う」
とても筋道立った涼さんの推理を聞き、今一度高校を見つめ直した。確かに外部とのやり取りが極端に少なく、警備員が正門前以外にも棟ごとにかなりの人数がいるし、明らかな警戒態勢だと判断できる。
「それに会議が始まるまでに円谷校長先生のそばにいた赤坂教頭先生も怪しいね。明日人くんも含めて共犯仲間だと捉えることができる…」
「涼さんのおっしゃっていることは分かりますが…そうですわね、ちゃんと現実を見ないといけませんわね。国絡みの話だとした場合、何が目的なんでしょう」
「学級代表委員会に所属する私たちを始末すること…それが目的だよね。だけど始末するための明確な理由が分からない。私たちは弱いっていう理由だけで殺されかけた…ただそれだけ」
内に秘めた怒り、理不尽なことに命を奪われかかったどうしようもない気持ちが駆り出たされる。
「…国が関係しているとなると、そんな理由だけで人の命を奪うことは致しませんわ。何か別にあるはず。…そうですわね、明日人さんたちは『候補生』と言っていました。それと何か関係が…? 今回の騒動は明日人さんたち三組や一組の方が引き起こしたものであって…」
涼さんは少し悩む様子を見せ、口を閉ざした。
「う~ん、難しい話で分からなかったけど、『候補生』って円谷校長先生が選んだ特別な生徒さんだよね? 私そのことは聞いてたよー」
挙手し、弓さんが代わりに答えた。
「校長先生が選んだ生徒…そうでしたね、ありがとうございます。特別な生徒に訓練、といった単語も気になりますわね。…思い返してみれば、明日人さんは私たちの命を奪おうとしていたときもそんなことおっしゃっていましたわ。…いったん整理してみましょうか。
今回の騒動は…この国が何らかの訓練を『候補生』方に受けさせ、その訓練カリキュラムを受ける場所が高等教育高だった。そしてその訓練カリキュラムの中に私たち一般人の命を奪う訓練が導入されていた」
二人とも軽くうなづき、考えの方向性は合っていると確認できた。
「そうだと思うよ。となるとやっぱり…今回の騒動を警察や教育委員会を当てにしても信じてもらえない…というより、なんで私たちがそのことを知っているのか、生きているのか不思議に思って、再び国や円谷校長先生たちの目の敵にされることになる」
涼さんが始めに話した通り、外部の者に話すことは極力控えることがベスト。
「国に相手されないなんて…ひどい話ですわね。…まぁ、今の段階での話ですし、何せ情報が不足しています。全然想定外の小さな話だったということで片づけることができればいいのですが…」
「そうであってほしいけどね…。だけどこれから私たちは隠れて生きていくことになるのかな…。やっぱり転校とかして身元を隠さないと…」
弓さんはその話を聞いて、涼さんとともに悲しい表情を浮かべた。二人はただ巻き込まれただけなのに、指名手配者のような逃亡生活を送ることになる未来を想像してしまっていた。
「転校は難しい話ですわね。全権を持っていると言って等しい円谷校長先生が認めるはずないですし、国の捜索に当たれば近いうちにまた追ってくるでしょうね、その時は…」
「…やっぱり家族や友達に迷惑をかけたくないし、自殺……するしか…ない、のかな」
目を逸らしたくなるような残酷な事実。
涼さんも私と同じ考えに至っていた。そんな残酷な現実を耳にした弓さんは狼狽したり、叫んだりせず、まるで生きることを諦めたかのように、ただ静かに涙を流した。
「弓さん…その時は一緒にいこうね。私だって一人で死んでいくのは嫌だよ。宮田さんも…三人で、ね?」
再び手を取り合った。
こんなとき涼さんと弓さんがいなかったら、友達と呼べる存在がいなかったら…今頃私はどうなっていたんだろう。静かに一人で勉強や読書をして、周りから目立たない、学校生活を送っていたのかもしれない。生徒会や学級代表委員会にも所属していなかったかもしれない。そして同じ様にこの出来事に遭遇したとき、田代さんに抵抗する意思すら示さず、ただ私の人生はこんなものだったのだと思い、静かに死んでいくのだろう。
…あの時陸人さんに友達を守るという強い意思を奮い立たせてくれなければ、立ち上がることもできず、私は……。
り、陸人さんっ…!?
「そ、そ、そ…の! り、陸人さんはっ!?」
そのことを聞き、涼さんと弓さんは苦しい顔を浮かべた。
思いがけず大きな声を出してしまい、隣りの客席から驚きの声が上がった。
「…陸人くん」
既に察していたのだろう…。一番陸人さんと距離が近かった涼さんの目に大粒の涙が溢れる。
私たちは運が良かった。辺見さんの目をくくりぬけられたこと自体奇跡に等しいことを。確か陸人さんは青柳学人さんに連れていかれて…その後のことは想像もしたくない。
今まで私たちは自分のことで精いっぱいだった。学級委員長だっていうのにクラスメイトを放って逃げてきた。
「…私はなんてことを…」
自責の念に駆られる。陸人さんは良く分からない人だけど、決して悪い人ではないことは二人もよく知っている。それは一緒に学校生活で送ることでわかってきたこと。無口で目立たなく、自分から話しかけないような感じだけど、いつも何か考えて行動している。あまりうまく言えないけど言動や行動に無駄がない、私の数少ない男友達。影山さんが亡くなったように、陸人さんも……。
泣き崩れる涼さんの背中を弓さんがさすりながら、私も泣きしそうになる。そんな悲痛を感じながら、あることを思い返していた。
陸人さんは私をあらゆる場面で成長を促してくれたことを。
陸人さんの行動理念は分からないけど、入学初日から生徒会志望であり、今泉先輩や今田先輩、美玖先輩たちと仲良くなっていた。隠れて見ていたけど、その光景はとても印象深かったし、私は珍しく負い目を感じていた。自分よりも行動力がすごい人を見て嫉妬してしまっていたし、クラスでの学級代表委員会決めでもちょっかいを出してしまった。本来なら陸人さんが学級委員長に志願し、クラスを正しい方向へ導いてくれる、そんな未来も想像していた。だけど目立ちたがり屋な自分が勝ってしまい、クラスメイトたちのことを全く考えずに志願してしまった愚かなものな自分が今ここで生き残っている。
「…ごめんなさい、陸人さん」
目をつむり、頭を下げ、そう謝罪するしかなかった。
「なぜ謝るんだ?」
____え、え!?
この個室の客席入り口付近には陸人さんと、もう一人は意外な人物、青柳学人さんがそこにいた。
涼さんと弓さんは目を丸くし、更に大粒の涙を流して泣いていた。
とりあえず生きててよかった。
____でも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます