第50話 会議5



今後の計画に支障が出ないように予防策を洗練させようと頭を回していたところ、円谷校長に話しかけられた。


「…そこのお主、佐渡…陸人君だったかな。この状況でもず~っと真顔なのじゃなぁ、大丈夫かのぉ?」


更に場の空気がおかしくなった中でオレに話しかけてくるか、と思いつつも、周りのやつらも反応してこちらに視線を集めてくる。そんな中、特に一組と三組からは殺意や憐れみといった負の感情が感じられた。


辺見や田代。


友として見るような目ではなく、自分よりも下等な人間を見るかのような目でこちらを捉えていた。そんな目を見て心なしか、怜央の気持ちが分かったような気がした。状況は違うにせよ、友と思っていた者に裏切られる。そんな気持ちを少しは理解できた気がした。


最初は普通に友達として仲良くできるのでは、とわずかながら友人関係の構築に希望を見出していたが、あっけなく無くなり、周りに合わせ、関係がこじれないように接してきた態度とは全く違うように見えた。


「この不穏な空気の中で大丈夫とは言えないですね」


「ホッホッホ!それがお主の本音とは思えんが…まぁ、お前さんのように周りに流されない人間もおるのじゃな」


「人は千差万別ですからね。…それにしても周りがやけに静かですね」


円谷校長と長く話すのは得策とは言えない。早めに話を切り上げるために、別の話題に逸らした。


先ほどから気付いてはいたが、他学年の生徒たちの姿が見当たらない。恐らく移動の際、音で勘づかれないように防音パネルを設置したのだろう。狙いは分からないが、分散させて始末するのかもしれない。


この会議室にはオレたち一年生と円谷校長、パネル越しの奥に、他学年の生徒たちと入れ替わりで、武装した『護衛役』と思われる者数人がいる。



「この会議自体…『候補生』らの『基礎的訓練』の訓練カリキュラムの一部。1、顔見知りの人間を殺すことへの躊躇いを完全に無くすこと。2、純粋な力で人間を殺す手法を実戦形式で学ぶこと。基礎の基礎じゃ。…そろそろ時間じゃの」



円谷校長がスッと手を挙げると



「…さて!準備するか。俺ら『候補生』が学級代表委員会や生徒会を支配し、円谷校長の野望を果たさせるための第一歩だ。制度改変がまだ完全に行き届いていない中で出てきた邪魔者は早々に片づける」


何か合図を受けたのか。明日人に続いて、榎本や辺見と田代も席から立ち上がった。


「ちょっと命令しないでくれる?いつあんたがリーダーになったのさ」


「いいじゃねぇかよ、そんなこと。だったら遥夏が代わりに掛け声とかやるか?ハッハ」


「そんなことしたくないわよ、子供じゃないし。…おーい!ボーっとしてないで、あんたも立つのよ!」


「……」


一人だけ席から立ち上がらずに、鴫原はジッとオレの方を見てくる。


「…俺は」


「あのさぁー、しゃべるならハキハキとしゃべってくれる? 前々からムカついてたんだよねー。そういうとこホント直してほしいんだけど」


「ハッハ!お前言いすぎだろ。それがこいつの個性でもあるんだからなぁ。そうそう治るもんじゃないぜ?」


「…やはり今日は…」


「何よ。あんたここまで来て今更降りるつもりなわけ?」


「いや…そういう訳では…」


「だーかーら!…」


「関係ない話は一旦止めよう。校長先生の目の前だし、さっきから君たち三組は調子に乗り過ぎだよ。彼らを始末することは確定していても、いつどこで情報が漏れだすかは分からない。慎重に行動するべきだ」


「はいはい、辺見の言うとおりね。以後気を付けまーす」


「んじゃ、始めるとするか。きつい訓練カリキュラムで学んだ知識と技術を思う存分生かしてやるぜ」


鴫原を除いて、明日人を筆頭にした『候補生』四人は不気味な覇気を出し、いつでも戦闘できる準備に取り掛かっていた。


強硬手段をとってきたか。本当に殺すつもりみたいだな。


おかしくなった場の空気が、一気に死を感じさせるものに変わる。


「…え、え!? 一体…どう、どうしたの!?」


涼と弓はさらに混乱していた。


この空気の異様さは、明日人たちによるもので、訓練して身につけた疑似的な潜在能力の一部にすぎない。まだ未完成か。本人でも自覚していない殺意が漏れだし、大きな力を発揮する準備が整っていた。それが見えないものとして体感的に伝わってくる。


生半可な準備でこの四人同時に相手するのは難しいな。鴫原や青柳もいつ参入してくるか分からない状況だし、円谷校長が目の前にいる以上おかしな真似はできない。自分の正体を悟られないようにするためにも、『基礎的訓練』やSSFで染みついた戦い方をするわけにはいかない。相手も銀二と繋がりがあるからこそ、オレがSSFだという予測も立てているはずだ。その予測を、この場を利用して完全に無くさせる必要がある。



「ユーたちは何するつもりかね?」



先ほどから寝ていたはずの理仁が伸びをし、口を開いた。


「なんだ?お前今起きたのか。俺らが何しようが自由だろ。ま、どの道知っても意味ないんだけどな」


「ホォ、それはそうだね。失礼、愚直なことを聞いてしまった。質問を変えよう。このパネル越しに潜んでいる武装した輩は君たちのお知り合いかい?」


「さぁ、なんのことかさっぱり分からないなぁ」


「とぼけるのが下手だね。…フム、君の名前はアストロボーイだったかな」


「てめぇ…馬鹿にしてんだろっ!」


短気な性格の明日人は理仁に詰め寄り、どかっと机に右足を乗せた。


「…問題児のお前に馬鹿にされんのは気に障るぜ。お前なんか筋肉バカで脳筋なんだろ? ハッハ! 愉快な性格してやがるぜ! 見るからに勉強とかできなさそうだしな!」


「それでバカにしてるつもりなのかい。まぁ、アストロボーイの名誉のために負け犬の遠吠えとして聞き流そうではないか!ハッハッハ!」


「はぁ?負け犬の遠吠え…笑わせるぜ」


「そんなムキになることでもないと思うけどねぇー。いやぁ~何とも見苦しいものだよ!」


「ムカつく野郎だな! そこまで自分の力に自信があるんなら、一対一サシで殺し合いしてもいいんだぜ?…おっと、それは叶わないんだった…ハッハ!」


「何がそんなにおかしいんだい?一人でに笑い始めるなんて、何か楽しいことでもあったのかい。愉快なものだねぇー」


「いや…悪い悪い! お前らは今日ここで殺されるからさぁ…意味がねぇと思っただけだ!」


「殺される…とは、一体どういう意味かな。ワタシたちは後ろで構えている輩に殺されるってことかい。アストロボーイ」


「…いちいちしゃくに障るやつだな! アストロボーイとか、クソみてぇなあだ名もつけやがって…後ろのやつらはただ校長の『護衛役』だ。今回は出番は無い。相手すんのは俺らだ!」


「ホォ…その『護衛役』とやらの方が腕が立つと思うが。君らは素手でワタシたちを殺すつもりなのかな」


「もちろんそうだが? 相手にとって不足しかないが、 訓練で学んだことを生かす絶好の機会だ…思う存分楽しんでやるよ!」


そう言ってコキコキと指や首を鳴らし、戦いに集中するための深呼吸をした。明日人に続いて、他の三組や一組の連中も軽く戦闘姿勢に入る。


「まず私から行こうかしら」


一瞬、榎本が一組の瀬谷あかりという人物を見る。適当にこいつが獲物でいいかという判断をし、スタッ!と会議テーブルの上を駆け、彼女の目の前へと移動。

瀬谷あかりはあまりの速さに声も出ず、驚きの顔を浮かべ思考停止していた。



___バゴッ!




骨が粉砕するような鈍い音とともに榎本の素早い右廻し切りが彼女の頭に勢いよくきまり、そのまま椅子から吹っ飛ばされ、隣にいた成田や弓の足元に落ちる。


仰向けになったままピクリともしない彼女はうつろな目をしていた。あんな音がしたんだ。頭蓋骨が破砕し脳に大きな衝撃が加わったはず。即死だ。


「い、いやぁー!こんなのおかしいって!」


「なんで…なんで…、殺し合いなんて…、そんなのやめてよ!」


これから起こりうる険悪な空気に居たたまれなくなり、弓や涼が奇声を発した。

そんな慌てふためく彼女らを、冷たい言葉で円谷校長が制す。


「これは儂が決めたことじゃ。儂が止めと言わない限り、止めることはできないのぉ…、ホッホッホ」


「そ、そんなのおかしい話ですよっ!私たち何もしていないじゃないですか!意味が分かりませんっ!」


「弓さんや…、この世は弱肉強食の社会で成り立たねばならんのじゃ。弱い人間は強い人間に淘汰とうたされるべきなのじゃよ」


「り、理不尽にもほどがありますっ! そんな簡単に人の命を奪おうとするなんて!」


弓と涼はじっとして動かない宮田を強引に引っ張り、ここから出ていこうとするも


「させないよ」


瞬時に、田代に進路を塞がれてしまった。


「どいて!私たち死にたくないよ!」


焦りと恐怖で歪んだ顔をした弓が田代に助けを求めた。


「君たちが学級代表委員会に入らなければこうはならなかった。もっと言えば、この高校に入学したことが間違っていたんだよ。運が悪かったね」


涼しげな顔をしたまま、右手で弓の首を強く絞め、楽々と持ち上げる。


「がはっ!…ぐぅ!……あぁ…っ! くりゅしいぃ…たす、たすけ…」


「ゆみっ!……ぐうっ!」


「…君も、同じように苦しめてあげるよ」


涼も弓と同じように首を絞められ、必死に抵抗する姿勢を見せた。

いくら爪で相手の手をひっかいても、宙に浮いた足で田代に蹴りを入れても、びくともしない。訓練で鍛えた上げた体に、か弱い女子の攻撃を食らっても、せいぜい蚊に刺された程度のものだろう。


「君の取り巻きがいじめられているよ、宮田さん。今の心境はどんな感じかな。君の大切な友達が…今にも死にそうな顔をしているよ」


「……」


「ふふっ、あっけなく心が潰され、自分の甘さを痛感しているんだろうね、気の毒だな…」


「…二人を…解放してください」


心細い声で宮田は言った。


「助けを請うのか…本当に惨めだ。今まであんな大きな態度をとってきたのに、こんな弱々しいしい姿勢を見せるなんて。女王様もこんな一面を見せるんだね」


「私のことは今はどうでもいいことですわ…離してください」


いつになく、か細い声だった。非力な自分を目の当たりにし、現実と自分の理想の大きなギャップに悩み、苦しんでいる。その気持ちは普通の人間なら誰しも持ち合わせるものであるが、彼女の場合は特に強く感じたのだろう。自分の行動や言動、すべてにおいて自信があった。そんな宮田の性格や心理が真っ向から否定され、立ち上がれないでいる。


「素直に離してほしかったら、それ相応の対価は必要だよ。…そうだね、この場で大金を渡してくれるのなら離してあげようかなー。君の親は有名な大企業を経営してるんでしょ。 一億渡してくれたらこの手から解放しよう」


不気味でサディスティックな表情を浮かべながら、宮田を蔑む。


「……そんな額、持っていませんわ…」


「なら、開放するのは難しい話だね。諦めて二人の死に際を眺めているといいよ…あぁ可哀想に」


二人が苦しむ姿を見て、宮田は暗い顔をしていた。もうどうしようもないと、心の底から諦めているように見えた。


ここで宮田が諦めたら、二人は間違いなく死ぬ。今この場で二人を救うための方法を死に物狂いで見出さない限り、彼女の性格上、一生悔やんで生きていくことになる。それは自分がよく理解していることだろう。


理解はしているが、行動に移す度胸が足りない。先ほどから精神が急速に病み、自分に対しての『存在意義』が無くなろうとしている。


友達である弓や涼を救うために命を懸けるリスクを負う意識を持たせれば、自ずとやるべきことは見えてくるのだが。


「…宮田、それでいいのか? 二人とも大事なクラスメイトなんだろ」


「……陸人、さん」


「驚いたな。てっきり陸人はあきらめたものだと思ったけど…宮田さんを鼓舞こぶして何になるのさ。わるあがきしても君らが不利な立場は変わらないよ?」


田代の言葉を無視し、二人の命が消えるまでの、限られた時間の中で宮田へと問いかける。


「二人を助けたいんだろ。自分に自信がないなら周りを頼ればいい話だ。無論この場においてお前の助けに応じてくれる奴は極わずかだが」


「陸人…無駄だって分かってるのかな? 彼女に助言してもどうにもならないよ」


「どうするかはお前自身が決めろ。…オレを頼ってもいいし、自分だけで行動するのも、全てはお前の判断次第だ」


自分がリーダーであるという自覚が大きければ大きいほど他人に頼ることを忘れがちになる。だが今の宮田は自分はリーダーに向いていないと考えるより先に、生きる希望を捨ててしまっている。


そんな周りを見ることができなくなった彼女に助言し、与えられた選択肢を提示させ、自分で自分を立ち上がらせる。宮田の成長を促し、なおかつオレが直接手を貸さずにできる簡便な方法だ。そして与えた2つの選択肢の中で確実に選ぶ方は…、


「……陸人…さ、ん…」


今にも消え入りそうな声で、オレの名前を呼んだ。

自身の肩に手を起き、震えていた。



「陸人。君は自分の立場が分かっているのかな。劣等生である君らに、どう足掻いても俺らには勝てないんだよ。だからさ……なっ!?」



田代の目の前に、急接近した彼女が、右手に持った細い物体を目前に突き出した。完全な不意打ちだった。回避しようとした田代は、そのとき既に後悔していただろう。


自分の力を過信し、両手が塞がれているハンデもあり、おまけに武器すら所持していない生身の人間だ。訓練で体を鍛え上げたにせよ、人の身体の都合上、鍛え上げれない部位は多く存在する。



立場が逆転した。



…思惑通りやってくれたな。



相手のハンデをプラスに考えるまで回復した宮田は、決死の覚悟で体を動かし、この会議で持ち込んでいたペンを、田代の喉元中心にいきどおりをぶつけるようにして、深くねじ込んだ。



____ッ!?  アァァ!!!



「かっはぁ!! カァァ」


弓と涼が解放され、田代の声にならない悲痛な声が耳に残る。


「…うそ…」


榎本の第一声を聞くまでもなく、全員がこの状況に驚いただろう。この場において、かなりの精神的ダメージ食らった宮田が立ち上るはずがない。そう思っていたはずだ、というより眼中になかっただろう。


「……ガッ…カァァ」


ペンを引き抜こうにも、あまりの痛さで体の自由が利かない状態。声帯をやられ、食道や気管にまで達しているだろう。幸い大動脈などに傷はなく、致命傷に至らずに済む。


「……はぁ、はぁ…やってしまい…ましたわ。…もう、これで後戻りできなくなりました。……悪いことをしたのに……何だか目が覚めたような…」


大量の汗や涙が頬を伝って流れ落ち、迷いを捨てたように気色が良くなっていた。


「…げほっ!…うぅ……み、宮田、さん…」


二人は自分たちが殺されかかってもなお、宮田が起こした行動に責任を感じているようだ。


宮田はおぼつかない足取りで二人の下へ行き、強く二人を抱きしめた。


「……怖かった…!お二人が無事でよかった!…うっ、ぐすっ」



涙を流している三人の固い絆。

友情の深さや友達という存在の大切さが垣間見えた気がした。







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