第46話 会議1
平野ツバサ失踪事件翌日。
今日の放課後、A棟二階の会議室で学級代表委員会会議が行われることになっていた。
その会議には、全学年のクラス学級代表委員会のメンバー全員が召集されることになっており、オレは会計という役職に就いているため、面倒だなと思いながらも出席しなければならないのである。
「陸人くん!一緒に会議室へ行こう」
「…あぁ、いいぞ」
帰り支度を整えて席から立ち上がろうとした時、笑顔の涼から誘いを受けた。
「なんだか気が乗らないような顔してるね。どこか気分悪いの?」
そう言って少し暗い表情になった。
「いや、そういうわけじゃない。ただ面倒な役職に就いてしまったなと、少し後悔していただけだ。会議と言っても、学生や先生たちから出た意見を上手くまとめていく話し合いだろう。そんなの一々集まらなくてもSNSを使ったり、出た意見をもとに集計表を作れば個人でどうにかなる話だ」
「な~んだ、ただめんどくさがってただけかぁ。うーん、陸人くんがそう思うのは分かるけど、やっぱり他学年や他クラスの学級代表委員会の人と交流ができるのは楽しそうじゃない?」
「楽しい…、か。オレは人付き合いは得意ではないから涼の気持ちはよく分からない。すまん」
「そんな真顔で言わないでよぉー!私だって…あんまり人と関わるの得意じゃないし…、うーん。仲いい人なら大丈夫だけど」
後ろ髪の先端をつまみ、歯切れ悪く言った。
入学式の日から、涼とほぼ毎日登下校を共にしている。お互い部活に所属してなく、ほとんど遊ぶ用事がないせいか、帰る時間も同じだし、帰り道もほとんど一緒だ。
涼と一緒に初めて登校したあの日から…いや、よくよく思い返せば、入学式の日から涼との仲は確実に深まっていた。
最初の頃は、いちいち大げさな反応を示す涼の行動に少し違和感があったが、それは単純に彼女の素直な気持ちや感情を体で表現していることだったのだ。
お互い一緒にいる時間が長いおかげで、涼という異性の考えを、ほんの少しずつだが理解していっている。
「…涼、今日の会議が終わった後暇か?」
「暇だけど…一緒に帰るんじゃないの?」
「涼に紹介したい店があってな。よかったから一緒に行かないか?」
「えぇー!陸人くんからのお誘いなんて初めてだー!びっくり!どこ連れてってくれるの?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
「むむぅ~ケチぃ~」
「オーホホホホ!涼さんと陸人さんは本当に仲睦まじいですこと。…差し障りなければ、みんなで会議室の方へ向かいません?」
「いいね、宮田さん!一緒に行こう」
「…悪いが、オレは一人で行く」
「ダメだよ、陸人くん。せっかく宮田さんから誘ってくれたんだし行かないと!これは副委員長命令です!」
「…命令も何もそんな…」
「佐渡くーん。宮田さんには逆らえないんだよ~?強制連行しまーす!」
「お二人ともご協力ありがとうございます。そこの愚か者を捕らえてください」
「「りょーかい!」」
「お、おい」
涼と弓の二人がかりで片腕ずつ引っ張られ、やや強引に会議室前まで連行されることになってしまった。
_________
会議室前まで来てやっと解放してくれ、彼女らの後に続いて中へと入る。
教室二個分の広さに、シンプルでスタイリッシュな白の空間には、見知った顔の生徒がちらほらと見受けられた。
彼女ら三人はそれぞれ他の友達を見つけてはバラバラに行ってしまい、オレは一人寂しく取り残された。
「おっ! 陸人…君、だよね?久しぶり!交流会の時以来だね」
「えっと、辺見と…後ろの方で別の男子生徒と話しているのは田代だよな。久しぶり。あと呼び捨てでいいぞ」
一年一組の辺見正人と田代春樹。この二人とはオリエンテーションの交流会ゲームの一回目で仲良くなった生徒だ。
「ここにいるということは二人とも学級代表委員会に入ってたんだな」
「僕は副委員で、田代の方は会計に就いてるんだ。ちなみに陸人は?」
「俺は田代と同じ役職だ」
「そうだったんだね。なんか意外だなー。宮田さんを筆頭にしたグループは一学年の中では有名だし、その中に男子生徒一人挟まれてるんだから
「そんなことはない。まともにしゃべれる男が一人いてくれれば助かったんだが」
まだ会議が始まるまで20分ほどある。辺見だけでなく、他の生徒にも話しかけてみよう……、っと…。
「おっ、陸人!久しぶり!俺のこと覚えてるー?」
話を切り上げてきたのだろうか。田代がこちらに駆け足で向かってきて声をかけてきた。
「覚えてるよ。今さっき辺見と話してたんだが、田代も会計なんだな」
「陸人も会計でしょ?お互い頑張ろうね」
「あぁ」
田代と話してる中、先ほど彼と話していた青髪で清楚な容姿で、王子を
「初めまして。君があの佐渡陸人君か…」
と、同時に辺見と田代が他の友達に呼ばれ、彼らのところへ行ってしまった。
「初対面のはずなんだが、なんでオレの名前を知っているんだ?」
「変に警戒させてしまったね、申し訳ない…僕の名前は
そう言って左手を差し出し、お互いに握手を交わした。
「君は成田涼さんとすごく仲がいいんだね。何回か一緒に登下校しているところも見たし、もしかして付き合ってるのかな?」
「…初対面の相手にかなり踏み込んだ話をするんだな。涼とは友達なだけだ」
「…そうだったんだね。初対面の相手と話すのは上手くないんだ、ごめんね」
「悪気がないならいいんだ。しかし、なぜ涼のことも知ってるんだな。どこかで会ったことあるのか?」
「…いや、ないよ。ただ人の顔と名前を覚えるのは結構得意なんだ。入学式で渡された名簿も暗記したし、それに沿って顔もなんとなく覚えた感じだよ」
「そうか。記憶力良いんだな」
「いやいや全然だよ。…そんなことより聞いたよ? 君はあの佐渡銀二会長の息子さんなんだね」
「…そのことを誰から聞いたんだ?」
何の脈絡もなしにその話に触れるのは何か不自然だ。
含みを持たせた話を吹きかけてくるということは、何か狙いがあるのだろうか。
「僕の父親が銀二さんと知り合いなんだ。それで君のことをよく知りたいなと思っていてね、話しかけてみたのさ」
「何か縁があるのかもしれないな。ちなみに学人の父親は何の仕事をしているんだ?」
「…質問を質問で返して悪いけど、同じ学年で4組の加藤さんって知ってるかな?」
加藤という名字の人は全学年数人いるが、1年4組となるとただ一人。加藤美優。交流会のラストゲームで一緒のグループだった、あまり冴えない感じの女子生徒。話したことは一度もない。
「まぁ、ほんの少し知ってる程度だ」
「僕の父親は、加藤さんの母親が設立した法律関係の事務所で働いているんだ。話に聞いた程度だけど、事務所に佐渡会長から仕事の依頼が入ったらしくてね。接点を持ったのはそれかららしいんだ」
「…そうか。それは知らなかった」
「ふふっ…君とは仲良くなれる気がするよ。じゃ、僕は先輩たちの方に挨拶してくるね」
やや離れた場所に立っている神宮寺先輩や生徒会役員の美久先輩、今泉先輩…そして今田のところへ、青柳は何のためらいもなく、すがすがしい笑顔で加わっていった。
…何か妙なやつだな。
「はっは!なんか変だと思うだろ?二組の陸人さんよ」
「…ん?」
突然右方からこちらに近づいてくる熱血少年のような
「ねぇ明日人。この人があんたの言う陸人って人?なんだか地味で目立たない人ね」
女子生徒は見た目に反した口調で、初対面相手に平然と悪口を言ってきた。
「おいおい!そんなこと言うなよ、失礼だろ。こう見えても生徒会立候補歴代最速の人間なんだぜ。はっは!」
「うーん。ウチにはまったくそう見えないけど、見た目に反して熱血のとこがあんのかもね」
「
「可愛いって言うな!…別に嬉しいんだけどさ…あぁー!わけわかんなくなるー!」
「足りない頭で考えても無駄なことだぜ」
「うっさいわ!あんたは意外と成績良いから余計腹立つ!…鴫原もボーっとしてないでなんか言いなさいよ!このでくの坊!」
先ほどからあちらで会話を進めていって、こちらのことは向こう見ず。用がないならこのままフェーズアウトして他の生徒のところに行きたいのだが…
「待て。…陸人」
彼らから一歩足を遠ざけたところで鴫原優希に気づかれ、呼び止められてしまった。
「久しぶりだな、鴫原。明日人も交流会のときは大変だったな」
辺見や田代同様、交流会ゲーム二回目で同じグループになった小笠原明日人と鴫原優希。二学年の小梅先輩のドМ発覚事件のオレと同じ被害者仲間だ。
「…陸人、あんときはありがとな。小梅先輩を止めてくれてさ」
遥夏という女子から離れ、明日人がこちらに近づいてきて右手の拳をオレの左胸にそっと当てる。
「…何をしてるんだ?」
「…はぁ、マジかよ」
「いやっ!なんでもねぇよ。さっきお前と話していた学人と同様に俺も変な奴なんだ、気にするな。ただお前は…」
今の明日人の言動や行動は不自然だ。青柳学人の名前が出てくるのも引っかかる。
それに小梅先輩を止めたことを知ってるのは、あの場において小梅先輩とその取り巻きの磯貝先輩と大原先輩、あとは永野だけだ。周辺のグループからの注目を
…いや、それはないか。
明日人は二学年への接触はほぼないことは調べがついているし、永野はその時のオレのことを言及しないと言ってくれた。あいつは約束を守る人間だし、オレはあいつの弱みを握っている。どちらも変に干渉できない仲だ。
そうなると…生徒会が仕掛けたと思われる、あの監視カメラが怪しいな。
「…ふっ、本当にお前って…いでっ!」
「何やってんのよ、明日人。かっこつけても何も得るものないわよ?」
見るに飽きたような顔で、付き添いの女子が明日人の頭をはたいた。
「そういやあんたと対面で話すのは初めてね。ウチは
「二組の佐渡陸人だ。よろしく」
「んなこと知ってるわよ。明日人から散々聞かされているし、あんたは他の生徒とは違う。何か隠してるわよね?」
「隠してるって何をだ?」
「ま、そう
謎の忠告だけを残した榎本は明日人の手を強引に引き、会議テーブルに座る赤坂教頭のもとへ行った。
「…鴫原は行かなくていいのか?」
「……」
一人取り残された鴫原は変わらず真顔で
鴫原は真面目で無口な人間だ。しっかりしてはいるが周りの意見に流されやすく、見ている限り明日人や榎本の意見に沿った行動を多くとる。良くも悪くも我があまりない性格。最初こそ特徴を捉えづらかったが、だんだん分かってきた。
「…まだお前と話したいことがあるんだが…まず、謝りたい。…二人が、すまなかったな…」
あの二人のおかしな行動や鴫原の謝罪からして、後にこちらによくないことが起きることを知っているのだろう。
「よかったら、さっきの榎本の忠告が何なのか、教えてくれないか?」
「……まず俺から聞きたいことが一つある。……陸人にはこの高校がどう見えている?」
「まぁ、県立高校には見えないよな」
「…だよな。それでいて俺らは…学校生活を楽しく過ごせている。……何一つ不十分なく」
「何が言いたいんだ?」
「……事態はより深刻になるはずだ。……俺にはまだ何も見えていないが、陸人…。この会議の終わりにはお前は…いや、お前たちは普通の学校生活を送れなくなるかもしれない…」
鴫原も遅れて赤坂教頭のところへと足を運んで行った。
「…そうか」
円形の会議テーブルに円谷校長と赤坂教頭の二人が並んで座っており、後方には明日人たち三人が待機している。それに他の生徒もチラチラと円谷校長たちへ視線を向けては、なんだかピリついた空気を醸し出している。
この学級代表委員会の集まりが開かれる時期は決まって五月中旬。にもかかわらず今回の会議は少し開催が早まり、五月上旬に行われる。予定を繰り上げるなどの連絡ももらっていないし、先生も何も聞かされていないという。
この場のオレだけ知らされていない何かが、この会議を開いた最も理由なのだろうか。
目星はついているが…今後の計画に支障がないように対処するのみ。あまり気を張り詰めない程度にやり過ごそう。
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