第44話 検視

平野ツバサ失踪の日、午前8時。


円谷校長管轄かんかつのとある警察署内、遺体留置所。そこで僕を含めて三人で検視を行っていた。


「うわぁ…またこんなやっちゃたんだ、あの子。今度は内蔵をえぐってからの動脈切断。普通逆の殺し方でしょ」


高等教育高内で発見された影山彰敏とその両親の遺体。他十九名もの黒い防護服を着た複数の謎の遺体、内一人が女性。

黒い防護服の人たちは武器を所持していたため、高等教育高内を調べる目的で潜入した円谷校長に敵する組織の者だろう。


しかし、この女性は他の人たちに比べて一際重傷だ。両腕を切断されたうえに、深くえぐられた内蔵や首元の刺し傷。


あの子のことだからきっと遊びでやりすぎたんだろうな。


「…まったく本当に迷惑な奴だ」


「どうかなされましたか。空さん」


一緒にいる監察医の男に不審ふしんがられる。僕の独り言といい、顔を隠した今の僕の姿は誰から見てものっぺらぼうに見えると思うし、気味悪いよね。

分厚いマスクもしてるし、厚手のパーカーの上に手術服、こりゃ息しづらいな。



____ズズッ ズッ



『……空さん。先ほど何者かによる電波妨害を感知しました。未然に防ぎましたが、後で確認の方よろしくお願いいたします』


室内のスピーカーからそう伝えられる。


「はーい」


こんな時にジャミングか。もしかしたら銀二さんの仕業かな。まぁいいや。こっちのセキュリティは万全だし、接触してきた電波を元に探知すれば相手の出どころもわかる。


再び検視の方に意識を向けると、ふと一枚の写真を思い出した。



_____なんでこんな時に、



写真の情景が鮮明にフラッシュバックされ、辻褄つじつまが合わなかったあの事件の真相のピースが見えてくる。


すぐに影山家の遺体を観察し、頭の中でその写真との整合性を確かめる。


影山家の遺体がなぜこの位置でこの並びなんだ……そうか、そういうことか。銀二さん、やっぱりこれは…。


この場でただ一人、僕だけが知るあの事件の真相に繋がるヒント…いや、今は目の前のことに集中だ。


後のことは、この作業を終えてからゆっくり考えることにしよう。


「では空さん、いったん失礼致します。すぐ戻りますので」


「はーい、よろしく頼むよ」


男の監察医は貴重品を持って一時退出し、僕とこの女性監察医の二人きりになる。


「…この人たちから取り出したボイスレコーダー以外にも何か身元を証明できる物持ってた?」


彼女に確認を取ると、マスク越しからでもなんとなく分かるくらいに浮かない顔をしていた。どうかしたんだろうか。


「…え、えぇ。そちらの方はすでに回収済みで厳重に保管してあります。ところで空さん。なぜこのような場所にわざわざ足を運んだのですか。学校の方は行かなくてよろしいのですか?」


「あっ!忘れてたっ!やばいよ!この時間じゃ完全に遅刻じゃん!円谷校長に連絡しないと……」


「わ、私の方から代わりに……」


彼女へ顔を近づけ、話をさえぎり、誰にも聞こえない程度に耳元あたりでそっとささやく。


「……って、冗談なんだけどね。……僕の質問に答えてくれ。君は一体誰だい。僕がどうして学校に通っていることを知っている?」


部下にもこのことは一切伝えていないし、身元が特定されるようなヘマはしていない。見た目で判断することはできない以上、僕が学校へ通っていることは赤坂さんと円谷校長ぐらいしか知らないのに、この女性は確信をもっているようだった。


一旦いったんここから出て話し合いましょうか、空さん。詳しくは外でお話します」


「待ってくれ」


外へ出ていこうとする彼女の手を引き、この場に留める。


「そのことを知っている時点で、君は僕に殺されることは分かっているよね。今君は、敵陣のど真ん中にいる。そのことは確認するまでもないし、それを覚悟の上で僕に接近してきた。…円谷校長に敵対する組織の一員か。あるいはこの検視現場を捉え、円谷校長の罪を全国に報道させる目的で動く人間…この場で一緒に検視してきて感じてきたことだけど、君のような知的好奇心が強く、理論的な話し方が特徴的な人間は、報道記者か何かかな? 記録簿に遺体の詳細を記した君の文章をチェックして何かピンッときたんだよね。文体や話の構成が新聞記者の書き方とよく似ているんだよ」


外国人…それも欧州人特有の雰囲気。目鼻立ちが高く、綺麗で透き通るような裸眼。


最初からこの女性の存在は不思議に思っていたけど、頭の中に入れてあるメンバー一人一人の個人情報をさかのぼっても、こんな人はうちの仲間にはいなかった。


おおむね正解です。フリーランスとして活動している記者…名前はミリーと言います」


「…その名前があの『ミリー』であるなら、話を聞こうじゃないか」


ミリー。組織の要注意人物リストに連なる名だ。『英国科学研究所』の内情を調べる目的で動く、イギリス人放浪記者ミリー。


彼女は元々孤児院育ちだったがその後、身柄を引き取られた先の家はメディアと多く関わる記者一家であり、自ずと社会情勢がよく伝播でんぱする家柄であった。国交問題、外国からの密売や麻薬。あらゆる情報通が集まる、いわば世界ネットワークの核。だが数年前に突如その家系が途絶え、架空の存在になっていると、裏の情報屋ではそう伝えられていた。立場上ミリーの家柄は敵を作りやすいため、社会から存在を無くすことを選択した。あるいは一族全員が外部の者に殺害された説も濃厚…と、その真相は闇の中。


まぁ、その辺のことは彼女と話してみれば明らかになるだろう。




彼女をこちら側につけれれば大いに助かるけど、僕たちの行動指針はすでに彼女に知れ渡っているかもしれないな。




_________




外へ出て、素顔を見せたミリーと歩きながら会話する。


「イギリス人だっていうのに日本語上手だね。おまけに美人でスタイルもよくてびっくりしたよ」


「日本人はシャイな方が多いと聞きましたが、あなたは稀に見る積極的な方なんですね。私もびっくりしました。あなたが私の敵なのかどうかも怪しくなるほどです。…服装は不審者極まりないですが」


「黒パーカー、黒シャツ、黒パンツ、黒スニーカー、黒靴下…シンプルでいいでしょ?」


「…反応に困りますね。おしゃれではありませんが、個性的で良いと思います」


「…あ、馬鹿にされてるな、僕。か、悲しいよー!うっうっ…」


ついこの間の月曜ロードショーでやっていた某有名映画で、悲劇のヒロインが涙を流すシーンを完璧に再現してみせたけど反応はいまいち。


「そんなことして恥ずかしくないのですか?」


冷たい反応に続けて、追い討ちをかけるように彼女の辛辣しんらつな言葉が胸に突き刺さる。


「…なんか思ってた反応と違った。外国人ってもっとオープンな性格だから、てっきりノってくれるかと…」


「空さんのあんな三文芝居さんもんしばいは見るにえません」


「さ、三文芝居って…そんな言葉も知ってるんだね、驚いたな」


日本に来て日が浅い、とかではなさそうだな。

ミリーとここで会った時から、彼女の日本語はネイティブとなんら変わりなかった。

潜伏かどうかは分からないけど、ミリーはここ、日本に亡命してきた線もあり得るか。


「それよりもあなたは素顔を隠す理由があるんですね」


…素顔を隠す理由?


「いやいや、それは当然のことじゃない?逆になんで君は僕が強要したわけでもないのに正体をバラしたんだい?そっちのほうが不自然極まりないし、自分の命を狙われるリスクだってある。ましてや…」


「円谷組織の新任リーダーの空さんの近くにいる。今すぐに殺されてもおかしくないですね」


「…それを分かっていながら、どうしてこんな危険な行動に出たんだ。見たところ護衛をつけていないみたいだし、君のようなか弱い女性が敵陣の中に堂々と入り込むなんておかしいよ。仲間にバレれば即死だよ」


「ではなぜ空さんは私の存在を怪しんでいるのにも関わらず、早く殺さないんですか?」


彼女は死にたくてここに来た?自殺なら他所よそでできるし、そんなわけないか。何か狙いがある。今それだけは確信を持って言える。


「それは、君が本当にあのミリーなのかを知るためにこうして話しているわけだよ。…もし本当なら、君とは一度どこかで会っているはずなんだよ。そうじゃなきゃおかしいんだ」


過去に外国で、それも彼女の母国イギリスでミリーと出会った。ずいぶん前のことになるし、断片的な記憶として残っているだけだけど、あの村で僕と彼女が居合わせたことは間違いないはず。


「覚えていてくれて光栄です。何年前になるでしょうね。あなたとはイギリス北西部の…私の育った村『レイコット村』で一度お会いしました」


「…そうだった。レイコット村だったね。…懐かしいなぁ」


感慨かんがいふけっている中申し訳ございませんが、話を変えてもよろしいですか」


…さっきから思うんけど、口調が冷たいんだよなーこの人。もう少し人間味があってほしい。


「…そうだね。今は関係ない話はするべきではないね」


今は関係ない…、だけどレイコット村で起きたあの出来事が、僕の人生を大きく変えた起点だ。


銀二さんが大きく関わる話でもあり『ロンドン自爆テロ』の真相解明にも繋がる重要な起点。




そのためにも僕は_______




「悪いね…じゃ、君の話を聞かせてもらおうか」


「ではさっそく、一つ目の話から入っていきます」


「どうぞ、どうぞ」


「情報集約家であった私の家系が途絶えたことはすでにご存知かと思います。しかしあなたはまだその真相を知らない」


「なぜそんなことを断言できるんだい?」


「それは真相が外部との協力で完全に統制されているからです。その外部の者とは確実な信頼を置ける私の友人であり、腕の立つハッカーです。互いに内密な情報を強固に守りながら共有しており、100%私と彼以外は知りえない情報です。そのハッカーが誰なのか…気になりませんか?」


「いやいや、まず気になるのはその真相でしょ。でも相当腕の立つハッカーって聞いたら、パッと顔や名前は浮かぶ人はいるけど、君の友人ってことになると思い当たる節はないな…うん、結構気になるかも」


「ふふっ、あなたの間接的な関係者で、おそらく身近に潜む方かもしれませんね」


「へぇー」


そもそもの話、なんでわざわざ自分の家系が滅んだ真相につながる話をしたんだ?

内密だというのに敵である僕に伝えるのは頭がおかしいし、ミリーの友人であるハッカーの存在を暗示させる情報を渡すなんて、自滅したいのか?


「『岡本研究所』一度その名前は聞いたことあるのでは?」


その研究所の名は『基礎的訓練』に関与する機関だ。忘れるはずがない。それに僕が真っ先に思い浮かんだハッカーはその研究所に属する者。これでミリーの家系壊滅の真相に一歩近づいたわけだけど…なぜそこまでして。


「ふふっ、その様子だと何かお分かりいただけたようですね」


「…ホント君は何をしたいんだい? 僕の引っ掛かりを解消させてくれたお礼をしたいところだけど、やっぱり…」


「やっぱり…私を殺しておいた方がよかったと、考えを変えるきっかけになりましたか?」


「…いや、そういうわけではないんだ。なんで敵にこんな情報を教えてくれるのか。親切心にもほどがあると思うんだ」


「…私を早めに殺さなかった。せめてもののお礼ですよ。親切心はお互い様です」


それは建前で言っているのは分かっている。なら彼女の真意を確かめるためにも、もっと踏み込むべきか。


「君には負けたよ。ミリーは僕の嫌な記憶を引き出すのがうまいね。僕より年下なのに大人びていて頭の回転が速い。それに相手に有無を言わさないほどの能弁だ。正直言って僕の苦手なタイプかもしれないな」


「え、えっと…」


どう返答すればいいのか迷っているな。よし、このまま押し通しせば…


「君は狙いはズバリっ! 最近仕事が多くて疲れているこの僕に大きな問題ごとを押し付けつけて、より疲れさせるつもりでしょ! っていうおふざけは無しにして…君は僕が本当に敵であるかどうかを確めようと、有力な判断材料として有益な話を提示した。それは合ってるよね。ミリーが見ている僕の存在は【敵であるかもしれないけど味方になれる】って今のところ半信半疑なんでしょ?」


合わせて僕らのことをどこまで知っているのかも質問をしたかったけどまだお預けだ。信用に足る人物かどうかを定めてから確かめる必要がある。


今の僕の姿は、レイコット村で出会ったあの時とかなり変わっている。

だけど彼女の情報収集力なら小さな情報からでも、真実に近い情報を得ることは可能だろう。


「頭の回転の速さはあなたには及びませんよ。あの『基礎的訓練』で二位の結果を残したあなたの実力は私の計算…いえ、そもそも機械なんてもので測定できるものじゃありませんからね。人の未知数の潜在能力を計るシステム、人が考えたとは思えないあの訓練カリキュラムで好成績を残すこと自体はっきり言って、同じ人間とは思えないです」


「『基礎的訓練』についても知っていたかぁ~!ま、それも当然か。いやいや君の情報網を見誤っていたようだ…」


「話の流れ、あなたの行動心理、性格からして、空さんは建前で自分を卑下ひげした会話をするのがお好きなんですね」


「うん?まぁ君の言う通りかもしれないね」


「ですが、見方を変えれば自分が相手より上だと錯覚させ、相手に話す機会を与える巧みな話術。簡単に言えば情報を盗む技術に長けた話し方ですね。今頃になってそんなことに気づいた私は…やれやれ、愚かなものです」


この短時間で僕に関する情報を少ない手際で、着実に掴んできている。もはや心理戦では並大抵のことでは通じない相当厄介な女性だ。間違いなく頭が切れる。しかし先ほどから彼女は自分から進んで情報を提供している。このことに対して何か狙いがあるのだろうか。そこに関してはまだ分からない。


「驚いたなぁ…こんな短時間でそこまで分析するとは。洞察力にも優れていて、記者としても監察医としても腕が立つなんて、天才だね」


「天才なんて烏滸おこがましいくらいですよ。地道な努力あるのみです」


自分を卑下した話し方…君もしてるじゃないか。


「…腹の探り合いはここまでにして、お互い時間もないし、もう一度確認するけど君は僕を仲間にしたいんだよね?」


この発言をした時には警察署の周りを丁度一周し終える頃だった。






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