第43話 選択
ただ放心して、若干の曇り空を眺めながら
奴の右手のナイフで勢いよく心臓を突かれていく……
こんな奴に殺されるなんて、やはり私の人生には価値なんて…
「見るに堪えない顔ですな、ジーニ」
右方から聞き覚えのある野太い声が。
____キンッ!
鈍く甲高い金属音と共に、銀二の手に持っていた二丁のナイフが私の左方へ滑り落ちていた。
「…くはっ、かはっ!げほっ! た、助かった…のか…?」
私の首を絞めていた銀二の手が離され、呼吸が回復し、スーッと酸素が回っていく。
「ついでにその男を返してもらいますよ」
右から全身黒スーツを身にまとった大男の右回し蹴りが、銀二の顔めがけて繰り出されるも、銀二はその蹴りを予測していたのか。既に防御態勢に入っており、手際よく受け流そうとその蹴りを対処をしようとした。
しかし男の蹴りの勢いがあまりなく強く、やつはよろめき、続けて繰り出される左後ろ回し蹴りに中途半端な防御のまま、飛んで行ったナイフの位置まで吹っ飛ばされる。
_____ぐっ!
「…え、江坂さん…遅いですよ」
「ちょうど10分前に呼び出しを食らったのだ。研究所からここまで急いで走ってきた分、文句はなかろう」
「こ、ここまで走ってきたって…」
仰向けになって見上げているのもあるが、助けてくれた恩人として、彼がいつもより大きく、神々しい存在を漂わせていた。
右手には銀二のナイフを弾き飛ばしたと思われる、38スペシャル 9mmの拳銃。銀二相手にあえて殺傷能力の低い拳銃をチョイスしてきたのは機転が利いている。
てか江坂さんが拳銃を使うなんて珍しいな。
「…これは効いたよ。江坂
「佐渡銀二…
「こちらこそ良いサンプルをあなたのおかげで手に入れることができたし、僕の方こそ世話になったよ」
「ふん、目上の者には敬語を使うものだ。無礼者」
「教育がなっていない教育者で申し訳ない。そんなことよりも江坂さん、何だか昔と変わったような…まぁいい。ここで僕に殺されるんだし、気にするだけ無駄だね」
江坂さんが駆けつけてくれたおかげで、今や恐怖心は全くない。我ながら単純すぎるほど気持ちの切り替えが早すぎて驚いている。
「ジーニ。この事態は当の本人、貴様の力不足が招いたものだ。猛省しろ」
「…そ、それは痛いほど分かっていますよ。……助けてくれて感謝します」
「…うむ、私の後ろへ下がれ。そうだな…トラックをいつでも発車できる準備をして待機していろ。分かっていると思うが、我々に銀二の命を奪うことはできない、かつ生け捕りにする許可も下っていない。隙あらば退却する方法をとる」
「りょ、了解です!」
急いでトラックの方へと駆け出し、江坂さんの命令に従う前に、死んだ仲間をトラックの荷台へと運ぼうと、一人目の遺体を担ごうとした瞬間、
____カンッ!
何があったのか見ていなかったが、どうやら銀二がこちらに、先ほど江坂さんに飛ばされたナイフを投げてきたらしく、それを江坂さんが拳銃の持っ手の部分で難なく跳ねのけた……らしい。いきなりすぎて何が起こったのか分からなかった。
「そのまま仲間を運べ。対処は私に任せろ」
「あ、あざますっ!」
一人目の研究員の肩を担ぎながら、荷台の方へと運んでいく。
ふと、その研究員の青ざめた顔を見ると、報われない結末に対しての怒りが込められていた。死んでもなお、奴に対しての復讐の火は消えていなかった。
「…お前のおかげで私も救われた…ありがとう」
今私が担いでいるこの研究員の対応に感謝しないとな。こいつが江坂さんを呼んでくれていなかったら、今頃どうなっていたことか…。
江坂さんがあの拳銃を持っているということは、銀二がいるという情報を彼が伝えてくれていたのだ。
陸人に深く関係するやつだからこそ、我々には銀二を殺すことはできない方針になっている。万が一
無事仲間を荷台に運び終わり、運転席へと乗り込み、エンジンを入れ、急いで発射できる態勢に入る。
______________
___キンッ! ガキンッ!
振りかざされる銀二のナイフ。それを拳銃の台尻や
二人とも戦い慣れた動きで、相手の出方を予測しながら力と頭を駆使して戦っている。
銀二を安易に攻撃できない江坂さんの左内太ももに銀二が右足を滑り込ませ、間合いを詰められる。やつの右手のナイフが繰り出されると思いきや、
「ぐうっ…!?」
「江坂さんっ!」
先ほどからやや後手に回っていた江坂さんに初手が決まってしまった。
安全な車内にいる私は待機…本当に情けない。自分もあんな風に戦える力があれば江坂さんのサポートに回ることもできていたはず…。
「だいぶ弱くなったんじゃないかな、江坂さん…昔の凶暴なあなたなら今の攻撃を
「ふんっ、
攻撃をもろに食らい、赤くなったこめかみなど気にせず、
_____パンっ!!
銀二の右足元に銃を発砲し、すっと避けた銀二に一瞬のスキが生まれる。
その間にやつの間合いから抜け出そうと後退するや否や、
「そう簡単に逃がしはしないよ。ここで君たちは終わりなんだから…」
____ッ!?
銀二がスッと投げたナイフが、江坂さんの右腕に深く刺さり込んだ。同時に神経がやられて力が入らなくなった右手から拳銃が銀二の元へと転がり落ち、それをやつに拾われてしまった。
圧倒的に有利な立場にいる銀二は不敵な笑みを浮かべ、右腕を抑えた江坂さんの眉間に銃口を向ける。
「ふふっ、殺意がないのかな。ここまで江坂さんが弱体化するとは思いもしなかったよ。それだけじゃない。あなたらしくもない戦法で挑んできたこと、その誤算で君たちの敗北は目に見えていた。あと少しでSSFの予備隊も来るだろうし、捕虜として拘束しようか、それとも…」
_____バリンッ パァン!
「な、なにっ!?」
フロントガラスを
中型トラックの運転席から江坂さんが手前にいるものの、高さがある分、角度を調節すれば銀二に当たると踏み、一か八かの選択で拳銃の発砲を試みた。
うまくいった、そんなことを考えている暇はない。SSFがここに向かっている。やつの言うことが本当だとしたら、とてつもなくまずい状況だ。
「江坂さんっ!」
「了解」
右腕に刺さったナイフを勢い良く引き抜き、持ち手の部分を
しかし、思ったよりもダメージが浅かったのか。銀二は再び彼に接近し、ナイフを奪おうと見せかけたフェイントで、左拳の上段突きを繰り出す。
右腕が使えない状態の江坂さんの右体の防御が手薄になったところを狙ったのだろう。
だが、
「右腕が使えないと踏んだ貴様の負けだ、愚かな教育者」
右手でがっちりとやつの上段突きを受け止め、こちらに引き込ませる。
手を離した瞬間に、江坂さんは右手にナイフを持ち換え、持ち手を手前にし、下から勢い良く上げて、やつのみぞおちに再度めり込ませる。
「…ぐはぁ!」
今度はより深いところまでいったらしく、呼吸がままならないほどの痛みを与えられ、ぐしゃっと体勢を崩した。
「貴様は慎重に考えすぎだ。時には本能で動くことも視野に入れるがいい」
銀二が動けない今、江坂さんがこちらに戻る余力ができた。
「…っ、言ったよね。逃がさないと…」
__パァン パァン!
痛みでもがく素振りを見せず、左腰のポシェットに忍ばせた拳銃を見せ、二発連続で彼に撃ってきた。しかし利き手ではなく、その上、痛みで照準がずれたおかげもあって、豪速球の速さで駆け戻っていく江坂さんにはかすり傷一つすら与えられなかった。
「これでお
助手席に駆け込み、律儀な性格の彼はちゃんとシートベルトを締める。
「そうっすね。急いで退散しますよ!」
急発進し、銀二から背を向けて走っていく。後方から何発も銃声が聞こえたが、それっきり。タイヤを狙って動きを止めようとしていたが、無駄弾で終わる。
「え、江坂さんっ!」
銀二を振り切ったからといって、安心するにはまだ早い。
帰り道にSSFの者と出くわす危険もまだ残っている。銀二が今やつらに連絡して、私たちの進行方向に待機させることも可能だ。ナンバープレートは元からつけていないし、追跡し辛くさせたものの、やつにこの車種を見られているからこそ、そんな保険は消えてしまった。なら、
「私の携帯を使って探知機のアプリを作動させてください」
私の白衣の胸ポケットからスマホを取り出させ、口で手順を説明する。
「その探知機能は陸人が作った3D構成データを用いたもので、全方位リアルタイムで敵の立体位置を正確に把握することができます」
「了解。開いたぞ。……ほぉ、これはすごい。周辺の建物など全て可視化されるのだな」
物珍しい物を見るかのような少年の目で、スマホを覗く江坂さんが横目に入る。
「ただし長くは持ちませんよ。今、人工衛星へのGPS位置情報確認システムに不正にアクセスしている状態です。ま、後で悟がうまく対処してくれると思いますが」
「よく分からんが、敵の位置を伝えればいいのだな。と言っても相手がどんな服装でどんな移動手段を使っているのか分からんが…そこは調べがついているのだろう?」
「……」
「まさか…」
「そういえば知らなかった!!」
__________
予報外れの雨が降ってきた。この空模様だとこれから激しくなるだろう。
星君と新田さんに接触を図り、平野先生に関する情報を聞き出す予定だった。
SSFの予備隊に彼らの監視を任せていたものの、早退した彼らはタクシーを使って、ジーニたちの救急車を追跡。その後彼らはトラックへと移動手段を変え、その情報が僕に伝えられた。最短経路を通って彼らを待ち伏せし、ジーニたちと交戦。結果敗戦の形で幕を閉じた。
岡本研究所を潰すことは前々からの方針であったため、予定を前倒しで進めたわけなのだが、
「くっ…流石にこれは予定外だ」
思わぬところからのジーニの奇襲により、負傷した右肩の止血を進める。
平野先生が救急車で運ばれていったこと。彼女が本当に怪我をしたのか。はたまた、誘拐目的でジーニたちは救急車を利用したのかも不明だ。
岡本研究所が関与しているとは思いもしなかったし、それすらも気づけなかった僕らは詰めが甘すぎた。
戦闘においてはただ恐怖し、何もできないでいるジーニが銃を扱えたのは完全想定外。それに僕が殺した岡本研究所部下全員の連携が異常に良かったし、流れによってはこちら側が不利益を出して敗北、そんな結末にもなっていた。殺した彼らの地面についた血液を採取し、身元を確認していきたかったが、雨が激しくなる一方だ。証拠として集めるのはもう不可能だろう。
なんて言っても、あの江坂さんの変わり様だ。あんな狂犬をどう調教して正常な人間にできたんだ。『基礎的訓練』が閉鎖してからの期間、何があったのか全く分からないけど、恐らく陸人がうまく調整したんだろう。
「ふぅ…とりあえず、事は片付いたし、出動中のSSFのみんなを急いで下げないと…」
彼らにジーニたちを追わせるのはまだ後だ。
このまま岡本研究所を襲撃するのは得策といえない。香の存在を認知されていることはもちろん見逃せないが、あの機関に囚われているだけ安全地帯にいるもの。
それに、今岡本研究所の行方が知っている組織は我々SSFのみ。僕らがこれから彼らを抹殺したとなると、陸人は間違いなくSSFを壊滅しにくる。円谷組織を容易に潰せるだけの下準備もすでに済ませているだろうし、現在人員不足の本部を落とすくらいは可能なはずだ。
僕を潰すこと。彼の目的はそれくらいしか分からないけど、小さな証拠を残すことを嫌うところは僕に似ている。
「…だけど、これで君の敗北はより近づいた」
腰のポシェットからインカムを取り出し、音声を聞き取る。
雑音と共にジーニと江坂さんが、来るはずもないSSFメンバーを探知機を使って探っている状況が耳に入る。
ジーニには首を絞めて、ナイフで殺そうとした時。江坂さんには戦闘中に二人の衣服の裾に盗聴器と発信機を付けておいた。あの慌て具合からして、取り付けられていることに気づくのはしばらくしてからだろう。
これで岡本研究所の正確な位置と、一時的かもしれないが彼らの会話などの情報が得られる。それだけじゃない。
発信器などの存在がバレた後に、彼らがとる行動選択肢が重要になってくるのだ。
発信器や盗聴器を逆探知して、僕のところまで辿りついてくるのは目に見えているし、僕やSSFへの対策を練ってくるだろう。その場合陸人がとる行動が狭められるのだ。
まず一つ目は円谷組織を調べさせている調査員の手数を減らし、研究所の防御を固めてくる。円谷組織を壊滅できるだけの準備が整っていることは任務の連絡から分かったことだ。先日その連絡をもらった時は疑ったけど、上の者に陸人から確認をとらせた結果、納得した模様だし確実な情報だろう。多少円谷組織に潜り込ませている研究員を減らし、SSFへの対策に当てるのが
二つ目は研究所をどこか別の場所に移す手段をとる。発信器がつけられていることに気づけばアジトをどこか別の場所に移し、行方をくらます。これは
三つ目は可能性としては低いが、陸人が選択しそうな手段。
岡本研究所のみんなを見捨て、自分だけが生き残る選択を取ること。
悟やジーニ、江坂さんたち主要メンバーは部下に指揮する立場の人間。研究所に多くとどまる可能性が高い。彼らを叩けば、岡本研究所という一つの組織は一瞬で壊れる。また、仮に外へ出ている部下を仕留めそこなった場合、彼らの成すべきことはただ逃げ回ることだけ。今日殺した仲間の力量じゃ陸人の足手まといにしかならないし、そこは見切りをつけて、部下を捨てる方法をとることが陸人にとってマイナスにはならないことだ。単独行動で動いた方が本領を発揮できる彼にとって都合が良いはず。
まだ考えられる手段は何通りもあるが、いずれの手段も、今いるSSFのメンバーで容易に陸人以外の岡本研究所メンバーを始末できる。
「……ふぅ」
負傷したところの痛みを忘れ、ただ自分の人生における異物を排除する目論見を立て続けた。
大丈夫…今のところは順調。
加藤さんや青柳さんも円谷組織に関する有力な情報を集めてくれている。
円谷組織、岡本研究所、英国科学研究所…どの機関にも負けないようにSSFを上手く利用していけばいいし、陸人を上手く抑える方法もある。これからの方針も
_____勝ち筋は目に見えている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます