第42話 報復



「新田さん、僕は君たちを始末しない。こんな状況下で言うのもなんだけど、リラックスだよ」


「…ふぅ…、はい」


銀二の上辺うわべの優しさに包まれるかのように緊張感がほどけていく新田は、ゆっくりと口を開け、平野先生に関する情報について話していく。


「…平野先生は同じ『協力者』である大学教授の沖谷原さんと須賀真理子さん、この二人と協定を結んでいます…」


このことは私も知っている。だけど銀二が知りたいのはそこではないだろう。


「…うん。それは分かっていた。だけど二人とも本部のメンバーではないんだ。この際君たちは知っていると思うけど『協力者』は本部のメンバーと繋がりを持たないといけない。このルールが適用されなくちゃならないんだ」


そんなルールを守っているメンバーは果たしているのだろうか。現に陸人は沖谷たちと本部には内密の契約書を通して協力を結んでいる。あいつのように上層部に内緒で『協力者』を増やしているやつは多くいるはずだ。


「それで平野先生は誰の『協力者』なのか…その人物を教えてほしいんだけど、知っているかい?」


「……か、確証はないのですが、平野先生が救急車で運ばれたときある生徒が近くにいて…そういえば前日の放課後、その生徒さんが先生と二人で話している様子も目にしました」


「それは偶然なんかじゃないと…たまたま居合わせたとかそういうわけではないね?」


「…恐らくそうだと思います。その生徒と話している時、平野先生の顔がこわばっていましたし、警戒心がむき出しでした。一般生徒にそんな顔は見せませんし…普通の生徒ではないなと思っていました」


「なるほど。身近な存在にいる君だからこそ知る情報だ。それはありがたい。…平野先生が警戒するその生徒の名前は?」


マズい…このままではあいつの名前が出てくるだろう。救急車で駆けつけた時、陸人と理仁という同じ一年の生徒がいたが、完全に理仁は白だ。B棟に散歩がてら寄っただけらしいし、何かと頭がイカれているやつだ。銀二の書斎から奪ったSSFメンバー情報にも載っていないし、あいつはSSFとは無関係の人間。


陸人に名前が上がれば、本部に内緒で沖谷さんたちと不正な形で協力関係を結んでいることも知られる。そうなればSSFの懲罰ちょうばつまぬがれることはできない。


しかし銀二は陸人を殺すことができない。


銀二は陸人の教育保護者として監視役という役目を担っており、『英国科学研究所』の命令には絶対服従しなければならない。SSF上層部に誤情報を伝えて、上手く陸人への懲罰を回避させるだろう。そのことが幸運かどうかは知らんが……。



_____って愚か者か!この私は!



仲間として陸人を守る。なぜそれを最初に考えなかったのだ。ここであいつの身の危険を未然に防ぐ。そのやり方がベストだろう。



「…その生徒は…」



新田の口からあいつの名前が出てくる…それを防げばいいのだ。



なんだ簡単なことではないか。



彼女の声をさえぎるようにして、私はただ一声を放った。



「頼んだぁーー!!!」



なぜこんな恥ずかしいセリフを選んだのかは、分からない。



だけど仲間にそれが…私の考えが伝わればいい。それだけで十分なのだ。




_____フッ___




上空に一個の黒い球体が後方から飛んでくる。



それを見てすぐさま目を閉じた。



その球体は良く見慣れたもの。私が日夜作っている、視覚のみに作用する閃光弾。




______カッ!




目を閉じた状態でも、まぶたに透き通るような黄色が視認できる。辺りが一瞬にして強烈な光に包まれたのが分かった。


同時に後方から武器が揺れてカツンッカツンッと音を鳴らし、武装したと思われる仲間たち三人が駆け寄ってくる気配を感じた。


「以心伝心とはこういうことか」


多くを語らずともお互い何を考えているか分かる。それは長年の付き合いがあってこそのチームワーク。


「もう目を開けて大丈夫ですよ、ジーニさん!二人の生徒は急いで保護しました」


「おう!よくやってくれた!」


パッと目を開くと、銀二が右手で両目を抑えている様子が目に入った。


奴の目の前であまりの眩しさに気絶した星たちが、仲間に保護されていく。


「よし、急いでトラックに乗り込め!退散するぞ!」


皆腰には拳銃や先ほどの閃光弾などをぶら下げており、走るたびに音を鳴らしながら走っていく。




_____バタンッ




突如、私の隣に並んで走る研究員が倒れ込む。



「お、おい!どうした……」



慌ててそいつを起き上がらせようとすると、首元に深く、…刃渡り15センチほどのやつのナイフが突き刺さっており、刺傷から大量の血が地面へボタボタと流れ落ちていた。


その時、やつに仲間が何人も殺されていったあの時の情景がフラッシュバックした。


「…くっ…くそ、銀二ぃー!」


先ほどの閃光弾で目がやられていたはず…なのになぜ…、!?


やつを見てみると右目を抑え、片方の左手に二本のナイフが握られていた。


「…っ、危なかった。右目はやられたけど片目があれば十分。直に回復する」


「…おい、あの一瞬で閃光弾だと認識できるはずが…」


「そんなことよりもジーニ…、これで済んだと思っているのかな。周りを見てごらんよ」


「…ま、周り…? は…は、? お、おい……おいっ!みんなっ!」



____まさか



ドックン、ドックン…心臓の鼓動が激しく脈打つ。



「……あ、あぁー!!」



まさかの状況…私が想像した最悪の場面が現実になっていた。



他の仲間二人はトラック内へと戻っていくことができず、地面に倒れ込んでいた。

私の近くで死んでしまったこの仲間と同じように、首に深くナイフが刺さった状態で。




……またこの光景かよ…。




「……くっ、なん、なんで……、なんでだよっ! クソがぁー!!!」



今まで生きていた人間が…仲間が急に動かなくなるこの喪失感…何事にも例えられないほどの絶望を味わう。



怖い、寂しい、悲しい、……



____ウガァァー!! アァァ!!



青空に向けて、その感情を声に出して吐いた。



「まさか三本もナイフを使うことになるとはね、予備のナイフを持ってきて正解だった。あと、あの閃光弾は視覚のみに作用するもので助かったよ。視界がぼやけて、最初焦点が合わなかったけど、彼らの武器が揺れる音や足音で位置を補足することができた」


「……う、くっ」


本来閃光弾は視覚や聴覚に作用するもの。敵に食らわすだけだと凄まじい効力を発揮するが、仲間の指揮系統において二つの感覚を咄嗟とっさふさぐ対策は難しく、片方の感覚、視覚だけをふさぐために改良を施したのだが、それが裏目に出た。


「安心してほしい。君と星君と新田さん、この三人は殺すつもりはないよ。…今はね」


「……ッグゥゥ…ハァ、ハァ。だま、れよ」


「大分驚かせちゃったかな?ごめんね。あの場で逃げられると、こちらとしても不都合だった。だから急いで君以外の仲間を殺さなければならなかったんだ」


「…また、か。……またお前は、」


「…また? あぁ…そういえば『基礎的訓練』が何者かに潰され、僕ら『監視者』同士で争った時、君の仲間を何十人も殺しちゃったな。あれはイレギュラーばかりが発生しすぎて、こちらも気が動転していた。少しだけど悪いと思っているよ」


なんでそんな平然とした顔で微笑むことができるんだ。


こっちは何人も大切な仲間を殺されたっていうのに、




……銀二、お前が憎い!殺したい!




……だけど…、だけど人を殺せば、あいつのしてきたことが…



人を殺せば…陸人が私たちを守ってきた本当の理由が失われてしまう。あいつが何を考えているか全く分からないが、ただ根っこの部分には優しさがあるのだ。あいつは一人で汚れ仕事を引き受けて、最小限私たちの手が汚れないようにしてきた。今まで相当な負担をあいつにかけてきたのは重々承知している。あいつのおかげで私や悟は一度も人の命を奪わずに生きていけたのだ。


それがどんなに幸運なことか。きっと私や悟以外はみな知らない。


私には戦う技術など持っていない。ただ研究と開発に明け暮れるような、ただ普通の科学者であり、自分では天才だと豪語ごうごしているが、実際は実験大好きの中年のおっさんだ。


いい歳して、未だにガキの頃から同じ夢を見続けている。


ガキの頃に見てたアニメの主人公、そんな風になりたかった。

周囲を気にせず、中二病発言を連発する自称マッドサイエンティスト。

その主人公はある日、思いがけずタイムマシンを作ってしまい、あらゆる世界線を行き来して、仲間と共に色々な問題を解決していった。マッドサイエンティストだが中身は正義に満ち溢れた人間。


キザなセリフを堂々と言える、悪と正義を持ち合わせた、そんな科学者になりたいという夢を小さい頃から抱いてきた。


今でもそんなくだらない夢を追いかけている最中のクソかっこわるいバカだ。見た目は大人だってのに心は子供なんだよ。


ただ妄想の中の自分を強くさせてきただけで、現実の自分は弱いまま。


ウィリアムズや陸人のように頭も力もあればな、と何度もそう思ってきた。


年下のやつに憧れや羨望せんぼうの眼差しを向けるのはダサいと思われても仕方ない。だが、今の自分に無い物をすべて持っているやつは凄いと思えてしまう。憧れを抱いてしまうのは普通なことだ。


ダサいなりに何か一つ、銀二に対抗できる手段を考えろ。人に嫌なことをすることや悪戯をするのは得意分野だろう、私よ。



それを存分に生かす機会がここにある。



「…ふんっくくくはは!」



「……うん?」


「……うん?ではあるまい…知っているぞ。お前の弱み…最大の弱点を!」


「何を言うかと思えば…」


「何を言うかと思えば、ハッタリか。…そう言うつもりだったかもしれないが、すまないな。貴様の予想をはるかに裏切ってしまうことになるがぁ…」


「君は弱い。それを自覚して…」


そんなこと言われなくとも、自覚している。だからこそ、


「…佐渡香さどかおり


弱い私がこの女の存在を知っていること。奴にとっても想定外の事実だろう。


「…ジーニ…、今なんて…」


「彼女の存在を知っている。これはハッタリでもなんでもない。紛れもなく、男の金玉が蹴られるがごとく、貴様の急所なのだよ。ふんっくくくはは!」


ダサくて結構。どんなやり方でもあいつに一矢報いてやれればいい。人を殺さず、私なりのやり方で、報復の機会を設けさせてもらうぞ。


「この私は知っているのだ。お前は自分の妻、佐渡香が『英国科学研究所』に囚われてることも、円谷組織の人間に自分たちの子供が殺されたことも全部だっ!」


「…ジーニっ!貴様っ!」


「んぐぅっ、かはぁ!!」


やつから数メートルほど離れているにもかかわらず、瞬時に間合いを詰められ、左手で首を鷲掴わしづかみにされる。そして仰向けのまま地面に叩きつけられ、二丁のペティナイフを右手の指にそれぞれ挟み、それを両目に突き付けてくる。


やっと出してくれたな、お前のその内側の顔。ずっと見たかった。憎しみで満ちあふれた感情が、固い内壁を壊して外へ漏れだすこの時を、私や陸人…研究所のみんながその機会をずっと待ち望んでいた。


「お前は知らなかったと思うが…私たち岡本研究所は陸人と一緒にお前を潰すという利害の一致で動いていたことは知っていたか?」


「そんなことはどうでもいい!なぜ貴様が香のことを知っているんだ!答えろ!」


「…ふんっ、なんでだろうな。まだまだその女のことは知っているぞ? それだけじゃない。お前の今の立場も全てこちらに筒抜けなのだっ!ふんっくくくはは!」


半分本当で半分噓。

佐渡香の存在は岡本研究所とコネクションがあったため昔から知っているだけ。今現在『英国科学研究所』に拘束されていることとやつらの子供が円谷組織の者に殺されたことしか知らんが、これらを知っているだけで十分やつの精神を崩壊させることができる。


やつが何のためにSSFに加入し、副司令官まで上り詰めたのか。何のために円谷組織を潰す算段を用意したのか。何のために『英国科学研究所』に探りを入れているのか。


全ては妻の佐渡香を助けるため。


佐渡香が危険にさらされれば、やつは何を犠牲にしてもその危険を彼女から遠ざけさせる。銀二はそういう男だ。現にこうして狼狽ろうばいしている様子がそれを物語っている。


しかしやつの精神に刺さるような何かがまだ足りない。この男を本当に苦しませるための武器が足りないのだ。


「…香は、香は…外部の者に絶対に知られてはいけないんだ。もう彼女にひどい目を合わせたくない。そのためにもジーニ…君は」


「……かはぁ! ああぁっ!」


異常なほどの握力が込められ、喉がどんどん収縮されていく。


「さっき僕は言ったよ…『確かに始末はする。だけど話し合いによっては予定は変えるつもり』だって……ジーニっ! 君のせいで予定を変更しなくちゃならなくなった。どんな経緯でそれを知ったかは分からないけど、君は…いや君たちは知りすぎた。…香を知る者は全員始末しなければならない」



耐えきれないほどの見えない圧がのしかかり、体全体が潰されていく。脅威きょうい畏怖いふ、負のオーラの重荷がこちらに精神的な苦痛を与えてくる。



呼吸ができず必死にもがく。酸素が回らなくて頭の中がボーッと熱くなっていく。同様に目頭も熱くなってきて、苦し紛れの涙が大量に流れだす。



「君を人質にして仲間の情報を吐くまで拷問ごうもんする予定だったけど、優先順位はしっかり見定めないといけない。早急に君を殺すよ」



二丁のナイフが喉仏のところまでにずらされ、大動脈を狙いに、やつの右手が少し後退し




____ここまでか





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る